第11話
文字数 1,189文字
「ジューンブライドだね」
嬉しそうに柊子の左手の薬指に指輪をはめた遠峰貴景は、ギュッと柊子を抱きしめてきた。
お互いの仕事の都合もあるので、さっさと入籍だけ済まして式はおいおい考える事となった。
ジューンブライドなんて柊子にとっては何の意味もないものだが、貴景はロマンティックな作風の小説家だから、女性にとっては嬉しいに違いないと思っているのかもしれない。
入籍に伴って、当然のことながら遠峰家に引っ越した。
広い屋敷なので二階の客室が柊子の部屋となった。自室が持てるのは有難い。
「今、連載を三本持っているのと、書きおろしの仕事が決まりそうなのもあって、新婚旅行も先になってしまうけど、ごめんね」
柊子を抱きしめる手に力が入った。
「いいえ、それは気にしないでください。私も仕事が忙しいし」
仕事が忙しいのは事実だが、冠婚葬祭に響くほどでは無い。だから言うなれば、相手を気遣ったセリフである。
「そうか。それなら良かった」
貴景は、パッと抱きしめていた手を離すと、心の底から安堵したような表情になった。それを見て、柊子の胸がモヤッとする。
(え?なんなの?もしかして強く抱きしめたのって、パフォーマンス?)
貴景は柊子のモヤりに気づく様子もなく、陽気な顔で話を続けた。
「明日から、アシスタントの真木野さんが復帰するんだ。これでやっと仕事が少し楽になる。結婚もして落ち着いたし、益々いいものが書けそうだよ」
「それは…、良かったですね」
「うん。君もこれまで通り、仕事に打ち込んでいいからね。家事とかは、気にしなくていいよ。できる時にやれば。食事の支度も、できない時は連絡をくれれば真木野さんがやってくれるから心配しなくていい。会社の人との付き合いとかもあるんだろう?結婚したからって家庭に縛られるなんてナンセンスだ」
貴景の言葉に、本当なら喜ぶべきことなのだろう。
家庭に縛られたくない、キャリアを築き続けたい、だから結婚したくない、そう思っていた柊子にとっては有難い言葉だ。
それなのに、現実に貴景の口から直接言われると、素直に喜べない自分がいた。
「どうしたんだい?」
さすがに新妻の表情の変化に気づいたようだ。
「ううん、なんでもない。ちょっと疲れたのかな」
柊子はその場を取り繕った。
「そうか。でも、疲れているのに悪いとは思うけど…」
貴景はそう言いながら、柊子の服に手を掛けて唇を重ねてきた。
「君が欲しくてたまらない」
熱い吐息が柊子に降りかかり、陶酔へといざなう。
――求められている…。
強くそう感じさせるこのひとときに喜びを感じている自分を、最近自覚した。
時折感じるモヤりも、このひとときで全てが無に帰す気がした。
結局自分は、強く求められたいのだ。
社会で認められたいだけではなく、一個の女性としても求められたい。必要とされたい。
そう希っていた事に気づかされた思いだった。
嬉しそうに柊子の左手の薬指に指輪をはめた遠峰貴景は、ギュッと柊子を抱きしめてきた。
お互いの仕事の都合もあるので、さっさと入籍だけ済まして式はおいおい考える事となった。
ジューンブライドなんて柊子にとっては何の意味もないものだが、貴景はロマンティックな作風の小説家だから、女性にとっては嬉しいに違いないと思っているのかもしれない。
入籍に伴って、当然のことながら遠峰家に引っ越した。
広い屋敷なので二階の客室が柊子の部屋となった。自室が持てるのは有難い。
「今、連載を三本持っているのと、書きおろしの仕事が決まりそうなのもあって、新婚旅行も先になってしまうけど、ごめんね」
柊子を抱きしめる手に力が入った。
「いいえ、それは気にしないでください。私も仕事が忙しいし」
仕事が忙しいのは事実だが、冠婚葬祭に響くほどでは無い。だから言うなれば、相手を気遣ったセリフである。
「そうか。それなら良かった」
貴景は、パッと抱きしめていた手を離すと、心の底から安堵したような表情になった。それを見て、柊子の胸がモヤッとする。
(え?なんなの?もしかして強く抱きしめたのって、パフォーマンス?)
貴景は柊子のモヤりに気づく様子もなく、陽気な顔で話を続けた。
「明日から、アシスタントの真木野さんが復帰するんだ。これでやっと仕事が少し楽になる。結婚もして落ち着いたし、益々いいものが書けそうだよ」
「それは…、良かったですね」
「うん。君もこれまで通り、仕事に打ち込んでいいからね。家事とかは、気にしなくていいよ。できる時にやれば。食事の支度も、できない時は連絡をくれれば真木野さんがやってくれるから心配しなくていい。会社の人との付き合いとかもあるんだろう?結婚したからって家庭に縛られるなんてナンセンスだ」
貴景の言葉に、本当なら喜ぶべきことなのだろう。
家庭に縛られたくない、キャリアを築き続けたい、だから結婚したくない、そう思っていた柊子にとっては有難い言葉だ。
それなのに、現実に貴景の口から直接言われると、素直に喜べない自分がいた。
「どうしたんだい?」
さすがに新妻の表情の変化に気づいたようだ。
「ううん、なんでもない。ちょっと疲れたのかな」
柊子はその場を取り繕った。
「そうか。でも、疲れているのに悪いとは思うけど…」
貴景はそう言いながら、柊子の服に手を掛けて唇を重ねてきた。
「君が欲しくてたまらない」
熱い吐息が柊子に降りかかり、陶酔へといざなう。
――求められている…。
強くそう感じさせるこのひとときに喜びを感じている自分を、最近自覚した。
時折感じるモヤりも、このひとときで全てが無に帰す気がした。
結局自分は、強く求められたいのだ。
社会で認められたいだけではなく、一個の女性としても求められたい。必要とされたい。
そう希っていた事に気づかされた思いだった。