†行商四日目† 過大評価発明、車輪

文字数 3,316文字







 その商隊の隊員は、どこかしら頭がまともでない連中だ────
 彼らは中華に一握りしか存在しない暗殺集団、気功家。自然現象を手足のように振るい、同門対決を禁じ、古代から闇を生業(なりわい)に生きてきた。
 けれど『中世』という転換期に世界は商業を中心に回り始め、取り分け『行商』という分野が注目された頃から気功家の体制にも変化が生じる。

 一攫千金の仕事に、彼らは吸い寄せられるように集まった。『人気の無い危険な道を旅する』という職場環境は、根暗な気功家とすこぶる相性が良かったのだ。
 医者を目指す者が医大に通うように、弁護士を目指す者が司法試験を受けるように。気功家を育む『霊宮』は行商業界のキャリア養成所へと変貌した。
 孤高の暗殺者が汗水流して働く姿を見て〝誇り高き死神は絶滅した〟と嘆く者もいたが、彼らも世界の一部である以上、時代の流れには逆らえなかったのだろう。

『行商』に気功家が集まれば、それを襲う『盗賊』にも気功家は集まる。
 もはや同門対決など当たり前。専門学生感覚に量産された、かつての学友同士で消耗品のように殺し合う。
 地下勢力を設立しては抗争を繰り返し、利権を奪い合う。
 小規模権力を確立しては潰される。
 唐の滅亡以降は小国家間戦争が頻発。
 一般のそれがいよいよ匙を投げ始めると、河西回廊の行商とはイカれた武侠(マフィア)が人知れず続ける、イカれた業界へと成り下がる。

 縁も所縁(ゆかり)もない場所へ旅し、言葉も文化も違う地で同胞と戦い死んでいく。
 世界を繋ぎ、世界と断絶された世界。
 彼らがそこで体験すること————それは彼らにしか体験出来ないこと。

 そして現代。
 低迷の揺らぎが引き起こしたインフレーションによって突如出現した、総勢一五〇名以上の巨大気功家商隊。それは嘘か誠か〝数倍の人員で構成された軍隊さえも屠る〟と囁かれ、都市伝説のように謎に包まれている。
 けれど、千年先の科学をも越えた力を持つ当事者達は、その力をちっぽけなことに使っている事を知る由もない。

 その商隊の人員はどこかしら、頭がまともでない連中だ————
 何故なら気功家とは、頭がイカれた連中なのだから。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 行商四日目————延々と続く地平線は、たまに人や動物の骨が顔を出す以外、何も無い。
 その荒野をひたすら東に進む商隊。
 その栄えある商隊の右翼にて護衛隊員を務める、二十歳の呂晶(ルージン)はイライラしている。


「っせェなァ……」


 栄えある商隊の進みが遅い。ラクダや水牛に歩幅を合わせているからだ。


「暑っちィーアァー……」


 一、二日目は新鮮な体験も多く暇も潰せたが、四日目となるとそうもいかない。
 湿度は低いが直射日光がウザイ。地面からの照り返しに挟まれ、鯛焼きのような気分の呂晶はふと、左に並ぶ商人、その左に並ぶ左翼護衛、その左に広がる砂漠に目を向ける。


(あっち行ったら、めっちゃ苦しい想いして……数日後には砂漠葬送だ)


 商隊左方に広がる砂丘は何百キロメートルも先、モンゴルまで続いている。
 この荒野でさえ天国に見えてくる死の世界だ。











(だってのに、反対側と来たら……)


 商隊右方────南に目を向けると、山脈に雪が降り積もっている。


(こっちは暑さで参ってんのに……涼しそうで何よりだぜ)


 

標高4000メートル、長さ2000

メートルの祁連(チーリェン)山脈。
 地面と平行の線を描くあの山々は全てが富士山級。
 北海道から九州が2000キロメートルなので、富士山が日本列島分そびえていることになる。さしずめウォール・富士山だ。
 壁幅も400キロメートルあるので越えられはしないが、あの向こうは『吐蕃』という高原が広がっていて、『羌族』という蛮族が細々と暮らしながら、宋の領土を狙っているらしい。











 羌族————21世紀で言うところのチベット民族が、近代まで中華系、遊牧(モンゴル)系、頭のおかしな武侠達と接点を持たずにいられたのも、あの祁連山脈のおかげである。
 あの雪解け水がこの河西回廊に点在するオアシス都市を潤している。
 あの山脈から離れるほど地形は草原、荒野、砂漠へと乾いていく————のだが、それは人口衛星で撮影した場合のスケールであり、地を這う者はランダムにそれらと遭遇する。











 商隊はもっぱら

を進む。
 荒野はその名の通り荒れており、馬車が石を噛んで壊れたり、動物が怪我をしやすい。かと言って砂漠に入ると車輪が取られて座礁する。
〝人類の最も偉大な発明は車輪である〟などと嘯くヒロユキもいるが、車輪など平地すら満足に征けぬ『ゆとり発明』なのである。
 商隊の進みが遅い本当の理由もこれだ。


(ま、あんな壁より、地元の〝コンカ〟のがヤバイけど……ウケる)


 呂晶の故郷である成都府も、『横断山脈』という山々でチベットと(へだ)てられた地域だ。











 横断山脈の北端は祁連山脈の東端に接しており、千年後にはレアアースの産地にもなっている。
 最高峰のミニヤコンカは富士山の倍、標高7556メートルであり、呂晶の想う通りヤバイ山だ。











(まあ、ヒマラヤに比べりゃ、コンカも雑魚だろうだけどな……)


 チベットの更に向こうには最強『ヒマラヤ山脈』が聳えている。
〝世界の屋根〟と名高いチベット高原、パミール高原、ネパールなどの山々に苦労して登ると、遠方にもっとヤバイヒマラヤが見えるのだ。











 初めてヒマラヤを見た者達は想う————〝ヤバイ、あれは確実にヤバイ、次元が違い過ぎる〟
 こちらも地元で一番高い山、雲の上にいると言うのに、遠方のそれは更に絶対に勝てない様相をしている。
 多分『この世界』というゲームのマップは、あそこで終わっている。あっちへ行こうとする連中は必ず死ぬ。大いなる山のパワーにブチ殺される。











 下にいるアイツら、アイツらは小山が影になって、後ろのヤバイ山が見えていないのだ。〝目前の小山を越えれば新天地が広がっている〟とでも思っているのだろうが、あるのは死だけだ。急いで教えてやらねば、皆んなみんな死んでしまう。
 神聖な場所として、無理やりにでも不可侵の掟を施行しなければ————

 そんな焦燥感を掻き立てられる『山王』こそが、標高8849メートルのエベレストである。











 けれどそのエベレストも、21世紀では6500メートルまでヘリで行けるし、7000メートル辺りには生活出来るベースキャンプもあるし〝エベレスト登頂と言っても大して登ってないじゃないか〟と言われるのが常であるが、周辺の大地からして高台なので致し方ないことだ。
 富士山だって、3776メートルをキッチリ登り切るには東京湾からスタートせねばならない。
 ヒマラヤ北部のパミール高原には標高5000メートルに平地や町さえある。『パミール高原に富士山が乗ったものがエベレスト』と考えれば、エベレストとは空気が薄いだけの富士山とも言える。











 この『麓から山頂までの比高』という基準で言えば世界一高い山はアラスカのデナリとなる。
 見上げる場所は選ぶものの『世界で一番高く見える山』はデナリである。
 この事実を知っておけば〝海底を含めると最も高い山はハワイのマウナケア〟〝地球の中心から一番遠い山は赤道のチンボラソ〟などと語るにわかオタ共を一蹴することが出来る。











 けれど結局、一番ヤバイのは自称冒険家(とざんか)というお荷物を抱えてエベレストを登り降りしているシェルパであるが————

 ともあれ、こういった高過ぎる山々は水源豊富でも植物が根付かず、不毛な地でしか無い。
 下界の呂晶達にとっての『自然』とは山は不毛、大地は乾き、大きすぎる黄河はしょっちゅう氾濫する忌まわしきもの。日本やフィンランドが想うような『丁度良い恵みを与えるもの』などでは全く無く、自然イコール人の住めない場所、人の営みを邪魔する存在でしか無い。
 だから中華民族は自然にゴミを捨て、自然との調和を拒み、平地をビルで埋め尽くしては不動産バブルを弾けさせる。
 呂晶もその例に漏れず早々に景色に飽き、暑さでそれどころでは無くなった。

 そして、更に厄介なのが────




「右翼中列ッ!! ふくらんでおるではないかッ!! しっかり妾の後に付くのじゃ!!」




 ————この指示(ワガママ)だ。
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登場人物紹介

呂晶(ルージン):20歳♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:内功心法=黒殺槍法>炎系気功


成都のアクセサリー店『呂礼屋』を家出。盗賊として非道を尽くす中、結盟『真夜中の旅団』へ幹部待遇で加入。外功の扱えない特異体質ながら爆裂加速した斬撃により気功家屈指の近距離戦闘能力を持つ。

重度の阿片中毒でバイセクシャル、己の哲学『真理』を己の命よりも優先する。


容姿偏差値:65(ガンメイク:70) 戦闘偏差値:85

ヘレン=アップレケ―ンタ:16歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード>クレリック=バルド


赤子の折、北欧フィンランドの孤児院に捨て子として預けられる。生まれながらにゼロ点量子エネルギー『大気の乙女』を操るがそれにより幼少期に友人を殺害する。

以後は魔法による狩りで村に奉仕しながら罪を償い、15歳で成人した後は『大道貴族芸人』としてローマ帝国へ単身上京する。7歳でヘラジカを仕留めたことが自慢。


容姿偏差値:90 戦闘偏差値:90(杖喪失:50 リミッター解除:???)

花雪(ファーシュエ)18歳♀ 補正:完全バランス スキルマスタリー:寒月直伝飛天剣法舞踏派=炎系気功=雷系気功=氷系気功


国務執行機関、戸部右曹の侍郎を務める魏征の一人娘で貴族。楊貴妃の再来と言われる美貌と帝王学により『傾国のカリスマ』の異名を持つ細巨乳。複合企業・花雪牙行の会長であり、数百名の精鋭気功家で構成される『花雪象印商隊』の隊長を務める。同副長のユエとはライバル貴族家でありがなら幼馴染。自分の身体を他人に洗わせるのが趣味の変態。


容姿偏差値:85(舞90) 戦闘偏差値:55

寒月(ハンユエ)18歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:飛天剣法=雷系気功>炎系気功>氷系気功


戸部左曹侍郎、邦県令の一人娘で貴族。文林三絶、武林三絶『文武両道』の異名を持つケツデカロリ眼鏡っ子で、花雪象印商隊では護衛隊長を務める。インテリ気功家の代名詞『雷功』をこよなく愛し、中華最強の雷功使い『雷帝』に最も近い人物と評されている。趣味は読書、コミュ障と言えるほど大人しい性格と大きな尻にコンプレックスを持つ。花雪とは幼馴染であり彼女と眼鏡を馬鹿にされるととても怒る。


容姿偏差値:75(尻90) 戦闘偏差値:87

ヴァリキエ=ユスティニアヌス:28歳♂♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:ウォーリアー=クレリック


容姿偏差値:80 戦闘偏差値:95

魏圏(ウェイ=クァン):28歳♂ 補正:知型 スキルマスタリー:黒殺槍法=炎功>雷功>氷功


容姿偏差値:65 戦闘偏差値83

炎暗剣(イエン=アンジャン):21歳♂ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:飛天剣法青林派=氷功>炎功=雷功


容姿偏差値:70(眼帯:60) 戦闘偏差値:81

ルリア:???歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード=バルド


容姿偏差値:76 戦闘偏差値:85(リミッター解除:???)

ルシラ:33歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:バルド>チェイサー=メイド


容姿偏差値:74 戦闘偏差値:60

遊珊(ユーシャン):20歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:破天神弓>炎系気功=雷系気功>氷系気功


容姿偏差値:78(花魁90) 戦闘偏差値:68

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