†炎壁術 赤塔† 中華の貿易相手はチベットだけ
文字数 4,537文字
「まあ、女ってのは
色々大変だもんな
……俺は理解してるから、大丈夫だぜ?」目を瞑って首を振り、囁くようなイケボで励まし、
「……ん、どうした?」
目を開けると、呂晶が眉を八の字にしていた。
『『 ————ッ!!!! 』』
火薬が弾けたような炸裂音、ウェイの右手が勢い良く弾かれる。
「アッハァーーーッ!! 俺の指がァアアアアッ!!!!」
突然の激痛でパニックを起こしたウェイは、手を抑えながら真横へダイブした。
地べたでのたうち、血走った目を上げる。
「お前ぇぇぇえ……っ! 街中で気孔撃っちゃ、いけないんだぞぉぉぉお……っ!」
それを横目で見下ろし、呂晶は言い放つ。
「うるせぇ。汚物を消毒しただけだ」
音に驚いた者達が注目したが、忙しいのですぐ作業に戻った。
【炎功】炎壁術 赤塔
高圧炎孔を噴き出し気孔耐性を高める防御術。人間を数メートル吹っ飛す威力を持つが、呂晶のそれは大した熱も込められず、ウェイや他の者達より貧弱。けれど、密着で弾ければ威力は痛い。
『氣功』とは明確な殺意を以って放つ武器————
冗談でも仲間に矢を射掛けないように、街中で放つモラルの無い気功家は少ない。
「お前ら女は、よく……! 〝男は生理に理解が無い〟っ、て言うじゃねぇか……!」
「当然だ」
呂晶は背を向けたまま返答する。
「アタシら女は、生理というデバフの真実を決して語らない……お前ら男が生理を理解することは永久に無い」
「な……っ!?」
呂晶はウェイのダイブが面白かったため、目を合わさず笑いを堪えている。
知らないウェイは指を咥えてシュンとしてしまう。
(呂晶……お前、反抗期ってやつなんだな……?)
花雪商隊一五〇名は現在、宋西都『長安』に向けた旅支度をしている。
積荷は、長安以東に運べば申し訳ない値段で売れる物、輸送を繰り返すうちに金を上回る値が付いた物もある。
他には学術的な資料、値打ちは無いが大切な贈り物などを託される。
(私が思わずくすねたくなるような、宝石もな————)
珍しい物が好きな呂晶は、馬車に積まれた仰々しい箱に手を伸ばす。
ウェイはその様子を〝ジトリ〟と覗く。
「呂晶────……」
現在、『宋』と『西夏』はこの敦煌を奪い合っている————と言っても、宋がこの地を領土としたことは只の一度も無い。
二〇〇年以上も前に『唐』という国が領土としていた
事もあった
為に、宋は自分の領土と主張している。唐が滅びたのは西暦九〇七年。
九六〇年に宋が建国される五十三年間のあいだにも『五代十国時代』という期間があり、これは唐が
十国以上
に分裂して殺し合い五回も王朝が移り変わった
という意味だ。もはや『唐』と『宋』に繋がりは皆無。
この後、千年後────二十一世紀でも『中華人民共和国』という国は関連の無い『唐代』や『清代』の領土線を持ち出しては〝我々の先祖がこの地を統べていたのでこの地は我々の物だ〟という情けない主張と共に周辺国を侵略している。
そんなだから二十一世紀になっても三十一世紀になっても一人頭のGDPが上がらず、隙あらば分裂しようとする香港や台湾が後を絶たないのだ。
一党独裁、恐怖政治で無ければ国を纏められず、その恐怖政治が反発と分裂を生む負のループ。
蟲のようにおぞましい民族性は気の毒ではあるが、海を挟んだ日本からすれば迷惑なだけの存在である。
唐代以降の『敦煌』がどんな経緯を辿ったかと言えば────
そもそも『敦煌』は唐代から独立していた地域であり、唐の滅亡後はウイグル民族と融和し、
ウイグルの領土
であった。その後はチベット系民族・タングートに侵略され、敦煌を含めた河西回廊を奪われる。これが現在の『西夏』である。
現在の
けれど現在の宋————つまり『中華』が貿易出来る相手とは『
〝シルクロード〟と聞くと中華の印象が根強いが、中華とは端にくっ付いている分際であり〝たかが絹が金より高値で取引される〟のキャッチフレーズを体現してきた『シルクロードの本当の主役』とは、アラブやウイグルの商人なのである。
けれど、それでも————
主役の彼らが取引している『絹』とは、
二十一世紀、中国がチベット・ウイグルに暴虐を働いている理由も『散々俺らをダシにしやがって、今度は俺らがお前達をダシにしてやる』という逆恨みのような民族感情が大半を締めている。
習近平の唱える『陸のシルクロード』とは、蟲国永遠の憧れ。
輸送の主力が船や飛行機に移り変わった二十一世紀に、陸路にこだわっているのはそれが理由だ。
その嫉妬深い民族性は宋代でも変わらず、十一世紀の現在でもやはり西夏に嫉妬と羨望を向け〝敦煌は本来、宋のものなのに!〟という情けない主張で侵略を行ってはいるが、結果は『逆に西夏に宋領土を奪われてしまう』という情けない結果に陥っている。
貿易都市である敦煌が衰退した理由も見栄、戦争、無意味な関税で、宋が自分から貿易を阻害したから。
他者から奪い、奪われるが営みの蟲国に『自業自得』という言葉は無い。
劣等感と逆恨みで戦争を仕掛けるほどの憎しみを抱きながら、それでも喉から手が出るほど彼らと貿易がしたい————
結果、西方輸入品には馬鹿みたいな高値が付き、
貿易さえ出来れば
行商人は一気に億万長者という寸法だ。憧れ、嫉妬、自己妨害が、西方輸入品の値を跳ね上げている————という事は、
陸路が安定すれば
値が下がってしまう
のである。習近平が求める『たかが絹が金より高値で売れる
国民からすれば安く買える方が有り難いが、ウイグルチベットへの暴虐により、中国の国際評価は益々悪化。
持ち前の蛮族性も手伝い、二十一世紀では日米諸外国から包囲されてしまう有様だ。
やはり蟲国は『世界の工場』として『安かろう悪かろう』を二束三文で買い叩かれる道しか無いのだろうか。
馬鹿な民族性は気の毒ではあるが、日本も他者を笑える程では無い。
こうして河西回廊は、長安から敦煌、もっと西のウイグル、もっと西のヒマラヤ、それを越えたアラブ、ペルシア、その先の『ローマ帝国』まで続いている────たまに嘘か誠か、エジプトやアフリカ由来の品まで紛れ込むらしい。
今回、呂晶達が運ぶ積荷もほとんどは、敦煌よりも西方由来の品ばかり。
そして、これら
戦争中の両国
を堂々と往来しているという事────それはこの花雪商隊の『権力』が、国の枠をも越える事を示している。「喝ッッ!!!!」
ウェイの気合に、呂晶は『ホールドアップ』する。
「うわぁっ! ビックリしたぁ!」
ウェイは〝ジトリ〟と顔を寄せる。
「お前……今、パクろうとしただろ?」
「しっ、してねーよ……スリなんてダセーことはしない。ちょっと見ようとしただけだ」
呂晶の声は不自然に上ずっている。
「てかっ……何盗ろうと、お前に関係無くね!?」
「護衛は見張りも仕事なんだよ。本当はお前の仕事だけどな」
この商隊の人員は、三つのグループで構成されている————
商品を輸送管理する『商人』
必要物資を帯同する『輜重班』
武力で敵を排除する『護衛隊』
現在、商人は商品管理と積込みを行っている。輜重兵は人と動物の食料、水、医薬品、矢、天幕、補給品の管理で最も忙しい。
一方、呂晶のような『護衛』は楽なもの。食事も水も支給され、盗賊も出なければ旅行気分で丸儲けだ。
代わりに護衛の命は積荷より軽い────盗賊が出れば身体を張って壁となり、損害が出れば降格と共に給料を減らされ、負傷の度合いによっては生きたまま砂漠に打ち捨てられる。
砂漠の物資は人の命より重いからだ。
「……ったく。〝腕斬られた奴もいる〟て言ったろ?」
「だから、してねーって。そっ、そんな奴がいたら、アタシが真っ二つにしてやるんだから!」
呂晶はツンデレのような事を言いながら、呂晶は周りを見渡す。
(コイツら、毎回こんなお宝運んでよく魔が差さないな……感心するよ)
日本のセルフレジでも、五人に一人は高齢者が万引きしているものだ。
(価値も判らず運んでるのか、それ以上の報酬が出てるのか……)
────さっき、一番遠くから来たという
内容は神を祀る物、一番つまらない物だ。
前に石窟を漁りに此処へ来た時もそんな物しか見つからなかった。旅費の足しになればと幾つか掘り起こし、此処の役人に売り払った。
後で聞いたらその役人、仏教を信じてた奴らしく〝これは石窟に奉納すべき逸品だ〟とか抜かしながら、ご丁寧に別の穴蔵に埋め直したらしい。
宗教家ってのはどうしてこう頭が悪いんだ。盗んで売ってを繰り返し、永久機関が出来るのでは? と、考えたほどだ。
一応、海を割ったり自己再生できる『設定』はあるらしいが。
宗教など愚民を扇動する
アタシはいつか大秦の女と、『姉妹の契りを交わす』という目標を持っている。『恋人の契り』とかでも良いな。
故郷でアタシと同じ武器を使っていた
髭オヤジ
が、同じく髭の王とそんな誓いをしてホモっていたからだ────だったらアタシは、色目の女とだ。皆が憧れる西方よりも西方、大陸の反対にいる、金髪碧眼でイカした女と契りを交わすんだ。
人間は強い子を作るため自分に無い強さを持つ相手を求める本能がある。子を作るつもりの無い私も異国の姉妹なら何かを託すに申し分ない。地元の奴とつるんでもつまらないし、古き王と同じでは癪に障る。
私は今に、この
「どうした、お前……一人で頷いたりして」
コイツはキモイから無視しよう────だが、大事なのはそこじゃない。
遥か大秦から運ばれた、おそらく朝廷礼部に納める公的な学術資料。そんな物の運搬まで任されるほど、この隊商の信頼は高い。
他国を侵略する軍隊、
国民から搾り取る政治家、
底辺を扇動する宗教、
それらとは違う新たな勢力────物流を統べる行商人。
この隊商はおそらく、その最先端を行っている。
ここまで権力を伸ばした理由は『象』と『護衛の数』だけでは説明が付かない。
他にも理由があるハズだ。
(となると、やっぱり大臣の娘である、あの二人────)
『『 ファー殿! どうぞ! 』』
気合の入った声が響き、
「……────なんだよ、うっせぇな」
自分の世界から引き戻される。