第67話
文字数 1,702文字
「貴景が関わっていない出版社でも、女性編集者が彼に書いて欲しいと企画を出すと即、却下されるようになってしまってね。すっかり業界では悪者扱いになっちゃって」
「そうですか…。ちょっとは可愛そうな気がしないでもないけど、自業自得ですよね」
「あはは…、そうきますか」
「和人さんは男性だから、モテ過ぎる事に同情しながらも、羨望の気持ちもあるんでしょうけど、私から見たら、自業自得としか思えないですよ。貴景さんはモラル感が低いのかな?向こうから寄って来るとは言え、次々と受け入れるなんて、トラブルのもとになるの、分からないんでしょうか?バカなの?」
「あはは……」
どう言葉を継いでいいのかと、戸惑っている様子が見てとれる。
「ま、まぁ、そうですよね。結局、トラブルに発展して仕事に影響が出てしまったわけですし、いずれ問題になるだろうと予測できたとは思いますよ…」
本当に、どうかしている。
そして、そんな人だったのかと少し失望する。
モテる男だと言うことは最初から分かっていた事なのに。
「まぁ、それでですね。これまで女性編集者に依存していた諸々の事が無くなって、貴景も困ってしまいましてね。…あの、性欲のほうじゃないですよ?資料集めとか仕事上の雑用とか、家事とか…。そういうの、みんな女性編集者たちが率先してやっていたので、すっかりお任せの習慣がついてしまってたんですよ」
「はぁっ…。そうなんですね。それで、そこへ真木野さんが登場するわけですか」
「そうなんです。柊子さん、勘がいいですね」
その話の流れなら、自分じゃなくても分かるだろう。
「真木野さんを紹介したの、僕なんですよ」
「え?そうなんですか?」
それは意外だった。
「僕の元妻の妹の友人なんです。当時はまだ僕も離婚してなくて、貴景の事でボヤいていたら、丁度いい人がいるって。家庭持ちだから、向こうから迫る心配はないし、迫られなければ貴景からモーションかける事もないし、いいんじゃないかってね」
お手伝いなら女性、とはなから思っている所が少々気になるところだし、例え家庭持ちとは言え若い女性だ。あの綺麗な男にコロリときて家庭を捨てる可能性だって、考えられるのではないだろうか。
「それなら、年配の女性の方が良かったのでは?」
「確かにそれは、僕も思いましたよ。でも義妹から紹介された彼女を見て、これは大丈夫そうだって思ったんで」
「それは、どういうことですか?」
「だって、彼女、当時から丸ぽちゃだったし、まだ子どもはいなかったんだけど、既に肝っ玉母さんみたいだったし、ねぇ…」
柊子はムッとした。
「そういうの、関係ないと思いますけど」
丸ぽちゃだろうが、肝っ玉母さんだろうが、恋はするだろう。実際に夫がいる。
「ああ、すみません。今のは、差別的な発言だったかな。当時はまだ結婚してそんなに経ってなくて、ご主人も単身赴任じゃなかったんですよ。だからご主人の了解も得てるんです。ご主人もねぇ。あの貴景に会っても動じないんですよね。僕ならやっぱり心配になっちゃいますけどね」
世の中の全ての女性がイケメン好きなわけではない。
それでも、あのルックスなら多少は心配になりそうなのも分かる。
「そんな訳で、真木野さんが貴景のアシスタントになったんです。彼女、痒い所に手が届くタイプみたいなんで、貴景にとっては有難い存在になったんでしょうね。落ち着いて仕事に取り組めるようになって、出版社としては万々歳」
「そうなんですね…」
「そうなんです。貴景は多分、両親との関係性から鑑みて、承認欲求が高いんじゃないのかな。だから、上手いこと乗せて仕事をさせてくれる真木野さんに、満たされなかった両親への思いを投影させてる気がします。彼女の子どもを我が子のように可愛がっているのも、その片鱗の一部じゃないかな。だから、貴景はこのまま独身でいるのかと思っていました。現状はとても居心地の良い状態だから。それだけに結婚したと聞いた時には本当に、心の底から驚いたんですよ」
和人の話に、柊子は何て返したら良いのか分からなくなった。
柊子自身だって、知れば知るほど、自分と結婚した貴景の内心が謎に思えてくる。