†陸† MPK
文字数 4,276文字
野太いナイフとボーガンを携えた毛深い暗殺者、バルクスが見上げる。
「昨日の女……!」
呂晶は空中で身を捻り、慣性、遠心力、重力加速度を集約した矛の
石突
を、裏拳のように地面へ
叩き付ける。叩き付けた地点から空間が歪み、歪んだ景色は刹那で白濁し、金属音と、それより高い周波数の音と共に急膨張────炸裂する。
『『 ————ッ! 』』
蒸気雲爆発効果で吹き出た〝冷たいスチーム〟がローマチームを包み込む。
「くっ……!」
「きゃあっ!」
ヘレンは後ずさると、靴を誰かに掴まれたような抵抗を感じる。
「
片足を無理やり引き抜くと、地面が〝パキリ〟と音を立てる。冷霧の下に小ぶりなスケートリンクが出来上がっている────凸凹が激しく滑ることは出来ないが。
イエンは驚きと共に口にする。
「あれは、俺の……!」
【氷功】
地面に氷孔を広げ、氷を張る。石突を裏拳のように叩き付けた理由は自分の足を地面に付けないためだ。
けれど、その威力はイエンの半分にも満たない────それでも発生地点から最も近い、二つ分けのマッシュルームカットで、整えた髭をこさえる神父・マニュエルの足首が氷に埋まった。
それを確認したメンヘラは輝く瞳で
病笑
を浮かべ、心なしの自己紹介を行う。「
呂晶を追っていた子供の群れも当然、ローマチームに襲い掛かる。
殺害の意思を以て化物をけしかける
「全員、散開しろ!」
マニュエルが叫び返す。
「
「ちっ……!」
ヴァリキエはバックステップした身体を前傾姿勢に切り替える。
「各自、ヘレンと身を守れ……神父は私が守る!」
「ヴァリキエ様────ッ!」
ヘレンは制止の手を伸ばすが、ヴァリキエはもう神父の前まで突進している。
そのまま咆哮と共に盾を振るう。
「オオオオォォォッ!!」
『『 ────ッ!!!! 』』
〝ドギャッ〟という嫌な音が響き、子供が一匹宙を舞った。
その光景にイエンとウェイは顔を見合わす。
「……や、
ウェイは苦い顔で答える。
「〝直接手は下して無い〟って……屁理屈こねる気だ……!」
超法規的措置で徴発された氣功討伐隊。本日限りの傭兵ではあるが、傭兵である以上は〝軍規〟が存在する。おまけに手に掛けたのは『なるべく助力するように』と通達されていた外国の親善大使────生きて帰れたとしても、さぞ面倒な事になった。
「きゃぁあああっ!」
霧と化物の中から、女性の悲鳴が響く。ハープを携えた吟遊
未亡
詩人、ルシラの声。得意の
「助けるぞ────ッ!」
戦場に音楽家を連れて来るなど優雅で何よりだが放ってはおけない。
ウェイは〝陽の光のような残像〟を引き、文字通りローマチームの助太刀に
飛ぶ
。イエンも即座にそれに続く。「クソッ……面倒事を!」
【雷系氣孔】
氣功家の特殊な脳波で時空振動を引き起こす。
時空と磁場の揺れは同義であり、電磁誘導効果によって
【雷功】鬼影神歩 幻影
片足から電磁レール状の雷孔を発生、もう片足に反発する雷孔を発生し、自身を〝電磁カタパルト〟で射出する。リニアモーターで言う所の〝案内コイル〟は存在せず大層バランスが悪い。障害物があれば止まることなく激突する────そのスリルから全氣功で最も修得者の多いイカれた氣功。
同時、ルシラと同様にハープを携えたルリアが包囲を脱出し、
「アレグロ、いっくよぉ~♪」
と、ピンチの仲間にお茶会パーティーのような声を掛けながら、絃を弾く────儚い旋律とは正反対に、冷霧が一気に吹き飛ばされる。
「————ッ!?」
ウェイとイエンは冷たい風に正面衝突し、自身に生じた異変に気付く。
(
【雷功】奔雷歩 流
渦状コイルを足首に纏わせる常態雷功。踏み込みに合わせて反発コイルを打ち込み〝
その奔雷歩が〝何か〟に消し飛ばされた。地面スレスレを滑空していた身体に重力が戻り、地に足が付く。
(あっ、あの人達にも
付いちゃった
ぁ~……ま、いっかぁ♪)一方、ヴァリキエは原型を無くした盾と片手剣を放り捨て、腰裏から大剣を引き抜く。
「ハァアアアアッ!!」
左足
で踏み込み、かっ飛ばすように斬り付ける。『『 ————ッ!!!! 』』
『斬る』という概念とは程遠い轟音と共に、数百キロはあろう子供がサードゴロのように転がり、後続の子供に
返す刀、テニスのバックハンドのように、横の一匹も吹っ飛ばす。
「ンァアアアッ!!!!」
『『 ————ッ!!!! 』』
地下五階・炎帝神武との一合では美しい剣技を見せたが、状況によっては強引な戦い方もするらしい。
そのヴァリキエの顔が歪む。
「……っ!」
ダメージは受けていない、違和感は
(
そろそろ
か……!)ヴァリキエは確かに怪力だ。だがそれ以上、ヴァリキエを含めたローマチームのフットワークが、再生速度を二倍にしたように高まっている。一般人のルシラまで、まるでオリンピック選手のような俊敏さで子供の腕爪を躱した────俊敏さに比べて、動作はかなり危なっかしいものだが。
(スッゲ……ヤベ……)
そしてその恩恵は、ウェイとイエンにももたらされた。
【音術】
(奔雷よりスムーズで速い……ヌルヌル動けちまうぜ!)
【音術】
慣性を
それは氣功家共通の奥の手の一つ〝巫舞〟に迫るスピードを実現しながらも、
「楽チンだぜ、コイツはッ!」
元から足力の高いイエンはあっという間にウェイを追い越し、勢いのまま跳躍する。
「西方の氣功、有り難く頂戴しよう────!」
砲弾のように突っ込み、逆手に持ち替えた剣をルシラの目前の子供の目玉に突き刺す。
「きゃあっ!」
『『 ————ッ!!!! 』』
一瞬遅れて、子供の頭部から無数の
「ほう、悪くない【贈り物】だ……」
氷孔は通常、体内への通りが悪い。貫通したのは【アレグロ】の加速力が加わったからだろうか。
ウェイも槍から炎を噴き出させ、外側の子供を振り払う。
「ウォラヨォッ!!」
熱風で包囲をこじ開け、中へと分け入る。
足力に氣孔を割かなくて良い分、得意の炎功に集中できる。身体の動きが良いせいか、氣孔の
ノリ
も良い。「づぇいッ!」
その調子で子供の胸部を貫くと、槍先の炎が〝プスン〟と間の抜けた音と共に消える。
「げっ……!」
同時に走る頭痛────集中は出来ても、ガソリン不足はどうにもならないようだ。
〝引き裂かなければ致命傷は与えられない〟その不安は想うと同時に的中し、胸を貫かれた子供が腕爪を振りかぶる。
(ちょ、待っ────……!)
〝槍が抜けねェ〟と思った時、その子供の肩に獣のような影が飛び移ったのが見えた。
影は後頭部の甲殻の隙間に二本のナイフをねじ込み、飴細工でも練るように捻り上げる。
『『 ────ッ! 』』
子供が痙攣するように伸び上がると、槍が抜ける。
そのまま子供は力無く————硬直したまま倒れ込む。
『『 ────……ッ! 』』
ウェイがそれを避けた頃には、影の主、バルクスは次の子供の背へ飛び移っている。
(あのオッサン……あんな小さなエモノで
解剖学に乏しいこの時代には馴染み無いが〝視床下部らしきもの〟を潰したのだろう。派手な氣功家より、あちらの方がよほど暗殺者らしいと言うものだ。
(あれ、オッサンだよな……? 地元の漁師もあんな風に、魚
疑問を振り払いながら、ウェイは次の子供を突く。甲殻を貫くための炎孔は炊かず胸と腹の隙間、人間でいう〝水月〟に槍を刺し込む────気持ち、下から上へ抉るように。
穂先は大した抵抗も受けずに、子供の体内深くへ侵入する。
「こんだけ刺さりゃあ……ッ!」
ウェイの瞳が鈍く短く輝く。子供は途端に痙攣し、血を吐き出しながら倒れた。
(クソッ……ここに来てコツ掴んじまったってヤツだ!)
【炎功】炎刃系列 第三陣 火毒刃
物体に炎孔を送り込み内部を焼く。人間相手には刃物を刺せば勝負が決まる為、もっぱら死体処理に使われる。
甲殻に覆われている理由は、内部が脆いから。溶かし斬ろうと顔を真っ赤に炎孔を噴出したりせず、刺してから炎孔を流した方が断然、効率が良い。コブラのように立ち上がった姿勢も弱点を晒しているようなもの。
一方、ルシラは驚きながらもイエンに謝辞を述べる。
「
「フン、女が戦場に来るものでは————」
イエンの返答を遮り、ルシラが突然ハープを弾く。
『『 ~~~♪』』
「アァアアアア゛ーーーッ!!」
旋律に乗せた美しい
「なんだ……この俺を、讃えているとでも言うのか……」
西方には突然歌う礼儀作法でもあるのだろうか。
困惑するイエンの背後で
『『 ————ッ!!!! 』』
「うおおぉッ!?」
バンザイするように振り返ると、背後に迫った子供が〝ベシャリ〟と潰され、箒で掃かれたように転がっていく。衝撃が流れていくような、見たことも無いような物理現象だ。
(出来たわ……!)
練習中だった技が大成功し、ルシラは拳を豊満な胸で包む。
【音術】フォノンキャノン
音を音場で覆い物体的な音を形成。後、任意の形に変換する。仲間の背中越しに攻撃するなど汎用性に優れるが距離を誤ると仲間が潰れる。
(私……戦えちゃうんだからっ! ────あら?)
イエンが顔面を抑え、頭を左右に振っている。
「くっ……! 鎮まれ、我が【左眼】よ!
この婦人に当たったらどうする
!」「え?」
僅かに聞き取れた宋語に、ルシラは困惑する。
(今の……私がしたのよね……?)