第33話

文字数 1,231文字


 月曜の朝、出勤すると目の前の席の清原が声をかけてきた。

「柊子さん、なんか月曜の朝から悪いんですけど…」

「え?なに?」

 まだ始業前だと言うのに、何か頼まれごとか?警戒心が湧く。

「今週の土曜日なんですけど、ゲームのイベントがあるんですよね。連れが行けなくなっちゃったんで、行ってくれないですか?」

 清原はゲームオタクだ。休み時間もよくゲームの話をする。

「え?ゲームのイベント?それって、なんのゲームなの?」

「三国志なんですけど、メジャーな方じゃなくて、マイナーな方です」

 三国志のゲームは人気が高いが、マイナーな方、との表現には頭にクエッションが湧く。

「どういう意味?」

「あー、何て言うかその、周知度が高いゲームじゃないんですよね。コアなファンしか知らないゲームです。でも、マニアの間では人気が高いんです」

「そのゲームになぜ私が?他にいないの?」

「それがいないんですよ。生憎みんな予定が埋まってて。柊子さんもゲーム好きじゃないですか。それにですね。ゲスト出演する声優さんの一人が、柊子さんの好きな声優さんなんですよ」

「えっ」

 それは捨て置けない情報だ。
 二つ返事で承諾した。

「昼公演なんで、どうします?少し早めに待ち合わせてランチします?」

「そうだね。ランチ、してからにしようか」

 別に清原と昼食を一緒にしたいわけではなく、貴景を避けたいからだ。
 幸い仕事が忙しくなってきて、平日は毎日残業できそうだから、あとは休日をどうするか悩んでいた所だった。
 まさに渡りに船と言えるだろう。

 十時半頃に帰宅して、シャワーを浴びて台所で水分補給をしていると、貴景が入ってきた。

「遅かったね」

「残業で遅くなるって、連絡しましたよね」

 柊子は素っ気なく答える。

「それはそうだけど…」

「暫く毎日、残業で遅くなるので心配しなくていいですよ」

「…そんなに、忙しいの?」

 なんとなく疑心が表情に浮かんでいるように見て取れた。
 貴景の整った白い顔が曇っている。

「忙しいです。貴景さんだって、連載を何本も抱えてて、忙しそうですよね。ジャンルは全く違うけど、同業みたいなものなんだから、分かってくれてもいいのでは?」

「そうか…」

 言葉とは裏腹に、納得しきれていないような顔つきだ。

「あと、そうそう。今週の土曜日ですけど、用事があって出かけるので」

「え?また?」

 貴景の眉間が僅かに寄った。

「また?ってなんですか。用事があれば事前に言ってくれればいいって、言ってませんでした?」

 思わず口調がきつくなる。視線もきっと険しくなっているに違いない。

「そうだったね。でもじゃぁ、日曜日は大丈夫だよね?」

 不安そうな笑みを浮かべて柊子を窺っている貴景を見て、どうしてこの人は、日曜日の夫婦の日に、こんなにこだわるのだろう、と思った。

「今のところは…」

「それなら尚の事、予定は入れないでくれ。頼むよ」

 ――それでも貴方は、アシから呼び出されたら行くんでしょ?

 そう言いたいのを我慢して、柊子は黙って頷いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み