第10話
文字数 1,806文字
こんな筈じゃぁ、無かった。
どうして流されてしまったのだろう。
ああそうだ。きっと久しぶりだったからだ。
彼氏いない歴五年が、仇になってしまったんだ、きっと。
大体、遠峰が上手いのが良く無かった。
と言うか、確かに彼が言った通り、相性が良かったのだろう。
これまで経験してきた中で(大した経験でもないが)、一番良かったと思う。しっくりくるものを感じた。何もかもが自然で、当たり前のような時間だった。
淡々としながらも優しくて、瞳の奥には静かな情熱が揺蕩っており、何もかもを預けてしまいたくなるような雰囲気を漂わせ、抗えない何かを感じさせた。
「上手くいってるみたいじゃない」
昼休みの食後のお茶タイムの時に、同僚の樫原秋穂が柊子の隣に座って声を掛けてきた。
秋穂は柊子より二歳上で、職場の同僚と四年前に結婚し、二人の女児をもうけている。出産を機に正社員から準社員に替えて、月水金しか出勤しないし残業も勿論しない。子どもがいてもフルタイムで働く女性が増えているが、彼女はあえてそれを選ばなかったようだ。
柊子は秋穂の指摘に吐息をついた。
上手くいっているように見えるのか。こんなに悩んでいるのに。
「あれ?違うの?なんかボーっと浮かれているように見えるけど」
「え?うそ、ほんとに?」
柊子は慌てた。浮かれている自覚は全くないのに。
「ほんとほんと。イイ男なんでしょ?良かったじゃない」
柊子はジロリと秋穂を見た。嫌味や皮肉を言っているようには見えない。
「でもあたし、やっぱりなんか結婚ってピンと来ないのよね」
柊子はテーブルに肘をつくと、両手を組み合わせて顎を乗せた。
「あんた考えすぎじゃない?結婚なんて勢いだよ。あとはタイミング?わたしが思うに、今がその時なんじゃないの?結婚願望が無かった柊子の元に、こんないい話が転がり込んできたんだよ?」
「いい話、なのかな…」
「いい話でしょう。あんたの理想の結婚相手、だったっけ?ほら、色々言ってたじゃない。あれに殆ど当てはまる相手じゃんか」
結婚願望が無いながらも、万が一でもするならこういう相手、というのを話したことがある。
仕事はこのまま続けられるのが第一条件。だから転勤族はお断り。
スポーツ系より文系な男性が好みで、容姿は並みであればこだわらないが、できればやせ型が良い。
関白タイプもお断り。誠実なのは最低限の必須項目。独占欲が強い人は苦手。
子どもに関しては自然任せで、出来なくても執着しない人。
「はっきり言って、鼻で嗤うような条件よね。夢見る夢子ちゃんだと思ってたんだけど、驚いた事に大体が当てはまる相手が都合よく現れたんだから、こんなにビックリする事はないし、二度と現れないと思うわよ~」
そうか。鼻で嗤われていたのか。
別に、そういう相手を追い求めていたわけではなく、そもそも結婚などしたくなかったし、だからこその理想の相手で、こんな人が現実にいるわけが無いと柊子自身が一番良く分かっていたのだが。
「結局さぁ。なんのかんのと言いながら、断れないのは満更でもないって事なんじゃないの?ここで断ったら、もう後が無いって事も分かってるんでしょ?これと言った問題も無さそうな相手じゃない。気持ちが揺れているって事は、これまで頑なに断ってきた結婚を、してもいいかもって思い始めてるんじゃないのかしらね」
そうかもしれない。
揺れているのは、相手を憎からず思っているからだ。むしろ好感が高まりつつある。
遠峰の言動に少しモヤッとするものがあるが、それでも自分を求めてくれている優しい眼差しが柊子の胸を熱くする。
好きになり始めているのかもしれない。
最初の印象は最悪だったが、共に過ごしてみれば遠峰は穏やかで気が利く男で、徐々に惹かれている事を否定できなくなっている。
そう思い始めてから再び遠峰の部屋で交わった後に、遠峰からプロポーズされた。
「柊子さん。僕と結婚してください。あなたと過ごす時間が好きです。これからもこうして一緒に過ごしていきたい。だから、お願いします」
真剣な求めに、柊子は思わず頷いてしまっていた。
柊子自身も、遠峰と共に過ごす時間は好きだった。
一緒にいる事に違和感がない。
言動は変わっているものの、醸し出す空気感のようなものに魅力を感じる。
だが、少し早いようにも感じるのだった。
お見合いの日から約二か月。
季節は梅雨へと変わりつつあった。
どうして流されてしまったのだろう。
ああそうだ。きっと久しぶりだったからだ。
彼氏いない歴五年が、仇になってしまったんだ、きっと。
大体、遠峰が上手いのが良く無かった。
と言うか、確かに彼が言った通り、相性が良かったのだろう。
これまで経験してきた中で(大した経験でもないが)、一番良かったと思う。しっくりくるものを感じた。何もかもが自然で、当たり前のような時間だった。
淡々としながらも優しくて、瞳の奥には静かな情熱が揺蕩っており、何もかもを預けてしまいたくなるような雰囲気を漂わせ、抗えない何かを感じさせた。
「上手くいってるみたいじゃない」
昼休みの食後のお茶タイムの時に、同僚の樫原秋穂が柊子の隣に座って声を掛けてきた。
秋穂は柊子より二歳上で、職場の同僚と四年前に結婚し、二人の女児をもうけている。出産を機に正社員から準社員に替えて、月水金しか出勤しないし残業も勿論しない。子どもがいてもフルタイムで働く女性が増えているが、彼女はあえてそれを選ばなかったようだ。
柊子は秋穂の指摘に吐息をついた。
上手くいっているように見えるのか。こんなに悩んでいるのに。
「あれ?違うの?なんかボーっと浮かれているように見えるけど」
「え?うそ、ほんとに?」
柊子は慌てた。浮かれている自覚は全くないのに。
「ほんとほんと。イイ男なんでしょ?良かったじゃない」
柊子はジロリと秋穂を見た。嫌味や皮肉を言っているようには見えない。
「でもあたし、やっぱりなんか結婚ってピンと来ないのよね」
柊子はテーブルに肘をつくと、両手を組み合わせて顎を乗せた。
「あんた考えすぎじゃない?結婚なんて勢いだよ。あとはタイミング?わたしが思うに、今がその時なんじゃないの?結婚願望が無かった柊子の元に、こんないい話が転がり込んできたんだよ?」
「いい話、なのかな…」
「いい話でしょう。あんたの理想の結婚相手、だったっけ?ほら、色々言ってたじゃない。あれに殆ど当てはまる相手じゃんか」
結婚願望が無いながらも、万が一でもするならこういう相手、というのを話したことがある。
仕事はこのまま続けられるのが第一条件。だから転勤族はお断り。
スポーツ系より文系な男性が好みで、容姿は並みであればこだわらないが、できればやせ型が良い。
関白タイプもお断り。誠実なのは最低限の必須項目。独占欲が強い人は苦手。
子どもに関しては自然任せで、出来なくても執着しない人。
「はっきり言って、鼻で嗤うような条件よね。夢見る夢子ちゃんだと思ってたんだけど、驚いた事に大体が当てはまる相手が都合よく現れたんだから、こんなにビックリする事はないし、二度と現れないと思うわよ~」
そうか。鼻で嗤われていたのか。
別に、そういう相手を追い求めていたわけではなく、そもそも結婚などしたくなかったし、だからこその理想の相手で、こんな人が現実にいるわけが無いと柊子自身が一番良く分かっていたのだが。
「結局さぁ。なんのかんのと言いながら、断れないのは満更でもないって事なんじゃないの?ここで断ったら、もう後が無いって事も分かってるんでしょ?これと言った問題も無さそうな相手じゃない。気持ちが揺れているって事は、これまで頑なに断ってきた結婚を、してもいいかもって思い始めてるんじゃないのかしらね」
そうかもしれない。
揺れているのは、相手を憎からず思っているからだ。むしろ好感が高まりつつある。
遠峰の言動に少しモヤッとするものがあるが、それでも自分を求めてくれている優しい眼差しが柊子の胸を熱くする。
好きになり始めているのかもしれない。
最初の印象は最悪だったが、共に過ごしてみれば遠峰は穏やかで気が利く男で、徐々に惹かれている事を否定できなくなっている。
そう思い始めてから再び遠峰の部屋で交わった後に、遠峰からプロポーズされた。
「柊子さん。僕と結婚してください。あなたと過ごす時間が好きです。これからもこうして一緒に過ごしていきたい。だから、お願いします」
真剣な求めに、柊子は思わず頷いてしまっていた。
柊子自身も、遠峰と共に過ごす時間は好きだった。
一緒にいる事に違和感がない。
言動は変わっているものの、醸し出す空気感のようなものに魅力を感じる。
だが、少し早いようにも感じるのだった。
お見合いの日から約二か月。
季節は梅雨へと変わりつつあった。