第31話
文字数 1,414文字
「やだな、大蔵さんったら。絶世の美男なんて、いませんよ。ちょっと整ってるってだけです。ハンサム度でいけば、大蔵さんの方が上だと思いますし」
「まぁ、俺が若ければ、君のダンナさんくらいなら勝てると思うけどね」
「勝てるって、なんですか。勝負してどうするんですか」
しょっている人だと、思わず笑ってしまう。
「写真で見る限り、ちょっとクールそうな感じがする人だけど、実際はどうなの?何かあったんでしょ」
いきなりの切り込みに、柊子の笑顔が固まり、そして引きつった。
「結婚してもう一か月は経ったよね。もうすぐ二か月になるのかな。まぁ、お見合いだから、これから色々と互いを知っていくんだろうけど、まだ二か月足らずなんだし、焦る必要もないんじゃないの?」
そうか。まだそれしか経っていないんだ。
あまりに色々とあり過ぎて、早かったようにも長かったようにも思える。
「仕事でも色々あったから尚更でしょう」
グループは違うが同じ部屋だから、大蔵も大体の出来事は把握している。
「柊子ちゃんはわりと真面目だからさ。深く考えすぎなのかもしれないよ」
秋穂や中村にも似たような事を言われた。
「実は、どうにも理解できない相手で…。すっかり翻弄されている気がします」
柊子は貴景と真木野の、理解し難い関係をポツリポツリと話した。
大蔵は黙って柊子の話を全部聞いてから、「それはちょっと問題かもしれないね」と言った。
「浮気かどうなのかは、今の時点の情報だけでは分からないし、彼の気持ちなんて尚更分からないけど、ひとつ言える事は、君はあまり大事にされていない。これはあくまでも僕の私見だけどね」
(やっぱり、ね…)
誰がどう見たって、そう思うに決まっている。
妻と真木野、どちらが大事かなんて秤にかけたくはないが、わざわざ比べなくたって明白この上ない現状だろう。
「そもそも、自ら“夫婦の日”とやらを設定して、事に及び始めたっていうのに、妻をほったらかして別の女を助けに行くとか、俺にも理解できないよ」
大蔵は眉間に皺を寄せた。厳しい顔つきだ。
「それはきっと、愛が無いからですよ」
自ら言いたくは無かった。だがそれが事実であり真実だと思う。
大蔵の顔つきが更に厳しくなった。
「それはお見合いなんだから、しょうがないじゃないか。愛はこれから育んでいけばいい。縁があって結婚したんだから。それが家庭を持つって事じゃないか」
結婚生活が破綻している人の発言だからか、妙に重く感じた。
「それはそうかもしれませんが、互いを干渉しない条件付きの結婚なんですもん。愛を育もうなんて気持ち、最初から無いんじゃないでしょうか」
なんだか言う程に自分がみじめな気がしてきて、泣きそうになる。それを無理に笑顔で取り繕った。
「君は、それでいいの?結婚願望が無かった柊子ちゃんが、結婚したんだ。なんだかんだと言いながらも、相手が気に入ったから結婚したんでしょう。だから、相手の行動に翻弄されてるんだ。違うかい?」
大蔵の言葉に俯いた。グサリと胸に突き刺さった気がした。
目の前のカップの底に、僅かにコーヒーが残っている。柊子の癖だ。
ゆっくり飲んでいると淀みが沈んで残る。それを飲み干したくなくていつも僅かに残す。
淀みは嫌いだ。モヤモヤするのは嫌だ。割り切れないのが当たり前なのは分かっている。だからこそ、自分自身で折り合いをつけてスッキリさせる。だが現状は、晴れるどころか益々混沌としていく。