†拾玖† 絶体絶命
文字数 3,319文字
巨人が世界に叫ぶ。
『『 うああああぁっ!! 』』
景色を震わせるほどの咆吼────全員、反射的に耳を塞ぐ。
氣功という自然現象を操る彼らでも鼓膜は鍛えようが無い。
『なん……っつー声だ……クソォォォ……ッ!』
甲高い音を響かせ、尾を覆っていた氷が砕け散る。短くなった髪、千切れ掛けた腕を振るい、白霊が
閃光の体勢に入る
。全員に戦慄が走る。
『『 ————ッ! 』』
ウェイの顔は絶望に染まる。
「ヤバイぞ……」
あれほど大規模な術にも関わらず、二撃目が想定よりずっと早い。先の放電、あれが攻撃ではなく
「化物め……! 断末魔という訳か……────む、うずくまっているのになぜ皆、呆けた顔を……?」
気付いていないのは背後にいるイエンだけ。
「ぐっ────はぁっ!」
その頭と肩を踏み台に、何者かが跳躍する。
(どう責任取りゃ良いんだよ!? とにかく、逃げっ────……)
ウェイの位置でさえ、避けられるかギリギリのタイミング。それより前にいる者達は————
「逃げんなァアアアアアァッ!!!!
計画通り
だァアアアアァーーーッ!!!!」白霊の肩から出てきた者が、白霊にも及ぶ声を上げる。高いのか低いのかよく判らない、上からだと尚さら響く声。
〝ぜんぜん計画通りじゃない〟誰もが思う。
「今、逃げたら────今までの犠牲は無駄になんぞオオオォォォッ!!!!」
その中で一人、ウェイの目が見開く。
「……っ!」
その者は器用にも、ウェイ隊の〝手信号〟を送りながら叫んでいる。
五本指を広げ、縦に握り、中指を立て、親指を下に向ける。そのサインの意味は、
(花雪、剣、刺突────……了!)
白霊の背に、骨董品のような剣が突き刺さっている。
【
花雪が剣舞を踊り氣孔を込めた剣には極大的な【幽氣道力】が宿る。花雪が望む結果を引き寄せ、持ち歩くだけで運気を上昇させるラッキーアイテムとされるが、効果の多寡は不明。
【幽氣道力】
氣孔を二股に形成した際に起こる、経脈集中箇所へ誘導されるダウンジング現象。『一寸ズレていれば死んでいた矢』を『死んだ』にする
「ウェイッ!」
「応ッ!」
ユエが伸ばした右手をウェイが掴む。握り締めた経脈へ大電力が流れ込む。
【環流】
氣功家共通技術。氣孔の残滓を回収し、次弾へ
【通し】
氣功家共通技術。他者の経脈に氣孔を流し、破壊や伝授を行う。
【雷功】
一帯の静電気を凝縮して打ち上げる。ユエの奥の手。
氣孔の尽きていたユエはこの場の氣孔を黙々と集約、雷孔に変換していた。その身体と同様、大きな氣孔を扱うに長けたこの男の為に。最大の一撃が必要となるであろう、こんな
(
激しい電圧にウェイの顔が歪む。止まりそうな心臓をアドレナリンで無理やり躍動させる。
何故なら流れ来る雷孔が、多くの情報を伝えて来たから────
こんな華奢な身体を満身創痍になるまで酷使していた事、そんな状態でもなお自分に負荷を掛け、相手の負荷を減らそうとしている事。
そして『アナタになら全てを預けられる』という信頼が、雷撃と共に伝わって来る。
(やっぱりお前は、出来た女だよ!)
白霊の両掌に黒い氣孔が集まっていく。このタイミングでは近接組は逃げ切れない。飛び散った鱗や肉片は新たな生物を成そうとしている。ここで倒し切るしか道は無い、
『クッソォ……!』
何よりも、何よりも、
『ちくしょう、ちくしょう……!』
前方の戦友を見捨てれば————武侠がすたる!
『もう、どうなっても知らんぞォォォーーーッ!!!!』
誰かの声を皮切りに、後ろを向いた足先が次々と反転する。
ウェイは逆手に持ち替えた槍に【獅子吼】と【火魂陣】を
「師よ────ッ! 俺に力を与えてくれェエエエエエーーーッ!!!!」
槍の穂先に三万度のプラズマが形成される。二人の命を込めた槍を、渾身の【飛龍槍】で投擲する。飛翔したプラズマは空気中の分子を焼失させ、一本の赤い線を描く。
『クソッタレェェェーーーッ!!』
『『 オォオオオオ゛ーーーッ!!!! 』』
本当なら全力で逃亡すべき時間────〝命の蝋燭〟を〝溜め〟に費やし爆発させる、文字通り死力を尽くした三度目の一斉飽和攻撃が、無数の線を走らせる。
(曲がった……!?)
ウェイの槍が突き刺さる瞬間、無数に分岐する。腰部を貫いた一本だけが結果として確定する。
続け様に轟音が轟く。
『『 ————ッ!! ————ッ!! ッ!! ッ!! 』』
巨人の体表が飛散し、ピンボールのように跳ね、そして────
『……
倒れるぞ
!』ビルが倒壊するように、ゆっくり落ちて来る。
『退避ィィィーーーッ!!』
難攻不落の要塞が地響きを立て、ついに地面に手を付けた。
真上から見れば
うなじがガラ空きだ。「もらったァアアアアアーーーッ!!!!」
白霊の頭上を跳躍していた呂晶が天井に矛先を向ける。切っ先から炎功が爆裂すると降り注ぐ地下水が爆散し、そのままミサイルのように
真下へかっ飛ぶ
。「死ィィねェエエエエエーーーッ!!!!」
人を殺すには不必要だが、化物を殺すには丁度良いギロチンが振り降ろされる。
『『 ————ッ!!!! 』』
巨大な首が跳ね上がり、骨を切断する気色悪い断絶音と、赤黒い鮮血が吹き出す。
【黒殺槍法】離魂槍 制
黒殺槍法の
防御されること
を前提とした斬撃技。相手の意識を奪う力任せの唐竹を放つ。身体に走る手応えに、呂晶の脳に地下五階での会話が想起される。
(こお……
(強い奴がいるのか────この下に、お前より強い奴が)
(…………)
(なら、ソイツを殺して────アタシが〝最強の責任〟を全うするよ)
「────やれェッ! ルージィィィンッ!!」
「まァだまだァアアアアーーーッ!!!!」
呂晶の瞳が輝きを増し、白霊のうなじから閃光が迸る。
『『 ————ッ!!!! 』』
ダメ押しの【爆功】が炸裂、一瓶百貫文は下らぬ白霊の血液が爆散し、滝のように降り注ぐ。
ウェイは拳を握る。
(首に入った……うぉっしゃああああっ!)
隙を生じぬ二段構え。あの女の
(やった! あの野郎、マジでやりやが————……っ?)
吹き出た血液と地下水が煙を上げ、炎を消す。
ウェイが握った手と、握り返された手が緩む。
(浅い……っ!)
人間なら即死の深さ。だが相手は人間の顔をしていても、人間では無い。
「そうだった……」
爆薬は基本的に
弱い
────必要な燃焼物質を内包し、自身だけをエネルギーに変える孤独な性質故に、酸素など他者のエネルギーを借りる物質に比べ、燃焼効率が悪いからだ。
ダイナマイトの原料・ニトログリセリンでさえ、その発熱量は灯油の七分の一。小さな空間にエネルギーを収束し、酸素の無い宇宙空間でも爆発する────けれどそれは、音速よりも速く燃え尽きる。
「
見た目と衝撃は派手だが、
溶かし斬る熱を込められない
。(この力……っ!)
その呂晶の顔が焦燥に変わる。首の筋繊維が次々と破裂し、菌糸のように融着していく。奇っ怪な音を立て、食い込んだ矛ごと締め付けながら、白霊の首が持ち上がっていく。
【急速再生能力】
小小、四獣、神武などが用いる回復能力。脳の信号を絶たない限り半永久的に再生する。
白霊は倒れていない。
「っの、野郎ォ……ッ!」
呂晶がもう一度、爆功に力を込めた瞬間。
「————……ッ!」
呂晶の青白い
「ちょ……っ!」
鬼から人に戻った。身体は重石のように動かなくなり、力無く矛にしがみ付く。
瞼を失った
「あっ……あはは……」
その生命を握り潰すように、巨大な瞳孔が力強く収縮する————静寂の中、小さく裏返った声が響く。
「いっ……意外と…………美人…………スよね……」
真っ白な閃光が迸る。