第14話

文字数 1,219文字

 約束通りに定時に帰宅すると、書斎から人が話す声が聞こえてきた。
 来客なのかと思ったが玄関にそれらしき履物も無かったので、どうやら電話をしているらしいと察せられた。

「あははっ!そうなんだよ。…そうそうそれでさ…、うん、うん…、あははは!」

 貴景が声をあげて笑っている。こんな風に笑っているなんて珍しい事だった。
 柊子はノックするのを躊躇(ためら)った。

 一体、誰と話しているのだろう。親しい友人だろうか。それとも編集さんとか。
 そのままそこで聞き耳をたてるのも気が引けたので、柊子はそっと自室へ引き上げて、着替えてから台所へ入った。
 夕飯の支度に入る前に、コーヒーを淹れる。

(なんだか今日は疲れたな…)

 寝不足だったからか、普段よりも疲れやすかったように思う。
 なんとなくボンヤリとしてしまったせいで、後輩のミスにすぐに気づかず、気づいた時には大変な事になっていた。

 生島久仁子(いくしまくにこ)という、鳴り物入りで入ってきた女子社員がいる。柊子より四つ下だ。
 ワープロが得意で使えるとの話で期待していたが、実際は全くの眉唾物だった。

 未経験者で、全く使えないのだった。
 上司は仕方なくワープロ練習用のプログラミングソフトを使って覚え込ませた。
 すぐに戦力となる筈だったのに、毎日毎日ワープロの練習で、いつになったら使えるようになるのか。

 ここは学校ではない。お給料を貰いながら仕事もしないで練習か、と怒りにも似た感情が沸き立つのを否めなかった。
 それでも仕方がない。出来ないものは出来ないのだし、責任があるのは上の人間だ。ただ、そのしわ寄せが柊子にくるのがやるせなかった。

 何とか入力できるようになったので、彼女に仕事を与えるように上司に言われ、そう難しくない文書の入力を頼んだ。雛型があり、決まった場所に指定された文言を入力するだけの簡単な仕事だ。

 だが、出来上がってきた原稿を見て仰天した。
 フォームが滅茶苦茶になっていたからだ。

 大体、入力した時点でフォームが崩れればすぐに分かる筈だし、プリントアウトすれば尚更、変であることは一目瞭然で、それを「できました」と言って持ってくること自体が、信じられない行為に思えた。

 これにOKが貰えると思っているなら、あまりにも酷過ぎる。

 その後、フォームが崩れた時の直し方や、誤字脱字等を念入りにチェックして、問題が無かったら持ってくるようにと指導したものの、一向に進歩が無く、手間暇かけても満足なものが出来上がってこないので、いい加減柊子も上司に手に負えない事を訴えたのだった。

 生島の仕事ぶりが柊子の仕事を阻害している現実に、上司の柿原主任は自ら生島の指導にあたるようになったのだが、どうやっても使いものにならなくて、柿原もどうやら最近、匙を投げたようだ。

 生島の最近の仕事はコピー取りや資料取りばかりになり、入力や編集の仕事は与えられなくなっていた。
 その彼女に、これをやらせて、と柿原から降りてきた仕事があった。

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