第64話
文字数 1,267文字
夏の休暇も終わり、忙しい日常が戻ってきた。
休暇前に大分先取りで仕事をこなしてはいたが、それでも休暇中に仕事は山積していて、溜まった量にはウンザリだった。
月曜日の朝、顔を合わせた清原は神妙な顔つきで声を掛けてはこなかった。柊子の方からも挨拶以外は敢えて声を掛けない。
「どうしたのよ。清原君との空気、悪そうじゃない」
昼休憩の時に秋穂に言われた。中村も一緒だ。
柊子は休暇中の出来事を二人に話した。
「はぁ~、なるほどね。やっぱりズルイねぇ。柊子の対応は間違ってないよ」
「でも当て馬にちょうどいいとか、言って無かった?」
「最初はね。話を聞いたら前言撤回。本当にただの友人だったなら、フリするだけで済むけどさ。恋愛テイストとか、変な下心があって美味しいとこ取りみたいなつもりなら、ほんとトラブルに発展しかねない危険性があると思うよ」
「そうね。秋穂ちゃんの言う通りだと思うわ。友人として協力するってスタンスじゃなくて、自分がいい思いをしたいだけみたいよねぇ」
全くだ。そして、その口で『柊子さんが好きです』とか言っている。
「なんかさあ。オタクのくせにあざといよね」
「あら秋穂ちゃん、偏見は駄目よ」
「そういう意味じゃないですよー。オタクの人って、もっと純粋なのかと思ってたんで。好きな事への思い入れが強くて、こんな風に小狡い事はしないんじゃないかって」
「まぁ、オタクだからどうこうって言うのも一概には言えないと思うよ。単に清原君があざといってだけだよ」
「そうかもしれないけど。結局、真面目に女子と付き合えないから、なんじゃない?確か前に聞いた事があるけど、彼女歴ゼロみたいよ」
言われて、成程と思う。
あの子が女の子とカレカノ関係であった事実なんて、全く想像できない。
実際、清原に対して恋愛感情なんて微塵も持てそうにないし、疑似恋愛なんて真っ平ごめんだ。考えただけで怖気が走る。
「それはそれとして、柊子のダンナさんの方も謎よね。いくら仕事とは言え…」
胸がズキリとした。
柊子が一番気にしている事だからか。
「私、これまで柊子ちゃんから話を聞いてきて、色々考えたんだけどね。柊子ちゃんのダンナさんは何も考えてなくて、ごくごく普通の事だと思ってるだけ、なんじゃないかしら」
それは柊子も感じていた事だった。
「そうだとしたら、大分ズレた人だよね」
秋穂が呆れたような口ぶりで言った。
「まぁ、お見合いの時から変わった人だとは思ってた」
「確かにさ。提示された結婚の条件?みたいなのからしたって、普通じゃないよね。で、結局、行きつく所はそこなんだよね。それが全てなんじゃないの?気にしないしかないよ」
秋穂にそう言われて、矢張りそう思うしかないのかと思う。
いつだって彼女が言う通り、行きつく所はそこなのだ。悩んだところで埒が明かない案件と言えそうだ。
それから数日後、柊子の元に篠山和人からLINEが入った。
飲みの誘いだ。都合の良い日時を教えて欲しいとある。
柊子は少し躊躇ったが、それでも話してみたい気持ちを優先し、木曜日の晩に逢う事に決めた。