†ロールプレイング† お金より大切なもの
文字数 1,699文字
賊の脳裏に、ここ数年の記憶がフラッシュバックする。
昔は自分も、真摯に武を追求する身だった。
下宿していた武術門家が焼き討ちに遭い、それからあれよあれよと行き場を失い、気付けば盗賊に落ちぶれていた。
それでも、落ちぶれたからには落ちぶれたなりに盗賊業を真っ当している。
なのにコイツら────国の文化を売り飛ばし、贅を貪る商人の分際が、自分達を笑い者にした。
『女ァアアアアッ!!』
賊は残った盾を投げ付ける。
「っ!」
女護衛がその盾を弾いた刹那。
賊はタックルを敢行、素早く女護衛を羽交い締めにし、相棒に叫び、
『やれェッ!! お前の矢で貫────……っ』
その表情が凍り付く。
(え?)
重い。
小柄な女の何処にこんな重さがあるのか。
相棒の弓持ちは意図を察し、素早く絃を引き伸ばす。
(悪く思うな……っ!)
迷いも無く、女護衛の胴体へ、口笛のような音を立てる矢が飛翔する。
【破天神弓】秋風鉄血矢
回転飛翔する貫通力の高い矢。それを仲間ごと貫く威力で放った。
同時、羽交い締めしている賊の、歯を食いしばっていた口が開く。
(軽……っ! 無……引……!)
あんなに重かった女が今度は羽のように軽い。
どころか、
「よっ、と……!」
跳躍で羽交い締めを振り切った女護衛は雑技団よろしく身体を仰け反らせ、真上から賊の頭を掴む。
(組み付く前から……体内気孔……)
【炎功】暴焔魂
筋肉を硬質化させる。素早く発動し、素早く解除することでギャップを作り、筋力を向上させる。
それは一秒にも満たない時間だが、賊は自分の置かれた状況と、これから起こる未来を理解する。
(頭の芯を抑えられ……────動けない)
仲間の矢に貫かれるのは自分だけ。
「おっ、と……!」
同時、〝キンッ〟という高い音が響き、矢は賊の足元を抉った。
「呂晶、そりゃカワイソ過ぎだろ────」
ウェイが槍を当て、矢の軌道を逸らした。
呂晶は賊の上から睨み付ける。
「あ?」
「おう」
ウェイは呂晶の威圧に〝ドヤ顔〟を返した。
「ちっ、
キメる
じゃん」呂晶は賊の背後に着地し、乱暴に背中を押す。
賊は二、三歩よろめき、ウェイと呂晶を交互に見る。
「残念でした。またどうぞ────」
手の平をぷらぷらと振られ、追い払うジェスチャーをされる。
『……ッ!』
賊はまた拳を握るが、苦虫を噛み潰したように盾を拾い、走り去る。
『クソッ……抜けん!』
幹に刺さった曲刀が抜かれ、後ろ姿を見送った後、商隊は今の一戦を振り返る。
「……やっぱ弱い奴の時は、一回開けさせないとダメね」
「だな。
こいつ
が日の目を見ないのも寂しいからな」現在、真夜中の旅団が行っている『イベント』
それは、なんら価値の無い種籾を仰々しい箱に忍ばせ、高級品と勘違いした盗賊をおびき寄せる
通称『
〝戦いたいなら襲われれば良い〟〝襲われるだけなら元手はいらない〟その発想を元に呂晶が考案したルールはひとつ────なんら価値の無いこの種籾が、飢饉で残された『最後の希望』と信じ、守り抜く。
ただし、所詮は二束三文の種籾。
命は懸けない、危ないと思ったら即逃げる。
こちらは命を懸けていない為、相手にも手心を加える。
これらはウェイが追加したルール。
「お~~~よしよし。誰もお前の価値を判ってくれないねェ~~~? アーシはお前の価値を、ちゃーんと判ってるよォ~~~?」
呂晶はこの種籾に『
ウェイはその様子に微笑む。
(初めは何の意味があると思ったが……これはこれで、良い経験になるぜ)
常に実戦に身を置き、それを楽しむ。いざという時の硬直を取り払ってくれる。
実戦ではその硬直が生死を分かつ場面も多い。
そしてこの女は、皆をノセることが上手い。
つまらない事も何だか、楽しい事をしている気がしてくる。
(金は
別の所
でも稼げるしな)盗賊からすれば迷惑な遊びだが、おそらく前例の無い自分達のオリジナル。
比較的安全に戦えて、金銭的な損害も出ず、何より楽しい。
ちょっとした発明のような気分だった────
ある男が、その『お遊び』に一石を投じるまでは。