第56話
文字数 1,034文字
お盆休みも直前になって、仕事が大変になってきた。
毎年の事ではあるが、納期のある仕事だから長い休日は厳しい。
休みたいのは山々だが、仕事の事を考えると長期の休みは困ることでもある。だから休みをカバーするように、休暇前の仕事量が倍増する。
貴景の方も似たような状況らしい。
出版社の方も長期休暇に入る為、締め切りが早まるらしく、単行本の仕事よりも連載の仕事の方を優先しているようだった。
夜のコーヒータイムの時に、本人から聞いたのだった。
ほんの僅かな時間だ。
お互いの顔を確認し、互いに仕事で疲れているのを察しながらも、相手にエールを送る。
「お盆に入ったらこの修羅場からは脱せられるけど、連載に費やした分、単行本に皺寄せがきているし、忙しい事には変わらない。だから、寂しいけど君は実家でのんびりしてくるといいよ。多分、ここにいては落ち着かないと思う」
柊子は力なく微笑んだ。
平日にここにいたら、多分真木野と顔を合わせることになるのだろう。それを思うと嫌な気持ちになってくる。
だが、貴景が『寂しいけど』と言ってくれた事を嬉しく思った。
自分と離れる事を寂しいと思ってくれているのなら、それだけでいいじゃないか。
少しずつ距離が縮まって来たのに、と残念に思っていたが、それでも振り出しまで戻されたわけではないのだと、認識させてくれたように思えた。
貴景の手が伸びてきて、柊子の腕を掴んで引き寄せた。
軽く唇が重なった。途端に頬が熱くなる。
「毎晩、残業で疲れてるのに、コーヒーをありがとう。お盆の間だけでも開放されて、ゆっくり休んできて。それで戻ってきたら、また淹れて欲しい」
――あぁ、なんて心憎い男なんだろう。
これでコミュニケーション能力が、とか嘘だろうと思ってしまう。
貴景が柊子の腕を離さないので、顔が近いままだ。
柊子の瞳を覗き込むような貴景の綺麗な焦げ茶色の瞳が、なんだか悩ましく感じる。
「落ちついたら、また逢おう。それを楽しみにして仕事、頑張るよ」
胸が急激に絞られるような、キュゥッとした感覚がした。
心臓の鼓動も加速している。
再び軽くチュッと唇が重なると、貴景の手がそっと離れた。
同時に体の距離は離れたが、互いの視線は絡んだままだった。
それは時間にすれば短かったのだろうが、感覚としては永遠を思わせるほど長かった。
「じゃぁ」
先に口に出したのは貴景だった。
「うん…」
柊子は小さく頷くと、後ろ髪を引かれるような思いで、書斎を後にしたのだった。
毎年の事ではあるが、納期のある仕事だから長い休日は厳しい。
休みたいのは山々だが、仕事の事を考えると長期の休みは困ることでもある。だから休みをカバーするように、休暇前の仕事量が倍増する。
貴景の方も似たような状況らしい。
出版社の方も長期休暇に入る為、締め切りが早まるらしく、単行本の仕事よりも連載の仕事の方を優先しているようだった。
夜のコーヒータイムの時に、本人から聞いたのだった。
ほんの僅かな時間だ。
お互いの顔を確認し、互いに仕事で疲れているのを察しながらも、相手にエールを送る。
「お盆に入ったらこの修羅場からは脱せられるけど、連載に費やした分、単行本に皺寄せがきているし、忙しい事には変わらない。だから、寂しいけど君は実家でのんびりしてくるといいよ。多分、ここにいては落ち着かないと思う」
柊子は力なく微笑んだ。
平日にここにいたら、多分真木野と顔を合わせることになるのだろう。それを思うと嫌な気持ちになってくる。
だが、貴景が『寂しいけど』と言ってくれた事を嬉しく思った。
自分と離れる事を寂しいと思ってくれているのなら、それだけでいいじゃないか。
少しずつ距離が縮まって来たのに、と残念に思っていたが、それでも振り出しまで戻されたわけではないのだと、認識させてくれたように思えた。
貴景の手が伸びてきて、柊子の腕を掴んで引き寄せた。
軽く唇が重なった。途端に頬が熱くなる。
「毎晩、残業で疲れてるのに、コーヒーをありがとう。お盆の間だけでも開放されて、ゆっくり休んできて。それで戻ってきたら、また淹れて欲しい」
――あぁ、なんて心憎い男なんだろう。
これでコミュニケーション能力が、とか嘘だろうと思ってしまう。
貴景が柊子の腕を離さないので、顔が近いままだ。
柊子の瞳を覗き込むような貴景の綺麗な焦げ茶色の瞳が、なんだか悩ましく感じる。
「落ちついたら、また逢おう。それを楽しみにして仕事、頑張るよ」
胸が急激に絞られるような、キュゥッとした感覚がした。
心臓の鼓動も加速している。
再び軽くチュッと唇が重なると、貴景の手がそっと離れた。
同時に体の距離は離れたが、互いの視線は絡んだままだった。
それは時間にすれば短かったのだろうが、感覚としては永遠を思わせるほど長かった。
「じゃぁ」
先に口に出したのは貴景だった。
「うん…」
柊子は小さく頷くと、後ろ髪を引かれるような思いで、書斎を後にしたのだった。