第45話
文字数 1,969文字
「柊子さん、ちょっといいかな」
貴景だった。
「どうかしました?」
部屋の前に立つ貴景は明るい顔をしている。
「二人が帰るんだ。だから玄関まで一緒に見送って欲しいんだけど」
「わかりました」
貴景の後について玄関まで行くと、真木野と篠山が楽しそうに談笑していた。
「ああ、柊子さん。先ほどは失礼しました。シャイな方とは存じ上げなかったから、随分と不躾でしたよね」
『不躾』の言葉に、ふと貴景とのお見合いを思い出した。
――なるほど。
貴景が親しげに『和人』と呼び捨てにしていた事から考えるに、二人はどうやら旧知の仲のようだ。
――類は友を呼ぶ。
その言葉が頭に浮かんだ。
「私のほうこそ、失礼しました。突然の事で戸惑ってしまって…」
「今日、僕が来ることを貴景、いや、遠峰先生から聞いてらっしゃらなかったようですね」
「ええ、そうなんです」
柊子は睨むように貴景の方を見た。
「ごめん、ごめん。すっかり言うのを忘れてた。その、今朝はその、…アレだったから」
恥ずかしそうに微苦笑している様を見て、今朝の甘い雰囲気を思い出し、柊子は自分の顔が僅かに火照ってくるのを感じた。
「いやいや、いいですねぇ。それでこそ新婚さんだ」
篠山が満足そうに頷くのを見て、柊子はドキドキしてきた。
「あ、あの…、真木野さんは大丈夫なんですか?こんな時間まで」
話題を変える。
「奥様、心配して頂いてありがとうございます。今日は大事な打ち合わせと言う事だったので、母に来て貰ってるんです。だから、大丈夫なんですよ」
(母?)
「お近くに住んでらっしゃるんですか?」
「そうですねぇ…。すぐ近くではないですが、隣の駅前のマンションに住んでるので」
それなら十分近いと思う。
それなのに何かあった時に頼る相手は貴景なのか。
「それなら安心ですね」
「ええ、そうなんです」
笑顔で答える相手を見て、何かドロリとした感情が湧き出て来るのを柊子は感じた。
「じゃあ、遠峰先生。これで」
そんな柊子の不審に構う事なく、二人は挨拶をして出て行った。
目の前のドアを、知らずに睨むように見つめる。
(どういう事?)
あの人、ちょっと厚顔過ぎない?
益々貴景がパシリのように思えてきた。
「柊子さん。今日は突然の来客になってしまって、ごめんね」
貴景の声にハッとして振り返る。
「そうですね…。正直、びっくりしました。だからか、ちゃんと対応できなかったです。そこは、こちらもすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
「それは、いいよ。僕が悪かったんだし。それでちょっと話があるんだ」
柊子は促されて共にリビングのソファに座った。
隣に腰かけた貴景が、そっと柊子の手を取ったので胸がドキリと鳴った。
「実はさ…。舎人社で連載していた『平成浪漫奇譚』が終わったんで、十月に単行本になるんだ。今日はその打ち合わせだったんだけど…」
貴景の真剣な面持ちに、柊子はこの後、何か重大な事でも話されるのかと思わず身構えてしまったが、実際に話された内容は業務連絡のようなものだった。
要は、単行本化にあたり、加筆・修正やゲラのチェックがあり、また新しく連載を始める準備と他社での連載の執筆、書き下ろし作品の追い込み等で暫くの間、かなり忙しくなるという話だった。
「そのせいで、君との時間が減ってしまうと思う。ごめんよ」
俯き加減で、柊子の手をしきりに親指で擦 っている。
明らかに気落ちしている様が見て取れた。
「仕方ないですよ。それに、忙しくなるのは貴景さんだけじゃなくて、私もなんです」
「どういうこと?」
驚いたように貴景は顔を上げた。
「うちの会社で新しいモーターが開発されて、その部品カタログと仕様書を作成する新グループのメンバーに、選ばれちゃったんです」
「それって、凄いことなの?」
「うーん…、どうでしょうね。ただ、全くの新しい製品なので、本は一から作る事になるので、大変なのは確かです」
「その…、取説とか仕様書とか、部品カタログとか。普段はどんな風に作っているのかな」
「そうですね…。大体は、既に出している物を流用して、違う部分だけを差し替えて出す事が多いです。昔は紙媒体のみでしたけど、最近はWebが主流になってきてて、でもだからと言って紙が全く無くなったわけではないので、両方用意しなければならなくなった分、面倒が増えた感じですね。それでも原稿の作成はパソコンが主流だから便利になったとは思いますけど」
「じゃぁ今回は全く新しい製品だから、流用できない分、大変になるって事なんだね」
「そうなんです。それに、新しいモーターですから。構造とか難しそうなので、それなりに自分でも勉強しなければならないし、工場見学とか研修会とか、本来の仕事以外の業務も生じてくるので…」
「それって、休日出勤とかがあるって事?」
貴景の顔に曇りが生じている。
貴景だった。
「どうかしました?」
部屋の前に立つ貴景は明るい顔をしている。
「二人が帰るんだ。だから玄関まで一緒に見送って欲しいんだけど」
「わかりました」
貴景の後について玄関まで行くと、真木野と篠山が楽しそうに談笑していた。
「ああ、柊子さん。先ほどは失礼しました。シャイな方とは存じ上げなかったから、随分と不躾でしたよね」
『不躾』の言葉に、ふと貴景とのお見合いを思い出した。
――なるほど。
貴景が親しげに『和人』と呼び捨てにしていた事から考えるに、二人はどうやら旧知の仲のようだ。
――類は友を呼ぶ。
その言葉が頭に浮かんだ。
「私のほうこそ、失礼しました。突然の事で戸惑ってしまって…」
「今日、僕が来ることを貴景、いや、遠峰先生から聞いてらっしゃらなかったようですね」
「ええ、そうなんです」
柊子は睨むように貴景の方を見た。
「ごめん、ごめん。すっかり言うのを忘れてた。その、今朝はその、…アレだったから」
恥ずかしそうに微苦笑している様を見て、今朝の甘い雰囲気を思い出し、柊子は自分の顔が僅かに火照ってくるのを感じた。
「いやいや、いいですねぇ。それでこそ新婚さんだ」
篠山が満足そうに頷くのを見て、柊子はドキドキしてきた。
「あ、あの…、真木野さんは大丈夫なんですか?こんな時間まで」
話題を変える。
「奥様、心配して頂いてありがとうございます。今日は大事な打ち合わせと言う事だったので、母に来て貰ってるんです。だから、大丈夫なんですよ」
(母?)
「お近くに住んでらっしゃるんですか?」
「そうですねぇ…。すぐ近くではないですが、隣の駅前のマンションに住んでるので」
それなら十分近いと思う。
それなのに何かあった時に頼る相手は貴景なのか。
「それなら安心ですね」
「ええ、そうなんです」
笑顔で答える相手を見て、何かドロリとした感情が湧き出て来るのを柊子は感じた。
「じゃあ、遠峰先生。これで」
そんな柊子の不審に構う事なく、二人は挨拶をして出て行った。
目の前のドアを、知らずに睨むように見つめる。
(どういう事?)
あの人、ちょっと厚顔過ぎない?
益々貴景がパシリのように思えてきた。
「柊子さん。今日は突然の来客になってしまって、ごめんね」
貴景の声にハッとして振り返る。
「そうですね…。正直、びっくりしました。だからか、ちゃんと対応できなかったです。そこは、こちらもすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
「それは、いいよ。僕が悪かったんだし。それでちょっと話があるんだ」
柊子は促されて共にリビングのソファに座った。
隣に腰かけた貴景が、そっと柊子の手を取ったので胸がドキリと鳴った。
「実はさ…。舎人社で連載していた『平成浪漫奇譚』が終わったんで、十月に単行本になるんだ。今日はその打ち合わせだったんだけど…」
貴景の真剣な面持ちに、柊子はこの後、何か重大な事でも話されるのかと思わず身構えてしまったが、実際に話された内容は業務連絡のようなものだった。
要は、単行本化にあたり、加筆・修正やゲラのチェックがあり、また新しく連載を始める準備と他社での連載の執筆、書き下ろし作品の追い込み等で暫くの間、かなり忙しくなるという話だった。
「そのせいで、君との時間が減ってしまうと思う。ごめんよ」
俯き加減で、柊子の手をしきりに親指で
明らかに気落ちしている様が見て取れた。
「仕方ないですよ。それに、忙しくなるのは貴景さんだけじゃなくて、私もなんです」
「どういうこと?」
驚いたように貴景は顔を上げた。
「うちの会社で新しいモーターが開発されて、その部品カタログと仕様書を作成する新グループのメンバーに、選ばれちゃったんです」
「それって、凄いことなの?」
「うーん…、どうでしょうね。ただ、全くの新しい製品なので、本は一から作る事になるので、大変なのは確かです」
「その…、取説とか仕様書とか、部品カタログとか。普段はどんな風に作っているのかな」
「そうですね…。大体は、既に出している物を流用して、違う部分だけを差し替えて出す事が多いです。昔は紙媒体のみでしたけど、最近はWebが主流になってきてて、でもだからと言って紙が全く無くなったわけではないので、両方用意しなければならなくなった分、面倒が増えた感じですね。それでも原稿の作成はパソコンが主流だから便利になったとは思いますけど」
「じゃぁ今回は全く新しい製品だから、流用できない分、大変になるって事なんだね」
「そうなんです。それに、新しいモーターですから。構造とか難しそうなので、それなりに自分でも勉強しなければならないし、工場見学とか研修会とか、本来の仕事以外の業務も生じてくるので…」
「それって、休日出勤とかがあるって事?」
貴景の顔に曇りが生じている。