革命の魔女だから
文字数 3,796文字
1.
樅 の木と迷宮の壁の陰に、今日もその二人はいた。
「ミシマさん」
不機嫌な態度で呼び、スアラは鞄を木の根本に置いた。リリスに対しては呼びかけなかった。嫌いだからだ。
「チルーでいいよ」ぎこちないながらも精一杯の親しみを込めて、チルー・ミシマは微笑んだ。「私たちもスアラって呼んでいい……よね?」
スアラは黙った。不快だったわけではない。どう反応すればいいのかわからなかったのだ。
「今更どうでもいいよ」
「じゃあスアラ、話して」
有無を言わさぬ圧力でリリスが微笑んだ。
「そっちから話して」
制服のスカート履きのまま、冷たい土に胡座 を組む。脛 から体温が下がっていく。チルーとリリスは驚いた様子だが、二人ともスアラの振る舞いにあわせた。リリスは片膝を立てて座り込み、チルーは太い木の根に腰を落ち着けた。
リリスは意地悪く尋ねた。
「話してって、何を?」
「私のものを見つけたって言ったよね。しかもそれを『奏明』の魔女の作だと思った。何を見つけたの?」
「薄々わかってるんじゃない?」
「待って」チルーが割り込んだ。「私が話すね」
ラナという女性との出会いについて、媚びるような笑みで語るチルーを見ながらスアラは思った。この人、大変そう、リリスの隣にいる限り。スアラは胸騒ぎと期待が同時に膨れ上がるのを堪えながら聞いた。そして、子供たちのために花を編む鎧の話になると、目を見開いて身を乗り出した。
「思った通りだ」
リリスは癇 に障る笑みを消した。
「君のものだったんだね」
「どこに行ったかずっとわからなかったの。それで?」
だが、スアラの表情が最も激しく反応したのは、銃撃に巻き込まれた下りに差し掛かってからだった。チルーにとって、話すのはつらい出来事だった。その部分については代わりにリリスが話した。
青ざめているのは、日が暮れかかっているからだけではあるまい。
「大丈夫だよ。ほら、私たち、怪我をしなかったし」
チルーの言葉を聞くと、スアラはもとの不貞腐 れた態度に戻った。
チルーは確信した。
なんだかんだ、嫌そうにしながらショックを受けたり心配する。この子、隠しているけどやっぱり優しい子なんだ。でも、どうして?
どうして不機嫌な態度で自分を隠すの?
旅の理由には触れず、教父にまつわる一件のみを二人は語り終えた。
「そういうわけで、あなたの鎧を私のお父さんに渡したであろう人に会いたいんだけど」
スアラは押し黙った。唇をきつく結び、誰にも覗き込まれずに済むように目を伏せなければならなかった。そうしなければ泣いてしまいそうだった。
それは遠い記憶。
滲む色彩のような。
色鮮やかだった世界。
毎日抱きしめて眠ったぬいぐるみの毛並みと匂いのような。
まだ愛情に満ちていた頃の父の肩車のような。
まだ陽気だった母が毎日焼いてくれたケーキの匂いのような。
そんな記憶。
陽だまりの中で、スアラを守る鉄の騎士はいつも隣にいた。眠くなれば、固く冷たい腕に抱き、寝床まで運んでくれた。転んで大泣きすれば真っ先に駆けつけた。
だが、結局それを処分したのはあの両親だ。
「あれは」
震えた声にならないよう、低くゆっくりと喋った。
「先生が作ったの。私に『奏明』の賜物 の使い方を教えた――」
リリスが何が言おうとするのを、チルーが身じろぎして止めた。
「――あんたの父親については聞いたことがないけど」
「スアラのお父さんに、取り次いでもらうことはできる?」
優しく尋ねるチルーに、頷くことも、すぐに断ることもできなかった。断る口実がない。
リリスが質問を変えた。
「お父さんにあの鎧がどこに行ったか聞いてみることはできないの?」
スアラには首を横に振るしかなかった。
「うちの父親は普通じゃないんだ」
今度はチルーとリリスが言葉を詰まらせた。スアラが口を固く閉ざせば、二人は目配せをしあう。
チルーが聞いた。
「こんなことを聞いてごめんね。その……もしかして、お父さんは心の病気なの?」
「病気?」スアラは聞き返した。不思議とおかしかった。「ああ、そうなのかも」
「君に賜物の使い方を教えた先生は?」
「先生はいなくなった。追放されたんだ」
同時スアラは四歳か、五歳か、もしかしたら六歳だったかもしれない。理由は今も聞けない。鎧の騎士は忽然と姿を消し、優しかった師である魔女も消えた。
その頃から、父はスアラを殴るようになり、母は冷淡になった。
チルーは困惑し、リリスはせっつくような視線を突き刺してくる。その沈黙が長いので、スアラは仕方なく代案を出すことにした。茜の夕陽は樅の梢 に僅かに消え残るのみとなっていた。
「お父さんに、先生がくれた私の騎士をどうしたか聞いてもいい」
チルーの目に希望の光が閃くので、スアラはすぐに付け足した。
「でも、タダじゃやだ」
「何がほしいの?」
「チルーの鳥をちょうだい」
喉を凍りつかせるチルーに代わり、リリスが答えた。
「それはダメ」
「なんで?」
「あれはチルーの鳥なの。他の人にはあげられない」
チルーは唾をのんだ。声は出る。大丈夫。
「鳥飼いは、自分の鳥を失ったら廃人になるんだ」
「そうなの?」
「うん。全ての鳥が自分の鳥になれるわけじゃないから……ごめんね」
「ふぅん。じゃ、いいや」
さすがに、不愉快な父親と話をつけるかわりに廃人になれと要求する気はなかった。
「それに、チルーの鳥は特別なの」
チルーが息をつまらせてリリスの顔を見たとき、彼女は笑っていた。スアラは眉を寄せた。
「特別?」
「私たち、旅の目的もきっかけもまだあなたに話してない」
「リリス」
「話すよ」と、断言した。「話をやり直そうか。私はチルーの鳥について知ってることを全部話す。その後に、どうしてスアラが鳥を必要としているか話して」
こうなったら口は挟めない。チルーは諦めた。スアラも。旅の話を黙って聞いたあと、スアラは約束を守り、話した。
「作品の仕上げに必要なの」
「作品って?」
「私は『奏明』だから」
スアラは右手を上げ、手振りを交えようとした。何か大きな物を表現しようとしたように見えた。だが、途中で意思が萎えたのか、手を下ろした。両手を腹に押し付けて、前屈みになった。
「その、ちゃんと一人前だって認められるようなものを作らないといけなくて」
「どういうものを作ってるか、聞いていい?」
「鯨」
「もうちょっと詳しく」
「空を飛ぶ鯨……」
微かな興奮が、チルーの耳から背中に滑り落ちた。喜びに似ていた。空を飛ぶ鯨! なんて素敵な響きだろう。
「そんなの作れるの?」
「ただ飛ぶだけじゃない」スアラは間接的に肯定した。「私を乗せて飛ぶんだ」
「人を乗せて?」
「言語生命体は長く空飛ぶ技術の再開発を禁じられていた。でも、最近南ルナリアから来たグロリアナの新しい指導者はそう考えてないらしいよ。聖娼ティエイラ……その聖骸がある『聖母の涙修道会』にいた修道士崩れだ」
「その人が、スアラちゃんに空を飛ばせたいの?」
リリスが質問を上乗せした。
「かなり大きな作品だね。そうじゃない?」
「まあね」
「飛ぶの?」
「連想と物語付けが術者の中に十分にあれば可能なはずなんだ。術者っていうのはこの場合私なんだけど」
「私は石工と鳥飼いのことしかわからないけど、その物語付けとやらに鳥が必要なわけだね」
「うん」
スアラは両唇の端を上げた。無意識の微笑みだった。
「空の鳥と海の鯨が出会って、世界を変えるんだ」繰り返す。「世界を変える……」
微笑みは消え、声音の鮮やかな色も褪せた。
「世界を変える。戦争で使われるんだ、必ず。私、奴らが何のために私に鯨を作らせてるのか知ってる。空から爆弾を降らせるんだ」
「まさか!」
チルーは大声を出し、それから慌てて周囲を見回した。薄暗い公園のそこかしこに人の気配、特に愛を交わす人々の気配があるが、誰もチルーたちに興味を向けていないようだ。
改めて目を向けたとき、スアラは泣き出しそうに見えた。
「鯨が飛ばなきゃ私が戦場に送り込まれるよ。だって私、革命の魔女だもの」
そんな、と言い差して、だが何も言えなかった。
「公教会の天使と戦って、私、生き残れる気なんてしない」
「でもさ」
わざとらしいほど軽い声でリリスが話を変えた。
「それ、チルーの鳥である必要はないんだよね。鳥でさえあれば、訓練用の鳥でもいいわけじゃん?」
「特別な鳥だと知ってしまった以上、チルーの鳥であるほうがいい物語付けができそうだけど……できるの? 訓練用の鳥、手に入る?」
「鳥飼いがいる教会から盗むことになるね」
「リリス、盗むのもそうだけど、無理だよ」
チルーは左手の指で右の掌を軽く打った。
「訓練用の鳥を捕まえるには右手を空 けておかなきゃいけないもの。カワセミを放さないと……」
そうしたら、巡礼が来る。
あれは昨夜のことだった。巡礼にスアラが引き寄せられたのは。ルシーラが……。
幼い兄妹が。白いカーテンの陰から、アルカとマルカが外を見ていた。
スアラが鋭く息を吸った。顔が青ざめていく。昨夜の巡礼を思い出し、チルーにも吐き気がうつってきた。
リリスは顔色一つ変えないが。
「帰る」
短く言って、スアラは後ろを向きながら立ち上がった。樅の木を離れ、小走りで公園を横切っていく。
あれは。あの巡礼はチルーがしたことだ。ルシーラが長男を殺したのは。
リリスがチルーの二の腕をつついた。
「尾 けるよ」
「ミシマさん」
不機嫌な態度で呼び、スアラは鞄を木の根本に置いた。リリスに対しては呼びかけなかった。嫌いだからだ。
「チルーでいいよ」ぎこちないながらも精一杯の親しみを込めて、チルー・ミシマは微笑んだ。「私たちもスアラって呼んでいい……よね?」
スアラは黙った。不快だったわけではない。どう反応すればいいのかわからなかったのだ。
「今更どうでもいいよ」
「じゃあスアラ、話して」
有無を言わさぬ圧力でリリスが微笑んだ。
「そっちから話して」
制服のスカート履きのまま、冷たい土に
リリスは意地悪く尋ねた。
「話してって、何を?」
「私のものを見つけたって言ったよね。しかもそれを『奏明』の魔女の作だと思った。何を見つけたの?」
「薄々わかってるんじゃない?」
「待って」チルーが割り込んだ。「私が話すね」
ラナという女性との出会いについて、媚びるような笑みで語るチルーを見ながらスアラは思った。この人、大変そう、リリスの隣にいる限り。スアラは胸騒ぎと期待が同時に膨れ上がるのを堪えながら聞いた。そして、子供たちのために花を編む鎧の話になると、目を見開いて身を乗り出した。
「思った通りだ」
リリスは
「君のものだったんだね」
「どこに行ったかずっとわからなかったの。それで?」
だが、スアラの表情が最も激しく反応したのは、銃撃に巻き込まれた下りに差し掛かってからだった。チルーにとって、話すのはつらい出来事だった。その部分については代わりにリリスが話した。
青ざめているのは、日が暮れかかっているからだけではあるまい。
「大丈夫だよ。ほら、私たち、怪我をしなかったし」
チルーの言葉を聞くと、スアラはもとの
チルーは確信した。
なんだかんだ、嫌そうにしながらショックを受けたり心配する。この子、隠しているけどやっぱり優しい子なんだ。でも、どうして?
どうして不機嫌な態度で自分を隠すの?
旅の理由には触れず、教父にまつわる一件のみを二人は語り終えた。
「そういうわけで、あなたの鎧を私のお父さんに渡したであろう人に会いたいんだけど」
スアラは押し黙った。唇をきつく結び、誰にも覗き込まれずに済むように目を伏せなければならなかった。そうしなければ泣いてしまいそうだった。
それは遠い記憶。
滲む色彩のような。
色鮮やかだった世界。
毎日抱きしめて眠ったぬいぐるみの毛並みと匂いのような。
まだ愛情に満ちていた頃の父の肩車のような。
まだ陽気だった母が毎日焼いてくれたケーキの匂いのような。
そんな記憶。
陽だまりの中で、スアラを守る鉄の騎士はいつも隣にいた。眠くなれば、固く冷たい腕に抱き、寝床まで運んでくれた。転んで大泣きすれば真っ先に駆けつけた。
だが、結局それを処分したのはあの両親だ。
「あれは」
震えた声にならないよう、低くゆっくりと喋った。
「先生が作ったの。私に『奏明』の
リリスが何が言おうとするのを、チルーが身じろぎして止めた。
「――あんたの父親については聞いたことがないけど」
「スアラのお父さんに、取り次いでもらうことはできる?」
優しく尋ねるチルーに、頷くことも、すぐに断ることもできなかった。断る口実がない。
リリスが質問を変えた。
「お父さんにあの鎧がどこに行ったか聞いてみることはできないの?」
スアラには首を横に振るしかなかった。
「うちの父親は普通じゃないんだ」
今度はチルーとリリスが言葉を詰まらせた。スアラが口を固く閉ざせば、二人は目配せをしあう。
チルーが聞いた。
「こんなことを聞いてごめんね。その……もしかして、お父さんは心の病気なの?」
「病気?」スアラは聞き返した。不思議とおかしかった。「ああ、そうなのかも」
「君に賜物の使い方を教えた先生は?」
「先生はいなくなった。追放されたんだ」
同時スアラは四歳か、五歳か、もしかしたら六歳だったかもしれない。理由は今も聞けない。鎧の騎士は忽然と姿を消し、優しかった師である魔女も消えた。
その頃から、父はスアラを殴るようになり、母は冷淡になった。
チルーは困惑し、リリスはせっつくような視線を突き刺してくる。その沈黙が長いので、スアラは仕方なく代案を出すことにした。茜の夕陽は樅の
「お父さんに、先生がくれた私の騎士をどうしたか聞いてもいい」
チルーの目に希望の光が閃くので、スアラはすぐに付け足した。
「でも、タダじゃやだ」
「何がほしいの?」
「チルーの鳥をちょうだい」
喉を凍りつかせるチルーに代わり、リリスが答えた。
「それはダメ」
「なんで?」
「あれはチルーの鳥なの。他の人にはあげられない」
チルーは唾をのんだ。声は出る。大丈夫。
「鳥飼いは、自分の鳥を失ったら廃人になるんだ」
「そうなの?」
「うん。全ての鳥が自分の鳥になれるわけじゃないから……ごめんね」
「ふぅん。じゃ、いいや」
さすがに、不愉快な父親と話をつけるかわりに廃人になれと要求する気はなかった。
「それに、チルーの鳥は特別なの」
チルーが息をつまらせてリリスの顔を見たとき、彼女は笑っていた。スアラは眉を寄せた。
「特別?」
「私たち、旅の目的もきっかけもまだあなたに話してない」
「リリス」
「話すよ」と、断言した。「話をやり直そうか。私はチルーの鳥について知ってることを全部話す。その後に、どうしてスアラが鳥を必要としているか話して」
こうなったら口は挟めない。チルーは諦めた。スアラも。旅の話を黙って聞いたあと、スアラは約束を守り、話した。
「作品の仕上げに必要なの」
「作品って?」
「私は『奏明』だから」
スアラは右手を上げ、手振りを交えようとした。何か大きな物を表現しようとしたように見えた。だが、途中で意思が萎えたのか、手を下ろした。両手を腹に押し付けて、前屈みになった。
「その、ちゃんと一人前だって認められるようなものを作らないといけなくて」
「どういうものを作ってるか、聞いていい?」
「鯨」
「もうちょっと詳しく」
「空を飛ぶ鯨……」
微かな興奮が、チルーの耳から背中に滑り落ちた。喜びに似ていた。空を飛ぶ鯨! なんて素敵な響きだろう。
「そんなの作れるの?」
「ただ飛ぶだけじゃない」スアラは間接的に肯定した。「私を乗せて飛ぶんだ」
「人を乗せて?」
「言語生命体は長く空飛ぶ技術の再開発を禁じられていた。でも、最近南ルナリアから来たグロリアナの新しい指導者はそう考えてないらしいよ。聖娼ティエイラ……その聖骸がある『聖母の涙修道会』にいた修道士崩れだ」
「その人が、スアラちゃんに空を飛ばせたいの?」
リリスが質問を上乗せした。
「かなり大きな作品だね。そうじゃない?」
「まあね」
「飛ぶの?」
「連想と物語付けが術者の中に十分にあれば可能なはずなんだ。術者っていうのはこの場合私なんだけど」
「私は石工と鳥飼いのことしかわからないけど、その物語付けとやらに鳥が必要なわけだね」
「うん」
スアラは両唇の端を上げた。無意識の微笑みだった。
「空の鳥と海の鯨が出会って、世界を変えるんだ」繰り返す。「世界を変える……」
微笑みは消え、声音の鮮やかな色も褪せた。
「世界を変える。戦争で使われるんだ、必ず。私、奴らが何のために私に鯨を作らせてるのか知ってる。空から爆弾を降らせるんだ」
「まさか!」
チルーは大声を出し、それから慌てて周囲を見回した。薄暗い公園のそこかしこに人の気配、特に愛を交わす人々の気配があるが、誰もチルーたちに興味を向けていないようだ。
改めて目を向けたとき、スアラは泣き出しそうに見えた。
「鯨が飛ばなきゃ私が戦場に送り込まれるよ。だって私、革命の魔女だもの」
そんな、と言い差して、だが何も言えなかった。
「公教会の天使と戦って、私、生き残れる気なんてしない」
「でもさ」
わざとらしいほど軽い声でリリスが話を変えた。
「それ、チルーの鳥である必要はないんだよね。鳥でさえあれば、訓練用の鳥でもいいわけじゃん?」
「特別な鳥だと知ってしまった以上、チルーの鳥であるほうがいい物語付けができそうだけど……できるの? 訓練用の鳥、手に入る?」
「鳥飼いがいる教会から盗むことになるね」
「リリス、盗むのもそうだけど、無理だよ」
チルーは左手の指で右の掌を軽く打った。
「訓練用の鳥を捕まえるには右手を
そうしたら、巡礼が来る。
あれは昨夜のことだった。巡礼にスアラが引き寄せられたのは。ルシーラが……。
幼い兄妹が。白いカーテンの陰から、アルカとマルカが外を見ていた。
スアラが鋭く息を吸った。顔が青ざめていく。昨夜の巡礼を思い出し、チルーにも吐き気がうつってきた。
リリスは顔色一つ変えないが。
「帰る」
短く言って、スアラは後ろを向きながら立ち上がった。樅の木を離れ、小走りで公園を横切っていく。
あれは。あの巡礼はチルーがしたことだ。ルシーラが長男を殺したのは。
リリスがチルーの二の腕をつついた。
「