第22話
文字数 1,436文字
「…ただいま…」
玄関を入って、一応そう言う。
貴景は書斎だから返答は無いが、帰宅時に玄関で“ただいま”というのは幼いころからの習慣だ。
家人が留守だと明白に分かっている時でも、その言葉は口をついて出る。
靴を脱いでいると、奥からこちらへやってくる気配を感じた。
「おかえり。遅かったね」
時刻は十一時を少し回っていた。
「あれ?どうしたんですか?」
貴景がこうして玄関まで出てきて、出迎えるのは初めての事だ。
「どうしたんですか、じゃないよ。遅かったね、って言ってるんだ」
口調がどこか硬い。
「え?だって、遅くなるって連絡は入れましたよね」
「そうだけど、ここまで遅くなるとは思って無かったし、…酔ってるね」
貴景は不機嫌そうに、眉間に皺を寄せている。
柊子には、訳が分からない。なんでこんな顔をして、遅くなった事を責めるような口調になっているのだろう。
「えっと…、よく分からないんですけど、何かあったんですか?」
貴景の顔が歪んだ。
整っている人は歪んでも醜くはならないんだな、と柊子は呑気に思ったが、貴景の口調が激しくなった。
「何を言ってるんだよ、君はっ!こんなに遅くまで飲み歩いて」
「はい?」
え?そこなの?不機嫌の源はそれなの?
そうだとしても、柊子には理解できない。
「…いやいや、遅いって言ってもまだ十一時だし、遅くなるって連絡は入れたんだし、そんな風に言われるの、理解できない。飲んでるのが気に入らないの?私だって飲みたい時は飲みますけど。子どもじゃあるまいし、どうしてそんな風に責められるのか、全く理解できませんよ」
柊子は貴景の横をすり抜けて、キッチンの方へと歩き出した。
「どこに行く」
「台所です。水を飲みに」
「待てよ、まだ話しは終わってない」
貴景が背後から柊子の手首を掴んで引き止めてきた。その腕をやにわに振り払う。
「いちいちうるさい!放っておいて」
柊子の言葉に立ち竦む貴景に、一瞥くれて柊子はすたすたと歩き出した。
(ふん!なによっ。自分は干渉されたくないクセに、なんなのよっ)
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一口含むと、はぁっと息を大きくついた。
追って来るかと少し思ったが、貴景はそのまま書斎へ戻ったようだった。
時計を見るともうすぐ十一時半になろうとしていた。いつもならコーヒーを淹れて持っていく時間だが、今日はそんな気持ちになれない。
たっぷり水を飲んでからシャワーを浴びた。アルコールを摂取しているから、湯にはつからない。
降り注ぐシャワーの雨を浴びているうちに興奮も覚めてきて、少し態度が悪かったかな、と思い始めた。
だが、貴景のあの行動はやはり理解の外だった。
多分、多少なりとも柊子の事を心配したのだろう。
遅くなると連絡はあっても、同居してからここまで遅くなったのは初めてだった。
だが、互いに干渉しないのが結婚の条件だった筈だ。最低限の干渉はやむを得ないだろうが、親だってこのくらいでいちいち心配して、口を出すことなんて無い。
もう三十路で、社会に出てからそれなりの時間と経験を積んでいる。
ましてや赤の他人で、ただの同居人に過ぎないのに。
とは言え、アシの子どもまで心配するような人だから、同居人であっても心配なのかもしれない。それほど優しい人なのかもしれない。
遅くなってごめんなさい、と言えば、それで済んだのかもしれない。
冷静になってきた事で、そう思いつつも、どこか貴景に対して反発の気持ちが生まれてくるのも否定できない。
玄関を入って、一応そう言う。
貴景は書斎だから返答は無いが、帰宅時に玄関で“ただいま”というのは幼いころからの習慣だ。
家人が留守だと明白に分かっている時でも、その言葉は口をついて出る。
靴を脱いでいると、奥からこちらへやってくる気配を感じた。
「おかえり。遅かったね」
時刻は十一時を少し回っていた。
「あれ?どうしたんですか?」
貴景がこうして玄関まで出てきて、出迎えるのは初めての事だ。
「どうしたんですか、じゃないよ。遅かったね、って言ってるんだ」
口調がどこか硬い。
「え?だって、遅くなるって連絡は入れましたよね」
「そうだけど、ここまで遅くなるとは思って無かったし、…酔ってるね」
貴景は不機嫌そうに、眉間に皺を寄せている。
柊子には、訳が分からない。なんでこんな顔をして、遅くなった事を責めるような口調になっているのだろう。
「えっと…、よく分からないんですけど、何かあったんですか?」
貴景の顔が歪んだ。
整っている人は歪んでも醜くはならないんだな、と柊子は呑気に思ったが、貴景の口調が激しくなった。
「何を言ってるんだよ、君はっ!こんなに遅くまで飲み歩いて」
「はい?」
え?そこなの?不機嫌の源はそれなの?
そうだとしても、柊子には理解できない。
「…いやいや、遅いって言ってもまだ十一時だし、遅くなるって連絡は入れたんだし、そんな風に言われるの、理解できない。飲んでるのが気に入らないの?私だって飲みたい時は飲みますけど。子どもじゃあるまいし、どうしてそんな風に責められるのか、全く理解できませんよ」
柊子は貴景の横をすり抜けて、キッチンの方へと歩き出した。
「どこに行く」
「台所です。水を飲みに」
「待てよ、まだ話しは終わってない」
貴景が背後から柊子の手首を掴んで引き止めてきた。その腕をやにわに振り払う。
「いちいちうるさい!放っておいて」
柊子の言葉に立ち竦む貴景に、一瞥くれて柊子はすたすたと歩き出した。
(ふん!なによっ。自分は干渉されたくないクセに、なんなのよっ)
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一口含むと、はぁっと息を大きくついた。
追って来るかと少し思ったが、貴景はそのまま書斎へ戻ったようだった。
時計を見るともうすぐ十一時半になろうとしていた。いつもならコーヒーを淹れて持っていく時間だが、今日はそんな気持ちになれない。
たっぷり水を飲んでからシャワーを浴びた。アルコールを摂取しているから、湯にはつからない。
降り注ぐシャワーの雨を浴びているうちに興奮も覚めてきて、少し態度が悪かったかな、と思い始めた。
だが、貴景のあの行動はやはり理解の外だった。
多分、多少なりとも柊子の事を心配したのだろう。
遅くなると連絡はあっても、同居してからここまで遅くなったのは初めてだった。
だが、互いに干渉しないのが結婚の条件だった筈だ。最低限の干渉はやむを得ないだろうが、親だってこのくらいでいちいち心配して、口を出すことなんて無い。
もう三十路で、社会に出てからそれなりの時間と経験を積んでいる。
ましてや赤の他人で、ただの同居人に過ぎないのに。
とは言え、アシの子どもまで心配するような人だから、同居人であっても心配なのかもしれない。それほど優しい人なのかもしれない。
遅くなってごめんなさい、と言えば、それで済んだのかもしれない。
冷静になってきた事で、そう思いつつも、どこか貴景に対して反発の気持ちが生まれてくるのも否定できない。