第23話

文字数 1,235文字

 翌朝、少し重たい頭を抱えて台所へ行くと、貴景が朝食の支度をしていた。
 キッチンに立つスラリとした後ろ姿を見て、ギクリとする。

 柊子の気配に気づいた貴景が振り返った。
 彼の顔を見て柊子の胸がツキンと痛む。
 目の下に僅かながら、クマが出来ている事に気づいたからだ。

「どうしたの?」

 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 貴景は口辺に笑みを浮かべた。

「ああ、うん、朝食の支度だよ。早く目が覚めたものだから。もうできるから座って待ってて」

 言われて柊子は席につく。
 お米のいい匂いが漂っている。
 目の前に雑炊が置かれた。

「美味しそう」

 貴景がホッとしたような笑みを浮かべた。

「お酒の後だから、こういうのがいいかと思ってね。二日酔いとか、平気?」

「大丈夫。ゆうべ、たくさんお水を飲んでおいたから。でもちょっとだけ頭が重たいから助かります」

「そうか。なら良かった」

 貴景も席につき、二人で「いただきます」と手を合わせて食事を始める。
 たまにしかない、二人の朝食のひとときだ。

「昨日は…、ごめんなさい。…心配、してくれてたのよね?」

 静寂という見えない壁をそっと突き崩すように、柊子は言葉を紡いだ。

「連絡は入れたから、別に問題ないだろうって思ってたの。酔っぱらっていたのもあって、なんだか態度が悪かったわよね?…失礼しました」

 ここは、アルコールのせいにするしかない。

「いや…、僕のほうこそ悪かった。遅くなるって聞いてはいたけど、いつもより遅いから、つい心配になってしまったんだ。まさか、飲んで帰って来ると思ってなくてね。残業だと思ってたから。なんだか分からないけど、冷静さを欠いていたと思う。ごめんよ」

 シュンとした様子は、本当に反省しているように見える。

「あ、あの…、気にしないで。家族になったんだから、心配するのも当然よ。私の思いが至らなかったの。連絡なんだけど、これからはもう少し具体的に伝えた方がいいのかな?その方が心配も薄くなるかな」

 柊子の言葉に貴景の顔が少し明るくなってきた。

「そうだね、その方が助かるかな。残業なのか、付き合いなのか、帰宅時間は何時頃になるのかとか、分かっていれば不必要な心配はなくなると思う」

「分かった。これからはそうします」

 緊張感を孕んでいた空気が、柔らかくなったように感じた。

 だが柊子は内心で思う。

 あなたの方はどうなのよ、と。

 アシの家へ行ったら行ったで、無しの礫だ。
 心配だからと飛び出して行って、その後いつ帰って来るのかなんて連絡は、一度も来たことが無い。

 すっかり機嫌を良くした顔を見ていると、なんだか嫌な気持ちが湧いてくる。
 せっかく好みの顔を目の前にできていると言うのに、楽しんで鑑賞できないのが残念になってくる。

 昨夜、秋穂と中村とのミーティングで気持ちがスッキリして、気持ちよく帰宅したというのに、すっかり台無しにされた気分だった。
 そして、それに追い打ちをかけるようなセリフが、この後、貴景の口から飛び出してきたのだった。


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