第53話

文字数 1,365文字

「どうですか?貴景とは。…上手くいってますか」

 柊子はスプーンを置いて、まじまじと和人の顔を見た。
 特に他意は無さそうに見える。

「いってると思います」

 柊子は軽く微笑んだ。嘘ではない。
 モヤモヤを抱えてはいるが。

「あの女性の事、気になりませんか」

 思わずギクリとして頬が軽く引き攣るのを感じた。

「貴景とはお見合いでしたよね。真木野さん以外、女性の影なんて全く無かったから、いきなり結婚したと聞いて、本当に驚きましたよ」

 柊子は再びスプーンを持つと、黙々とデザートを口に運ぶ。

「なんか、割とすぐに決まったとか聞きましたが…」

 返事を促されたので、「ええ」と返す。

「あの、和人さんと貴景さんって、とても親しそうに見えるんですけど…」

「貴景から聞いてませんか?僕ら、大学時代からの付き合いなんですよ」

 矢張りそうだったのか。

「貴景さんは、口数が少ないし、訊かれないことを自分から話す事ってあまり無いので」

「確かにそうですよね。それでつまらなくは無いんですか?よく結婚に踏み切ったな、って半ば感心してたんですよ。柊子さんのことを」

「それは…」

 結婚に踏み切った理由など、他人に話す事でもないだろう。
 貴景の親しい友人でも、自分にとっては違う。

「真木野さんの事、知ってて結婚されたんですか?」

「知っててって、どういう意味ですか?」

「あ、いや…、その、女性のアシスタントがいるって意味で…」

 柊子の怪訝そうな眼差しにたじろいでいる。

「女性のアシさんがいる事は知ってました。知り合った時に、ちょうどお子さんが入院していたのもあって、お会いしたのは結婚後でしたけど」

「その時は、何とも思わなかったんですか?」

『その時は』と言う事は、今は何かを思っているとでも言うのだろうか。それとも、些細な言葉に反応し過ぎか。

「特に何も」

「うーん、なるほど。柊子さんは、サバサバした人なんですね。貴景から、結婚について色々言われてウンザリしてるから、できるなら落ち着きたいとは聞いていたんですよ。人気作家だし、見てくれもいいし、その気になればすぐにも相手は見つかると思ってましたが、真木野さんの存在がネックと言うかね。本人は全然気にしてないみたいだけど、女性としては気になりますよねぇ。それを気にしない女性なら、貴景にとっては持ってこいな相手だったんですね、柊子さんは」

「それって…」

 なんだか引っかかる言いようだ。
 矢張り世間体を繕う為の、名前だけの妻だと言う事なのか。

「あの…、真木野さんの事は、大事な友人だって言ってます。仕事だけじゃなくて、家事もやってくれるし、給料以上に尽くしてくれてるからって…」

「なるほど。それで貴女は納得してるんですか?」

 和人はティカップに口を付けながら、上目遣いに柊子を見ている。

「…するしか、ないじゃないですか…」

「…確かにね。でも、そうおっしゃるって事は、柊子さんも少なからず納得しきれていないようですね」

「……」

 返事のしようもない。
 柊子自身、何をどう話したらよいのか分からなかった。ただ、もやもやとした物がわだかまっていて、明確な形にはなっていない。
 貴景との事を聞かれる時は、いつもそうだ。
 友人たちに話す時だって、苦労した。

「貴景のこと、あまりご存知ないようだから、少しお話しましょうか」

 柊子はコクリと頷いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み