第9話

文字数 888文字

「やはり君とは相性がいいな。思っていた通りだった」

 着瘦せして見えるタイプなのか、意外に逞しい裸の胸の中で、遠峰の低めの声が柊子の耳をくすぐった。

「それって…、どういう…」

「体の相性だよ」

 遠峰はクスリと笑った。

「お見合いの時に君を観察してて思ったんだ。この人とは体の相性も良さそうだって」

「なっ!?」

 あの不躾な視線の嵐は、そういう意図だったのか。

「そ、そ、そ、そんな事、見ただけでわかるんですか」

 衝撃で言葉がどもった。どう受け止めたら良いのか分からない。

「ちょっと見ただけでは判断しかねるけど、何て言うか、体つきとか全体から滲み出ている気だとか、自分の好みとか、まぁ色々重ねて吟味しながらよく観察して、そう感じたんだよ」

 ますます二の句が継げなくなった。

 ――この人って一体…。

 なんだか雰囲気に飲まれて、流されるように体を重ねてしまったが、果たして良かったのだろうか、との思いが入道雲のようにムクムクと湧いてきた。

「君だって、良かっただろう?凄く感じてくれていて嬉しいよ」

「そ、…」

(そんな事を言うなー)

 と言いたかったが言えず、頬が熱くなるのを感じた。
 そんな柊子の様子に何を勘違いしたのか、遠峰はチュッと柊子の頭に口づけた。

「可愛いね」

 一層、頬が熱くなってきた。
 頬は熱い。だがその一方でこうも思う。

 ――流されてはいけない。

 だめだ、ダメだ、駄目だ。
 これがこの人の常套句に違いない。
 こうやって何人もの女性を落としているんだ。

 そもそもこんなイケメン人気作家が、何が良くて一般のありふれた取説作りの会社員やってる女なんかを相手にする?
 本作りとは言っても業種が全く違う、少し変わった職業の女を面白がって揶揄(からか)っているだけなんだ。

 高揚していた気持ちが下がってきた。

 ここはもう帰るしかない。帰って今日の成り行きの一人反省会だ。

 そう決意したところで。

「もっと君を味わいたいな。いいよね?」

 返事を聞く間もなく、遠峰の手が柊子に伸びてきて、有無をも言わせぬ勢いで第二ラウンドが開始された。

 ――ああ、流されていく…。

 柊子の決意は簡単に打ち破られ、消えていった。


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