第82話

文字数 1,517文字


「叔母から話が来て、君の事は聞いていた。仕事が大好きで結婚願望がゼロらしいけど、多分、あなたの好みな気がするって言われて、会う前から興味津々だった」

「え、えーっと…。って、ええー?」

 急に頬が熱くなってきて、柊子は俯いた。

 なんだ、なんだ、ビックリだ。

 大体、なんで自分のことを貴景は好みだろうと思ったのだろう。
 取り立てて魅力のある女とは思えない。なんせ彼氏いない歴五年だし、その間、浮いた話は皆無だ。
 変わり者の後輩と厭世的な中年が、たまに食事に誘ってくるのが関の山の女なのだ。

「会った瞬間から、君の事をずっと見てた」

 それは、知っている。あまりに不躾で不快だった。

「どうしたら、君を落せるだろうと、君を観察しながら考えてた」

「はい…?」

 いやいや。

 そうだとしたら、あの不躾な視線は逆効果だろう。
 それに、その後のセリフ。完全にマイナスポイントだった。だから断ったのだ。

「君は仕事に打ち込んでいたから、だから、ああ言ったんだ。実際、家事のせいで好きな仕事に影響したら悪いと思ったのもあったし」

「……そ、れは…、ありがたいと思ったけど」

「僕は、言った筈だよ、プロポーズの時に。『君と過ごす時間が好きだ』って。それは、干渉しあわなければ生まれない時間だ。最初の時と矛盾してると思わなくもなかったけど、それが僕の、掛け値なしの本心だったんだ。そして君は、受け入れてくれた」

 そうだ。あの時、とても嬉しかった。
 自分も同じ気持ちだったからだ。
 それなのに…。

「私は。…私も、同じ気持ちだった。お互いにまだ良く知らないけれど、少しずつ理解し合えて、互いを尊重し、大切にしあえる良い関係を築いていけるだろうって思ったから、一緒になった」

 柊子の言葉に貴景の顔が明るくなってきた。

「でもっ。でも、違ったっ!」

「えっ?」

 理解できない顔をしている。それはそうだろう。分かっていたら、こんな風にはならなかった筈だ。

「真木野さんよ」

 その名前を聞いて、貴景の瞳が揺れ、泳いだ。

「私には、あなたと真木野さんの関係は理解できない。いくら大事な友人だと言われても、妻を放ってまで彼女の所へ行くあなたを、どうして?としか思えなかった」

「それは…、何度も…」

「何度説明されても、理解できない。困っている人を助けるのは当然だと思う。その理屈は分かる。でも、妻と抱き合ってる時に、それを中断してまで行く事なの?事故にあって危険だとか、そういうのなら仕方ないと思うけど、そうじゃなかった。ワンオペで大変なのは分かるけど、近くにお母さんだっているんじゃない。しかも、そのお子さんを自分の子どものように可愛がって、『パパ』と呼ばせているなんて。おかしいって私が言ったら、あなたは、『君の方がおかしい』って言ったのよ?私がその時、どれだけ傷ついたか、分かる?分からないよねぇ?」

 まくし立てるように、柊子は一気に吐き出した。

「僕は…」

「あなたにとっては、私よりも真木野さんが大切なんでしょう?あの人に呼び出されて出かけて行くあなたを見るたびに、そう思わざるを得なかった。私の事が気に入った、なんて、所詮は偽装するのにちょうど良いって思ったからなんでしょ」

「そ、それは違うよ」

「違わない。だって、真木野さん親子と一緒にいる時のあなたは、とても幸せそうだもの。真木野さんだって、いつも当たり前のように、あなたの隣に腰かけて泰然としてるし。私なんて居なくても、三人で世界が完結してるように見えるもの」

「柊子さん、それは君の勘違いだよ」

「そうじゃないでしょ。仮に勘違いだとしても、そうさせてるのは貴景さんなのよ。貴景さんの言動が、私の心を遠ざけてきたのよ」

 貴景の顔が強張った。

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