第79話

文字数 1,631文字


 五日ほどの入院で柊子は退院した。退院後の居場所は、柿原が一時的に会社の寮を借りる手続きをしてくれたので、そこに住む事になった。
 頭の方は問題無かったが、肩と腕の打撲で仕事をするには支障がある為、まだ暫くは通えそうにない。

 貴景には、急遽、有給を取って友人と旅行をする事になったから、と一方的に伝えて、あとは着拒にした。

 柿原、大蔵、そして中村が、柊子が仮住まいしている寮の部屋へ様子を見に来て、現況を伝えてくれた。

「お前、それで本当にいいのかよ」

 柿原の話では、貴景の方から会社に問い合わせが来たそうだ。

「有給をとって長期休暇している事は、嘘じゃないからな。旅行かどうかは知らないと言っといたよ」

「すみません、ご迷惑をおかけして」

 済まないと思うものの、矢張り暫くは関わりたくないと思ってしまう。

「そう思うなら、ちゃんと会って、とことん話し合え、って思うんだけどな」

「そうよ。逃げ回ってばかりいてもしょうがないでしょう。先へ進むためにも…」

 中村が心配そうにしている。

「俺は、とりあえずはいいと思うよ。今は痛めた羽を休める時じゃないのかな。ストレスの原因が目の前にいたんじゃ、思考停止して、前に進むどころじゃなくなるだろう」

 大蔵の労わるような表情を見て、つくづく優しい人なんだなと思う。

「大蔵さんの言う事にも、一理あるとは思うけど…。なんだか切なくなってくるのよ」

「せつない?どこがかな。俺は痛々しく思うばかりですよ。最初に話しを聞いた時は、キャリア志向の彼女に合ってるんじゃないかって思ったけど、やっぱり結婚は分からないもんだ。蓋を開けてみたら、とんでもない相手だった。もっと真剣に反対すれば良かったと思ってる…」

 憤慨している大蔵を見て、他の二人は不思議そうな顔をした。
 なぜそこまで、と思っているのかもしれない。

「まぁ、アシスタントとの関係には、私も話を聞いて驚いたけど。…でも、その後の話を聞いてきて思うんですけど、柊子ちゃんもダンナさんも、お互いにちゃんと話し合う時間が圧倒的に少なすぎて、だから感情のすれ違いや縺れが生じてるんじゃないかって。それに、二人してお互いを憎からず思ってるでしょう。だから、そこが通じ合えないのが切ないって思うんですよ」

 大蔵が苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。

「…柊子ちゃんの事を想っているのなら、なぜ一番に大切にしないんだ。何の為に結婚したんだ。お互いに自由と言ったって、結婚した以上は限度があるだろう。ましてや他の異性の存在なんて言語道断だ。そっちが大事なら、初めから結婚しなきゃいいのに」

 ふぅ、と中村は息をついた。

「そうよね。それは大蔵さんの言う通りだと思うわ。仮にアシ親子が大事だとして、そういう事は事前に話して、了解してもらうべきよね。何かあるたびに向こうへ行くなんて、普通なら考えられないと思うし」

 柊子は嗤った。

「あの人たちは、普通じゃないんですよ。貴景さんは、ちょっとズレてて、自分が普通だと思っているし、真木野さんは普通じゃないって分かってて、それでも便利だから貴景さんの好意を利用してるんです。どちらにしても、二人して私の気持ちなんて、考えてもいないんです。それが嫌なんです」

 そうだ、そこが何より嫌なんだ。

 二人が性的関係に無いことは、とっくに分かっていた。だから、浮気とか不倫とかの類ではない。
 嫉妬するような相手ではないのだ。

「相手のダンナはどうしてるんだよ。確か単身赴任してるからワンオペ状態って話だったか?」

「その、アシスタントのダンナだけど、最近、赴任先で浮気してるのが発覚したらしい」

「えっ?大蔵さん、どうしてそんな事を知ってるんですか?」

「そうだよ、お前がなぜ知っている」

「…舎人社の、…篠山と言ったかな。彼から聞いたんだよ」

「え?あれから篠山さんと付き合ってたんですか?」

「いや。そうじゃなくて、君の事で向こうから連絡してきたんだ」

 大蔵は言いにくそうにボソボソと話し出した。

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