第70話

文字数 2,023文字


「どうですか?楽しんでますか?」

 柊子が答える前に、真木野が先に強い口調で答えた。

「先生があんな様子なのに、奥様が楽しいわけがないじゃないですか」

「おやおや…」

 和人は少し驚いたように真木野を見る。

「どーしたの?いつもそんなに尖ってた?」

 和人の言葉に、柊子は真木野の態度がいつもと違うらしい事を知った。

「先生は、柊子さんがこのパーティに参加するのを嫌がってましたよね?来れば、ああいう所を見られるから、それが嫌だったんですよ。妻としては、面白くないでしょう」

「え?なに、それ。真木野さん、まさか柊子さんの代わりに怒ってるとか?」

 ――えっ…、そうなの?どうして?

 柊子は横目でチラリと真木野を見た。確かに不機嫌そうな顔をしてはいるが、なぜ柊子の代わりに怒る必要があるのだろう。

 確かに貴景は、柊子がパーティに参加するのを嫌がっていた。
 明確な理由は分からないが、「仕事で疲れているんだから来なくていいよ」と言っていた。
 貴景がそう言うのなら欠席しようと柊子も最初は思っていた。存在自体が華やかな貴景の妻として出席するのも、なんだか気おくれする。

 だが結局、和人に強く求められて出席する事になったのだった。

「代わりってわけじゃないですよ。お疲れの先生に、ああやって大勢で寄ってたかってるのが嫌なだけです。困っている様子を察することなく、勝手なもんだから」

「なるほど。アシスタントとして先生の健康を気遣っている、とそういう事なんだね?」

「そうです。それしかないでしょう」

 そう言いながら、貴景の方を睨むようにして見ている。
 言葉の上だけでは成程納得な話だが、その態度を見ていると度を越しているようにも感じられた。

「ところで、柊子さん。社の者たちに紹介させて下さい。さぁ、こっちへ」

「えっ?」

 柊子は和人に引っ張られるようにして、舎人社の男性社員たちがたむろしている場所に連れて行かれた。

「ほらみんな、こちらが遠峰先生の奥様の柊子さんだよ」

 男性たちの好奇に満ちた視線を一斉に浴びて、柊子は臆した。

 ――なんか…、怖いかも…。

 大人数を前にすると、人見知りの傾向にある。一対一なら平気なのに、一対大勢となると恐怖心が湧いてくる。壇上でスピーチする場合は全く問題がないのに。

「あ、あの…、はじめまして。遠峰柊子と申します…」

 取りあえず名乗ったが、出てきた音量は消え入りそうだ。

「どうも、はじめましてー。ご結婚、おめでとうございます。先生がご結婚されたと聞いて女子社員は悲鳴を上げてましたが、我々としては大歓迎ですよ」

「そうそう。あの光景を御覧になれば、察してあまりあるでしょうが、少しは女性陣の熱も下がっていくんじゃないのかな」

「そうは言っても、まだまだ女子を先生の担当にはできないですけどね。先生の方は大丈夫だろうと思うけど、女子達の方がねぇ」

「真木野さん、だっけ?アシスタントの…。あの人がいても、大した抑止力にはならないもんねぇ」

「だよなぁ。先生はポチャ専かと疑ったけど、結婚相手はポチャじゃなかったから、ポチャ専じゃなかったね」

「とは言っても、あの人はポッチャリでも可愛いタイプじゃないですか?俺はいけるけどなぁ」

「確かに好みは人それぞれではある。え?って思う事も少なくない」

「遠峰先生は、結局どんな女性が好みなんだろうねぇ?体は与えても心は与えずって感じだったじゃないですか」

「だから、目の前にいらっしゃるじゃない。妻として選んだ女性が」

 皆が口々にそう言いながら、最後に再び柊子の方を見た。

 ――うっ…。この人達、なんかちょっと失礼な気がする。

 柊子はたじろぎながら愛想笑いを浮かべた。

「……」

 皆が無言で柊子を見つめている。

 これはどういう状況なのか。
 品定めをされているのだろうか。
 それとも何か言葉を求められているのだろうか。

「コラコラ、みんな失礼だろう。柊子さんが困ってるじゃないか」

 見かねたように和人が間に入った。

「柊子さん、すみません、みんな思い思いに勝手な事を言って。気にしないでください。変人ばかりの会社なんで」

「はぁ…」

 なんとも返事のしようがない。
 いちいち気にしても仕方がないとも思うものの、ちょっと不気味だとも思った。

「他にも紹介したい人間がいるんで、行きましょう」

 そう促されて、柊子は軽く会釈をしてその場を離れた。
 その後、次々に紹介されていい加減疲れてきた。
 普段からデスクワークなのもあるし、パーティと言うことで履き慣れないヒールの靴も原因だ。

「足、痛くなっちゃいましたか?」

 重たい足を少し引きずっていたのに気づいたようだ。

「少しだけ…。たいしたこと無いですけど、ちょっと疲れたかな」

「すみません、連れ回して。少し休みましょうか。休憩室があるので」

 和人が柊子の肩にそっと手をやり、廊下へと促す。
 向かい側の部屋のドアを開けると、少し小ぶりの部屋の中に椅子や長椅子が置いてあり、既に何人かが寛いでいた。

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