第55話

文字数 1,556文字

「あいつは内向的なんだよ。自分の世界に引きこもるタイプ。だから、あいつの見た目に惹かれただけの女性に、あいつを理解する事はできないだろうし、オトモダチから始めても、そもそも友人としての人間関係すら構築するのが難しい」

「でも、和人さんとは打ち解けてますよね」

「僕とはね。どういう訳か馬が合うみたいなんだよね。まぁ僕も作家志望だったのもあって、文芸サークル内では切磋琢磨し合えた関係というか。結果的に、あいつは学生のうちに懸賞小説で大賞を取って、すぐにデビュー。新人賞をもらって、僕は佳作にさえ引っかからず、それでも運良く舎人社に就職できて編集者の道へとまっしぐら」

 照れたように笑っている。

「あ、もうこんな時間だね。そろそろ帰った方がいいでしょう」

 言われて時計を確認すると二十一時半だった。

「ここは二十二時までだしね。本当は、この後カクテルバーにでもご一緒したいんだけど、さすがに人妻を遅くまで連れ歩くのはね」

 食事代は和人が出すと言うのを、柊子はきっちりとワリカンにして貰った。

「誘ったのはこちらだし、遠慮しなくてもいいのに。遠峰先生の奥様なんだし、接待費で落とせるのにな」

「あはは…、経費で落とせるんですね。でも、それもなんだか悪い気がします。企業の接待費については、色々と思うところもありますし」

「ふむ。なるほど。分かった。じゃぁ、今回はワリカンで。でも次は奢らせて欲しいなぁ」

 柊子は微笑みながら「考えておきます」と答えた。

「返しが上手いね。ここで了承したら、次も会う約束をしたようなものだし、断れば角が立つもんねぇ」

「そういうつもりでは、無いんですけどね」

 柊子は苦笑する。実際のところ、和人の言う通りだったからだ。

「でもさ。貴景についての話、まだ途中だから。続き、聞きたいよね?」

 大きな体を折り曲げて、柊子の顔を覗き込んで来る。

「そんなに話したいんですか?」

 あえて笑いながらそう言った。

「話したい」

 楽しそうな笑顔だ。

 ――なんだろう。この人何か企んでるの?

 愉快な事に遭遇したような顔をしているように見えた。
 もしかしたら、貴景と柊子の事をネタにして、遊んでやろうとでも思っているのか。

「とりあえず、LINEの交換、お願いします。遠峰先生に何かあれば、奥様に連絡が必要になる事もありますし」

 いきなり神妙に仕事モードのような態度になり、柊子は仕方なくスマホを出した。

「よしっ。じゃぁ今日はこれで。自宅までタクシーでお送りしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。今日はありがとうございました。失礼します」

 柊子は早々に(きびす)を返して歩き出した。
 相手は編集長だから、うっかり失礼な言動を取ってしまっては大変だ。
 色々と引っかかる部分があるが、ここは一先(ひとま)ず退散だ。

 柊子は、やっと少し冷めてきた夜の街中を歩きながら、和人から聞いた事を思い返す。

 貴景が内向的だと言うのは、なるほど納得だった。
 言葉が少ない分、色々と内に抱える物もあるだろう。だが人との関わり方が上手くないから、そういう内面は他人には理解されにくい。

 テレビに出ている時の貴景を思い返してみると、内向的にはとても見えない。
 前もって決まった進行通りに、話しているのかもしれないが、如才なく交わしているように見えた。態度もスマートだ。

 だが、結婚してまだ二か月とは言え、この間に友人らしき人物を紹介された事が全くない。仕事柄、ほぼ家に閉じこもった状態だから、付き合いたくても時間が厳しいのだろうと思っていたが、どうやらそれだけでは無いようだ。

 それから真木野の事。

 和人は彼女の事をやけに匂わすような話し方を、あえてしているように感じた。和人なりに思う所があるのだろうか。
 そう考えているうちに、もっと色々と聞きたい思いが生じて来るのだった。

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