第25話

文字数 1,533文字

「はじめまして。真木野鼓乃美(まきのこのみ)です。先生には、いつもお世話になっています。このたびは、ご結婚、おめでとうございます。やっと奥様とお会いできて嬉しく思ってるんですよ」

 ちょっと小太りの丸顔にエクボを浮かべて、満面の笑みで迎えられた。

「パパ、おかえりなさい…」

 真木野の足元に縋り付いている小さな男の子が、貴景に向かってそう言った。

(パパぁ?おかえりなさい?)

 ギョッとした。

「やだわ~、タカちゃんったら。パパじゃないでしょ?おじちゃんだって、いつも言ってるじゃない」

「いや、いいよ。タカちゃん、ただいま。いい子にしてたかな?」

 貴景が男の子を抱き上げて、室内へあがった。
 信じられないような光景だ。

 新婚の妻の前で、他人の子から『パパ』と呼ばれても平然としている。むしろ言われて当然のような顔だ。

「奥様、ごめんなさいね。いつもこんな調子で…」

 さすがに焦ったような笑顔になっている。

「いえ…。でもあの、本物のダンナ様が帰宅した時、大丈夫なんですか?」

「あらやだ、本物のダンナ様、なんて」

 いやだって、そうじゃないか。
 これじゃぁまるで、貴景は代理パパか影武者のようだ。

「タカシは、本物のパパが帰ってきても、ちゃんと『パパ』って呼んでます。パパの方が少し若いし、体型も違うんですけど、どうも区別がつかないみたいで」

「はぁ…」

 なんとも苦しい言い訳だ、と思うのは考えすぎだろうか。

「さぁ、どうぞおあがり下さい。狭いですけど」

 促されて中へ入った。
 2LDKのマンションで、貴景は既にリビングで子どもと遊んでいた。
 ダイニングテーブルの方には、何種類かの料理が所狭しと並んでいる。

「先生もタカちゃんも、こっちに来て座って。乾杯しましょうよ」

 貴景は「うん」と返事をすると、真木野の隣の椅子に腰かけたのだった。その腕には子どもが抱かれている。
 それはまるで両親と子どもの仲良し家族のようだ。

 柊子はそれを複雑な思いで見つめる。

 ――…一体、なんなんだ、このシチュエーションは。

 この人達は何を考えているのだろう。
 仮に仲良し家族の関係であっても、新妻の前でそれを見せつけるものなのだろうか?

 普通なら、隠すものではないのか?
 それとも堂々と見せつける事で、柊子は形だけの妻に過ぎない事を、思い知らせようとでもしているのか。

「じゃぁ、かんぱーい!タカちゃん、元気になって良かったねー。先生も、色々とありがとう。あと、ご結婚おめでとうございまーす」

 ジンジャエールが入ったグラスを傾けて、皆で乾杯した。

「さぁ、遠慮なく召し上がってください。たいした料理じゃないけど」

 目の前には、フライドチキン、スコッチエッグ、ポテトサラダ、コールスローなどが並んでいた。

「奥様は、嫌いな物って無かったですよね?」

「ええ、まぁ」

「いいですよね。先生は苦手な野菜が多くて大変ですよ。それでも私、出しちゃうんですけどね」

 舌をペロリと出して、楽しそうな笑顔だ。

「そうなんだよ。酷いよね、まったく。メシスタントでもあるんだから、雇い主の好みにもっと合わせて欲しいよ」

 苦情を言いながら、ポテトサラダを子どもの口に運んでいる姿は、どう見ても父親にしか見えない。

「あ、奥様。変な事を考えてるでしょ。これだけははっきり言っておきますが、私と先生は雇用契約を結んだ関係以外、何でもありませんから。まぁ、馬が合う事もあって、友達みたいな関係になっちゃってますけど、本当にそれだけですから」

 柊子の疑いの眼差しに気づいたようだ。肝心の貴景は顔色ひとつ変えていない。

「えー?そうなの?柊子さんって、僕たちの事を疑ってたの?」

 鈍いにも、ほどがある。
 だが、気づいていないからこその、これまでの言動だったとも言えた。

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