第7話
文字数 2,187文字
「お見合い、どうだったの?詳しく聞かせてよ」
職場で親しくしている四十を少し出た男性社員の大蔵に言われて、就業後に和食の店で夕飯を共にすることになった。
大蔵とは同じ部署にいるものの、担当業務では関わりが無い為、直接的な利害が無い。休憩室で顔を合わせて言葉を交わすようになってから、自然に親しくなった。ひと回りほどの年齢差だが不思議と馬が合う。
「うーん、そうですねぇ…」
大きくて美味しいエビフライをリーズナブルな値段で提供している定食屋で、向き合っている。これまでも何度か二人で食べに来ていた。
「歯切れが悪いね」
どう説明したら良いのか柊子自身、よく分からなくて思わず首を傾げる。
「じゃぁ、ずばり訊くよ?気に入ったの?それとも気に入らなかった?」
(うわぁ。単刀直入過ぎるよ~)
柊子は苦笑顔になる。
「二択ですかー。うーん、正直なところ、それすら分からないんですよね…」
「それじゃあ、困っちゃうね」
「ええ。だから、困ってるんです」
柊子はガブリとエビフライにかぶりついた。
サクサクとした音と食感が、美味しさを更に演出している。身が大きいので口を大きく開けないと食べられないのが少々難だ。
初めて連れて来られた時は緊張して箸で必死に切ろうとしたが、周囲のキャベツが飛び散るばかりだった。目の前の大蔵や周囲を見渡すと皆はガブリとやっているので、その食べ方がこの場合はスタンダートなのだと理解した。
大蔵は味噌汁をゴクリと飲み下していた。喉仏が上下する様が、何とも言えない感情を湧き立たせて来る。
「どんな人なの?確か、作家さんだったっけ?」
「ええ。わりと人気の小説家ですよ。有名なところだと『花模様』とか、『大正浪漫奇譚』を始めとした奇譚シリーズ…」
「へぇ…。ゴメン。俺は、小説はあまり読まないから知らないなぁ」
大蔵とは馬が合うのに、小説の類を殆ど読まない所が残念でたまらない。ノンフィクション物が好きなようで、旅やグルメ関係の書籍を好んでいるようだ。
「でも人気作家なら、結構、お金持ちなのかな」
「出せば必ず売れるベストセラー作家、とまではいかないから、そこそこだと思います。それに仮に稼いでいるとしても、一生稼ぎ続けられる保証なんて無い職業ですよ」
そうだ。よくよく考えれば、人気作家なんて言葉はただの飾りに過ぎない。実態は不安定極まりない職業だろう。
「なるほど。そう考えればお得物件とは言い切れないのか。こういう場合は、矢張り公務員が狙いどころだろうね」
大蔵は「ふむふむ」と自分の発言に感心したように、顎を撫でている。
皿の上は洗ったように綺麗になっていた。この人の食後の器の美しさには、いつも感動する。所作は決して美しいとは言えないのに、食後の食器は汚れが殆どない。
柊子自身も綺麗に食べる事を信条としているので、こういう点は尊敬に値すると思っているのだった。
「大蔵さん、ちょっと勘違いしてません?私、婚活してるわけじゃないんですよ?ご存知でしょう?」
「ああ、そうだったね。それならいいじゃない。断れば」
簡単に言ってくれる。
柊子は軽くため息をついた。
「何か問題が?」
「問題と言うか……。まぁ、お見合いの時の印象がイマイチだったのもあって、私からはお断りって言ったんですけど、一度会ったくらいで断るのは失礼だから、少し付き合えって言われたので、そうする事にしたんです。けど、何て言うかその…、変わった人なんですよね。捉えどころが無いと言うか…」
「ふぅ~ん……。まぁ、小説家なんてみんな変わり者なんじゃないの?偏見かもしれないけど。捉えどころが無いって言うのは、最初のうちはしょうがないでしょう。分かりやすいタイプの方が必ずしも良いとは限らないからね。好印象を与えようと取り繕ってるって事も少なく無いだろうし。そういう点では、飾らないと言うか、素に近いのかもしれないよ。そういう方が、面白くない?」
なるほど、そういう見方もあるか。
とは言え。
「見た目はどうなの?」
「え?見た目ですか?」
大蔵は足を柊子の方へ伸ばしてきて、すっかり寛ぎモードに入っている。
「見た目は、いい方だと思いますよ。すらっと背が高くて、目元がシュッと切れ長で知的な感じのイケメンさんですね」
「へぇ。じゃぁ、モテるんじゃないの?」
「ええ、多分。女性ファンも多いですし…。だからお見合いなんてしなくても、選り取り見取りだと思うんですよね。…って、大蔵さんも若い時はモテたんじゃ?」
柊子の言葉に大蔵はニヤリと笑った。
「まぁ、そこそこね…。でも昔の話だから」
考えてみれば、大蔵は柊子のタイプだった。この男も、スラリとした和風タイプのイイ男だ。今は中年らしい苦味が男ぶりを上げているように思える。
「奥さんとは恋愛結婚でしたっけ?」
「女を見る目が無かったと、今は後悔しているよ。恋愛なんて、目を曇らせるだけさ。だから柊子ちゃんは、お見合いで良かったんじゃないの?最初に恋愛感情ありき、じゃないから、冷静に相手を見極められるでしょう」
妻とは水と油で、子どもたちが成人したら離婚するつもりだと前から口にしていた。
「まぁ暫くは様子見ってところかな?」
まだ知り合ったばかり。
ゆっくり読んでいいと言われた本は一日で読み終えた。
焦る必要は無いだろうが、いつ返そうかと心の中でスケジュールを確認するのだった。
職場で親しくしている四十を少し出た男性社員の大蔵に言われて、就業後に和食の店で夕飯を共にすることになった。
大蔵とは同じ部署にいるものの、担当業務では関わりが無い為、直接的な利害が無い。休憩室で顔を合わせて言葉を交わすようになってから、自然に親しくなった。ひと回りほどの年齢差だが不思議と馬が合う。
「うーん、そうですねぇ…」
大きくて美味しいエビフライをリーズナブルな値段で提供している定食屋で、向き合っている。これまでも何度か二人で食べに来ていた。
「歯切れが悪いね」
どう説明したら良いのか柊子自身、よく分からなくて思わず首を傾げる。
「じゃぁ、ずばり訊くよ?気に入ったの?それとも気に入らなかった?」
(うわぁ。単刀直入過ぎるよ~)
柊子は苦笑顔になる。
「二択ですかー。うーん、正直なところ、それすら分からないんですよね…」
「それじゃあ、困っちゃうね」
「ええ。だから、困ってるんです」
柊子はガブリとエビフライにかぶりついた。
サクサクとした音と食感が、美味しさを更に演出している。身が大きいので口を大きく開けないと食べられないのが少々難だ。
初めて連れて来られた時は緊張して箸で必死に切ろうとしたが、周囲のキャベツが飛び散るばかりだった。目の前の大蔵や周囲を見渡すと皆はガブリとやっているので、その食べ方がこの場合はスタンダートなのだと理解した。
大蔵は味噌汁をゴクリと飲み下していた。喉仏が上下する様が、何とも言えない感情を湧き立たせて来る。
「どんな人なの?確か、作家さんだったっけ?」
「ええ。わりと人気の小説家ですよ。有名なところだと『花模様』とか、『大正浪漫奇譚』を始めとした奇譚シリーズ…」
「へぇ…。ゴメン。俺は、小説はあまり読まないから知らないなぁ」
大蔵とは馬が合うのに、小説の類を殆ど読まない所が残念でたまらない。ノンフィクション物が好きなようで、旅やグルメ関係の書籍を好んでいるようだ。
「でも人気作家なら、結構、お金持ちなのかな」
「出せば必ず売れるベストセラー作家、とまではいかないから、そこそこだと思います。それに仮に稼いでいるとしても、一生稼ぎ続けられる保証なんて無い職業ですよ」
そうだ。よくよく考えれば、人気作家なんて言葉はただの飾りに過ぎない。実態は不安定極まりない職業だろう。
「なるほど。そう考えればお得物件とは言い切れないのか。こういう場合は、矢張り公務員が狙いどころだろうね」
大蔵は「ふむふむ」と自分の発言に感心したように、顎を撫でている。
皿の上は洗ったように綺麗になっていた。この人の食後の器の美しさには、いつも感動する。所作は決して美しいとは言えないのに、食後の食器は汚れが殆どない。
柊子自身も綺麗に食べる事を信条としているので、こういう点は尊敬に値すると思っているのだった。
「大蔵さん、ちょっと勘違いしてません?私、婚活してるわけじゃないんですよ?ご存知でしょう?」
「ああ、そうだったね。それならいいじゃない。断れば」
簡単に言ってくれる。
柊子は軽くため息をついた。
「何か問題が?」
「問題と言うか……。まぁ、お見合いの時の印象がイマイチだったのもあって、私からはお断りって言ったんですけど、一度会ったくらいで断るのは失礼だから、少し付き合えって言われたので、そうする事にしたんです。けど、何て言うかその…、変わった人なんですよね。捉えどころが無いと言うか…」
「ふぅ~ん……。まぁ、小説家なんてみんな変わり者なんじゃないの?偏見かもしれないけど。捉えどころが無いって言うのは、最初のうちはしょうがないでしょう。分かりやすいタイプの方が必ずしも良いとは限らないからね。好印象を与えようと取り繕ってるって事も少なく無いだろうし。そういう点では、飾らないと言うか、素に近いのかもしれないよ。そういう方が、面白くない?」
なるほど、そういう見方もあるか。
とは言え。
「見た目はどうなの?」
「え?見た目ですか?」
大蔵は足を柊子の方へ伸ばしてきて、すっかり寛ぎモードに入っている。
「見た目は、いい方だと思いますよ。すらっと背が高くて、目元がシュッと切れ長で知的な感じのイケメンさんですね」
「へぇ。じゃぁ、モテるんじゃないの?」
「ええ、多分。女性ファンも多いですし…。だからお見合いなんてしなくても、選り取り見取りだと思うんですよね。…って、大蔵さんも若い時はモテたんじゃ?」
柊子の言葉に大蔵はニヤリと笑った。
「まぁ、そこそこね…。でも昔の話だから」
考えてみれば、大蔵は柊子のタイプだった。この男も、スラリとした和風タイプのイイ男だ。今は中年らしい苦味が男ぶりを上げているように思える。
「奥さんとは恋愛結婚でしたっけ?」
「女を見る目が無かったと、今は後悔しているよ。恋愛なんて、目を曇らせるだけさ。だから柊子ちゃんは、お見合いで良かったんじゃないの?最初に恋愛感情ありき、じゃないから、冷静に相手を見極められるでしょう」
妻とは水と油で、子どもたちが成人したら離婚するつもりだと前から口にしていた。
「まぁ暫くは様子見ってところかな?」
まだ知り合ったばかり。
ゆっくり読んでいいと言われた本は一日で読み終えた。
焦る必要は無いだろうが、いつ返そうかと心の中でスケジュールを確認するのだった。