地獄なんかじゃない
文字数 4,321文字
6.
巡礼の先頭に立つのは女性たちで、あまり現代的な装いではなく、はだけた巡礼衣の下に農作業用のアンダードレスを着ていた。色とりどりで、肌着が見えるほど襟元を深くカットしたものもあるし、前掛けをつけたものもあった。半数は頭に白い布を巻きつけて、髪を覆っていた。
チルーは、絶対に見つけたくないものがその列にあるならば見逃してはいけないという、いささか矛盾した正しさによって凍りついていた。死者たちの中にリリスを見つけてしまうという、惨 い運命を待ったのだ。
ほどなくして巡礼者の様相が変わり、見たことのある顔が混ざり始めた。チルーは一人ひとりの顔を見た。
何人かはチルーを見、泣き腫らしたような目で笑った。みな唇がひび割れて、紫色に変色し、両端に白い滓 のようなものがついていた。
ついに最後尾が眼前を通過した。
リリスは列にいなかった。
死者たちの、裸足で砂を歩く音は、枯れ草を踏みしだく音に変わった。道を無視してまっすぐ村に降りていく。
チルーはばね仕掛けのように、顔を食糧庫に向けた。開け放たれた扉から日光が斜めに差していた。
薄暗がりに人が立っている。
横を向き、項垂 れて、右手にロザリオを絡めた状態で。聖四位一体紋が膝で力なく揺れていた。そこに刻まれたリリスの父親の霊がリリスと共にいるとしても、その力はあまりに弱く儚 いことを暗示しているようだった。
チルーは恐れながら歩み寄った。リリスの肉体は既に抜け殻で、肩に触れたら倒れてしまうのではないかと思われた。その場合、自分を巡礼団に加えるべく訪れる迎えはリリスであろうとまで思った。
だが実際には、リリスの肩に触れれば彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。何か言おうとしていた。だが声はなく、無音。リリスは気まずそうに微笑むと、チルーの手を取った。少女たちは手をつなぎ、巡礼団の世界へ歩み出た。教父がいなくなっていることに、チルーはやっと気がついた。
どちらともなく二人は駆け出した。ちゃんと道の上を歩いた。生きている証 のように。
巡礼団は既に村にたどり着いていた。
そこでは魔女の村で見たのと同じ光景が繰り広げられていた。
死者たちが、巡礼衣を広げ、死を生者に着せていく。
チルーはラナを見つけた。左足がまっすぐで、ブラウスの袖から両手が伸び、いくらか若返っているが、確かにラナだった。
ラナは長いテーブルクロスの下から兵士を引きずり出した。それは彼女の息子の一人だった。抵抗し、もがき、長身銃を振り回す兵士を人ならざる力で組み伏せて、ラナは自分の巡礼衣を彼にかぶせた。ラナが退 くと、白い衣 の下で兵士は硬直した。衣に血が広がった。めちゃくちゃにされたテーブルの上の惨状のように。
やがて兵士は巡礼衣を払い除 けながら立ち上がった。彼は照れたように微笑んで、ラナ、弟夫婦、左手にドライフラワーを一束掴んだ父親と順に抱擁した。仲直りだ。五人は即席の仲良し一家となって、手に手を取って横一列になり、巡礼の流れに加わった。
死者の流れを生きて追う。
そのために、旅に出た。
地獄を見るためではない。
その先の安らぎにたどり着くためだ。
村の入り口では、発狂した兵士が両膝を立てて座り、その膝に両腕を回して泣き叫んでいた。幼い子供のようだった。涙を吸い込む髭は、ケーキの残骸とクリームスープと返り血で汚れていた。死者たちが三方向から彼に歩み寄っていく。彼らの前を走り抜けた。見届けなくても、どういう結末を迎えるかはわかっていた。
たった一人で猟銃で立ち向かっていた猛者 の姿を見た。筋骨逞しい初老の男で、彼もまた兵士だったのかもしれない。左手に銃を下げ、右腕で涙を拭きながら村を去っていく。あの人は生き残るだろう。
巡礼はラナの家を経由して、西を目指す。また西だ。魔女が逃げたのも西だ。
周囲が薄暗くなっていく。
太陽は作り物のようだ。黒い雲霞 が現れて、徐々に密度を増しながら、天の光を遮断する
リリスの横顔を伺えば、彼女もまた空間の変容に不安を抱いているようだった。だが足は止めない。
死者たちの背中を追う。
巡礼の空間に長くいるのはよくない、と教わった。だが、どういう意味だろう。肉体的によくないのか。精神的によくないのか。そして、長くとはどれくらいの時間だろう。
リリスの尖った横顔を見ていると、不意にこちらを向いた。リリスはチルーと目を合わせ、見て、というように、前を指差した。
暗黒の壁が立ちはだかっていた。
目と鼻の先だったので、躊躇 う猶予すらなく暗黒に飛び込んだ。
壁が自分たちを弾き返してくれることを願った。または、飛び込むことで死が訪れるなら、それが苦痛なく速やかであることを。
だがどちらの事態にもならなかった。
光の中に出た。
わずかに黄金 がかったような、目も開けられないほどの光。
足は軽く、地面はふわふわで、あまりにも早く移動できた。
二人は走っていなかった。
飛んでいた。
左手をリリスと繋いだまま、チルーは右腕を目の上にかざす。
眼下に巡礼者たちがいた。
地を埋め尽くすほどいる。
連れ去られた者が連れ去る者となり、数を増やしていった巡礼者たち。
その顔は、穏やかで、血色がよく、頬は薔薇色だった。目には光があった。口には言葉があった。死後の旅の間、穏やかで優しい言葉を囁き交わしているのだ。
小さな子供が上空を飛ぶチルーたちを見上げた。
前に進みながら、死者たちは顔を上げる。
優しい笑みで、静かな動作で、死者たちは手招いた。
おいで、おいで、こっちにおいで。私たちと行こう――。
心身は強張 る。飛翔は続いていく。
チルーにはわからない。あの巡礼の死者たちは、普通の人たちなんじゃないか。生きている人も、死んだ人も、生きることも、死ぬことも、普通のことであるはずだ。生も死も間違ったことじゃない。
けれども生者は間違ったことをする。次々と。
死者は――。
「嫌だ!」
自分の絶叫が、くぐもって聞こえた。
「私はあなたたちとは違う! 私は死にたくない!」
巡礼の中にイースラを見つけたのはそのときだった。彼女はチルーたちに微笑んでいた。気付いてもらおうと手を振っていた。
だが、心が心に伝わった。
イースラが両目をいっぱいに見開いて、傷ついた表情となり、手から力が抜けていく様子が見て取れた。
初めて理解した。
死にたいと願うほど傷ついた人たちを、今まで見下 していたことを。
リリスは?
聞かれただろうか?
顔を向ける。チルーと目を合わす。微笑んだ。
死者たちがぞよめき、泣き始めた。
そんなことを言わないで。私たちを否定しないで。
死を、追い詰められた人間の最後の選択肢を、否定しないで。
その感情は波となり、チルーを打ちのめした。
ぐらつき、進路を取れなくなる。徐々に高度が落ちていく。
二人は死者の群れを離れ、どことも知れぬ広大な野に流されていった。
一面の緑。
点々と、黄色いお菓子が落ちているように見えるのは、たんぽぽが咲いているのだ。
『あの花だよ!』
興奮したリリスの声が心に流れ込んできた。
『鎧が花をとって来た場所は。見て。すごくきれい』
たんぽぽ以外の花が増え始めた。モッコウバラ。野菊。カスミソウ、ポピー。矢車草。黄色の、白の、青の、橙 の、薄紅の花々。とりわけ薔薇。一面の真紅の薔薇。
その上に、チルーの涙が落ちていく。
イースラを傷つけた。
挽回する機会があるとは思えない。
悲しみが錐 のように、胸に穴をあける痛みを感じていた。だがそれは、間違いなくチルー自身の悲しみであり、涙であった。
死者たちの涙ではない。
生きているゆえの涙。
涙を大切に親指でぬぐった。
直立する壁が、薔薇の海を裂いて屹立しているのが見えてきた。何枚も、何枚も。
この先は迷宮。
『リリス、私たち、喋ってないのに喋れてる』
チルーの悲しみとリリスの喜びが光となって混じり合い、それは実際に、黄色や緑の光輝となって目に見えた。
『チルー、私たち、いつかあの壁の中心にたどり着こうねえ!』
その通りだ、とチルーは思う。いつか道の先で、人生 が終わる。
薔薇の茂みが褪 せていく。真紅も緑も、写真のような白黒の濃淡となりはて、壁は揺らぎ、別のものが見えてきた。
壁に切り刻まれた都市だ。
壁をまたぐ市電と、壁沿いに並ぶ家々。行き交う人々の姿を見て、不意に寒さを思い出した。今は冬なのだ。
くしゃみをする。
『リリス、落ちる!』
だが、重ね合わせの状態で薔薇の野原も見えていた。
『チルー! 村から持ってきたものがあるなら捨てて!』
リリスが直観によってそれを思ったことも、またそれが正しいということも、チルーは理解した。二人は自分の荷物を持ってきていなかった。服はラナの家でもらったものだ。服を捨てろということではないはずだ。では――。
チルーは左手をコートのポケットに突っ込むと、固い楕円形の種を取り出した。教父の草摺 から落ちた桃の種だった。
飛翔が急加速する。
都市が飛び去っていく。
振りかぶる。
「お願い!」
何も見えない。
「……芽吹いて!!」
種を投げ放つと、もう白い光の他には何も見えなかった。
※
巡礼を脱したとき、夜で、過ぎ去った都市が線路の先で輝いていた。今が夜の何時かわからないが、立ちはだかる壁の向こうでは、燦然と明かりが輝いている。空は一面曇りだった。
思いがけず、時間と空間を跳躍してしまったようだ。
「ねえ、リリス」
今や寒さのみならず、耳の痛みも思い出していた。一歩先を歩くリリスはチルーを気に留めるでもなく、さりとて突き放すわけでもなく、淡々と聞き返す。
「なに?」
「ラナさんは、子供に本当にひどいことをしたのかな」
リリスは一応は、「ううん」考えるふりをしてくれた。優しいのだろう。こんな質問はするほうが馬鹿だ。
「わからないよ」
自己嫌悪しながら、ただ歩く。光のあるほうへ。
死者たちも歩き続けているだろうか。チルーは考えた。
あの死者たちもまた、悲しみの終わりを求めて歩いているのなら。
歩く以外にないのなら。
私たちも巡礼者だ。
巡礼の先頭に立つのは女性たちで、あまり現代的な装いではなく、はだけた巡礼衣の下に農作業用のアンダードレスを着ていた。色とりどりで、肌着が見えるほど襟元を深くカットしたものもあるし、前掛けをつけたものもあった。半数は頭に白い布を巻きつけて、髪を覆っていた。
チルーは、絶対に見つけたくないものがその列にあるならば見逃してはいけないという、いささか矛盾した正しさによって凍りついていた。死者たちの中にリリスを見つけてしまうという、
ほどなくして巡礼者の様相が変わり、見たことのある顔が混ざり始めた。チルーは一人ひとりの顔を見た。
何人かはチルーを見、泣き腫らしたような目で笑った。みな唇がひび割れて、紫色に変色し、両端に白い
ついに最後尾が眼前を通過した。
リリスは列にいなかった。
死者たちの、裸足で砂を歩く音は、枯れ草を踏みしだく音に変わった。道を無視してまっすぐ村に降りていく。
チルーはばね仕掛けのように、顔を食糧庫に向けた。開け放たれた扉から日光が斜めに差していた。
薄暗がりに人が立っている。
横を向き、
チルーは恐れながら歩み寄った。リリスの肉体は既に抜け殻で、肩に触れたら倒れてしまうのではないかと思われた。その場合、自分を巡礼団に加えるべく訪れる迎えはリリスであろうとまで思った。
だが実際には、リリスの肩に触れれば彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。何か言おうとしていた。だが声はなく、無音。リリスは気まずそうに微笑むと、チルーの手を取った。少女たちは手をつなぎ、巡礼団の世界へ歩み出た。教父がいなくなっていることに、チルーはやっと気がついた。
どちらともなく二人は駆け出した。ちゃんと道の上を歩いた。生きている
巡礼団は既に村にたどり着いていた。
そこでは魔女の村で見たのと同じ光景が繰り広げられていた。
死者たちが、巡礼衣を広げ、死を生者に着せていく。
チルーはラナを見つけた。左足がまっすぐで、ブラウスの袖から両手が伸び、いくらか若返っているが、確かにラナだった。
ラナは長いテーブルクロスの下から兵士を引きずり出した。それは彼女の息子の一人だった。抵抗し、もがき、長身銃を振り回す兵士を人ならざる力で組み伏せて、ラナは自分の巡礼衣を彼にかぶせた。ラナが
やがて兵士は巡礼衣を払い
死者の流れを生きて追う。
そのために、旅に出た。
地獄を見るためではない。
その先の安らぎにたどり着くためだ。
村の入り口では、発狂した兵士が両膝を立てて座り、その膝に両腕を回して泣き叫んでいた。幼い子供のようだった。涙を吸い込む髭は、ケーキの残骸とクリームスープと返り血で汚れていた。死者たちが三方向から彼に歩み寄っていく。彼らの前を走り抜けた。見届けなくても、どういう結末を迎えるかはわかっていた。
たった一人で猟銃で立ち向かっていた
巡礼はラナの家を経由して、西を目指す。また西だ。魔女が逃げたのも西だ。
周囲が薄暗くなっていく。
太陽は作り物のようだ。黒い
リリスの横顔を伺えば、彼女もまた空間の変容に不安を抱いているようだった。だが足は止めない。
死者たちの背中を追う。
巡礼の空間に長くいるのはよくない、と教わった。だが、どういう意味だろう。肉体的によくないのか。精神的によくないのか。そして、長くとはどれくらいの時間だろう。
リリスの尖った横顔を見ていると、不意にこちらを向いた。リリスはチルーと目を合わせ、見て、というように、前を指差した。
暗黒の壁が立ちはだかっていた。
目と鼻の先だったので、
壁が自分たちを弾き返してくれることを願った。または、飛び込むことで死が訪れるなら、それが苦痛なく速やかであることを。
だがどちらの事態にもならなかった。
光の中に出た。
わずかに
足は軽く、地面はふわふわで、あまりにも早く移動できた。
二人は走っていなかった。
飛んでいた。
左手をリリスと繋いだまま、チルーは右腕を目の上にかざす。
眼下に巡礼者たちがいた。
地を埋め尽くすほどいる。
連れ去られた者が連れ去る者となり、数を増やしていった巡礼者たち。
その顔は、穏やかで、血色がよく、頬は薔薇色だった。目には光があった。口には言葉があった。死後の旅の間、穏やかで優しい言葉を囁き交わしているのだ。
小さな子供が上空を飛ぶチルーたちを見上げた。
前に進みながら、死者たちは顔を上げる。
優しい笑みで、静かな動作で、死者たちは手招いた。
おいで、おいで、こっちにおいで。私たちと行こう――。
心身は
チルーにはわからない。あの巡礼の死者たちは、普通の人たちなんじゃないか。生きている人も、死んだ人も、生きることも、死ぬことも、普通のことであるはずだ。生も死も間違ったことじゃない。
けれども生者は間違ったことをする。次々と。
死者は――。
「嫌だ!」
自分の絶叫が、くぐもって聞こえた。
「私はあなたたちとは違う! 私は死にたくない!」
巡礼の中にイースラを見つけたのはそのときだった。彼女はチルーたちに微笑んでいた。気付いてもらおうと手を振っていた。
だが、心が心に伝わった。
イースラが両目をいっぱいに見開いて、傷ついた表情となり、手から力が抜けていく様子が見て取れた。
初めて理解した。
死にたいと願うほど傷ついた人たちを、今まで
リリスは?
聞かれただろうか?
顔を向ける。チルーと目を合わす。微笑んだ。
死者たちがぞよめき、泣き始めた。
そんなことを言わないで。私たちを否定しないで。
死を、追い詰められた人間の最後の選択肢を、否定しないで。
その感情は波となり、チルーを打ちのめした。
ぐらつき、進路を取れなくなる。徐々に高度が落ちていく。
二人は死者の群れを離れ、どことも知れぬ広大な野に流されていった。
一面の緑。
点々と、黄色いお菓子が落ちているように見えるのは、たんぽぽが咲いているのだ。
『あの花だよ!』
興奮したリリスの声が心に流れ込んできた。
『鎧が花をとって来た場所は。見て。すごくきれい』
たんぽぽ以外の花が増え始めた。モッコウバラ。野菊。カスミソウ、ポピー。矢車草。黄色の、白の、青の、
その上に、チルーの涙が落ちていく。
イースラを傷つけた。
挽回する機会があるとは思えない。
悲しみが
死者たちの涙ではない。
生きているゆえの涙。
涙を大切に親指でぬぐった。
直立する壁が、薔薇の海を裂いて屹立しているのが見えてきた。何枚も、何枚も。
この先は迷宮。
『リリス、私たち、喋ってないのに喋れてる』
チルーの悲しみとリリスの喜びが光となって混じり合い、それは実際に、黄色や緑の光輝となって目に見えた。
『チルー、私たち、いつかあの壁の中心にたどり着こうねえ!』
その通りだ、とチルーは思う。いつか道の先で、
薔薇の茂みが
壁に切り刻まれた都市だ。
壁をまたぐ市電と、壁沿いに並ぶ家々。行き交う人々の姿を見て、不意に寒さを思い出した。今は冬なのだ。
くしゃみをする。
『リリス、落ちる!』
だが、重ね合わせの状態で薔薇の野原も見えていた。
『チルー! 村から持ってきたものがあるなら捨てて!』
リリスが直観によってそれを思ったことも、またそれが正しいということも、チルーは理解した。二人は自分の荷物を持ってきていなかった。服はラナの家でもらったものだ。服を捨てろということではないはずだ。では――。
チルーは左手をコートのポケットに突っ込むと、固い楕円形の種を取り出した。教父の
飛翔が急加速する。
都市が飛び去っていく。
振りかぶる。
「お願い!」
何も見えない。
「……芽吹いて!!」
種を投げ放つと、もう白い光の他には何も見えなかった。
※
巡礼を脱したとき、夜で、過ぎ去った都市が線路の先で輝いていた。今が夜の何時かわからないが、立ちはだかる壁の向こうでは、燦然と明かりが輝いている。空は一面曇りだった。
思いがけず、時間と空間を跳躍してしまったようだ。
「ねえ、リリス」
今や寒さのみならず、耳の痛みも思い出していた。一歩先を歩くリリスはチルーを気に留めるでもなく、さりとて突き放すわけでもなく、淡々と聞き返す。
「なに?」
「ラナさんは、子供に本当にひどいことをしたのかな」
リリスは一応は、「ううん」考えるふりをしてくれた。優しいのだろう。こんな質問はするほうが馬鹿だ。
「わからないよ」
自己嫌悪しながら、ただ歩く。光のあるほうへ。
死者たちも歩き続けているだろうか。チルーは考えた。
あの死者たちもまた、悲しみの終わりを求めて歩いているのなら。
歩く以外にないのなら。
私たちも巡礼者だ。