第16話
文字数 1,929文字
「なんで、気づかないんだよっ」
口調が強くなった。
「すみません、私がもっと早くに気づけば」
柊子は必死に頭を下げた。
「いや、まぁ早く気づかなかったお前もお前だが、さすがに子どもじゃあるまいし、こんなミスをするとは思わないだろう。これは生島の責任だ。お前は悪く無い」
柿原はそう言うと、生島の元へ行き、項垂 れている彼女を怒鳴りつけた。
「なんなんだ、お前は!初歩的過ぎるだろ、こんなミス。ついうっかりやってしまっても、せいぜい数冊だろうに、もう殆ど貼ってしまってるじゃないか!なんで気づかないんだよ、お前は!」
柿原は普段はとてもフランクなタイプで、個性的で生意気な社員ばかりの部署で良い調整役を務めている。
怒鳴っているところを見たことなど、未だかつて一度もない。その柿原が女子社員を怒鳴りつけている。周囲は驚いて二人に注目していた。
生島は、ただただ項垂れて「すみません」と繰り返している。言い訳しようもないのだろう。本人は本人なりに一生懸命、真っすぐに貼る事だけを考えて作業していたのだろうから。
ひたすら謝り続ける生島に柿原も疲れてきたのか、「もういい」と言って怒鳴るのをやめた。
「こんなにあるんだから、さっさとやり直さないと納品が間に合わない。俺も手伝うからやり直せ」
柿原は用意した薬剤をシールの上に塗って、そっと紙が破けないように剥がし始めた。
「あの、私も手伝います」
柊子は声をかけた。責任の一端は自分にもあると思うし、作業人数が多い方が早く終わる。
「わかった。じゃぁ、生島のフォローをしながら作業してくれないか。俺は剥がす方に集中するから」
そう言われて、まずはまだ貼っていないカタログに、上下をしっかり確認してからシールを貼らせ、それを見ながら柊子もシール剥がしに取り組んだ。
そんなこんなで午後の大半を費やした為、自分がこの日に終わらせようと思っていた仕事は終わらなかった。
本来なら残業していきたいところだったが、定時に帰ると貴景と約束していたし、心身ともに疲れ切っていた。
「お疲れ様です。災難でしたね。どうです?良かったらパーッと飲みにでも行きませんか?」
帰る支度をしている時に、清原に声をかけられた。たまに食事や飲みに行く事がある仲だ。変わっているけど面白い後輩だと思っている。
「ああ、ごめん。今日は帰りたいんだ。だけど、清原くんが違和感を教えてくれたおかげで、なんとか十冊は被害に遭わずに済んだよ。ありがとうね」
本当に、僅か十冊とは言え、まだ未遂があって良かったと思う。あれが全部だったらと思うとゾッとする。受けた衝撃は大災害なみだろう。
「いえいえ、逆にもっと早くに気づけば良かったと思ってます。まさかあんな事になってるとはね……」
清原はブルブルっと震えるように、両腕を抱えた。
淹れたコーヒーに口をつけて、そんな今日の事を思い出し、とんだ一日だったとテーブルに突っ伏す。
「どうしたの?」
いきなり背後から声をかけられて、柊子はビクッと体を起こした。
「あ、ごめんなさい。なんだか疲れてて…」
貴景は柊子の隣の椅子に座ると、柊子の肩に手を回してそっと額に口づけた。
薄くて柔らかい唇の感触が、柊子の心を和らげる。
「お疲れ様。今日は定時なのに、なんだかいつにも増して疲れた顔をしているね」
優しい微笑を浮かべながら、柊子の頭をゆっくりと撫でている。
「なんか、今日は色々あって」
「そうなんだ。だけど、帰ってきた時にどうして声をかけてくれなかったの?」
不思議そうに首を傾げている。
「ああ、あの、声をかけようとしたんだけど、なんか誰かと電話でお話中だったようだから、声をかけてはまずいかなと思って」
「そっか。気を遣ってくれたんだね。ありがとう」
電話の相手が誰だったのかは言わない。
気が利かないのか、あえて言わないのか。
聞こうかどうしようか迷っていたら、貴景の唇が落ちてきた。
そっと塞がれて、その手がブラウスのボタンを外し始めた時に、スマホの着信音が鳴った。貴景のスマホだ。どうやらLINEが入ったようだ。
貴景は唇と手を外してLINEを確認すると、「ごめん、出かける」と立ち上がった。
「え?…どうしたの?何かあった?」
「うん、真木野さんの子どもがゲロ吐いたって。ちょっと行ってくる」
「ええー?どうして、あなたが?」
突然の展開に柊子は唖然とする。
「どうしてって、そんなの決まってるじゃないか。心配だからだよ」
「だから、どうして…」
「あー、もう、うるさいな。晩ご飯はいらないから、君は君で自由にして。じゃぁ、行ってくるから」
貴景は取るものも取りあえずといった体で出て行った。
後に残された柊子は、ただただ茫然とするだけだった。
口調が強くなった。
「すみません、私がもっと早くに気づけば」
柊子は必死に頭を下げた。
「いや、まぁ早く気づかなかったお前もお前だが、さすがに子どもじゃあるまいし、こんなミスをするとは思わないだろう。これは生島の責任だ。お前は悪く無い」
柿原はそう言うと、生島の元へ行き、
「なんなんだ、お前は!初歩的過ぎるだろ、こんなミス。ついうっかりやってしまっても、せいぜい数冊だろうに、もう殆ど貼ってしまってるじゃないか!なんで気づかないんだよ、お前は!」
柿原は普段はとてもフランクなタイプで、個性的で生意気な社員ばかりの部署で良い調整役を務めている。
怒鳴っているところを見たことなど、未だかつて一度もない。その柿原が女子社員を怒鳴りつけている。周囲は驚いて二人に注目していた。
生島は、ただただ項垂れて「すみません」と繰り返している。言い訳しようもないのだろう。本人は本人なりに一生懸命、真っすぐに貼る事だけを考えて作業していたのだろうから。
ひたすら謝り続ける生島に柿原も疲れてきたのか、「もういい」と言って怒鳴るのをやめた。
「こんなにあるんだから、さっさとやり直さないと納品が間に合わない。俺も手伝うからやり直せ」
柿原は用意した薬剤をシールの上に塗って、そっと紙が破けないように剥がし始めた。
「あの、私も手伝います」
柊子は声をかけた。責任の一端は自分にもあると思うし、作業人数が多い方が早く終わる。
「わかった。じゃぁ、生島のフォローをしながら作業してくれないか。俺は剥がす方に集中するから」
そう言われて、まずはまだ貼っていないカタログに、上下をしっかり確認してからシールを貼らせ、それを見ながら柊子もシール剥がしに取り組んだ。
そんなこんなで午後の大半を費やした為、自分がこの日に終わらせようと思っていた仕事は終わらなかった。
本来なら残業していきたいところだったが、定時に帰ると貴景と約束していたし、心身ともに疲れ切っていた。
「お疲れ様です。災難でしたね。どうです?良かったらパーッと飲みにでも行きませんか?」
帰る支度をしている時に、清原に声をかけられた。たまに食事や飲みに行く事がある仲だ。変わっているけど面白い後輩だと思っている。
「ああ、ごめん。今日は帰りたいんだ。だけど、清原くんが違和感を教えてくれたおかげで、なんとか十冊は被害に遭わずに済んだよ。ありがとうね」
本当に、僅か十冊とは言え、まだ未遂があって良かったと思う。あれが全部だったらと思うとゾッとする。受けた衝撃は大災害なみだろう。
「いえいえ、逆にもっと早くに気づけば良かったと思ってます。まさかあんな事になってるとはね……」
清原はブルブルっと震えるように、両腕を抱えた。
淹れたコーヒーに口をつけて、そんな今日の事を思い出し、とんだ一日だったとテーブルに突っ伏す。
「どうしたの?」
いきなり背後から声をかけられて、柊子はビクッと体を起こした。
「あ、ごめんなさい。なんだか疲れてて…」
貴景は柊子の隣の椅子に座ると、柊子の肩に手を回してそっと額に口づけた。
薄くて柔らかい唇の感触が、柊子の心を和らげる。
「お疲れ様。今日は定時なのに、なんだかいつにも増して疲れた顔をしているね」
優しい微笑を浮かべながら、柊子の頭をゆっくりと撫でている。
「なんか、今日は色々あって」
「そうなんだ。だけど、帰ってきた時にどうして声をかけてくれなかったの?」
不思議そうに首を傾げている。
「ああ、あの、声をかけようとしたんだけど、なんか誰かと電話でお話中だったようだから、声をかけてはまずいかなと思って」
「そっか。気を遣ってくれたんだね。ありがとう」
電話の相手が誰だったのかは言わない。
気が利かないのか、あえて言わないのか。
聞こうかどうしようか迷っていたら、貴景の唇が落ちてきた。
そっと塞がれて、その手がブラウスのボタンを外し始めた時に、スマホの着信音が鳴った。貴景のスマホだ。どうやらLINEが入ったようだ。
貴景は唇と手を外してLINEを確認すると、「ごめん、出かける」と立ち上がった。
「え?…どうしたの?何かあった?」
「うん、真木野さんの子どもがゲロ吐いたって。ちょっと行ってくる」
「ええー?どうして、あなたが?」
突然の展開に柊子は唖然とする。
「どうしてって、そんなの決まってるじゃないか。心配だからだよ」
「だから、どうして…」
「あー、もう、うるさいな。晩ご飯はいらないから、君は君で自由にして。じゃぁ、行ってくるから」
貴景は取るものも取りあえずといった体で出て行った。
後に残された柊子は、ただただ茫然とするだけだった。