第65話

文字数 1,389文字


 仕事の見通しが大分ついてきたとは言え、まだまだ忙しい。
 柊子は朝から猛スピードで入力し、チェックし、少し早めにあがった。それでも待ち合わせの八時を少し過ぎてしまっていた。

「すみません、遅れちゃって…」

 待ち合わせ場所へ急ぎ足で行くと、和人は既に来て待っていた。

「いえいえ、とんでもない。こちらこそお忙しい中、すみません」

 柊子は少し息を切らせて、和人を見上げた。
 柊子と目があった和人はニッコリと微笑んだ。人懐こそうな顔をしていて、一般ウケしそうなタイプだと感じる。

「美味しい料理を出す、お気に入りのバーがあるんですよ。会員制だから落ち着きますよ」

「はぁ…」

 和人に連れて来られたバーは、柊子が予想していたよりも明るくて広くてお洒落だった。
 バー=暗くて狭い=落ち着く、の図式があったが、間違っていたようだ。

「いつもはカウンターだけど、今日はソファ席に行きましょうか」

 和人は店内の角にあるL字型のソファ席へ向かった。

「さぁ、どうぞ」

 言われて座ると柔らかすぎない心地良いソファに、まずは気分が上がった。
 毎日職場の硬い椅子で痛めつけられているせいか、それ以外で座る椅子の座り心地にはつい敏感になってしまう。

「ここは、ローストビーフサンドが凄く美味しいんですよ。いかがです?」

「是非、お願いします。聞いただけでヨダレ出そう」

「はははっ」

 和人はローストビーフサンドと、他にサラダ、マッシュルームのアヒージョ、小かぶのピクルス、胡桃のチーズテリーヌなどを注文した。

「アルコールはどうします?ビールにしますか?ワインにしますか?」

「ん…、じゃぁワインで」

 運ばれてきた料理はどれも美味しそうだ。
 二人はグラスワインで取りあえず乾杯した。

「今日はお仕事、お疲れ様でした。柊子さんも毎日残業のようで大変ですね」

(ねぎら)いのお言葉、ありがとうございます。和人さんだって、大変なのは同じでは?」

「まぁ、そうかもしれませんが中身の性質は別でしょう」

「どんな職種でも、苦労はつきものですよ」

 何が良いとか悪いとか、一概には言えないだろう。

「ところで…、この間ご一緒だった男性って…」

 探るような目つきだと思った。

「大蔵さんですか?あの時に紹介したように、会社の先輩です」

「少し、年が離れているように感じましたが」

「そうですね。ひと回り上だったかな」

「じゃぁ、四十代…」

「……」

 遅い時間では無かったが、夜に男性と二人で歩いているのは矢張り誤解の素か。

「あの人、渋みがかったイイ男でしたね。今風に言うならイケオジ?」

「ふふふ…、そうですね。イケオジですね」

「仲が良さそうに見えたし、実際にご本人も仲良し宣言されてましたが、どうなんです?あれはただの冗談だったのかな」

「あぁ、あれ…。あの人も人が悪いですよね…。仲は良い方だと思いますよ。時々ああやって食事に行ったりするので。異性で年も離れてるけど、何故か馬が合うんですよね」

「なるほどね…。あ、誤解されないように言っておきますが、僕は別段、あの人との事を批難してるとか、そういうのじゃないですからね。ただただ単純な好奇心でお聞きしているだけです。大体、貴景だって真木野さんとヨロシクやってるんだから、柊子さんの事をどうこう言えないでしょう」

「ヨロシクやってるって…、なんか引っかかる言い方されますね」

 柊子の眉間に力が入った。聞き逃せないセリフだ。

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