第91話

文字数 5,941文字

 ユリコが、悔しげに、昭子を見た…

 憎々しげに、まるで、今でも、掴みかからんばかりの形相で、見た…

 それを、昭子は、楽しそうに見ていた…

 勝負あった!

 誰が、見ても、そう思った…

 「…ユリコさん…」

 と、昭子が、告げた…

 「…そんな目で、見るのは、お止めなさい…」

 穏やかに、警告した…

 「…品がない…」

 吐き捨てた…

 事実、その通りだった…

 4人が、集まるテーブルで、まるで、今にも掴みかからんばかりの形相で、相手を睨むのは、品がない…

 が、

 悠然と、それを口にできる昭子に、私は、生まれの良さを感じた…

 また、度胸を感じた…

 ふたつとも、とても、私には、真似のできないことだった…

 ユリコは、昭子同様、度胸があるが、品がなかった…

 所詮は、ユリコは、私同様、庶民…

 平民だ…

 昭子のような金持ちと、生まれが違う…

 そして、生まれが違うと、ちょっとしたことで、その差が出る…

 今回は、怒りというか…

 怒ったときに、どういう態度を取るかで、生まれがわかる…

 生まれが、良い人間ならば、今のユリコのように、誰にもわかりやすく、相手を睨む真似はしない…

 それは、下品だからだ…

 下品=恥ずかしい仕草だからだ…

 だから、金持ちは、決して、そんな真似はしない…

 そして、それが、生まれの差なんだと、私は、思った…

 ユリコは、有能だが、庶民に過ぎないと、あらためて、思った…

 所詮は、私と、同類の人間に過ぎないと、あらためて、思った…

 すると、

 「…すべて、お見通しって、わけ?…」

 と、ユリコが、血相を変えて、昭子に聞いた…

 昭子は、

 「…」

 と、無言だった…

 黙って、ユリコの顔を見ていた…

 「…自分の息子をコントロールできない女が偉そうに…」

 ユリコが、嘲笑した…

 すると、明らかに、昭子の顔が、変わった…

 「…それは、どういう意味ですか?…」

 「…伸明さんが、アンタを切ろうとしている事実に気付かないなんて、おめでたい…」

 ユリコが、勝ち誇ったように、言った…

 が、

 昭子は、動揺しなかった…

 「…それが、一体、なんだと言うんですか?…」

 真逆に、ユリコに、聞いた…

 「…どうか、するのですか?…」

 「…どうかするかって?…」

 ユリコが、呆れた様子で、言った…

 「…アンタ…バカ? …自分の息子が、自分を裏切ろうとしているのよ…それが、どうしたって? …一体なんて、言い草…」

 呆れて、ものも言えない様子だった…

 が、

 昭子は、平気だった…

 「…ユリコさん…」

 と、ゆっくりと語りかけた…

 「…なんですか?…」

 「…子供が、親を超えるのは、喜ばしいこと…そうは、思いませんか?…」

 昭子の物言いに、ユリコは、唖然とした様子だった…

 「…親を超えるって? …だって、アンタの息子は、アンタを、五井家から、追放しようとしているのよ…」

 …昭子を追放?…

 …ウソォ?…

 …驚いた…

 …まさか、あの伸明が?…

 …そこまで、するのか!…

 …ホントなのか?…

 考えた…

 が、

 発言の主は、ユリコだ…

 どこまで、本当のことを、言っているのか、わからない…

 ふと、思った…

 わざと、大げさなことを、言って、昭子を動揺させようとしているかも、しれないからだ…

 私が、そんなことを、思っていると、

 「…私を追放するということは、五井家内で、私を超える力を持ったことになります…」

 と、昭子が、ゆっくりと言った…

 「…つまりは、伸明は、私を超えたこと…」

 ユリコは、唖然として、昭子の顔を見た…

 「…そして、私を超えなければ、五井の改革など、できません…私にも、夫の建造にも、できないことを、やろうとしているのです…私を追放するぐらいのことができなければ、改革など、できないでしょう…」

 あっさりと、言った…

 そんな昭子の言葉を聞いて、

 「…ああ、そう…そういうこと…」

 と、ユリコが、納得した…

 「…たしかに、そう言われれば、わかる…」

 と、ユリコが、納得した…

 それから、

 「…でも、それは、本心じゃないわね…」

 と、付け加えた…

 「…本心じゃない? …どういう意味ですか?…」

 「…和子さん…アナタの妹の…アナタの分身が、身近にいる…」

 「…」

 「…この佐藤ナナさんが、伸明さんと、結婚したいと、言い出したら、慌てて、和子さんの孫の菊池リンさんに、伸明さんと結婚したいって、言わせたでしょ?…」

 「…」

 「…それが、アナタの本心…この佐藤さんを、どんなことをしても、伸明さんと、結婚させることはできない…だから…」

 ユリコが、笑いながら、告げた…

 私は、それを聞きながら、ユリコが、そこまで、知っている事実に、驚いた…

 と、同時に、どこから、それを聞いたか、考えた…

 …諏訪野伸明…

 とっさに、思った…

 このユリコと、伸明が、交流があるとしたら、誰あろう伸明自身から、それを聞いたと考えるのが、妥当…

 つまり、伸明自身が、自分の周囲の人間が、どう動いているか、気付いている…

 そして、それを、ユリコに伝えたに違いないからだ…

 つまりは、ユリコと、伸明は、それほど、親しいということだろう…

 私は、思った…

 すると、隣の佐藤ナナが、

 「…エーッ? …私が、伸明さんと結婚するのを、妨害するために、菊池さんに、伸明さんと、結婚しろと、けしかけたんですか? …ひどい…」

 と、突然、言った…

 これは、驚いた…

 まさか、いきなり、佐藤ナナが、怒るとは、思わなかったからだ…

 だが、

 考えてみれば、当たり前だった…

 この佐藤ナナと、伸明と結婚させたくないゆえに、対抗馬として、菊池リンを、伸明のお嫁さん候補として、推した…

 この事実を知れば、佐藤ナナが、怒るのは、当たり前だった…

 「…なんだか、哀しくなっちゃいました…」

 佐藤ナナが、言った…

 …さもありなん…

 佐藤ナナの気持ちもわかる…

 「…でも…」

 と、佐藤ナナが、笑った…

 「…でも…そんな妨害するなんて、もしかしたら、私に魅力があるのかな…」

 言われてみれば、その通りだった…

 魅力がない人間ならば、妨害はしない…

 だから、むしろ、妨害は、光栄なことだった…

 そして、ふと、伸明の女の好みを思った…

 …ロリコン?…

 とっさに、思った…

 いや、

 ロリコンといっては、失礼だが、すでに、伸明は、40代前半…

 もう若くはない…

 だから、ひょっとして、若い佐藤ナナに惹かれるのは、困ると思い、昭子が、配慮したのかもしれない…

 佐藤ナナは、ベトナム人と日本人のハーフだけあって、純粋な日本人よりも、胸も、お尻も、大きくて、魅力的だ…

 むしろ、カラダつきを見る限り、ロリコンどころか、成熟した大人のカラダをしている…

 私は、ベトナム人の女性を知らないが、この佐藤ナナに限っては、カラダが、成熟していた…

 明らかに、私よりも、上…

 プロポーションが、良い…

 裸になって、いっしょに、お風呂に入れば、すぐにわかる…

 確信できる…

 確かめることができる…

 私は、そう思った…

 が、

 そんな、佐藤ナナの態度を、明らかに、昭子は、不満そうだった…

 「…やはり、重方(しげかた)に、似ているわね…」

 ポツリと言った…

 憎々しげに、言った…

 不愉快そうに、言った…

 私は、その言葉を聞いて、今さらというか…

 やはりというか…

 あらためて、この佐藤ナナが、菊池重方(しげかた)の娘で、あることを、確信した…

 そして、菊池重方(しげかた)が、自分の娘である、佐藤ナナを、この昭子の養女とすることで、自分の身分の保証を得たことを、思い出した…

 おそらくは、それまでは、冬馬…

 菊池冬馬こそが、菊池重方(しげかた)の身分の保証だった…

 菊池重方(しげかた)は、昭子の実弟にも、かかわらず、昭子は、嫌っている…

 五井が、政治活動をするのに、消極的だからだ…

 否定的だからだ…

 それを、無視して、重方(しげかた)は、政治活動をした…

 が、

 にもかかわらず、重方(しげかた)は、五井から、追放されることもなかった…

 それは、昭子の弱みを握っていたから…

 おそらく、冬馬は、昭子の実の息子…

 諏訪野伸明の実弟…

 それを、重方(しげかた)は、実の息子として、面倒を見ていた…

 が、

 今、重方(しげかた)自身の娘である、佐藤ナナが、昭子の養女となり、その結果、五井南家が、五井本家側に立った…

 五井本家の力が、増したのだ…

 その結果、冬馬は、用無しになった…

 なぜなら、冬馬は、重方(しげかた)にとって、昭子からの大切な預かりモノだった…

 が、

 真逆に、重方(しげかた)は、自分の娘の佐藤ナナを、昭子の養女とした…

その結果、五井南家を、本家側につかせることに、成功した…

つまりは、佐藤ナナの存在が、大事になった…

代わりに、菊池冬馬の存在価値がなくなった…

嫌われ者の、菊池冬馬は、五井一族のお荷物だった…

が、

それでも、昭子は、切ることができない…

自分の息子だからだ…

だから、冬馬を、菊池重方(しげかた)共々、五井家から追放した後、冬馬だけ、戻れるように、菊池リンを使って、五井家に戻らせようとした…

菊池リンの夫として、だ…

おそらくは、菊池リンの祖母であり、昭子の一卵性双生児の妹でもある、和子の了承を取って、二人を結婚させる形で、五井家に復帰させようとしたのだ…

菊池重方(しげかた)は、五井東家当主だった…

その重方(しげかた)を、息子の冬馬共々、追放すれば、五井東家は、なくなる…

そして、昭子は、五井東家出身…

昭子の妹の和子も、当然、五井東家出身だ…

だから、孫の菊池リンを、五井東家当主に据えるのは、問題ない…

自分たちの実家だからだ…

そして、当主の菊池リンの夫として、冬馬を復帰させる…

ただし、あくまで、当主は、菊池リン…

だから、夫といっても、当主としての権限は与えない…

おそらく熟慮の上、決定したのだろう…

菊池冬馬は、五井一族の嫌われ者…

鼻つまみ者だ…

そんな冬馬を、昭子といえども、簡単に、復帰させることは、できなかったのだろう…

なにより、他の五井一族が、納得しない…

だから、熟慮を重ねた上で、冬馬を菊池リンと結婚させることで、五井一族に復帰させようとしたに違いない…

が、

菊池リンは、いきなり、伸明と結婚したいと、言い出した…

つまりは、伸明と結婚すれば、当たり前だが、冬馬と結婚は、できない…

それで、落胆した冬馬は、自殺した…

五井に復帰の目がなくなったからだ…

と、

私は、考えた…

そして、その考えが、誤りであることに、気付いた…

なぜなら、菊池リンが、伸明と、結婚したいと、言い出した陰には、祖母の和子の存在があるに違いないからだ…

そして、その和子の背後には、昭子がいる…

つまりは、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動いたに違いないからだ…

そして、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動くということは、同時に、それは、冬馬を見捨てることに、他ならない…

菊池リンが、冬馬と結婚しないことには、冬馬が、五井家に戻れる居場所がないからだ…

つまりは、昭子は、冬馬ではなく、伸明を取った…

伸明を選択した…

それを知った、冬馬が死んだというのが、冬馬の自殺の真相だろうと、あらためて、思った…

つまりは、昭子は、伸明を生かすべく、冬馬を見殺しにしたのだ…

逆にいえば、おそらく、それほど、昭子は、伸明が、この佐藤ナナと、結婚するのを、恐れていたともいえる…

あるいは、それほど、伸明が、この佐藤ナナに惹かれていたのかもしれない…

あるいは、伸明と結婚することで、重方(しげかた)が、本家に介入することを、恐れたのかもしれない…

重方(しげかた)の力が増すことを、恐れたのかもしれなかった…

私は、今さらながら、それを思った…

そして、そんな諸々のことを、考えながら、あらためて、佐藤ナナを見た…

すでに、言ったように、佐藤ナナは、十分魅力的な女だった…

おそらく、というより、絶対、裸になって、男の前に立てば、私より、魅力的…

間違いなく、魅力的だ…

この佐藤ナナには、純粋な日本人にはない魅力がある…

肌の色が、褐色だから、南国というか…

異国の情緒があり、それが、セクシーに繋がっている…

要するに、性的魅力があるのだ…

仮に、彼女以上に、ルックスが良く、スタイルも良くても、性的な魅力がない人間は、多い…

つまりは、そのひとの持っている雰囲気…

例えば、誰にでも、わかりやすい例でいえば、男でも、女でも、頼りがいがあったり、なかったりするとする…

そして、それは、頭の良しあしは、関係ない…

東大を出ていても、頼りがいがない人間は、頼りがいがない…

それと同じだ…

いくら、ルックスが良く、スタイルが良くても、色っぽくない女は、色っぽくない…

極端な話、裸になっても、色っぽくない…

それが、現実だ…

この佐藤ナナには、魅力がある…

たしかに、この佐藤ナナに、伸明が惹かれても、おかしくはないと、あらためて、思った…

そして、それは、昭子にとっては、容認できないことだったに違いない…

絶対に許せないことだったに違いない…

だから、伸明と、佐藤ナナの結婚をぶちこわすべく、菊池リンを、伸明と結婚させようとした…

それを、思った…

つまりは、それほど、この佐藤ナナを恐れたということだ…

と、ここまで、考えて、気付いた…

ひょっとして…

ひょっとして、昭子が、恐れたのは、ユリコではなく、この佐藤ナナではないかと、気付いた…

ユリコと、昭子は、似た者同士…

ある意味、二人とも、相手の手の内は、わかる…

想像できる…

が、

若い、この佐藤ナナは、違う…

なにを、考えているか、どう出るか、まったく、わからない…

そして、なにをするか、わからないほど、世の中、恐ろしいものはない…

自分が、想定した範囲を超えるからだ…

自分が、まったく、想定していないことを、始めるからだ…

その恐ろしさがある…

だから、もしかしたら、この場に、この佐藤ナナを呼んだのは、彼女を牽制するため…

なにをしでかすか、わからない彼女を牽制するためなのかもしれないと、訝った…

そして、威嚇…

この場にユリコを呼ぶことで、ユリコと昭子のやり取りを、目の当たりにさせることで、五井の力を、佐藤ナナに見せることができる…

五井の力=昭子の力を見せることができる…

そう、思った…

そう、思うと、内心、ため息が出た…

この席で、一番、安心できると思った佐藤ナナが、実は、一番、油断できない相手かもしれないと、気付いたからだ…

これでは、まったく、話にならない…

来るんじゃなかった…

今さらながら、思った…

昭子に誘われたからと、こんなにも、呆気なく、用心もせず、ノコノコと、やって来た、自分の愚かさを思った…

              
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