第66話

文字数 1,531文字


「あ、すみません。下卑た表現でしたね。あの二人は、深い関係には無いですよ。ただ非常に仲良しです」

 なんとも微妙な言い回しだ。自分と大蔵だって『仲良し』と言えば、そうなのだが。

「…ん、これ、旨いですよ」

 小かぶのピクルスを口に入れて、美味しそうに笑っている。

「貴景はね。多分、真木野さんの、あの、あけすけな所に安心感を覚えるんじゃないのかな。彼女、なんか肝っ玉母さんみたいな雰囲気でしょう。丸ぽちゃだし」

 そう言って同意を求めるような笑顔を向けて来る。
 確かに、あけすけだとは思う。
 貴景と一緒に彼女の家へ行った時に、そう感じた。

「そういう所が、気の置けない感じなんだろうね。何を言っても、何を頼んでも、ドーンと受け止めてくれる。だからすっかり彼女に依存しちゃってる。こんな事を言ったら語弊があるかもしれないけど、かなり年下なのに、姉とか母親とかへ向ける感情?」

「姉とか母親?」

 言われてみると、そんな気がしないでもない。そして、依存している、というのも。

「じゃぁ、私の夫はシスコンとかマザコンって事になるんでしょうか?」

「あはは、確かにそういう事なのかもね」

 クククと口元を押さえながら笑っている。
 この人にとっては面白いのかもしれないが、柊子にとっては少しも面白くない。

「だからさぁ。柊子さん、気にする事は無いんですよ。貴景と真木野さんは、浮気でも不倫でも無いんだから。心配しなきゃならないのは、真木野さん以外の女性」

「はい?」

 全く思いも寄らない言葉に、胸がズキンと痛くなった。
 真木野以外の女性の影なんて感じた事は全くない。あまりにも真木野に捉われ過ぎて、他の存在に気づけなかったと言う事なのだろうか。

「あ、ごめんなさい…。今のところは、その心配はないと思います」

 柊子の顔が急激に変化したのを見て察したのか、和人が弁解するように言った。

「この間、オトモダチから…って話をしたでしょう」

「はい…」

 急に話題を変えてきたのかは分からないが、柊子は神妙な顔つきで耳を傾けた。

「中身はコミュ障でも、表面的には愛想が良くて如才ないんですよ。だから人気が出るしモテるんだけど、深くは付き合えない。言い寄られたら簡単に落ちるけど、一夜限りみたいなのばっかりでね。関係を持っても相手にハマるって事がまるでない。だから、恋人として付き合った女性は、いないって事になるんです」

「はぁ、そうなんですか」

 貴景が言っていた事は、そういう事だったのか。だが、一夜限りの相手と言うのも、あまり良い気はしない。

「卒業して作家業に入ってから、ちょっと色々ありましてね。有体に言えば、女性編集者とのトラブル…」

「…それって…」

「まぁ、想像に(かた)くないでしょう。どこの出版社も、女性編集者がこぞって彼の担当になりたがり、なったらなったで迫るんですよ」

「……」

 まさに想像に難くない。

 貴景も女性に興味が無い訳ではないし、淡泊そうに見えて性欲は旺盛な方だ。ロマンティックな作品が多いのもあり、女性との経験は肥やしにもなるだろう。だから、迫られれば断らない。

「恋人なわけでもないから、一人と関係したからと言って他を断ったりはしないんで、女性編集者の間で争いになりましてね…」

 困ったような笑いを頬に浮かべている。
 どの女性編集者も、貴景の為に労力は惜しまないし、便宜を図りまくる。

「当時僕はまだペェペェだったんだけど、貴景とは親しい友人って事で、舎人社はいち早く女性編集者を貴景の担当から外したんですよ。なんせ、仕事に影響が出始めてきてしまっていたので」

 そのうちに、各社で足並みを揃えるように担当が男性に変更された。
 そのままでいけば、刃傷沙汰にでもなりかねない程の争奪戦だったと和人は言った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み