†炎の氷† 妄想お見合い勝負
文字数 4,303文字
自己侮蔑という男子の病気は、賢い女に愛されるのが最も確実な療法である。
ニーチェ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(とっ……!?)
(取れねぇ!)
『アロンアルファドッキリ』でも喰らったように、手が武器に引っ付いている。
【氷功】氷刃系列第二訣 氷王訣
相手の体表を冷凍させ、凍傷を負わせる。体内には通りが悪く、体表を駆け巡った後、四肢の末端などで発現し易い。
会合の際、イエンは武器伝いに氷孔を流していた。と言っても、握りは悪くなるがすぐ溶けるのであまり意味は無い。〝貴様に気孔を流してやったぞ〟というメッセージを伝える『魅せ技』
そのイエンはあっという間に包囲を突き抜け、軽やかに急停止する。その手にいつの間にか、仰々しい箱を乗せながら。
「フン」
倒すのに時間が掛かるなら、倒さず奪えば良い————それがイエンの出した結論。
そのイエンに、呂晶は凍った手を〝どうしてくれんだよ〟とばかりに向ける。
「フン……じゃねェんだよ、キッタネェな!」
『気孔を使った分だけ体重が減る』という迷信が信仰される昨今、気功家の間では〝気孔は体内から発生している〟という見解が根強い。そして氷孔の源となる『水分』これもやはり〝体内由来である〟という見解が支持されている。よって呂晶は生理的に〝汚い〟と思ったのだ。
その呂晶の元へ、遊珊が小走りに駆け寄る。
「あの殿方、やっぱり速いのね……」
瞳は潤み、肩を縮こまらせ、今にも泣き出しそうなほど怯えている。
「突然迫って来るから……とても、怖かったわ……」
呂晶の顔も半分ほど遊珊と同様になる。
「先生っ……可哀想に……!」
刃物を持った暴漢に襲われたら、か弱い女には一生のトラウマになるだろう。
けれど座り込むように悲鳴を上げていた割には腰を抜かすことも無く、ノータイムで呂晶の元へ駆け寄って来たことになる。
(あれだけで頬を染ちゃうなんて……初登楼の若武侠様は女性経験が乏しいのかしら?)
イエンは相対する五人を一人一人睨み付ける。
「……」
初手で一人か二人戦闘不能にするつもりだったが、
(脱臼女王にも、長髪男にも、我が氷の恐ろしさを見せ付けただけに留まったか……残り三人は物の数では無さそうだが。特に————)
五人の内の一人、繁華街でも滅多に見掛けぬような、いいや————『人生でも五指に入るほどタイプな女』が潤んだ瞳をこちらに向けている。
(流石のこの俺も、五人相手にこれ以上は分が悪しか。まぁ
演習としては
上々か————と言うかあの儚げな女、今しがたこの俺を〝殿方
〟と……)殺し合いの最中だと言うのに、その瞳が気を散らせる。
(だが果たして、この戦法が
一人一人を見回して戦闘プランを練るが、『あの儚げな女』のところで視線が止まってしまう。
(まあ、どうしましょう……)
イエンのやや
(そんなに
『あの女』の邪念を振り払うべく、イエンは軽く頭を振る。
(ええい! 集中せよイエン、目当ての荷は奪ったのだ————……だが〝殿方〟とは、確か女が目上の男性に対し、尊敬を込めて呼ぶ敬称……)
肌も服も白を基調とした、黒髪の美人。
(なぜ恐怖の対象である俺を〝殿方〟と……?)
その白黒が、何故か色鮮やかに映ってしまう。
(でも私、知ってるの……貴方のように
殺し合いの最中に訪れた、数瞬の膠着。
(あの女は何故、俺を見て頬を紅潮させている? あの女は俺に対し、何を想っていると言うのだ!?)
(育ちの良さが垣間見れる、凛々しくも甘ァいお顔……息を吹き掛けただけで、そのお顔を情けなく〝あわあわ〟と歪ませ、私が思わずキュンッ……としちゃう反応を見せてくれて……興奮してるのね? ……私もよ)
二人の結婚適齢期の男女は、お見合いのように視線を邂逅させる。
(貴方は〝我慢に我慢を重ねなければ〟と必死にお顔を引き攣らせるのに、貴方の〝お筆〟は貴方の意思をまるで無視し、私の意思に従い始めてしまう……そして貴方も私が操る〝お筆〟に操られ、そのお遊戯ステイックを私が〝クリン〟と回すだけで簡単に限界を迎え、お丸いスティックの先端から波動拳を吐き出し、波動拳を吐き出し、意識はお空に飛ぶほどに昇、竜、拳————……っ! やだ、私ったら。遊郭でも無いのに何考えてるのかしら……)
慣れないイエンよりも慣れた遊珊の方が、遥かに妄想スピードが速い。
その二人の視線が邂逅した瞬間、
「……————っ!」
「————……っ!」
視線を振り払うように遊珊が顔を逸らした。するとイエンの心に焦燥にも似た気持ちが去来する。
(何故、戦いの最中に目を逸らす……? いいや。そもそも俺は、何故あの女を斬らなかった……)
いつしかイエンの視線に写るのは『五人』では無く、『遊珊』と『遊珊を見続け変な勘繰りをされないように目を逸らす為の四つの物体』へと成り代わっていた。
(だからか……この俺が手心を加えたことが、あの女に無意識的な信望を抱かせ……その無意識的な信望が、敵であるこの俺を〝殿方〟と呼ばせるに至らせた……? いいや、そんな説話のようなことが現実にあるハズ————)
〝殿方〟と一言呼び、恥ずかし気に瞳を逸らす。たったそれだけで深々とフッキングを決めるのだから、美女の人生とはイージーモードである。
(くっ……判らん! あの儚げな女の心中が判らん……お前の名は一体、何と言うのだ!!)
揺れ動くイエンの男心に対し、遊珊の心はひたすら一点に集中されている。
(意のままに操られていた貴方は突然、私を玩偶のように掴み倒す……っ! そして我慢に我慢を重ね、力みに力んだその力強さで、私の細い腰に逞しいお腰を狂ったように打ち付け、押し付け始めるのでしょう……!? その雄々しく反り返る〝お筆〟で上壁を押し上げ、衝車のように突き上げ、
すずり
も太腿も平らになるほど押し付けて、お亀のカリ首様で内壁を引き出しては突き抜け、押し付け、欲望のままに私を貫くのでしょうっ!?)(お前は、その怯えた吐息の裏に……どれほど可憐な顔を秘めていると言うのだ!?)
身体能力はイエンが圧倒的に上回っている。けれど妄想では遊珊が色々上回っている。
(そして貴方は、私に幾度も幾度も謝罪をしながら最後の一突きに全身全霊渾身の力を込め、ねじ込み、ねじ込み、捻り上げながら、岩のように硬くした〝お筆〟を肥え太った芋虫のように躍動させながら————ドビュン……ッ!! ドビュン……ッ!! ドビュン……ッ!! 嗚呼……レベル……アップ……アップ……アップ……!)
(よもや俺の力強い踏み込みが、女人に漢としての尊敬を抱かせるレベルに到達していたとは……その無意識的な尊敬が敵である俺を『殿方』という敬称で呼ぶに至らせた……!)
(嗚呼……捻じ込まれた芋虫さんが、掘りたての井戸のように噴出しているでありんす……! 井戸を掘り進むような躍動で、奥の壁へ……もっと奥へ、奥へ、奥へ、ほらまた、ドビュウ……ッ! ドビュゥゥゥ……ッ! レベル……アップ……アップでありんす……そう、もっと、まだまだ押し付けて……みなぎる命を全部、全部、わっちに注いでおくんなまし……嗚呼ン……わっちを若武侠様の芋虫様で、壊して、壊して、バラバラに……穢れたわっちを、若武侠様のお命で清めて……レベルを上げて……ハ嗚呼ン……溢れて……こぼれちゃう……)
(俺の
(命を吐き出し尽くした若武侠様は、狂おしくも情けなく……果ててしまうのね……
今、自分が『性的消費』され、あっという間に一回戦を終了させられたことをイエンは知らない。
(孤独な俺の人生……〝殿方〟などと呼ばれたのは、初めての事だ————)
そのイエンの脳には『殿方』という甘い響きがこびり付き、侵食し、浸透していく。
(御家の復讐に生きる日々……いつの間にかこの俺も、〝殿方〟と呼ばれる風格を身に付けていたのだな……)
男はいつの日も言い聞かされる————〝お前はそれでも男か〟〝男の癖に女々しい奴だ〟
男は女と違い、身体を使って人様をたらし込んではならない。
己の職業に殉じ、分野に貢献を果たさねばならない。
命を削って生産した利益を、弱者に分配せねばならない。
他者の利益を不当に奪う、嘘を吐いてはならない。
己が忠誠を誓う対象の為、その命尽きるまで戦い続けなければならない。
それが果たせぬ者は〝お前は女だ〟と蔑まれる————快楽のみに生きる女とは違い、男の人生とは角もハードモードである。
特に『童顔』『草食系男子』などと呼ばれるタイプは、そうとは言わぬものの、大抵が『男らしさ』というものにコンプレックスを抱いている。
だからこそ『元服の祝い』『成人式』といったイベントに憧れ、〝一人前〟という厳しい称号に想いを馳せ、その厳しい道を生きる我に畏敬を払う〝
(〝殿方〟……なんと……なんともはやな、響きなのか……ッ!!)
男の心に、深い杭を穿つ。
だからこそ、それを容易く入手出来る『なろう系』とは、馬鹿にされつつもあれ程までに支持を得ている。
遊珊はそんな男の『秘めたる欲望』を全て見抜いている、いいや————自分でも気づかぬ内、勝手にフッキングする言葉が出てくるのだ。
(〝初めての殿方〟を、敵である女に授けられるとは……俺の人生とは、かくも皮肉な道程か。フッ……)
そしてイエンは、自分から顔を逸らしながらも不安気な上目遣いを向ける遊珊に対し、
「————ッ!」
ついに『確信』に至る。
(間違いない……あの女は……凛々しくも力強い俺に、敵同士でありながら……ほ……惚れ……っ)