第49話
文字数 1,593文字
一日中、本社でモーターの勉強をして、既に頭は一杯いっぱいだった。ベテラン勢は意欲満々な様子だが、若手組は皆、疲労困憊な様が如実だ。
「あー、すっごい疲れましたね。体は動かしていないのに」
清原がぼやく。
「俺、なんかあまり理解できなかった。不安になってきたよ」
だよねー、と内心で思いながら、柊子は相槌を打った。
「普通のモーターの何倍も難しかったよね」
「やっぱ、そうだよね。俺ですら理解できなかったんだから、松田さんはキツイよね」
木下の言葉にカチンとくる。
低能な自分より、更に下と見下しているとは。
「柊子さんなら大丈夫でしょう。元々、頭がいい人ですし。仕事だって出来る方だし」
清原のフォローに、そうだいいぞ!もっと言え!と言いたくなった。
「ええー?仕事が出来るって言ったって、俺らとは、やってる事が違うじゃん」
「ねーねー、何が言いたいの?言っとくけど、普通のモーターの何倍も難しかったけど、私は大体、理解できたわよ?あんたと違って」
腹に据えかねた。
大体この男は、柊子が結婚してからも旧姓で呼ぶ。
元からの習慣でつい、と言った感じではなく、敢えてそうしている節が見受けられて、何か腹に一物あるのではないかと思わせる。
「それは、松田さんが理解できたと、勝手に思ってるだけなんじゃないの?」
「はぁ?」
「まぁまぁ…」
不穏な空気を察知したのか、清原が割って入ってきた。
「理解度に関しては、誰もがまだ未知数じゃないですかね。分かったと思っていても、実はそうでも無かったって事は誰でもあるし。とりあえず、ベテラン勢が分かってくれていれば、僕らはその指示に従えば済むでしょうよ」
清原の取りなしに、ひとまず柊子も木下も矛を収めたが、お互いに不愉快な思いを消せないでいるのは一目瞭然だ。
「そうだっ、三人で飲みに行きませんか。これから忙しくなって毎日残業でしょうから、今日くらいしか無いですよ。ぱぁーっといきましょうよ」
「いや、いい。行かない」
木下が即決で断ってきた。
「私も断る」
「ええー?そんな事、言わず。僕に付き合って下さいよ、二人ともぉ」
情けなさそうに眉尻を下げながら、拝むように手を合わせている。
「俺、今日は本当に疲れてるんだよね。早く帰りたいから。それに松田さんだって、家でダンナさんが待ってるんじゃないの?仕事が忙し過ぎてすれ違ってばかりじゃ、折角結婚したのに即離婚とかになりかねないんじゃないの?」
言葉だけを聞けば、まるで柊子の事を心配しているように思えるが、その実、その言い方は嫌味っぽくて不愉快極まりなかった。
「そうなのよ~。だから今日は帰らせてもらうわ。さよーならー」
思い切り嫌味っぽく言いながら、足早にその場から離れた。
木下とは同期だが、これまではグループが違ったので特に関わる事はなかった。
ちょっとした雑談を交わす事はあったが、その度に、こいつとは合わないな、と思っていた。
それでも直接的な関わりが無い分トラブルも無かったが、これから先は思いやられる。
とは言え、木下自身もかなりプレッシャーを感じているのだろう。
まさか自分がベテラン勢を差し置いて、副グループ長になるとは思っていなかったに違いない。
それでも抜擢された事実に、少しは誇らしげな思いが湧いていたのに、中身が難解すぎることで更なるプレッシャーに、押しつぶされそうになっているのかもしれない。
知識も経験も浅い若手組なんだから、今日の研修の難解さに面食らったのは同じだ。本来なら気持ちを共有できる筈だし、それを踏まえて頑張ろう、となるのが自然な流れだと思うのに。
木下の様子から鑑みるに、どうやらシワ寄せが予想以上に大きくなりそうだと感じる。それでも好きな仕事なのだから、頑張るしかない。
まだ熱が冷めないアスファルトを踏みしめながら、サウナ並みの空気の中を切り裂くように歩を速めたのだった。
「あー、すっごい疲れましたね。体は動かしていないのに」
清原がぼやく。
「俺、なんかあまり理解できなかった。不安になってきたよ」
だよねー、と内心で思いながら、柊子は相槌を打った。
「普通のモーターの何倍も難しかったよね」
「やっぱ、そうだよね。俺ですら理解できなかったんだから、松田さんはキツイよね」
木下の言葉にカチンとくる。
低能な自分より、更に下と見下しているとは。
「柊子さんなら大丈夫でしょう。元々、頭がいい人ですし。仕事だって出来る方だし」
清原のフォローに、そうだいいぞ!もっと言え!と言いたくなった。
「ええー?仕事が出来るって言ったって、俺らとは、やってる事が違うじゃん」
「ねーねー、何が言いたいの?言っとくけど、普通のモーターの何倍も難しかったけど、私は大体、理解できたわよ?あんたと違って」
腹に据えかねた。
大体この男は、柊子が結婚してからも旧姓で呼ぶ。
元からの習慣でつい、と言った感じではなく、敢えてそうしている節が見受けられて、何か腹に一物あるのではないかと思わせる。
「それは、松田さんが理解できたと、勝手に思ってるだけなんじゃないの?」
「はぁ?」
「まぁまぁ…」
不穏な空気を察知したのか、清原が割って入ってきた。
「理解度に関しては、誰もがまだ未知数じゃないですかね。分かったと思っていても、実はそうでも無かったって事は誰でもあるし。とりあえず、ベテラン勢が分かってくれていれば、僕らはその指示に従えば済むでしょうよ」
清原の取りなしに、ひとまず柊子も木下も矛を収めたが、お互いに不愉快な思いを消せないでいるのは一目瞭然だ。
「そうだっ、三人で飲みに行きませんか。これから忙しくなって毎日残業でしょうから、今日くらいしか無いですよ。ぱぁーっといきましょうよ」
「いや、いい。行かない」
木下が即決で断ってきた。
「私も断る」
「ええー?そんな事、言わず。僕に付き合って下さいよ、二人ともぉ」
情けなさそうに眉尻を下げながら、拝むように手を合わせている。
「俺、今日は本当に疲れてるんだよね。早く帰りたいから。それに松田さんだって、家でダンナさんが待ってるんじゃないの?仕事が忙し過ぎてすれ違ってばかりじゃ、折角結婚したのに即離婚とかになりかねないんじゃないの?」
言葉だけを聞けば、まるで柊子の事を心配しているように思えるが、その実、その言い方は嫌味っぽくて不愉快極まりなかった。
「そうなのよ~。だから今日は帰らせてもらうわ。さよーならー」
思い切り嫌味っぽく言いながら、足早にその場から離れた。
木下とは同期だが、これまではグループが違ったので特に関わる事はなかった。
ちょっとした雑談を交わす事はあったが、その度に、こいつとは合わないな、と思っていた。
それでも直接的な関わりが無い分トラブルも無かったが、これから先は思いやられる。
とは言え、木下自身もかなりプレッシャーを感じているのだろう。
まさか自分がベテラン勢を差し置いて、副グループ長になるとは思っていなかったに違いない。
それでも抜擢された事実に、少しは誇らしげな思いが湧いていたのに、中身が難解すぎることで更なるプレッシャーに、押しつぶされそうになっているのかもしれない。
知識も経験も浅い若手組なんだから、今日の研修の難解さに面食らったのは同じだ。本来なら気持ちを共有できる筈だし、それを踏まえて頑張ろう、となるのが自然な流れだと思うのに。
木下の様子から鑑みるに、どうやらシワ寄せが予想以上に大きくなりそうだと感じる。それでも好きな仕事なのだから、頑張るしかない。
まだ熱が冷めないアスファルトを踏みしめながら、サウナ並みの空気の中を切り裂くように歩を速めたのだった。