第39話

文字数 1,272文字


 月曜の朝は、どこか殺伐としている印象だ。週の始まりは明るいものではなく、憂鬱なものなのだろうか。
 柊子自身は、今週も頑張るぞ、と思うばかりだが。

 いつもの時間に自席へ行くと、清原が既に着席していた。その姿を見た途端、憂鬱な気分に襲われた。
 この職場は、各机にパーテーションが設えられていない。仕事上で周囲とのやり取りが多いからだ。
 柊子の気配に気づいた清原が顔を上げた。

「おはようございます」

 神妙な面持ちだ。

「おはよう」

 不愛想に返事を返して席に着くと、持参した本を広げた。貴景の書棚から拝借してきたものだ。最初に訪れた時に貴景が翻訳を手掛けていたシリーズ物である。

「あ、それ、知ってます。面白いですよね」

 清原が声をかけてきた。
 柊子は黙って頷いただけで、それ以上は何も返さない。だが清原は尚も喋り続ける。

「土曜日は、すみませんでした」

 いきなり耳に飛び込んできた言葉に、柊子は顔を上げた。
 謝罪の言葉を吐いているのに、顔は何故か笑っている。それを見て柊子は怒りが湧いてくるのを抑えられなかった。

「とても、謝っている顔には見えないんだけど」

 睨みつけたが清原の表情は変わらない。

「だって、心から悪いとは思ってないんで」

「はぁ?」

 思わず声が大きくなる。清原が周囲に目配せしながら、シーッ、と口元に人差し指を立てた。だが周囲はまだ誰も出勤してきてはいない。

「いったい、なんなの?」

「いや、ほら、一応は謝っておいた方がいいのかなぁ~、と思って」

「ふざけないでよ」

「ふざけてませんよ。言った事は後悔してないですけど、柊子さんの気を悪くさせてしまった事だけは、すみませんでした、ってそういう事です」

「はぁーっ、呆れて言葉が出てこないよ。何か悪い物でも食べたのかしらね」

 思わず眉間に皺が寄る。

「僕、食いしん坊なんで、もしかしたら悪い物を食べたのかもしれないですけど、自覚は無いですよ。だってどこも悪くないですからね」

 大笑いしそうな顔で、態度は偉そうだ。
 全く、イヤミも通じやしない。

「僕、案外、本気ですよ?柊子さんだって自由なんだから、ダンナさんを気にする事はないですよ。いっそのこと、僕を当て馬にすればいいじゃないですか」

「はい?当て馬?いやいや、そんなの要らないから」

 お断りしますと、手を前に出して振りながら顔がしかつめになる。

「いや~、いいと思いますよ?」

 簡単に引き下がろうとしない相手に困惑していると、「おはよー!」と秋穂が出勤してきた。

「何なに、どうしたの?なんか二人、揉めてない?」

 興味深々な顔つきだ。

「揉めてないよ。いつも通りの雑談」

 素っ気なく返す柊子に、まだ何か問いかけようとしてきたが、周囲が騒がしくなってきた。皆が一斉に出勤してきたからだ。それを見て諦めたように秋穂が自席の方へと去って行った。
 だが去り際に「後で詳しく教えて」と言われて、ため息が出る。

「よく考えておいてください」
 
 目の前の男が小声で言った。
 考えるも何も、言語道断だろう。
 フツフツと煮えたぎりそうな怒りを抑えて、ラジオ体操の為に立ち上がった。

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