第36話
文字数 1,334文字
「遅かったね」
玄関に入ると貴景がやってきた。
――またそのセリフか。
平日でも、八時を過ぎて帰宅すると玄関までやってきて、そのセリフをぶつけてくる。それより早ければ、柊子の方から貴景の部屋まで足を運び、ドア越しに挨拶をするのはこれまでと変わらない。
それにしても毎度毎度、ウンザリしてくる。
「ねぇ、貴景さん。いつもいつも、そうやって出迎えるの、止めて欲しいんですけど」
「それなら君が、もう少し早く帰ってきてくれれば済むことだよ」
「結婚しても、お互いに干渉しないって言ってませんでしたか?『君にも付き合いがあるだろうから』って」
つい責め口調になってしまう。
「確かに言ったけど、それでも、こう何度も何度も続くと、いい加減僕だって気になるんだよ。心配になってくるんだ」
「心配?なぜ?」
「…夫婦なんだから、当たり前だろう」
貴景の顔は真剣そのものだった。本気でそう思っているのが伝わってくる。
「夫婦…、夫婦…」
(夫婦なんだ。そう思ってるんだ)
なんだか不思議な気がして、思わず繰り返し口をついて出た。
「僕たちは結婚して夫婦になったんだ。其々のペースを維持しながらも、夫婦としての絆を築きたいって思ってるんだよ。だからもっと、君との時間を持ちたいんだ」
この人の口から、そんな言葉が出て来るとは驚きだ。
この人にとって、柊子は都合の良い相手だから結婚しただけではないのか。
妻を放って別の女の家へ出かけていく男のセリフだなんて、ちゃんちゃらオカシイ。
「貴景さんは、そう言うけど、その夫婦の時間を放り出して真木野さんの所へ行くような人と、絆を築くなんて無理な話じゃないのかな」
貴景は、はぁ~~っと大きなため息を一つつくと、面持ちを少し険しくした。
「柊子さん。真木野さんの事は別口だよ。道端や電車とかで困っている人と遭遇したら、助けてあげるだろう?それと同じレベルなんだよ」
目の前で困っている人がいたら、何よりそれを優先して助けるという姿勢は讃えられても良い行いだろう。柊子自身も、基本的には同意だ。
だがそれも、時と場合によるのではないか。
「道端や電車で遭遇すれば、確かに助けるのが当たり前だと思うけど、それと真木野さんの事は違う気がするんですけど」
「どう違うの?」
「……」
言われて考えるが、適切な言葉が浮かんでこない。
確かに違うと思うのに、何故と問われて明確に答えられないのがもどかしい。
「とにかくさ。真木野さんの事はひとまず置いておくとして、僕たちの関係を深める事に努力しようよ。せっかく一緒になったんだし」
言い含めでもするような優しい笑顔を柊子に向けて来る。
その笑顔は、柊子の好きな笑顔だった。
穏やかでちょっとチャーミングで…。ついつい絆 されてしまうような。
だからいつも、この人はズルいと柊子は思ってしまうのだ。
「明日の日曜日、二人で出かけないか?買い物以外で出かけた事ってないよね。デートしようよ、デート」
グッドアイデアを思いついて、「自分、ナイス!」って言いそうな程の笑顔になっている。
今度は柊子がため息をつく番だった。
とりあえず、成り行きに任せるか。この成り行きは悪くはなさそうだし。
そう思って、柊子は「わかりました」と返事をしたのだった。
玄関に入ると貴景がやってきた。
――またそのセリフか。
平日でも、八時を過ぎて帰宅すると玄関までやってきて、そのセリフをぶつけてくる。それより早ければ、柊子の方から貴景の部屋まで足を運び、ドア越しに挨拶をするのはこれまでと変わらない。
それにしても毎度毎度、ウンザリしてくる。
「ねぇ、貴景さん。いつもいつも、そうやって出迎えるの、止めて欲しいんですけど」
「それなら君が、もう少し早く帰ってきてくれれば済むことだよ」
「結婚しても、お互いに干渉しないって言ってませんでしたか?『君にも付き合いがあるだろうから』って」
つい責め口調になってしまう。
「確かに言ったけど、それでも、こう何度も何度も続くと、いい加減僕だって気になるんだよ。心配になってくるんだ」
「心配?なぜ?」
「…夫婦なんだから、当たり前だろう」
貴景の顔は真剣そのものだった。本気でそう思っているのが伝わってくる。
「夫婦…、夫婦…」
(夫婦なんだ。そう思ってるんだ)
なんだか不思議な気がして、思わず繰り返し口をついて出た。
「僕たちは結婚して夫婦になったんだ。其々のペースを維持しながらも、夫婦としての絆を築きたいって思ってるんだよ。だからもっと、君との時間を持ちたいんだ」
この人の口から、そんな言葉が出て来るとは驚きだ。
この人にとって、柊子は都合の良い相手だから結婚しただけではないのか。
妻を放って別の女の家へ出かけていく男のセリフだなんて、ちゃんちゃらオカシイ。
「貴景さんは、そう言うけど、その夫婦の時間を放り出して真木野さんの所へ行くような人と、絆を築くなんて無理な話じゃないのかな」
貴景は、はぁ~~っと大きなため息を一つつくと、面持ちを少し険しくした。
「柊子さん。真木野さんの事は別口だよ。道端や電車とかで困っている人と遭遇したら、助けてあげるだろう?それと同じレベルなんだよ」
目の前で困っている人がいたら、何よりそれを優先して助けるという姿勢は讃えられても良い行いだろう。柊子自身も、基本的には同意だ。
だがそれも、時と場合によるのではないか。
「道端や電車で遭遇すれば、確かに助けるのが当たり前だと思うけど、それと真木野さんの事は違う気がするんですけど」
「どう違うの?」
「……」
言われて考えるが、適切な言葉が浮かんでこない。
確かに違うと思うのに、何故と問われて明確に答えられないのがもどかしい。
「とにかくさ。真木野さんの事はひとまず置いておくとして、僕たちの関係を深める事に努力しようよ。せっかく一緒になったんだし」
言い含めでもするような優しい笑顔を柊子に向けて来る。
その笑顔は、柊子の好きな笑顔だった。
穏やかでちょっとチャーミングで…。ついつい
だからいつも、この人はズルいと柊子は思ってしまうのだ。
「明日の日曜日、二人で出かけないか?買い物以外で出かけた事ってないよね。デートしようよ、デート」
グッドアイデアを思いついて、「自分、ナイス!」って言いそうな程の笑顔になっている。
今度は柊子がため息をつく番だった。
とりあえず、成り行きに任せるか。この成り行きは悪くはなさそうだし。
そう思って、柊子は「わかりました」と返事をしたのだった。