第52話
文字数 1,384文字
「あれぇ?柊子さんじゃないですか」
駅への道を疲れた体で覇気なく歩いていたら、突然声を掛けられた。男の声だ。
誰だろうと振り向いたら、広々とした逞しい胸元が視界一杯に広がり、思わず見上げる。
ニコニコ顔の篠山和人だった。
――この人、ほんとにデカイな。
貴景も背は高いが、和人は更に高く、その上、体つきが逞しい。
アメフトのディフェンスでもやっているんじゃないかと思ってしまう。
「会社帰りですか?」
「はい…、あ、こんばんは。いつも夫がお世話になっております」
夜になっても蒸し暑さが収まらず、疲れていたのもあって、挨拶が遅れてしまった。
「そんな、かしこまらないでくださいよ。僕も仕事が終わって帰る所だったんです。ちょうどいい。どうですか。食事しながら一杯やりませんか」
「え?」
思わぬ誘いに、腕時計に目をやると十九時半だった。ここ最近では少し早い。
「早く帰らないとダメですか?」
「あ、いえ…」
以前は残業の時には真木野の作った料理を食べていたが、今は毎日残業なので、帰宅途中に一人で外食している。
なんだか嫌なのだ。毎日彼女の料理を食べるのが。
「わかりました。ご一緒します」
どうせどこかで食べなければならない。
和人に連れられて入った店は、お洒落な雰囲気のイタリアンレストランだった。
(お高そうだな…)
毎日外食しているから、懐具合が気になる店だ。
店内は各テープルの位置がゆったりとしている為、落ち着いた感じだ。更に平日だからか混んではいない。
土日なら予約無しでは入れそうにない店だろう。
「柊子さんは苦手な物ってありますか?」
「いえ、特に。余程特殊な食べ物でなければ大丈夫です」
「じゃぁ、お勧めコースでも大丈夫ですか?」
言われてメニューに目をやると、この日のコースのメインは牛肉の炭火焼だった。
他の料理も手ごろと思えたが、値段が六千六百円となっており、なんとも微妙だな、と逡巡する。
「かなりお疲れのご様子。ここはお肉で力をつけましょうよ」
爽やかな笑顔で勧められて、まぁいいか、と覚悟を決める。
最近、夕飯は軽いものばかりだった。
昼に社食でガッツリ食べているから、夜は軽くてもいいだろうと思っていた。短時間で済ませて、早く帰宅して体を休めたかったからだ。
「じゃぁ、それでお願いします」
まずは目の前のミネラルウォーターで喉を潤した。
「いやぁ~、暑い日が続きますよね」
「ええ、全く」
「柊子さんのお仕事って、テクニカルライティングでしたっけ?」
「はい」
「同じ本作りとは言え、全く想像ができないジャンルですよね」
「そうですね…。でも、製品についての本ですから、雑誌とかの編集の方が大変だと思いますよ。うちの方は記事を書いたりとかって無いですから」
「なるほど。締め切りに間に合うように記事を書かせる苦労が無いって事ですね。そこはいいなぁ」
「ふふふ…。そうですね。そういう点では、こちらは手堅い感じです。勿論、納期はあるのでそれに間に合わせなければならないプレッシャーはありますけど。しかも、雑誌は万一原稿が落ちても他で埋め合わせするなりして出せますけど、こちらはそういう訳にはいかないので、そこは大変です」
「ああ、確かにそうですね。とは言え、落したら後が大変なんで必死ですけどね」
そんな互いの仕事の他愛ない話が暫く続いたが、デザートに入った時に、話題が変わった。
駅への道を疲れた体で覇気なく歩いていたら、突然声を掛けられた。男の声だ。
誰だろうと振り向いたら、広々とした逞しい胸元が視界一杯に広がり、思わず見上げる。
ニコニコ顔の篠山和人だった。
――この人、ほんとにデカイな。
貴景も背は高いが、和人は更に高く、その上、体つきが逞しい。
アメフトのディフェンスでもやっているんじゃないかと思ってしまう。
「会社帰りですか?」
「はい…、あ、こんばんは。いつも夫がお世話になっております」
夜になっても蒸し暑さが収まらず、疲れていたのもあって、挨拶が遅れてしまった。
「そんな、かしこまらないでくださいよ。僕も仕事が終わって帰る所だったんです。ちょうどいい。どうですか。食事しながら一杯やりませんか」
「え?」
思わぬ誘いに、腕時計に目をやると十九時半だった。ここ最近では少し早い。
「早く帰らないとダメですか?」
「あ、いえ…」
以前は残業の時には真木野の作った料理を食べていたが、今は毎日残業なので、帰宅途中に一人で外食している。
なんだか嫌なのだ。毎日彼女の料理を食べるのが。
「わかりました。ご一緒します」
どうせどこかで食べなければならない。
和人に連れられて入った店は、お洒落な雰囲気のイタリアンレストランだった。
(お高そうだな…)
毎日外食しているから、懐具合が気になる店だ。
店内は各テープルの位置がゆったりとしている為、落ち着いた感じだ。更に平日だからか混んではいない。
土日なら予約無しでは入れそうにない店だろう。
「柊子さんは苦手な物ってありますか?」
「いえ、特に。余程特殊な食べ物でなければ大丈夫です」
「じゃぁ、お勧めコースでも大丈夫ですか?」
言われてメニューに目をやると、この日のコースのメインは牛肉の炭火焼だった。
他の料理も手ごろと思えたが、値段が六千六百円となっており、なんとも微妙だな、と逡巡する。
「かなりお疲れのご様子。ここはお肉で力をつけましょうよ」
爽やかな笑顔で勧められて、まぁいいか、と覚悟を決める。
最近、夕飯は軽いものばかりだった。
昼に社食でガッツリ食べているから、夜は軽くてもいいだろうと思っていた。短時間で済ませて、早く帰宅して体を休めたかったからだ。
「じゃぁ、それでお願いします」
まずは目の前のミネラルウォーターで喉を潤した。
「いやぁ~、暑い日が続きますよね」
「ええ、全く」
「柊子さんのお仕事って、テクニカルライティングでしたっけ?」
「はい」
「同じ本作りとは言え、全く想像ができないジャンルですよね」
「そうですね…。でも、製品についての本ですから、雑誌とかの編集の方が大変だと思いますよ。うちの方は記事を書いたりとかって無いですから」
「なるほど。締め切りに間に合うように記事を書かせる苦労が無いって事ですね。そこはいいなぁ」
「ふふふ…。そうですね。そういう点では、こちらは手堅い感じです。勿論、納期はあるのでそれに間に合わせなければならないプレッシャーはありますけど。しかも、雑誌は万一原稿が落ちても他で埋め合わせするなりして出せますけど、こちらはそういう訳にはいかないので、そこは大変です」
「ああ、確かにそうですね。とは言え、落したら後が大変なんで必死ですけどね」
そんな互いの仕事の他愛ない話が暫く続いたが、デザートに入った時に、話題が変わった。