†拾參† インフォームド・コンセント
文字数 4,745文字
各自の存在は、各自のものである。
ハイデッカー
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『コイツから頼む! もう脈が止まりかけて……────止まっちまった!』
「ダイジョーブ、ダイジョーブネ」
「期待させるな」
【SCP-049-0】ユスティニアヌスの斑点
ヴァリキエ、マニュエルが保有するES幹細菌を用いた回復現象。有機化合のカロリーには。、ホツカオ熙・ヌ、ケが使用され、自身の回復はほぼ100%成功するが他者に対しては————
それしか判らない。
『此処は……雌巨人は……俺は、まだやれるぞ……!』
『マジかよ、奇跡の術だぞ、これ!』
『ありがとう、ありがとう……!』
『ごふっ! がはっ……!』
「おい、なんか黒いの吐いてるぞ? 肌も死人のままだ」
「これで良い。数日は痰も鼻水もイカ墨のように黒い────死者を完全蘇生したのは二人目だ」
「二人ィ!? 一人目は、家族とか……?」
「あの子だよ」
『やった……息を吹き返したぞ、やったぁぁぁ!』
「五人やって失敗無しか。信じられんな」
「Oh!
『見たんだ……俺……他の連中……アイツら……幸せそうで……でも……俺は……』
『スゲーよ、アンタ達は英雄だ!』
『どうすんだよ……コイツ……どうなっちまうんだよ……?』
『おふぉおふぉおくぅあ、あふぉあっえん』
「oh...失敗デース」
『責任取れよ、これ────こんなのあんまりだろ!?』
『あああおえ』
「言われるまでも無い────」
『おいおいおい、待て待て待てッ!』
『『 ────ッ!! 』』
『お前、なんて事を……せっかく、せっかく生き……返って……』
「こうなると戻らない────……言っておくが、これでもマシな方だぞ?」
『だって、味方殺しは……軍法会議……!』
「
コレ
が味方に見えるか?」「どういう、法則性だよ……」
「判れば苦労しない」
「千手観音てさ、コレ見た奴が思い付いたんじゃねーの。さすが、リスクまで慈悲深いな?」
「皮肉は要らん────次だ」
『上手く行ったのか……? おい、聞こえるか、おい!』
『………………』
『こっち見ろ! 生き返ったんだよ! なんか言えよ、おい!』
『………………』
「失敗デース」
『何言ってんだよ……おい、待ってくれ! コイツは上手くい────っ』
『『 ────ッ! 』』
『どうして!? おかしくなかった、元に戻ってた!』
「脳────魂が還らなかった」
『魂……だと?』
「苦しみを感じているか知らんが、楽にしてやるべきだ」
『ふざけんじゃねェ……そんな……そんな……!』
「
戻らなかった
んだ────お前達も肉親が死ねば、腐る前に火炙りに処すだろう」『ああッ! 肉親は大罪人だからなッ!!』
「こうしない限り、身体を半分にしても腐らない」
『……っ!』
「もう人間じゃないんだよ」
『じゃあ……じゃあ次は、魂を……脳ってのを治せば……!』
「ダメなんだよ────繰り返せばさっきの化物より酷くなる。最後は黒い塊だ」
『試したってのかよ……! 誰かを半分にして、黒い塊にして……ッ!』
「ああ、何度もな」
『無理だ、俺は……俺は、もう戦えない! 傷はこのままで良い!』
「オイオイオイ……カマ掘られたからって、武侠の誇りまで失くす必要は無いんだぞ?」
『やられたのは、脚の付け根だ……!』
「アイツを
『同調圧力には、屈しない……!』
「良く聞きな、カス————あそこのツインテールは、この術で成功した第一号だ。身体はグチャグチャ、死ぬ寸前、今まで成功例は無いと聞いても〝やる〟と言ったらしい」
『……』
「もう一回言うぞ。お前は
女の子
に戦わせて休むヘタレか? やれば少なくとも、化物に喰われる前に火葬にはしてやれる」『……好きにしろッ!!』
「ほら、ビビんなきゃどうってコトねーんだよ」
『ああ……吐き気はヒドイが……痛みが消えた……動くぞ……!』
「あの少女がコレを受けた際、死後で意識は無かった」
『……なに?』
「そうなの? 何でも良いけど————てか、余計なこと言わないでくれる?」
『なんて奴らだ……!』
「君は女の子よりも〝勇敢〟だ」
『……けっ、後で病気になったら殺してやる』
「うっわ!
『お前に言ってんだよッ!』
「お前の肺は内功じゃ治せない。息を吸う度に痛みが増し、朝には呼吸する体力も無くなって死ぬ。最悪の死に方だよな────
一か八かやれ
」『やだ……ひゅー……殺してくれ……ひゅー……やだ……』
「面倒くせーな……! テメーを殺して、それからやっても良いんだぞ……ッ!」
「もうやめよ————! これでは、これではあの化物と同じではないか……!」
『俺達の仲間は、このまま葬るよ』
「よく考えろ。あっさり生き返った連中があんなに居る」
『コイツはよく言ってた。〝税金も法律も身分も決められない。でも『これ』だけは俺が決める〟てな────お前らのしてることにケチは無いが、俺達には自殺行為に見えるぜ』
「ちっ……なら隊ごと殺られた連中だ。それなら誰も文句ねーだろ————金髪チャンネー、あっちだ。頼む」
「判った────神父は加護を施して回れ、お前の方が相手も心を開く」
「自覚アルナーラ、モト、スマーイル」
「断る」
『女型の化物が、死体を喰い始めたぞォーーーッ!』
「引っ張れる死体は、全部引っ張っとけェーーーッ! ……戦力補充がバレたか?」
「腹が減っただけかもしれん。どの道、初撃で石化した者は救からん」
「判んのか……? おーーーいッ! 眼帯より前には出んなよォーーーッ!」
「感触が掴めてきた。やはり死後の時間が長いと通りが悪い」
「近接組が足りるかな……ダメ元でやってくれ。〝公平じゃない〟って言う奴は……ここにはいないけど」
「元よりそのつもりだが────
「よく言うぜ。タマシイガモドラナイノダー?」
「判ってるじゃないか。サンプルが多くて嬉しいよ」
イエンは白霊を罵倒し続けるも終始無視されたが、戦争に祈りを捧げる死の司祭の施術はスムーズに行われた。
敵がいればひたすら殺し合うのが『戦争』というものだが、サバンナでも肉食獣と草食獣が目に見える距離で暮らしているように、人間と化物もドーム内で共存しているかのようだった。
第一波、全滅。
第二波以降、半壊。
息を吹き返した者もバフのドーピングで無理やり立たされている状態。
総勢二五〇名で始まった討伐隊も、最終アタック参加者は四十名弱となった。
甲殻タイプが掃討された代わりに白霊の周りには
慌ただしく班が再編される中、呂晶は花雪に声を掛ける。
「ねぇ、やっといてくれた?」
「フン、いと光栄に思うが良い……大変だったのじゃ」
しかめっ面で差し出された剣を受け取りながら、呂晶は怪訝に問う。
「なんで? 〝恥ずかしいから岩陰でやってる〟つってたじゃん」
「小便をしに来た者に発見されたのじゃ。お前のせいで気が狂った女と思われたわ」
「
「〝
「マジ? ウケるし」
そう言って、自分にとっても忌まわしき剣に目を落とす。
「てか、これ……マジに、効果あんの?」
「知らぬわ。お前の方が詳しいくらいじゃ」
「まあ、使えるもんは使うけど────アンタはもう寝てな。起きたら全滅してない事を祈れ。アーシは祈らないけど」
そう言って剣を持ち去る背に、花雪が声を掛ける。
「おい、平民よ————」
「あ?」
「
「ここ……女子会の会場に見える?」
「お前の象棋は板か────象牙か」
強引な問いに、呂晶は疑いながらも回答する。
「……アタシは瑪瑙で自作したけど」
花雪も疑うように問い直す。
「瑪瑙じゃあ?」
「友達いないから使わなかったけど────嫌なこと思い出させないでくれる?」
「……」
「何、その顔?」
「うるさい、引き分けじゃ!」
「
「……」
今度は呂晶が肩をすくめ、そっぽを向いた薄い肩に手を乗せる。
「……アンタはあそこの、ビビリ達の────〝介抱〟でもしてやりな」
花雪はそっぽを向いたまま返す。
「妾の為に、死ぬで無いぞ」
「お前の為じゃねーし」
二人は軽口を交わすが、実際、呂晶の作戦が失敗した場合、花雪の役回りは、花雪の性格上、最も過酷なものとなる。
負傷で動けない十数名と救助も期待できない空間で、生きたまま化物に喰われるのを待つだけ。よって作戦が失敗した場合、直ちに十数名に〝介錯〟を施し、最後に自身の喉をかっ斬り、自刃する────そういう役回りを二人とも理解し、だから軽口を叩いている。
「……む?」
その花雪はふと、目に入ったイエンに注目する。
「あの男は、何をしておる?」
「神にケツを捧げてる」
ヴァリキエは水筒を掲げ、顔に水を被せる。
バルクスが無愛想な声を掛ける。
「……行けるのか」
空の水筒を放り捨て、ヴァリキエは返答する。
「問題無い。これだけの人数に施したのは初めてだが────ルシラのサポートのおかげだ。ありがとう」
ルシラは顔をほころばせる。
「いいのよ……アナタの役に立てて良かった……」
加護も行き渡り、化物と人でなしの戦いは仕切り直しと相成った。
【
ユスティニアヌス血液を少量輸血後、頭を合わせて脳波を同調させる。一時的にヴァリキエ、マニュエルと同様、体力を消耗しない身体が作られる。
【
ストーンムルムから手を繋ぎ、相手と同様の思考や発言を行う。筋力の向上に合わせ無意識的リミッターを外す。
【音術】ヴェントゥス・インテリンセクスラテ
音術で精霊を固定した反応爆発装甲。ヴェールのように透明な膜が一定以上の温度、圧力で破裂、反作用でダメージを和らげる。物質より精霊に対して効果が高い。数回の破裂で消失。
【
脳波リミッターを外す。魔法、氣功の根本出力が上昇。カプリッチオとの併用が望ましい。
【音術】カプリッチオ
脳波と精神を回復させる。趣味趣向、文化が違う者には効果が薄い。
【ユスティニアヌスの斑点】サニターテムオービット
ユスティニアヌス細胞を対象に移植。数日間、僅かな自己回復力を得る。稀に定着する。志願者に付加。
「フゥアーッハッハッハ!! 化物共、何も言い返せまい! 目を合わせる事すら怖いと見える! ああ、これは懸命な判断という賛辞さ……千年生きた経験が生きたな────なに? 怯えているにも関わらず、何故それを褒めるか、だと? フッ……何故ならこの俺が望もうと望むまいと、この俺の【黒意】に触れし者はなんと一瞬で凍り付き……こう、この俺が、拳を握って放すとだな? ソイツはまるで雪のように崩れ去り……まあ、暴走時の記憶は俺には無いのだが、俺が正気を取り戻すといつも————」
イエンが白霊を引き付ける間、呂晶が作戦概要を発表する。
「ウェイ組のルージンだァ!! 話し掛けられた時以外、口を開くな!! 口でクソたれる前と後に〝サー〟と言えェッ!!」
氣功家達がざわめく。
『何だアイツ、クソだな』
『ウェイ隊の呂晶……イカれたクソだ』
ざわめきの中、続ける。
「黙れ、ウジ虫共────ッ!! お前達ウジ虫は、あのクソの石化攻撃に敗北した!!
いと情け無き
失態を自覚しろォッ!!」