†お前とは戦らん†
文字数 2,516文字
「おい、
静かで激しい怒りと共に、呂晶は宣告する。
「
イエンは眼帯では無い方の目を細める。
「……お前達、馬鹿なのか?」
「あァ? テメーにだけは言われたくねーよ……!」
拳を震わせている。本気で怒っているのだ。
「その種籾はなァ、
呂晶は目を見開き、この世界に腕を振るう。
「アタシらの最後の希望なんだよッ!!!!」
なんだよ……っ!!
なんだよ……!
なんだよ……
自然豊かな街道に、魂の叫びが木霊する。
「「 ……っ! 」」
結盟員達も唾を飲み込む。
(呂晶……お前、とうとうその域まで……)
演技では無い、心の底から憤慨している。これ程の自己洗脳能力を持っていたとは。
(まったく……とんでもない奴を結盟に入れちまったもんだぜ!)
ウェイは戦慄しながらも、己の選見眼に確かな手応えを感じていた。
極まったのである。
「お前達、こんな事が楽しいのか?」
イエンは憂いある表情を作ると、呂晶に種籾を放り返す。
「えっ……」
呂晶が両手でキャッチすると、
「あ、おいっ!?」
イエンは背を向け、短く高い口笛を吹く。
「————ッ!」
馬が主人の元へ駆け寄っていく。
「おい、逃げんのか!? こんな貴重なもん放って……お前、それでも盗賊か!?」
呂晶は焦ったように問う。
(意味判んねェ……どうして〝コレ〟を、そんな風に扱える……?)
イエンは馬に跨り、眼帯では無い方の目で一瞥する。
「農業がしたくば、武器を
「
「お前とは
馬を蹴り、風のように去って行った。
『「 …… 」』
その背を見送り、遊珊が呟く。
「カッコイイ……わね」
イエンの癖にやたらキマっていた。これでは残された自分達こそが、良い歳こいて恥ずかしい『厨ニ』ではないか。
「眼帯のイエンか……」
重苦しい空気をウェイが破る。
「アイツ、まだ盗賊やってたんだな」
呂晶は無言のまま立ち尽くしている。
(あんなアホに見下された……あんなアホに……あんなアホに……)
何故かその言葉が、脳裏に深く刻まれた。
(お前達、こんな事が楽しいのか————)
『ついに、言われちまったか……』
『だな————最近は襲って来る奴も、ヤケになったリピーターくらいだったからな』
結盟員も少しづつ口を開き、ウェイがその雰囲気を総括する。
「そろそろ潮時かもしれん。十分楽しめたし、もういいだろう————」
(こんなに大切な物なのに、こんなに大切な物なのに、こんなにたいせ……つ?)
呂晶は抱えた小包に目を落とす。
(……なんだコレ。何でアタシこんなもん、大事に抱えてる?)
「どうだ、呂晶?」
ウェイは意見を求めると言うより、宥めるような声を掛ける。
「……そだね」
呂晶は小包の紐を抜き、辺り一面にバラ撒くように放る。
「————次は、別のことしよっか」
広がりながら消えたそれは、キラキラと輝いているように見えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街へ帰投しながら、ウェイが今後の方針を打ち出す。
「じゃあ、練習も済んだって事で————次はキャラバンの護衛してみないか?」
「キャラバン?」
怪訝に聞き返す。キャラバンとは隊商が寄り集まった、大きな隊商————ではあるが、疑問はそこでは無い。
(そんな上等なもんが、まだウロついてたのか……?)
「スゲェ大所帯の隊商があるんだよ、しかもメチャクチャ報酬が良い! なあ、遊珊!?」
ウェイの同意を求める声に遊珊は一瞥もせず、呂晶を向いて言う。
「私も最近、集まりが無い時はそっちを
シノギ
にしてるのよ」「……」
さりげない無視に、ウェイは得体の知れない焦燥を感じる。
(オヤジ臭いのかな、俺……)
遊珊は誰にでも優しい。でも、自分には冷たい。
「大所帯……
アレ
か」呂晶も唯一の心当たりを思い出す。襲撃対象に含めていなかった、あの百人はいる『天下巡遊』
「お、知ってんのか。それがな、仕切ってるのは何と
十代の女の子
なんだよ」「……女の子ォ?」
呂晶の顔が険しくなる。
「ホント、頭の良い子でよ。そりゃもう毎度毎度、ザックザク稼いじまうんだ!」
(アタシにはそんな事、言ったことも
「とにかく、物は試しだ! もうすぐ
呂晶はその言葉に違和感を感じる。
(今月……?)
如何に見つからず、察せられず、ステルス輸送を行うか————それを追求する行商業界で、まるで『定期的』にでも行っているようなニュアンスだ。
呂晶は疑いの目を向ける。
「……そんな飛び入りで、参加できるもんなの?」
確かに、大っぴらに宣伝する方が参加者も集まり、利益も大きくなるだろう。
けれど現金輸送車だって、輸送日時や経路はトップシークレットにするもの。そうで無ければ大規模キャラバンは珍しい物になっていない。
「おう、来る者拒まずってやつだ!」
ウェイはそう言いながら、言葉を選ぶように続ける。
「だが、まあ……ちょっと指示には従わんといかんがな」
(来る者拒まず、指示に従う……)
『自由と強制』という意味では真逆の言葉が並んでいる。そういう場合どちらかが嘘である事を呂晶は知っている。〝オイシイ話には裏がある〟とはよく言ったものだ。
(だが、
アレ
がどういう仕組で運営されているのか、興味はあった……)見極めるのも面白いかもしれない。
何よりあれだけ大規模な隊商なら、血と悲鳴が飛び交う『大規模戦闘』も行われているかもしれない。
(アタシが肩を並べられなかった、死線の連中がやってた戦い……)
遊珊も後押しの声を掛ける。
「私も、アナタがいてくれたら頼もしいわ。嫌じゃなかったらだけど、どうかしら?」
行商は長時間をかけて移動する、ほとんどは退屈なものだ。知り合いが多い方が楽しいのだろう。
それが決め手になったのか、呂晶の顔を上げる。
「やる……アタシ、やるよ————っ!」
その顔と声は、少女のようにハツラツとしたものだった。
それは、悪いことばかりしてきた放蕩娘が、初めて『善いこと』をしようとした瞬間だった。