第54話

文字数 1,543文字

「僕と貴景は同じ大学の同級生で、同じ文芸サークルのメンバーだったんですよ。でもクラスは別。あいつは英文科で僕は国文科。文芸サークルでは其々に好き勝手に創作して、作品数がそれなりの数になったら同人誌にまとめる、そんな活動でした」

 貴景の簡単なプロフィールは、本の扉の部分などを見て知っていた。
 最初に英文科卒というのを知った時には、ちょっと意外に思ったが、見合いで翻訳も手掛けているのを聞いて、なるほどと思ったのだった。

「あいつ、綺麗な見た目でしょう。だから当然のようにモテてましたよ。だけど、どうもねぇ。人との距離感って言うのかなぁ。コミュニケーション能力って言うのかなぁ。その辺が良くないんですよね」

 そう指摘されてみれば、確かにそうかもしれないと思う。だから変人だと感じるのだろう。

「あの…、貴景さんが、彼女らしい人はいなかったって、この間、言ってたんですけど」

「ああ~、そうだね。そうかもね。モテてたからさ、凄く。言い寄られて結構簡単に受け入れてたみたいだけど、結局すぐにフラれるって言うかね」

「フラれる?あの人が?」

「ははは、意外だよねぇ?まぁ、何て言うのかな。フラれるって言うのはちょっと語弊があるかもしれない。元々、貴景は相手の事を何とも思って無いからね」

「え?何とも思って無いんですか?なのに受け入れる?」

「ほらっ、あるじゃない。お互いによく知らないから、最初はオトモダチから、って」

「はい、まぁ…」

「そういう場合ってさ。大抵は、片方が相手を好きで、もう片方は分からないけど受け入れるって形でしょう。で、受け入れて貰った方は、そのまま付き合い始めれば好きになってくれるだろう、とか、好かれるように頑張るとか、ってなるわけでしょう」

 自分には経験は無いが、高校時代の友人が、そういうスタートでカレカノとなっていた。

「申し込んだ方は、まだ好かれているわけじゃないのに、もうカレカノになったような気分で浮かれるけど、受けた方は、最初は“トモダチ”でしかない。それでも告白された事で意識しだして、自然に発展するケースも少なくない」

「そうですね。私の知る限りでは、そのままカレカノになってましたけど」

「まぁ、大体はそうだよね。でもさ。貴景は違うんだよね。結局、貴景にピッタリくる女性と遭遇できなかったってのも、あるんだろうけど」

 貴景にピッタリくる女性…。いるとしたら、どんな女性なんだろうか。

「あいつさ。親父さんが大学教授でしょう。国文学者なんだよね。お袋さんは専業主婦だけど夫の言いなりで、母親と言うより、妻であり助手だったんで、普通の家庭的な温かさに欠けた家だったらしい」

 結婚を決めた時に、挨拶に北海道へ連れて行かれて二人に会ったが、確かに学者夫婦らしい厳めしさが感じられた。
 好意的に迎えてくれたのでホッとしたが、同じ空間にいると息が詰まって来るような感じがした。
 そこは貴景と反対だな、と思ったものだった。

「貴景は子どもの頃から物語が好きで、中学生くらいから小説を書いていたらしいよ。でも親父さんはさ。作家よりも自分と同じ国文学者になってもらいたかったようで。お兄さんの方が経済学部へ進んで、IT会社へ就職しちゃったからね」

 今はアメリカに妻子と共に住んでいて、テレビ電話で挨拶しただけで直接顔を合わせていない。顔は父親似で学者っぽかった。

「なんか、それが嫌だったらしいよ。だから国文科じゃなくて英文科に進んだって言ってた。兄貴も外資系だし、英語も得意なんだよな」

「それでも、文学を選んだんですね。お兄さんのように経済とかじゃなくて」

「そうだね。確かにそうだ。でもって、サークルは文芸だもんな」

 創作の世界だけが、彼を解き放つ場所なのだろうか。
 ふと、そんな風に思った。

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