第74話
文字数 2,319文字
「えー、本日はお日柄もよく……」
お決まりの言葉を緊張した顔で口にしているのは、柿原だ。
柊子は事務の桜や秋穂と共に、披露宴会場で立派な和中混合料理を食べていた。
何度か友人の披露宴に参加した事はあるが、大抵がフレンチやイタリアンの洋食なので初めてだ。立派な鯛のお頭がドーンとターンテーブルの中央に置かれている。
十月吉日。
都内某所のホテルで、生島家と小山家の結婚披露宴が盛大に開催されていた。
最初に生島が結婚退職すると聞いた時には、二の句も継げないほど驚いた。
「お見合いって言うか、急に家の関係者から紹介されて…」
丸々パンパンとした頬を赤く染めて、嬉しそうに報告された時、この子もこんな顔をするんだな、と改めて年ごろの女の子である事を認識したのだった。
「柊子さんも、是非披露宴に来てください」
まさか招待されるとは思わなかった。
何くれとなく仕事で面倒を見てきたけれど、特に親しい訳ではない。事務の桜は生島と仲良しなので当然だろうが、秋穂まで招待されたのには驚いた。
「だけど、びっくりよねぇ。話が急過ぎて」
鯛のお頭の身をほぐしながら、秋穂が話しかけてきた。
「それもそうだけど、全てが驚き…」
披露宴にやってきて、会場が広い事にまず驚いた。
これまで参加してきた中で一番広い。そして参加者たちは、中高年ばかりだった。しかもオッサン率が非常に高い。
なんでも生島の家は工務店を営んでいるそうで、相手の家は造園屋だと言う。
日本家屋と日本庭園の組み合わせで、今風のお洒落な洋館とガーデンではないのだった。
「あの子の、どこまでいっても垢ぬけない感じ、なんだか納得だよね」
申し訳ないと思いつつ、秋穂の言葉に頷いてしまう。
まずは最初の花嫁衣裳が
二人とも体格が良くて、若いのに貫禄があり過ぎだった。
お色直しは一回だったが、ドレスとタキシード姿の新郎新婦は、丸々としているのもあってか、見た瞬間、プッ!と吹き出しそうになって、思わず口に手を当てた。秋穂は俯いて肩を震わせていた。
思うに、新郎新婦の為の披露宴と言うよりも、昔ながらのお披露目感が非常に強い印象だ。二人はまさに借りてきた猫のような感じで、勤めを果たしている感が伝わって来る。それでも生島は、どこか誇らしそうな顔をしていた。
「いやいや、お似合いだねぇ。しっかり者のいい女将さんを貰ったよ。これで小山造園も安泰だろう」
近くのテーブルでオジサンたちが酒杯をあげながら大声で話している。
それを聞いて、柊子と秋穂は顔を見合わせてプププと笑う。
「あの人たち、著しい勘違いをしてるねぇ…」
「まぁ…、ね…」
嫁ぎ先の手伝いをするから退職すると聞いた時、大丈夫か!?と心配になった。
「あたしがワープロできるって事で、すっごい喜んでくれてるんですよ。帳簿の入力とか請求書の作成とか、期待してるって言われて…」
期待されている事が余程嬉しかったようだが、本人自身が、実力が伴っていない事を理解していない様子なのがまた驚きだった。
逞しい見た目なので、雰囲気的にはしっかり者の女将さんなのかもしれない。
造園屋の後継者である夫も、同じような体型で貫録があってお似合いだ。
だが、婚約指輪で大きなダイヤを貰ったと、喜色満面だったが、サイズが全く合わなくて直しに出したと言う。
指輪を買うならサイズを確認するのが普通だろうに、と呆れた。
見せたいものだから会社へ持ってきたのだったが、九号だったので目が点になった。小指にすら入らなくて、ちゃんと測って貰ったら二十一号だったと言う。
壇上の二人の指元へ目をやると、ちゃんと結婚指輪がはまっていたのでホッとした。
どうも、若旦那もボンヤリさんらしい。お似合いだろうが、代変わり後が恐ろしい。
小山造園、大丈夫か?
「はぁ~っ、緊張した…」
柿原が戻ってきた。
「こんな大勢の披露宴、初めてだよ」
「お疲れ様でした」
柊子は柿原にグラスを渡してビールを注いだ。それを柿原は一気に飲み干す。
「…あいつ、大丈夫なのかねぇ。ただの造園屋じゃないだろう、これ」
首を周囲に向ける。
「ですよねぇ…」
矢張り同じように心配になるのだろう。
あまりに仕事が出来なくて、それでもクビにする訳にはいかないから、彼女でも出来る簡単な仕事を振り分けてきたが、自営業で嫁となると、そうはいかないだろう。
どれだけの苦労が待ち構えているのだろうか。
「あの子、神経太いから大丈夫じゃない?」
秋穂の言葉に柊子と柿原は目を合わす。
確かに、何を言われてもヘラヘラしていて、少しも懲りない能天気さに呆れる事が度々だったが、どやしつけられた時にシュンとしていた様子を思い出すと、単純に能天気だからと楽観視できない気もする。
「最近はハラスメントの問題があるから、なるべく穏やかに注意してたが、嫁ぎ先もそういう配慮をするとは思えないしなぁ」
柿原も、柊子と同じように思ったようだ。
能天気な分、純粋だと思う。だから頭から強く怒られるような事が度々となったら、その落ち込み度も深くなる気がした。だがもう、どうにもしてやれない。
「あ、あの…。私、結婚後も仲良くしていくので、力になってあげれると思います」
大人しかった桜が、決意表明でもするように言った。
そんな彼女に柊子はにっこりと笑った。
「そうだね。そうだよね。力になってあげて」
「はいっ」
柿原も「頼んだぞ」と安堵したように笑った。
幸せになって欲しい思いは、皆、同じだった。