第5話
文字数 1,478文字
「柊子、遠峰さんから『またお逢いしたい』って返事が来たんだけど、当然受けるわよね?」
「ええっ?嘘っ!あたし、お断りなんだけど」
椅子との別れの方が惜しかったあの日から、三日ほど後の帰宅時に、母の口から告げられた言葉に柊子は仰天した。
「なに言ってるのよ。こんなに良いお話って早々ないわよ?相手は人気作家さんでしょ。ご実家も資産家だし、おまけに柊子が仕事に打ち込む事にも理解があるそうじゃないの。それに、一度会ったくらいじゃ、人となりなんて分からないんだから、もう少し会ってから決めた方がいいわよ。一度くらいでお断りなんて失礼でしょう」
まぁそれは一理あるかな、と思わなくもない。
見た目だけを言えば、好みのタイプだ。特にイケメン好きなわけではない。すらっとした体型とサッパリ系の顔が柊子の好みで、遠峰はそういうタイプだというだけだ。
相手の結婚観だって、基本的には合意路線だ。
とは言え、それで結婚しても良いのだろうか。
「ふむ…」
思わず考え込んだ柊子に母が呆れ顔になった。
「確かに結婚は真剣に考えるべきだと思うけど、まだ一回会っただけなのよ?今の段階でそんなに難しく考えることは無いんじゃないの?とにかく、まずはお付き合いして、それでも納得がいかなかったら断ればいいでしょう。お母さん、そこは無理強いしないわよ」
「それもそうだね…」
あの男とまた会うのか、と思うと少々気が重くはあったが、少しくらいは付き合ってみるかと、思い直すのだった。
そうして初めてのデートの日、待ち合わせ場所で待つこと十五分。
すっぽかされた、失礼なヤツ!と怒りが湧いてきて帰ろうかと一歩足を出した時にスマホが鳴った。
「すみません、予定していた仕事が終わらなくて……」
「あ、そうなんですね。それじゃぁまた日を改めて…」
それならそうと、もっと早く連絡をくれれば良かったのにと思う。
一応めかし込んで来たのだ。無駄になったと思うと、少々へこむ。
「あ、いや待って下さい。良かったら、うちへ来て貰えませんか。実はアシスタントが休みなので一人だとおっつかなくて。明日が締め切りなので手伝って貰えたら助かるんですが」
え?何?仕事を手伝わせるの?一度しか会ってない見合い相手に?
初デートが仕事の手伝い?
なんなの、この人、図々しくない?
モヤッとしたものが胸の内から湧き上がってきた。
「あの、でも…」
「すみません、お願いします。失礼なのは重々承知しています。それでも、お願いします。手伝ってください」
「はぁっ…、分かりました。これからそちらへ伺いますね」
見合いの時のような、すかした印象から一変、切羽詰まった感じが電話越しに伝わって来て、切実そうな相手に引き受けるしかない気にさせられてしまった。
教えられた住所を地図ナビに入れて、辿り着いてみると予想外に大きい一軒家だった。門柱はあるが門扉は無かったので、玄関まで歩を進めて遠峰に電話する。
「あの、柊子ですけど、着きました。今、玄関の前にいます」
「わかりました。今行きます」
(この人、声もいいんだな)
そんな事を改めて意識したら急に緊張してきて、思わず手梳きで髪を整える。
電話する前に、鏡でチェックすれば良かったと後悔の念が湧いてきた。
「すみません、お呼びだてして…」
ドアが開き、遠峰が出てきた。白いシャツにジーンズ姿、髪が僅かに乱れていて少しアンニュイな雰囲気を漂わせている。その姿に、ドキリとした。
これが普段の姿なのか。それを知れた事は案外良かったのかもしれない。
そう思いつつ、遠峰の後に続いて仕事部屋へと足を踏み入れた。
「ええっ?嘘っ!あたし、お断りなんだけど」
椅子との別れの方が惜しかったあの日から、三日ほど後の帰宅時に、母の口から告げられた言葉に柊子は仰天した。
「なに言ってるのよ。こんなに良いお話って早々ないわよ?相手は人気作家さんでしょ。ご実家も資産家だし、おまけに柊子が仕事に打ち込む事にも理解があるそうじゃないの。それに、一度会ったくらいじゃ、人となりなんて分からないんだから、もう少し会ってから決めた方がいいわよ。一度くらいでお断りなんて失礼でしょう」
まぁそれは一理あるかな、と思わなくもない。
見た目だけを言えば、好みのタイプだ。特にイケメン好きなわけではない。すらっとした体型とサッパリ系の顔が柊子の好みで、遠峰はそういうタイプだというだけだ。
相手の結婚観だって、基本的には合意路線だ。
とは言え、それで結婚しても良いのだろうか。
「ふむ…」
思わず考え込んだ柊子に母が呆れ顔になった。
「確かに結婚は真剣に考えるべきだと思うけど、まだ一回会っただけなのよ?今の段階でそんなに難しく考えることは無いんじゃないの?とにかく、まずはお付き合いして、それでも納得がいかなかったら断ればいいでしょう。お母さん、そこは無理強いしないわよ」
「それもそうだね…」
あの男とまた会うのか、と思うと少々気が重くはあったが、少しくらいは付き合ってみるかと、思い直すのだった。
そうして初めてのデートの日、待ち合わせ場所で待つこと十五分。
すっぽかされた、失礼なヤツ!と怒りが湧いてきて帰ろうかと一歩足を出した時にスマホが鳴った。
「すみません、予定していた仕事が終わらなくて……」
「あ、そうなんですね。それじゃぁまた日を改めて…」
それならそうと、もっと早く連絡をくれれば良かったのにと思う。
一応めかし込んで来たのだ。無駄になったと思うと、少々へこむ。
「あ、いや待って下さい。良かったら、うちへ来て貰えませんか。実はアシスタントが休みなので一人だとおっつかなくて。明日が締め切りなので手伝って貰えたら助かるんですが」
え?何?仕事を手伝わせるの?一度しか会ってない見合い相手に?
初デートが仕事の手伝い?
なんなの、この人、図々しくない?
モヤッとしたものが胸の内から湧き上がってきた。
「あの、でも…」
「すみません、お願いします。失礼なのは重々承知しています。それでも、お願いします。手伝ってください」
「はぁっ…、分かりました。これからそちらへ伺いますね」
見合いの時のような、すかした印象から一変、切羽詰まった感じが電話越しに伝わって来て、切実そうな相手に引き受けるしかない気にさせられてしまった。
教えられた住所を地図ナビに入れて、辿り着いてみると予想外に大きい一軒家だった。門柱はあるが門扉は無かったので、玄関まで歩を進めて遠峰に電話する。
「あの、柊子ですけど、着きました。今、玄関の前にいます」
「わかりました。今行きます」
(この人、声もいいんだな)
そんな事を改めて意識したら急に緊張してきて、思わず手梳きで髪を整える。
電話する前に、鏡でチェックすれば良かったと後悔の念が湧いてきた。
「すみません、お呼びだてして…」
ドアが開き、遠峰が出てきた。白いシャツにジーンズ姿、髪が僅かに乱れていて少しアンニュイな雰囲気を漂わせている。その姿に、ドキリとした。
これが普段の姿なのか。それを知れた事は案外良かったのかもしれない。
そう思いつつ、遠峰の後に続いて仕事部屋へと足を踏み入れた。