第2話

文字数 1,000文字

 お尻の心地よさに心を傾けながらも、そっと目の前の男を伺うと相手は不躾と思える程、柊子をジロジロと見ていた。その様に柊子は少し不快の念が湧いてくる。

「柊子さんも、物書きさんなのよねぇ」

 怪訝そうな表情を浮かべている柊子に気づく様子もなく、店長が話を振ってきた。

「いえ、物書きなんて大層な仕事ではなくて、簡単に言えば製品の取扱説明書を作る仕事で…」

「でも本を作る事には変わりはないわよね。広く言えば貴景さんとは同業者って事になるんじゃないの?」

「同業者…」

 店長の言葉に、相手の男は首を少し捻って不思議そうな顔になった。
 それはそうだろう。全く持って同業者なんかではない。
 本を作る、確かに取扱説明書も冊子である事が多いから本に含まれるのかもしれない。自分たちも、仕事をする上で「本」と呼んでいる。

だが目の前の男は、物書きなのである。
本を作っているのではなく、自分の書いたものを本にしてもらっている人間だ。それのどこが同業と言えるのだろう。首を傾げるのも当然だ。

「まぁ、あとは若い二人でゆっくり語り合ってね。物書き同士、きっと気が合うと思いますよ。おほほほほ…」

 よくある流れのアレだ。
 二人は店長に促されて、このホテルの豪華な庭園を散策する為に席を立った。

 あー、もう少しこの椅子に座っていたかったのに、と柊子は後ろ髪を引かれるような思いで先を歩く男の後に続いた。

 柔らかな日差しが二人に降り注ぐ。
 心地よい風が二人の間を通り過ぎた。

 背が高くてすらっとした見た目は、柊子の好みだ。
 ホテルのラウンジで初めてこの男を目にした時、柊子は我が目を疑った。
 と言うのも、忙しさにかまけて、相手の写真も見ていなければ、相手の情報もろくろく聞いてはいなかったからだ。

 母は、なんのかんのと嬉しそうな顔をして相手の事を語っていたが、ただ義理で会うだけだと思っていた柊子は馬耳東風だった。興味のないイベントだったから、ただ行けばそれで済むのだろうと軽く考えていた。

 当日の朝になってから、さて、どんな男が現れるのかと興味を覚えたが、行ってビックリ見てビックリな相手だった。

「こちらが遠峰貴景(とおみねたかかげ)さんよ」

 数秒の間だっただろうが、永遠と思われるほど長く感じたその瞬間。

 顔を見た瞬間に、メディアで見た事がある顔だと思った。
そして名前を聞いた瞬間に、すぐに誰なのかが分かった。

 遠峰貴景。

 翻訳も手掛ける人気小説家だった。
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