第21話

文字数 1,220文字

「アシのダンナって、どこにいるんだっけ?」

「どこだったかな。広島?岡山?西国の方だったと思う。滅多に帰ってこないって」

「なるほどね~。鬼の居ぬ間に、って事なのかしらねぇ?柊子は隠れ蓑として利用されたのかもね」

「え?」

 ――隠れ蓑?

 秋穂の言葉に柊子はショックを受けた。

「都合のいい女って事よ。自分の条件にあてはまる相手が柊子だったから、結婚に熱心だったんじゃない?仕事に打ち込んで、家庭を顧みない女が良かったんだよ」

「そんなの……」

「秋穂ちゃん、それは言い過ぎよ。それならその、柊子ちゃんと毎日のように、しないんじゃないの?他に女性がいるならば」

「それはですね、思うに、相手にダンナがいるから、そこは警戒してるんじゃないのかな、と。決定打はあえて打たないでいるとか。…あ、でも分かりませんよ。結婚前は彼女としてたけど、結婚したから、それはやめたとか」

「どうして?」

「それは、やっぱり結婚生活は持続させていきたい気持ちが、あるのかもしれませんね。世間がうるさくて結婚したんでしょうし、不倫の証拠を掴まれたら、社会的に大打撃でしょう。それなりに有名人なんだし」

 秋穂が喋れば喋るほど、全部彼女の言う通りのような気がしてくる。

「とにかく、柊子。ダンナさんのする事は、あまり気にしないに限るよ。形だけの結婚みたいなものなんだからさ。気にするだけ損でしょ。ただの同居人でいいじゃない。柊子だってもう、何かと結婚って、言われていたのが無くなったんだし。まぁ女の場合、今度は『お子さんは?』ってのが、うるさくなるけどね。相手がそんな調子なら、避妊はしっかりしないとダメだよ」

 秋穂は柊子の肩を軽くポンポンと叩くと、メニューブックを広げた。

「さぁそろそろ、デザートいこう」

 話しはこれで決着がついた、みたいな顔をしている。

「まぁ、秋穂ちゃんの言う事も一理あるかしらね。…柊子ちゃんのダンナさんは、変な人だなって思うわ。柊子ちゃんは変じゃない。だからあまり気に病まず、もう少し気楽に構えましょう。契約結婚かどうかはともかく、お互いに自由でいいじゃない。柊子ちゃんも、これまで通りにすればいいのよ。同居人と思えば気も楽じゃない?」

 ――そうか。同居人か。

 確かに最初に貴景から告げられた結婚観に対して、似たような感想を抱いたのを思い出した。
共に過ごした時間が心地良かったし、その後のセックスも良かったものだから、つい情のようなものが湧いてきてしまい、勘違いをしたのかもしれない。

 そもそも私たちは、夫婦という建前の、同居人に過ぎないんだ。

 そう思うと少し気持ちが楽になった気がした。

 貴景には貴景の人生と生活があり、柊子にも柊子の人生と生活があり、生活の場を共にしていても、人生は交わらないのかもしれない。
 相手を尊重し干渉しないとは、そういう事なのかもしれない。

 少し気持ちが楽になって、この後はくだらない雑談で場は盛り上がり、楽しい時間を過ごして帰宅した。

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