†中世中華のお風呂事情①† 裸の触れ合い
文字数 3,489文字
サイドを細く束ね、後ろ髪を降ろしたツーサイドアップ。
二つ縛りとロングヘアーのどちらにも憧れ、どちらも自分のものにしたいけど、どちらの属性にもなりたくない、
(優柔不断の————ムカツク髪型)
性格など問うまでも無い。こいつはムカツク女だ。
「あっ……ああ。よろ~っ!」
呂晶は大袈裟に身体をくねり、片手を振る。対どうでもいい女友達用の営業スマイルだ。
遊珊は朗らかな笑顔で言う。
「私、いつもは一人で泊まっていたのだけど。今日は三人だなんて、何だか嬉しいわ」
「えっ、このクッ————美鈴ちゃんも一緒に?」
〝このクソアマ〟と言いそうになるのを堪える。
美鈴はやはり可愛らしく、元気に答える。
『私も、いつもは一緒に泊まってた相方がいるんですけど、今回はその子が来れなくて……寂しいなって思ってたら、遊珊先輩が誘ってくれたんです!』
そう言って、右と左へ跳ねるようにお辞儀する。
『お二人とも、お邪魔しちゃってすみませんっ!』
その仕草が逆に、癇に障る。
「そうなんだぁー……よろ~っ!」
さっきと同じ社交辞令で精一杯だ。
(邪魔なのは判ってんだよ……雌豚は牛舎に泊まって藁でも食ってろ!)
顔では笑顔を作りながら、心の中では斬り捨て、刺し殺す。
「それじゃあ、お風呂に行きましょう! 良いお風呂屋さんがあるの~っ!」
遊珊も掌を合わせて身体をくねる。呂晶と同じような仕草なのに、それは清楚で艶めかしい————と思うと、そのままぴょこんと両手でガッツポーズする。
「私、案内しちゃうんだから!」
遊珊は幼少期に奴隷として売られて以来、遊郭から一歩も出ずに育った。友人と遊ぶことは新鮮なのだろう。
あくまで友人としてだが。
「うん~、そだね~。じゃ、そこ行こ~……」
アレコレ妄想していたのに、全部パーだ。友人として遊珊と居ることは、呂晶にはとても辛い時間だ。
(ガッカリだぜ————やっぱイケメンとしっぽりヤッときゃ良かった)
呂晶と美鈴は遊珊に手を引かれ、旅館に入っていく。
『あっ! お二人は石鹸持ってますか? 私、
「あら、ありがとう。お言葉に甘えちゃおうかしら————ね、呂晶?」
「うん~、じゃアタシもー……」
傍から見れば、仲の良い三人娘だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
此処は小山の崖を利用して作られた、風情ある浴場の一つ————面倒で天井を作らなかった為に、露天である。
露天風呂は千年後であれば貴重なものだが、今はその価値に気付いている者はあまりいない。
『あのあの……呂晶さんて、すっごく強いんですよね? 遊珊先輩から聞きました』
多少の湯で身体を流した後、竹製の桶に座った美鈴が隣の呂晶に声を掛ける。見た目通り人懐っこい性格のようだ。
「ンまねぇー。今の中華でアタシに勝てるのは……カミタケくらいっしょ」
この時代、『風呂』の習慣は地域によって疎らである————乾燥地帯では娘の結婚前日に近所から水をかき集め、ようやく花嫁に沐浴させるような民族もいる。一方、水源近くの蘭州では公衆浴場が多く営まれている。
三人娘は会話をしつつ、身体の垢を布で擦る作業に入る。
『その人、知ってます! 江湖の火霊宮で師範代してる人ですよね。私の友達がお茶した事があって————』
露天浴場から覗く雄大な景色。
日は暮れているが夜の黄河もオツなものである。星空を映した河面はさながら天の川のように幻想的だ。備え付けの灯籠が贅沢な空間を演出し、眼下にも同じような灯りと湯煙が幾つか見える。灯籠には利用者が自分で火を付けなければならないのだが、そんな所もいちいち風情だ。
こちらの宿のお値段は食事付きで一泊銀一両。極東の島国の通貨で一万円程度である。
(まったく、この雌豚……ブヒブヒ響く鳴き声してやがる。耳ん中まで獣姦されてる気分だ)
心の邪悪さはさておき、裸体だけは麗しい三人娘の声が周りの竹や岩、湯面、お互いの柔肌に湿っぽく響き合う。湯気で息苦しいせいか、ついつい大きな声になる。
すると、生まれたままの姿で髪を濡らす遊珊が月明かり照らす黄河に不安な瞳を向ける。
「やだ————今、あそこで何か動いたわ……」
言いながら股間の手拭いを伸ばして抱え込む。
「誰か覗いてるのかしら……?」
呂晶が宥める声を掛ける。
「あはは……先生、ありゃ魚が跳ねたんだよ。アタシが見張ってるから大丈夫だ。ふひっ」
頼もしい台詞と気持ち悪い笑いを口にしつつ、幼女のように穢れない裸体が蠢く様を存分に視姦する。
遊珊が唯一纏っている手拭いは、垢を擦るための小さな物だ。いくら引っ張って伸ばそうが————いいや。引っ張るからこそ紐のように捩れ、せいぜい片方の乳首と、細長いヘソの半分しか隠せていない。
頼りない布切れに縋り付く姿は隠していない時より遥かに情欲を煽る。遊郭にいるとこういう仕草が身に付くのだろうか。
『魚ですか? この辺だと、
花魚
ですねぇ~』美鈴も覗かれる心配は全くしていない。
黄河は湖のように広く、望遠鏡でも使わなければ対岸からは覗けない。覗ける視力を有する者もいるが、その便利な左眼を持つ者は遥か西方にいる、しかも少女である。
そして『望遠鏡』が作られるのは数百年後であり、とりあえず数百年は対岸から覗かれる心配は無い。
遊珊は黄河の魚に向かって、少量の泡水を投げ付ける。
「あはんっ! もう、ビックリしちゃったわ……エッチなお魚さん」
警戒を解くと、抱えた手ぬぐいを太腿の上で折り畳む。
呂晶は心の中でガッツポーズする。
(〝エッチ〟いただきました!!)
いくら身体を強張らせようと、たったの一言で弛緩させ、また一糸纏わぬ姿に戻すことが出来る。
裸体で緊張する姿もソソるが、そちらはバイで無くとも見られるもの。いやらしく
視姦
していることすら悟らせず弛緩
させる。何も知らない女を操る優越感こそがバイの楽しみというものだ。『夜の河って……怖いですよねぇー……』
手を止めた美鈴が、無表情で語り出す。
『この辺は黄河妖怪が出るらしいですし————』
明るい性格とのギャップが不気味さを演出している。
夜の黄河も美しいが、21世紀のように街灯が見える訳でも無い。暗い水場に灯篭が灯るこの露天は実際、『怪談』をするには最高の場所である。
それは、只でさえ晒け出されて敏感になっていた遊珊の白い身体————それがちょうど弛緩した無防備な瞬間にピンポイントで刺激を与えるように、強力な焦燥を駆け巡らせる。
「やっ……! いやっ……ちょっと、美鈴ちゃん!?」
遊珊は弛緩した身体を再び緊張させ、不安の瞳を美鈴に向ける。
美鈴は遊珊を見ず、何もない正面に目を見開いたまま、不気味な独り言を続ける。
『もしかして……今もあの川底に、ウヨウヨと…………びっ……しりと……!』
「美鈴ちゃん、怖いわ……ねえ、急にどうしたのよ……?」
『黄河怪』もしくは『黄河妖怪』とは、黄河上流に出没する手足の長い爬虫類生物である。ワニに近い習性を持ち、獲物を水中に引きずり込んでは集団で貪り喰う。
この黄河中流では数年置きに戦争が起こり河が真っ赤に染まるほどの夥しい死体が定期生産される。上流に生息していた黄河怪は死体を漁りに、いつしか中流へ棲み着くようになった。
黄河怪は人間の武器を拾って振るう知能があり、人の皮を剥いで被ったり、意味を理解しているかは不明だが言葉を発する個体もいるとされている。
まるで『人間になりたがっている』かのような黄河怪のイメージは、その容姿も相まって女性の『キモイ』の代表格だ。
定期的に駆除隊が結成されているが、水中を縄張りとしている為になかなか根絶に至っていないと噂されている。
『泡を投げられた復讐に……おぞましい鱗肌が次々と河から這い出して……今宵、先輩に……集団で、夜這いを……!』
「もうっ! 美鈴ちゃん、やめてったら……! 私、そういうの苦手なのよぉ……」
遊珊が肩を揺すっても、美鈴は独り言を続ける。虚ろで力無く、目だけを見開き、まるで悪霊にでも乗り移られてしまったかのように。
『おまえかぁー…………泡投げたんは、おまえかぁー…………』
「やっ、やだ……! あっ……ちょっとぉ……」
その一言一言が遊珊に悪寒をまとわせ、白い裸体を痙攣させる。
呂晶もその様子に目を見開く。
(テメッ……雌豚ァ!! アタシの許可なく先生を、イジメ……ッ!? それはアタシのポジション————ああっ!! テメェせいで先生が、先生が……また、乳首を隠しちまったでしょうがァアアアアッ!!!!)