第28話
文字数 1,671文字
貴景が帰宅したのは翌朝の早朝だった。
いつも通りに起きた柊子は、隣で寝息を立てている夫に一瞥くれると、さっさと着替えて外出の支度をした。
全くもって、やっていられない。
今日は日曜日で、昨日の話では夫婦の日、とやらだが、とても二人きりで過ごす気にはなれなかった。
朝食の支度もしないで外へでると、まずはモーニングをやっているカフェに向かった。そこで軽い朝食を取りながら、今後の事を考える。
今日も朝から雨だ。
目の粗い霧吹きで吹いたような、中途半端な粒子の雨で、情緒も何もないなと感じる。その上、ムシムシとして柊子の不快指数を一層高くしている。
せっかくの日曜日。
自室で新しく購入したゲームをしようと思っていた。それが、いきなり“夫婦の日”に指定され、それもアリかと受け入れた矢先のアレだ。
前回は『うるさい』と言われ、今回は『君の方がおかしい』ときた。
つまるところ、お互いに相手を“おかしい”と思っているわけだ。
そんな二人が長い人生を共にしていけるのだろうか。
いやいや、ただの同居人じゃないか。それなのに、いきなり“夫婦の日”なんて提案をしてきた貴景の方がよっぽど、どうかしていると言わざるを得ない。
――さて。どうしたものか。
このまま一人で過ごすのもなんだか躊躇われる。寂しすぎるのだ。
とは言え日曜日だけに、既婚の友人は無理だろう。
バッグからスマホを出すと、着信ランプが光っている。LINEだ。大蔵からだった。
“急なんだけどね。明日、良かったら某美術館へいかないかな?浮世絵展がさ、明日までなんだよね。”
昨日の夕方の着信になっていた。貴景とすったもんだしていた時だ。
大蔵から休日に誘われる事は珍しいが、初めてではない。
柊子はすぐに返信した。
“すみません、気づかなくて…。今日はめっちゃ暇なんで、観に行きたいです。浮世絵、大好きなんで。”
五分後くらいに返信が来た。
一時間後に某駅改札口で待ち合わせる事になった。今いる場所から三十分くらいで行ける場所なので、柊子は化粧室に入って軽く化粧した。スッピンで出てきたので、携帯している直し用の化粧道具ではあるが、しないよりはマシだろう。普段から薄化粧だから問題ないと自分を納得させる。
口紅を引きながら、今回はクマが出来ていないことに満足する。不覚にも泣いてしまったが、目も腫れていない。
待ち合わせの場所に着くと、日曜日だけに人が多い。
そんな雑踏の中に、スラリとした小洒落れた雰囲気を、辺りに漂わせている男を見つけた。
――あぁ、いつ見てもカッコいいなぁ。
立ち止まって思わず見惚れる。
昔の大人気だったニヒルでクールな俳優に、顔立ちや雰囲気がよく似ている。
大蔵の方がその俳優よりも背が高い。
ほっそりとしていて姿勢が良いせいか、佇まいが綺麗だ。この人が独身だったら、柊子は絶対にアプローチしただろうに、と思う。
少し浮きだつ心を抑えながら、柊子は静かに近寄った。その気配に気づいたのか、大蔵がこちらに視線を向けた。
「やぁ、柊子ちゃん。おはよう」
ちょっと気だるそうだ。
「生憎の雨だね。梅雨だから仕方ないか」
「おはようございます。すみません、急に呼び立てるようになっちゃって」
「いやいいよ。既読がつかないから、きっと気づいていないんだろうって思ってたし。そのまま連絡が無ければ、午後にでも一人で観に行こうかと思ってた」
二人で改札をくぐり、ホームへ入る。電車で五駅ほど先だ。
「柊子ちゃんの方こそ、大丈夫なの?新婚さんなのに」
そう思うなら、誘わなければ済む事なのに、あえて誘って来る大蔵の気も、また柊子には計りかねることだ。
そしてその誘いに、これ幸いとばかりに乗る、自分自身の心も計りかねる。
「大丈夫です。というか、今日はちょっとダンナと顔を合わせたくなくて」
「何かあったの?」
「あったと言えば、ありましたけど、…こういう場所では話せないので、後で聞いてもらえますか?」
「わかった」
大蔵が軽く微笑んだ。その笑みは労わるような優しさが滲み出ていて、心が和らいだ。
いつも通りに起きた柊子は、隣で寝息を立てている夫に一瞥くれると、さっさと着替えて外出の支度をした。
全くもって、やっていられない。
今日は日曜日で、昨日の話では夫婦の日、とやらだが、とても二人きりで過ごす気にはなれなかった。
朝食の支度もしないで外へでると、まずはモーニングをやっているカフェに向かった。そこで軽い朝食を取りながら、今後の事を考える。
今日も朝から雨だ。
目の粗い霧吹きで吹いたような、中途半端な粒子の雨で、情緒も何もないなと感じる。その上、ムシムシとして柊子の不快指数を一層高くしている。
せっかくの日曜日。
自室で新しく購入したゲームをしようと思っていた。それが、いきなり“夫婦の日”に指定され、それもアリかと受け入れた矢先のアレだ。
前回は『うるさい』と言われ、今回は『君の方がおかしい』ときた。
つまるところ、お互いに相手を“おかしい”と思っているわけだ。
そんな二人が長い人生を共にしていけるのだろうか。
いやいや、ただの同居人じゃないか。それなのに、いきなり“夫婦の日”なんて提案をしてきた貴景の方がよっぽど、どうかしていると言わざるを得ない。
――さて。どうしたものか。
このまま一人で過ごすのもなんだか躊躇われる。寂しすぎるのだ。
とは言え日曜日だけに、既婚の友人は無理だろう。
バッグからスマホを出すと、着信ランプが光っている。LINEだ。大蔵からだった。
“急なんだけどね。明日、良かったら某美術館へいかないかな?浮世絵展がさ、明日までなんだよね。”
昨日の夕方の着信になっていた。貴景とすったもんだしていた時だ。
大蔵から休日に誘われる事は珍しいが、初めてではない。
柊子はすぐに返信した。
“すみません、気づかなくて…。今日はめっちゃ暇なんで、観に行きたいです。浮世絵、大好きなんで。”
五分後くらいに返信が来た。
一時間後に某駅改札口で待ち合わせる事になった。今いる場所から三十分くらいで行ける場所なので、柊子は化粧室に入って軽く化粧した。スッピンで出てきたので、携帯している直し用の化粧道具ではあるが、しないよりはマシだろう。普段から薄化粧だから問題ないと自分を納得させる。
口紅を引きながら、今回はクマが出来ていないことに満足する。不覚にも泣いてしまったが、目も腫れていない。
待ち合わせの場所に着くと、日曜日だけに人が多い。
そんな雑踏の中に、スラリとした小洒落れた雰囲気を、辺りに漂わせている男を見つけた。
――あぁ、いつ見てもカッコいいなぁ。
立ち止まって思わず見惚れる。
昔の大人気だったニヒルでクールな俳優に、顔立ちや雰囲気がよく似ている。
大蔵の方がその俳優よりも背が高い。
ほっそりとしていて姿勢が良いせいか、佇まいが綺麗だ。この人が独身だったら、柊子は絶対にアプローチしただろうに、と思う。
少し浮きだつ心を抑えながら、柊子は静かに近寄った。その気配に気づいたのか、大蔵がこちらに視線を向けた。
「やぁ、柊子ちゃん。おはよう」
ちょっと気だるそうだ。
「生憎の雨だね。梅雨だから仕方ないか」
「おはようございます。すみません、急に呼び立てるようになっちゃって」
「いやいいよ。既読がつかないから、きっと気づいていないんだろうって思ってたし。そのまま連絡が無ければ、午後にでも一人で観に行こうかと思ってた」
二人で改札をくぐり、ホームへ入る。電車で五駅ほど先だ。
「柊子ちゃんの方こそ、大丈夫なの?新婚さんなのに」
そう思うなら、誘わなければ済む事なのに、あえて誘って来る大蔵の気も、また柊子には計りかねることだ。
そしてその誘いに、これ幸いとばかりに乗る、自分自身の心も計りかねる。
「大丈夫です。というか、今日はちょっとダンナと顔を合わせたくなくて」
「何かあったの?」
「あったと言えば、ありましたけど、…こういう場所では話せないので、後で聞いてもらえますか?」
「わかった」
大蔵が軽く微笑んだ。その笑みは労わるような優しさが滲み出ていて、心が和らいだ。