第24話

文字数 1,269文字

「実は昨日、話そうと思ってたんだけど…」

 食後のコーヒーを飲みながら、どこか気まずそうに貴景が切り出してきた。

「今日の夜、真木野さんの子どもの快気祝いを、真木野さんの家でやる事になったんだ」

 ――真木野さんの子どもの快気祝い…。

 なんだそりゃぁ。
 この人は作家だと言うのに、快気祝いの意味を正確に、理解していないんじゃないのかと疑いの眼付になる。

「快気祝いを真木野さんの家でやるって、どういう意味ですか?」

 思わず問う。
 意図は何となくわかる。多分、全快したお祝い会みたいなものだろう。
 だが曲がりなりにも出版を生業にしている身としては、ここはちょっと頂けない表現だと気になってしまう。

 そんな疑りの眼付で見られている事に、貴景は気づくふうでもない。

「お祝い会みたいなものかな。タカちゃんを心配して、何度も病院に足を運んだし、心細くしている真木野さんにも付き添ったりと、何かと世話したから、そのお礼だって言うんだ」

 なるほど。お礼であるなら、快気祝いの銘も頷けなくはない。
 だが、それほどまでに世話をしたんだと、別の意味で疑心が湧いてくる。

 そんな感情を、何も感じていない顔つきで隠して、あっさり口調で言葉を返した。

「じゃぁ、今夜は私、ひとりって事ですね」

 にっこり笑う。
 休日は二人でのんびり過ごしたり、買い物をしたりして、夜も穏やかな時間を共にする事が多い反面、貴景が真木野の家へ行って、夕飯を共にできない時もそれなりあった。
 今夜はそういう日なんだな、と受け止めた。

 だが。

 思わぬ言葉が飛び出してきた。

「あ、いや、それがさ。君も一緒にって言うんだよ」

「はぁ?えぇ?私も一緒に?えー?なんでですか?私は関係ないでしょう」

 思わず口調が強くなる。
 なんで自分が、と思うばかりだ。自分が呼ばれる事が不思議すぎる。

「僕もさ。二人は面識が無いんだし、そこは気にしなくてもいいんじゃないかって言ったんだけど、だからこそ来て欲しいって言うんだ。この際だから紹介して欲しいって。普段、仕事でここへ来ている時は、君の帰宅前に帰るから顔を合わせる事がないでしょう。だからいい機会だって」

 雇用主の妻と面識が無いっていうのも、変だと思ったようだ。
 個人と個人の関係だが、家の事も手伝ってもらっているのだから、一応主婦である柊子が、何もあずかり知らないのも確かにおかしく思えた。

 そうは言っても、二人の関係を思うと気が重くなる。

「何か用事があった?」

 薄っすらとクマを浮かべた顔が、心配そうに柊子の顔色を窺っている。

「何も用事は無いです。いつも通りにのんびり過ごそうと思っていただけで」

「じゃぁ、いいね?一緒に行こう。僕も前から紹介したいと思ってたんだ」

 とても嬉しそうだ。
 なんでそんなに嬉しいのだろう。

 気に入っている女とその子どもを、妻になんの(てら)いも無く紹介する気でいる。

 ――この人はやっぱりズレている。

 そう思うしかない。

 やっぱり変なヤツだったんだ。
 第一印象は当たっていたわけだ。矢張り第一印象って大事なんだな。
 改めて認識した柊子だった。

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