第58話

文字数 1,172文字

 食後に日陰をゆっくり歩きながら、ホンダの青山プラザへ入った。

「わぁ~、ステキ~」

 世界各国の植物が集まったメインエントランスが涼しげで、一挙に外の暑さから解放された気分になった。
 ホンダの車やバイクなどがお洒落なインテリアのように展示してあり、心躍る空間になっている。

「カッコいいよね」

 大蔵は珍しく自動車もバイクも免許を持っていない。それなのに案外フットワークは軽い。
 この日は他にロボットの展示とデモンストレーションもあり、楽しいひと時だった。一通り楽しんだあと、プラザ内にあるカフェでコーヒーとお菓子で一服した。

「どうだった?」

「楽しかったです」

 柊子は笑みを返した。大蔵は満足そうに頷いた。

「新モーターのグループになってから、忙殺って感じでしょう。見てるこっちも辛くなってくると言うかね。盆休みの前はどの班も忙しいけどさ。そっちは異常だよね」

「ははは…」

 笑い返すしかない。

「上手く回ってるの?」

「う~ん、どうなんでしょう…」

 そこは微妙だと思う。上手く回転しているのであれば、ただ忙しいだけだからストレス度もそう高くはならない。普通に疲れるだけだ。だが、滞っているとなれば別だ。

「木下君でしょう、堰き止めてるのは」

 頻繁に柿原にどやしつけられているのだから、分かるだろう。
 最初は優しく諭していた柿原だったが、何度も重なる同じミスと暑さのせいか、次第に態度が荒っぽくなってきた。

「柿原も、普段はまぁよく我慢して、皆の手綱を握ってるけど、さすがにここへ来て限界って感じだよね」

「確かにそうですね。柿原主任には同情します。正直なところ、足並みが揃わないんですよ。みんな個人プレイで合わせようって気がないみたいだし。合わせるどころか、俺に合わせろ、みたいな人達ばっかりで」

「だよねぇ。最新で難易度が高いのもあって、出来る人間ばかり選んだんだろうけど、みんな一癖も二癖もある連中ばっかり。なのに、副が取り分け無能な人間なんだから、最悪だと思うよ」

 副と言っても皆の仕事を取りまとめるのがメインだが、内容を理解できていないから取りこぼしが多い上、ミスも見つけられない。
 結局、柿原のチェック量が当初の予定よりも増えている。

 おまけに他のメンバーも人が悪くて、木下が見つけたミスを指摘すると「それは正しいんだよ。お前が間違ってるんだろう」と言い返して受け付けようとしない。
 本来なら、もう一度自らチェックして、間違って無かったなら言うセリフだろうに、見もしないで突き返す。

「木下君も気の毒ですよ。実力以上を求められているわけですから」

「上の人選には、本当に呆れるよ。何にも見てない、分かってない。これじゃぁ、企業としては頭打ちじゃないかと思うね。まぁ、俺が退職するまで保ってくれれば、どうでもいいけど」

 いつものニヒルな笑みが頬に浮かんでいる。

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