第4話
文字数 1,738文字
矢張り今日の見合いは、相手方も義理を果たしに来ただけなのかもしれない。いや、絶対にそうだろう。だから物珍しくて、失礼なのにも構わずにジロジロと視線をぶつけてきたのに違いない。もしかしたら、作家としての好奇心が働いて柊子をじっくり観察していたのかもしれない。
あの思考顔は、きっと今日の事を反芻して作品に活かそうとか、考えているのかもしれないな、と柊子は結論づけた。
「柊子さん」
思考顔から微笑顔に戻った遠峰が、先ほどの柊子の問いかけなど無かったような雰囲気を漂わせて距離を一歩詰めてきた。
「柊子さんの仕事はテクニカルライティング?と伺っていますが、楽しいですか?」
(え?何?仕事の話なの?さっきの私の質問は無視なの?)
真剣な面持ちで見つめられて、思わず「はい」と答える。
遠峰は柊子の返事に晴れやかな顔つきになった。
「それは良かった。僕は仕事に打ち込んでいる女性が好きなんですよ」
「はぁ…」
「男も女も自立して、お互いの仕事やライフスタイルを尊重し合える。それが僕の理想の結婚なんです。結婚してもこれまでのライフスタイルを崩したくないんです。柊子さんも家庭に縛られて仕事を制限されるのは嫌でしょう」
にこやかな笑みを向けられて、「はぁ、まぁ…」としか言葉が出てこなかった。
言っている事はご尤もだと思うし、仮に結婚しても今の仕事は続けていきたいと考えていたから遠峰の言う事は柊子にとっては有難い話だ。
だが、なぜか心に引っかかる。
モヤッとしたものが心の中に沈殿してくるような。
「あ、あの、遠峰さんって人気作家さんですよね。特に女性に人気があるようですし、そんな方がなぜお見合いを?選り取り見取り…では…?」
気になっている事をまずは訊いてみた。とは言え、遠慮がちな声音だ。
「モテるだなんて、そんな事はありませんよ。仕事で家に籠りきりですから女性とお付き合いをしている時間もないですしね。一夜の相手くらいならまだしも、生涯の伴侶となるとなかなか。僕としては別にずっと独身でも構わないんですが、矢張りこの年齢になってくると周囲がうるさくて。それなら適当な相手と結婚した方が外聞も宜しいし、落ち着いて仕事に打ち込めると思いましてね」
はぁ、なるほど…と頷きながら、あれ?と思いだす。
(なんか今、妙な事を言って無かった?)
――『一夜の相手』?『適当な相手』?
「柊子さんも、いい加減周囲が口うるさい年齢ですよね。見た所、外見はまぁまぁですし、健康そうだし、今ならまだ出産も問題ないでしょうから良い機会じゃないですか?結婚したら今度は子供を催促してくる煩い世間ですが、独身でいると何かと侮られる。そういう点でもお互いにメリットのある結婚じゃないですか?僕は優良物件だと思いますよ」
(自分で自分を優良物件とか言っちゃうんだ…。)
一滴の濁りも無い澄んだ笑顔だ。
だがこの男性、何気に失礼な言葉を連ねてはいまいか。
何の悪気もないのだろうが、柊子のモヤモヤが増してくる。
「あの…、適当な相手って…」
「ああ、誤解しないで下さいね。適当とは、悪い意味ではなくて良い意味ですよ。相応しいと言った意味合いです。いくら社会的に落ち着きたいからと言ったって、変な相手と一緒になっては一生の不覚でしょう。互いに打ち込める仕事を持っていて、相手にあまり干渉しない。干渉し合わなければ、余計なストレスを抱え込む事はないでしょうから、仕事にも影響しない。それが叶う相手と言う事です。柊子さんにもメリットでしょう?」
矢張りなんだかしっくりしない。モヤッとする。
結婚願望は無いに等しかったから、特に理想の結婚形態などは持ち合わせてはいなかったが、それでも自分が持つ結婚のイメージと違うことは理解できたように思う。
昔ながらの典型的な夫婦の形は全く望んでいないので、その点では価値観が近いようには感じるものの、どこか、何かが決定的に違うような気がしてならなかった。
――これは、ナシだな。
この人はどこかズレている。
見た目は良いが、中身は……。
婚活しているなら、とりあえずキープ、となるのかもしれないが、柊子はそうではない。
満足そうな笑みを浮かべている遠峰を見て、柊子は内心で断る意思を固めはじめた。
あの思考顔は、きっと今日の事を反芻して作品に活かそうとか、考えているのかもしれないな、と柊子は結論づけた。
「柊子さん」
思考顔から微笑顔に戻った遠峰が、先ほどの柊子の問いかけなど無かったような雰囲気を漂わせて距離を一歩詰めてきた。
「柊子さんの仕事はテクニカルライティング?と伺っていますが、楽しいですか?」
(え?何?仕事の話なの?さっきの私の質問は無視なの?)
真剣な面持ちで見つめられて、思わず「はい」と答える。
遠峰は柊子の返事に晴れやかな顔つきになった。
「それは良かった。僕は仕事に打ち込んでいる女性が好きなんですよ」
「はぁ…」
「男も女も自立して、お互いの仕事やライフスタイルを尊重し合える。それが僕の理想の結婚なんです。結婚してもこれまでのライフスタイルを崩したくないんです。柊子さんも家庭に縛られて仕事を制限されるのは嫌でしょう」
にこやかな笑みを向けられて、「はぁ、まぁ…」としか言葉が出てこなかった。
言っている事はご尤もだと思うし、仮に結婚しても今の仕事は続けていきたいと考えていたから遠峰の言う事は柊子にとっては有難い話だ。
だが、なぜか心に引っかかる。
モヤッとしたものが心の中に沈殿してくるような。
「あ、あの、遠峰さんって人気作家さんですよね。特に女性に人気があるようですし、そんな方がなぜお見合いを?選り取り見取り…では…?」
気になっている事をまずは訊いてみた。とは言え、遠慮がちな声音だ。
「モテるだなんて、そんな事はありませんよ。仕事で家に籠りきりですから女性とお付き合いをしている時間もないですしね。一夜の相手くらいならまだしも、生涯の伴侶となるとなかなか。僕としては別にずっと独身でも構わないんですが、矢張りこの年齢になってくると周囲がうるさくて。それなら適当な相手と結婚した方が外聞も宜しいし、落ち着いて仕事に打ち込めると思いましてね」
はぁ、なるほど…と頷きながら、あれ?と思いだす。
(なんか今、妙な事を言って無かった?)
――『一夜の相手』?『適当な相手』?
「柊子さんも、いい加減周囲が口うるさい年齢ですよね。見た所、外見はまぁまぁですし、健康そうだし、今ならまだ出産も問題ないでしょうから良い機会じゃないですか?結婚したら今度は子供を催促してくる煩い世間ですが、独身でいると何かと侮られる。そういう点でもお互いにメリットのある結婚じゃないですか?僕は優良物件だと思いますよ」
(自分で自分を優良物件とか言っちゃうんだ…。)
一滴の濁りも無い澄んだ笑顔だ。
だがこの男性、何気に失礼な言葉を連ねてはいまいか。
何の悪気もないのだろうが、柊子のモヤモヤが増してくる。
「あの…、適当な相手って…」
「ああ、誤解しないで下さいね。適当とは、悪い意味ではなくて良い意味ですよ。相応しいと言った意味合いです。いくら社会的に落ち着きたいからと言ったって、変な相手と一緒になっては一生の不覚でしょう。互いに打ち込める仕事を持っていて、相手にあまり干渉しない。干渉し合わなければ、余計なストレスを抱え込む事はないでしょうから、仕事にも影響しない。それが叶う相手と言う事です。柊子さんにもメリットでしょう?」
矢張りなんだかしっくりしない。モヤッとする。
結婚願望は無いに等しかったから、特に理想の結婚形態などは持ち合わせてはいなかったが、それでも自分が持つ結婚のイメージと違うことは理解できたように思う。
昔ながらの典型的な夫婦の形は全く望んでいないので、その点では価値観が近いようには感じるものの、どこか、何かが決定的に違うような気がしてならなかった。
――これは、ナシだな。
この人はどこかズレている。
見た目は良いが、中身は……。
婚活しているなら、とりあえずキープ、となるのかもしれないが、柊子はそうではない。
満足そうな笑みを浮かべている遠峰を見て、柊子は内心で断る意思を固めはじめた。