第91話
文字数 5,941文字
ユリコが、悔しげに、昭子を見た…
憎々しげに、まるで、今でも、掴みかからんばかりの形相で、見た…
それを、昭子は、楽しそうに見ていた…
勝負あった!
誰が、見ても、そう思った…
「…ユリコさん…」
と、昭子が、告げた…
「…そんな目で、見るのは、お止めなさい…」
穏やかに、警告した…
「…品がない…」
吐き捨てた…
事実、その通りだった…
4人が、集まるテーブルで、まるで、今にも掴みかからんばかりの形相で、相手を睨むのは、品がない…
が、
悠然と、それを口にできる昭子に、私は、生まれの良さを感じた…
また、度胸を感じた…
ふたつとも、とても、私には、真似のできないことだった…
ユリコは、昭子同様、度胸があるが、品がなかった…
所詮は、ユリコは、私同様、庶民…
平民だ…
昭子のような金持ちと、生まれが違う…
そして、生まれが違うと、ちょっとしたことで、その差が出る…
今回は、怒りというか…
怒ったときに、どういう態度を取るかで、生まれがわかる…
生まれが、良い人間ならば、今のユリコのように、誰にもわかりやすく、相手を睨む真似はしない…
それは、下品だからだ…
下品=恥ずかしい仕草だからだ…
だから、金持ちは、決して、そんな真似はしない…
そして、それが、生まれの差なんだと、私は、思った…
ユリコは、有能だが、庶民に過ぎないと、あらためて、思った…
所詮は、私と、同類の人間に過ぎないと、あらためて、思った…
すると、
「…すべて、お見通しって、わけ?…」
と、ユリコが、血相を変えて、昭子に聞いた…
昭子は、
「…」
と、無言だった…
黙って、ユリコの顔を見ていた…
「…自分の息子をコントロールできない女が偉そうに…」
ユリコが、嘲笑した…
すると、明らかに、昭子の顔が、変わった…
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…伸明さんが、アンタを切ろうとしている事実に気付かないなんて、おめでたい…」
ユリコが、勝ち誇ったように、言った…
が、
昭子は、動揺しなかった…
「…それが、一体、なんだと言うんですか?…」
真逆に、ユリコに、聞いた…
「…どうか、するのですか?…」
「…どうかするかって?…」
ユリコが、呆れた様子で、言った…
「…アンタ…バカ? …自分の息子が、自分を裏切ろうとしているのよ…それが、どうしたって? …一体なんて、言い草…」
呆れて、ものも言えない様子だった…
が、
昭子は、平気だった…
「…ユリコさん…」
と、ゆっくりと語りかけた…
「…なんですか?…」
「…子供が、親を超えるのは、喜ばしいこと…そうは、思いませんか?…」
昭子の物言いに、ユリコは、唖然とした様子だった…
「…親を超えるって? …だって、アンタの息子は、アンタを、五井家から、追放しようとしているのよ…」
…昭子を追放?…
…ウソォ?…
…驚いた…
…まさか、あの伸明が?…
…そこまで、するのか!…
…ホントなのか?…
考えた…
が、
発言の主は、ユリコだ…
どこまで、本当のことを、言っているのか、わからない…
ふと、思った…
わざと、大げさなことを、言って、昭子を動揺させようとしているかも、しれないからだ…
私が、そんなことを、思っていると、
「…私を追放するということは、五井家内で、私を超える力を持ったことになります…」
と、昭子が、ゆっくりと言った…
「…つまりは、伸明は、私を超えたこと…」
ユリコは、唖然として、昭子の顔を見た…
「…そして、私を超えなければ、五井の改革など、できません…私にも、夫の建造にも、できないことを、やろうとしているのです…私を追放するぐらいのことができなければ、改革など、できないでしょう…」
あっさりと、言った…
そんな昭子の言葉を聞いて、
「…ああ、そう…そういうこと…」
と、ユリコが、納得した…
「…たしかに、そう言われれば、わかる…」
と、ユリコが、納得した…
それから、
「…でも、それは、本心じゃないわね…」
と、付け加えた…
「…本心じゃない? …どういう意味ですか?…」
「…和子さん…アナタの妹の…アナタの分身が、身近にいる…」
「…」
「…この佐藤ナナさんが、伸明さんと、結婚したいと、言い出したら、慌てて、和子さんの孫の菊池リンさんに、伸明さんと結婚したいって、言わせたでしょ?…」
「…」
「…それが、アナタの本心…この佐藤さんを、どんなことをしても、伸明さんと、結婚させることはできない…だから…」
ユリコが、笑いながら、告げた…
私は、それを聞きながら、ユリコが、そこまで、知っている事実に、驚いた…
と、同時に、どこから、それを聞いたか、考えた…
…諏訪野伸明…
とっさに、思った…
このユリコと、伸明が、交流があるとしたら、誰あろう伸明自身から、それを聞いたと考えるのが、妥当…
つまり、伸明自身が、自分の周囲の人間が、どう動いているか、気付いている…
そして、それを、ユリコに伝えたに違いないからだ…
つまりは、ユリコと、伸明は、それほど、親しいということだろう…
私は、思った…
すると、隣の佐藤ナナが、
「…エーッ? …私が、伸明さんと結婚するのを、妨害するために、菊池さんに、伸明さんと、結婚しろと、けしかけたんですか? …ひどい…」
と、突然、言った…
これは、驚いた…
まさか、いきなり、佐藤ナナが、怒るとは、思わなかったからだ…
だが、
考えてみれば、当たり前だった…
この佐藤ナナと、伸明と結婚させたくないゆえに、対抗馬として、菊池リンを、伸明のお嫁さん候補として、推した…
この事実を知れば、佐藤ナナが、怒るのは、当たり前だった…
「…なんだか、哀しくなっちゃいました…」
佐藤ナナが、言った…
…さもありなん…
佐藤ナナの気持ちもわかる…
「…でも…」
と、佐藤ナナが、笑った…
「…でも…そんな妨害するなんて、もしかしたら、私に魅力があるのかな…」
言われてみれば、その通りだった…
魅力がない人間ならば、妨害はしない…
だから、むしろ、妨害は、光栄なことだった…
そして、ふと、伸明の女の好みを思った…
…ロリコン?…
とっさに、思った…
いや、
ロリコンといっては、失礼だが、すでに、伸明は、40代前半…
もう若くはない…
だから、ひょっとして、若い佐藤ナナに惹かれるのは、困ると思い、昭子が、配慮したのかもしれない…
佐藤ナナは、ベトナム人と日本人のハーフだけあって、純粋な日本人よりも、胸も、お尻も、大きくて、魅力的だ…
むしろ、カラダつきを見る限り、ロリコンどころか、成熟した大人のカラダをしている…
私は、ベトナム人の女性を知らないが、この佐藤ナナに限っては、カラダが、成熟していた…
明らかに、私よりも、上…
プロポーションが、良い…
裸になって、いっしょに、お風呂に入れば、すぐにわかる…
確信できる…
確かめることができる…
私は、そう思った…
が、
そんな、佐藤ナナの態度を、明らかに、昭子は、不満そうだった…
「…やはり、重方(しげかた)に、似ているわね…」
ポツリと言った…
憎々しげに、言った…
不愉快そうに、言った…
私は、その言葉を聞いて、今さらというか…
やはりというか…
あらためて、この佐藤ナナが、菊池重方(しげかた)の娘で、あることを、確信した…
そして、菊池重方(しげかた)が、自分の娘である、佐藤ナナを、この昭子の養女とすることで、自分の身分の保証を得たことを、思い出した…
おそらくは、それまでは、冬馬…
菊池冬馬こそが、菊池重方(しげかた)の身分の保証だった…
菊池重方(しげかた)は、昭子の実弟にも、かかわらず、昭子は、嫌っている…
五井が、政治活動をするのに、消極的だからだ…
否定的だからだ…
それを、無視して、重方(しげかた)は、政治活動をした…
が、
にもかかわらず、重方(しげかた)は、五井から、追放されることもなかった…
それは、昭子の弱みを握っていたから…
おそらく、冬馬は、昭子の実の息子…
諏訪野伸明の実弟…
それを、重方(しげかた)は、実の息子として、面倒を見ていた…
が、
今、重方(しげかた)自身の娘である、佐藤ナナが、昭子の養女となり、その結果、五井南家が、五井本家側に立った…
五井本家の力が、増したのだ…
その結果、冬馬は、用無しになった…
なぜなら、冬馬は、重方(しげかた)にとって、昭子からの大切な預かりモノだった…
が、
真逆に、重方(しげかた)は、自分の娘の佐藤ナナを、昭子の養女とした…
その結果、五井南家を、本家側につかせることに、成功した…
つまりは、佐藤ナナの存在が、大事になった…
代わりに、菊池冬馬の存在価値がなくなった…
嫌われ者の、菊池冬馬は、五井一族のお荷物だった…
が、
それでも、昭子は、切ることができない…
自分の息子だからだ…
だから、冬馬を、菊池重方(しげかた)共々、五井家から追放した後、冬馬だけ、戻れるように、菊池リンを使って、五井家に戻らせようとした…
菊池リンの夫として、だ…
おそらくは、菊池リンの祖母であり、昭子の一卵性双生児の妹でもある、和子の了承を取って、二人を結婚させる形で、五井家に復帰させようとしたのだ…
菊池重方(しげかた)は、五井東家当主だった…
その重方(しげかた)を、息子の冬馬共々、追放すれば、五井東家は、なくなる…
そして、昭子は、五井東家出身…
昭子の妹の和子も、当然、五井東家出身だ…
だから、孫の菊池リンを、五井東家当主に据えるのは、問題ない…
自分たちの実家だからだ…
そして、当主の菊池リンの夫として、冬馬を復帰させる…
ただし、あくまで、当主は、菊池リン…
だから、夫といっても、当主としての権限は与えない…
おそらく熟慮の上、決定したのだろう…
菊池冬馬は、五井一族の嫌われ者…
鼻つまみ者だ…
そんな冬馬を、昭子といえども、簡単に、復帰させることは、できなかったのだろう…
なにより、他の五井一族が、納得しない…
だから、熟慮を重ねた上で、冬馬を菊池リンと結婚させることで、五井一族に復帰させようとしたに違いない…
が、
菊池リンは、いきなり、伸明と結婚したいと、言い出した…
つまりは、伸明と結婚すれば、当たり前だが、冬馬と結婚は、できない…
それで、落胆した冬馬は、自殺した…
五井に復帰の目がなくなったからだ…
と、
私は、考えた…
そして、その考えが、誤りであることに、気付いた…
なぜなら、菊池リンが、伸明と、結婚したいと、言い出した陰には、祖母の和子の存在があるに違いないからだ…
そして、その和子の背後には、昭子がいる…
つまりは、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動いたに違いないからだ…
そして、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動くということは、同時に、それは、冬馬を見捨てることに、他ならない…
菊池リンが、冬馬と結婚しないことには、冬馬が、五井家に戻れる居場所がないからだ…
つまりは、昭子は、冬馬ではなく、伸明を取った…
伸明を選択した…
それを知った、冬馬が死んだというのが、冬馬の自殺の真相だろうと、あらためて、思った…
つまりは、昭子は、伸明を生かすべく、冬馬を見殺しにしたのだ…
逆にいえば、おそらく、それほど、昭子は、伸明が、この佐藤ナナと、結婚するのを、恐れていたともいえる…
あるいは、それほど、伸明が、この佐藤ナナに惹かれていたのかもしれない…
あるいは、伸明と結婚することで、重方(しげかた)が、本家に介入することを、恐れたのかもしれない…
重方(しげかた)の力が増すことを、恐れたのかもしれなかった…
私は、今さらながら、それを思った…
そして、そんな諸々のことを、考えながら、あらためて、佐藤ナナを見た…
すでに、言ったように、佐藤ナナは、十分魅力的な女だった…
おそらく、というより、絶対、裸になって、男の前に立てば、私より、魅力的…
間違いなく、魅力的だ…
この佐藤ナナには、純粋な日本人にはない魅力がある…
肌の色が、褐色だから、南国というか…
異国の情緒があり、それが、セクシーに繋がっている…
要するに、性的魅力があるのだ…
仮に、彼女以上に、ルックスが良く、スタイルも良くても、性的な魅力がない人間は、多い…
つまりは、そのひとの持っている雰囲気…
例えば、誰にでも、わかりやすい例でいえば、男でも、女でも、頼りがいがあったり、なかったりするとする…
そして、それは、頭の良しあしは、関係ない…
東大を出ていても、頼りがいがない人間は、頼りがいがない…
それと同じだ…
いくら、ルックスが良く、スタイルが良くても、色っぽくない女は、色っぽくない…
極端な話、裸になっても、色っぽくない…
それが、現実だ…
この佐藤ナナには、魅力がある…
たしかに、この佐藤ナナに、伸明が惹かれても、おかしくはないと、あらためて、思った…
そして、それは、昭子にとっては、容認できないことだったに違いない…
絶対に許せないことだったに違いない…
だから、伸明と、佐藤ナナの結婚をぶちこわすべく、菊池リンを、伸明と結婚させようとした…
それを、思った…
つまりは、それほど、この佐藤ナナを恐れたということだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
ひょっとして…
ひょっとして、昭子が、恐れたのは、ユリコではなく、この佐藤ナナではないかと、気付いた…
ユリコと、昭子は、似た者同士…
ある意味、二人とも、相手の手の内は、わかる…
想像できる…
が、
若い、この佐藤ナナは、違う…
なにを、考えているか、どう出るか、まったく、わからない…
そして、なにをするか、わからないほど、世の中、恐ろしいものはない…
自分が、想定した範囲を超えるからだ…
自分が、まったく、想定していないことを、始めるからだ…
その恐ろしさがある…
だから、もしかしたら、この場に、この佐藤ナナを呼んだのは、彼女を牽制するため…
なにをしでかすか、わからない彼女を牽制するためなのかもしれないと、訝った…
そして、威嚇…
この場にユリコを呼ぶことで、ユリコと昭子のやり取りを、目の当たりにさせることで、五井の力を、佐藤ナナに見せることができる…
五井の力=昭子の力を見せることができる…
そう、思った…
そう、思うと、内心、ため息が出た…
この席で、一番、安心できると思った佐藤ナナが、実は、一番、油断できない相手かもしれないと、気付いたからだ…
これでは、まったく、話にならない…
来るんじゃなかった…
今さらながら、思った…
昭子に誘われたからと、こんなにも、呆気なく、用心もせず、ノコノコと、やって来た、自分の愚かさを思った…
憎々しげに、まるで、今でも、掴みかからんばかりの形相で、見た…
それを、昭子は、楽しそうに見ていた…
勝負あった!
誰が、見ても、そう思った…
「…ユリコさん…」
と、昭子が、告げた…
「…そんな目で、見るのは、お止めなさい…」
穏やかに、警告した…
「…品がない…」
吐き捨てた…
事実、その通りだった…
4人が、集まるテーブルで、まるで、今にも掴みかからんばかりの形相で、相手を睨むのは、品がない…
が、
悠然と、それを口にできる昭子に、私は、生まれの良さを感じた…
また、度胸を感じた…
ふたつとも、とても、私には、真似のできないことだった…
ユリコは、昭子同様、度胸があるが、品がなかった…
所詮は、ユリコは、私同様、庶民…
平民だ…
昭子のような金持ちと、生まれが違う…
そして、生まれが違うと、ちょっとしたことで、その差が出る…
今回は、怒りというか…
怒ったときに、どういう態度を取るかで、生まれがわかる…
生まれが、良い人間ならば、今のユリコのように、誰にもわかりやすく、相手を睨む真似はしない…
それは、下品だからだ…
下品=恥ずかしい仕草だからだ…
だから、金持ちは、決して、そんな真似はしない…
そして、それが、生まれの差なんだと、私は、思った…
ユリコは、有能だが、庶民に過ぎないと、あらためて、思った…
所詮は、私と、同類の人間に過ぎないと、あらためて、思った…
すると、
「…すべて、お見通しって、わけ?…」
と、ユリコが、血相を変えて、昭子に聞いた…
昭子は、
「…」
と、無言だった…
黙って、ユリコの顔を見ていた…
「…自分の息子をコントロールできない女が偉そうに…」
ユリコが、嘲笑した…
すると、明らかに、昭子の顔が、変わった…
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…伸明さんが、アンタを切ろうとしている事実に気付かないなんて、おめでたい…」
ユリコが、勝ち誇ったように、言った…
が、
昭子は、動揺しなかった…
「…それが、一体、なんだと言うんですか?…」
真逆に、ユリコに、聞いた…
「…どうか、するのですか?…」
「…どうかするかって?…」
ユリコが、呆れた様子で、言った…
「…アンタ…バカ? …自分の息子が、自分を裏切ろうとしているのよ…それが、どうしたって? …一体なんて、言い草…」
呆れて、ものも言えない様子だった…
が、
昭子は、平気だった…
「…ユリコさん…」
と、ゆっくりと語りかけた…
「…なんですか?…」
「…子供が、親を超えるのは、喜ばしいこと…そうは、思いませんか?…」
昭子の物言いに、ユリコは、唖然とした様子だった…
「…親を超えるって? …だって、アンタの息子は、アンタを、五井家から、追放しようとしているのよ…」
…昭子を追放?…
…ウソォ?…
…驚いた…
…まさか、あの伸明が?…
…そこまで、するのか!…
…ホントなのか?…
考えた…
が、
発言の主は、ユリコだ…
どこまで、本当のことを、言っているのか、わからない…
ふと、思った…
わざと、大げさなことを、言って、昭子を動揺させようとしているかも、しれないからだ…
私が、そんなことを、思っていると、
「…私を追放するということは、五井家内で、私を超える力を持ったことになります…」
と、昭子が、ゆっくりと言った…
「…つまりは、伸明は、私を超えたこと…」
ユリコは、唖然として、昭子の顔を見た…
「…そして、私を超えなければ、五井の改革など、できません…私にも、夫の建造にも、できないことを、やろうとしているのです…私を追放するぐらいのことができなければ、改革など、できないでしょう…」
あっさりと、言った…
そんな昭子の言葉を聞いて、
「…ああ、そう…そういうこと…」
と、ユリコが、納得した…
「…たしかに、そう言われれば、わかる…」
と、ユリコが、納得した…
それから、
「…でも、それは、本心じゃないわね…」
と、付け加えた…
「…本心じゃない? …どういう意味ですか?…」
「…和子さん…アナタの妹の…アナタの分身が、身近にいる…」
「…」
「…この佐藤ナナさんが、伸明さんと、結婚したいと、言い出したら、慌てて、和子さんの孫の菊池リンさんに、伸明さんと結婚したいって、言わせたでしょ?…」
「…」
「…それが、アナタの本心…この佐藤さんを、どんなことをしても、伸明さんと、結婚させることはできない…だから…」
ユリコが、笑いながら、告げた…
私は、それを聞きながら、ユリコが、そこまで、知っている事実に、驚いた…
と、同時に、どこから、それを聞いたか、考えた…
…諏訪野伸明…
とっさに、思った…
このユリコと、伸明が、交流があるとしたら、誰あろう伸明自身から、それを聞いたと考えるのが、妥当…
つまり、伸明自身が、自分の周囲の人間が、どう動いているか、気付いている…
そして、それを、ユリコに伝えたに違いないからだ…
つまりは、ユリコと、伸明は、それほど、親しいということだろう…
私は、思った…
すると、隣の佐藤ナナが、
「…エーッ? …私が、伸明さんと結婚するのを、妨害するために、菊池さんに、伸明さんと、結婚しろと、けしかけたんですか? …ひどい…」
と、突然、言った…
これは、驚いた…
まさか、いきなり、佐藤ナナが、怒るとは、思わなかったからだ…
だが、
考えてみれば、当たり前だった…
この佐藤ナナと、伸明と結婚させたくないゆえに、対抗馬として、菊池リンを、伸明のお嫁さん候補として、推した…
この事実を知れば、佐藤ナナが、怒るのは、当たり前だった…
「…なんだか、哀しくなっちゃいました…」
佐藤ナナが、言った…
…さもありなん…
佐藤ナナの気持ちもわかる…
「…でも…」
と、佐藤ナナが、笑った…
「…でも…そんな妨害するなんて、もしかしたら、私に魅力があるのかな…」
言われてみれば、その通りだった…
魅力がない人間ならば、妨害はしない…
だから、むしろ、妨害は、光栄なことだった…
そして、ふと、伸明の女の好みを思った…
…ロリコン?…
とっさに、思った…
いや、
ロリコンといっては、失礼だが、すでに、伸明は、40代前半…
もう若くはない…
だから、ひょっとして、若い佐藤ナナに惹かれるのは、困ると思い、昭子が、配慮したのかもしれない…
佐藤ナナは、ベトナム人と日本人のハーフだけあって、純粋な日本人よりも、胸も、お尻も、大きくて、魅力的だ…
むしろ、カラダつきを見る限り、ロリコンどころか、成熟した大人のカラダをしている…
私は、ベトナム人の女性を知らないが、この佐藤ナナに限っては、カラダが、成熟していた…
明らかに、私よりも、上…
プロポーションが、良い…
裸になって、いっしょに、お風呂に入れば、すぐにわかる…
確信できる…
確かめることができる…
私は、そう思った…
が、
そんな、佐藤ナナの態度を、明らかに、昭子は、不満そうだった…
「…やはり、重方(しげかた)に、似ているわね…」
ポツリと言った…
憎々しげに、言った…
不愉快そうに、言った…
私は、その言葉を聞いて、今さらというか…
やはりというか…
あらためて、この佐藤ナナが、菊池重方(しげかた)の娘で、あることを、確信した…
そして、菊池重方(しげかた)が、自分の娘である、佐藤ナナを、この昭子の養女とすることで、自分の身分の保証を得たことを、思い出した…
おそらくは、それまでは、冬馬…
菊池冬馬こそが、菊池重方(しげかた)の身分の保証だった…
菊池重方(しげかた)は、昭子の実弟にも、かかわらず、昭子は、嫌っている…
五井が、政治活動をするのに、消極的だからだ…
否定的だからだ…
それを、無視して、重方(しげかた)は、政治活動をした…
が、
にもかかわらず、重方(しげかた)は、五井から、追放されることもなかった…
それは、昭子の弱みを握っていたから…
おそらく、冬馬は、昭子の実の息子…
諏訪野伸明の実弟…
それを、重方(しげかた)は、実の息子として、面倒を見ていた…
が、
今、重方(しげかた)自身の娘である、佐藤ナナが、昭子の養女となり、その結果、五井南家が、五井本家側に立った…
五井本家の力が、増したのだ…
その結果、冬馬は、用無しになった…
なぜなら、冬馬は、重方(しげかた)にとって、昭子からの大切な預かりモノだった…
が、
真逆に、重方(しげかた)は、自分の娘の佐藤ナナを、昭子の養女とした…
その結果、五井南家を、本家側につかせることに、成功した…
つまりは、佐藤ナナの存在が、大事になった…
代わりに、菊池冬馬の存在価値がなくなった…
嫌われ者の、菊池冬馬は、五井一族のお荷物だった…
が、
それでも、昭子は、切ることができない…
自分の息子だからだ…
だから、冬馬を、菊池重方(しげかた)共々、五井家から追放した後、冬馬だけ、戻れるように、菊池リンを使って、五井家に戻らせようとした…
菊池リンの夫として、だ…
おそらくは、菊池リンの祖母であり、昭子の一卵性双生児の妹でもある、和子の了承を取って、二人を結婚させる形で、五井家に復帰させようとしたのだ…
菊池重方(しげかた)は、五井東家当主だった…
その重方(しげかた)を、息子の冬馬共々、追放すれば、五井東家は、なくなる…
そして、昭子は、五井東家出身…
昭子の妹の和子も、当然、五井東家出身だ…
だから、孫の菊池リンを、五井東家当主に据えるのは、問題ない…
自分たちの実家だからだ…
そして、当主の菊池リンの夫として、冬馬を復帰させる…
ただし、あくまで、当主は、菊池リン…
だから、夫といっても、当主としての権限は与えない…
おそらく熟慮の上、決定したのだろう…
菊池冬馬は、五井一族の嫌われ者…
鼻つまみ者だ…
そんな冬馬を、昭子といえども、簡単に、復帰させることは、できなかったのだろう…
なにより、他の五井一族が、納得しない…
だから、熟慮を重ねた上で、冬馬を菊池リンと結婚させることで、五井一族に復帰させようとしたに違いない…
が、
菊池リンは、いきなり、伸明と結婚したいと、言い出した…
つまりは、伸明と結婚すれば、当たり前だが、冬馬と結婚は、できない…
それで、落胆した冬馬は、自殺した…
五井に復帰の目がなくなったからだ…
と、
私は、考えた…
そして、その考えが、誤りであることに、気付いた…
なぜなら、菊池リンが、伸明と、結婚したいと、言い出した陰には、祖母の和子の存在があるに違いないからだ…
そして、その和子の背後には、昭子がいる…
つまりは、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動いたに違いないからだ…
そして、昭子が、菊池リンに、伸明と結婚させるべく、動くということは、同時に、それは、冬馬を見捨てることに、他ならない…
菊池リンが、冬馬と結婚しないことには、冬馬が、五井家に戻れる居場所がないからだ…
つまりは、昭子は、冬馬ではなく、伸明を取った…
伸明を選択した…
それを知った、冬馬が死んだというのが、冬馬の自殺の真相だろうと、あらためて、思った…
つまりは、昭子は、伸明を生かすべく、冬馬を見殺しにしたのだ…
逆にいえば、おそらく、それほど、昭子は、伸明が、この佐藤ナナと、結婚するのを、恐れていたともいえる…
あるいは、それほど、伸明が、この佐藤ナナに惹かれていたのかもしれない…
あるいは、伸明と結婚することで、重方(しげかた)が、本家に介入することを、恐れたのかもしれない…
重方(しげかた)の力が増すことを、恐れたのかもしれなかった…
私は、今さらながら、それを思った…
そして、そんな諸々のことを、考えながら、あらためて、佐藤ナナを見た…
すでに、言ったように、佐藤ナナは、十分魅力的な女だった…
おそらく、というより、絶対、裸になって、男の前に立てば、私より、魅力的…
間違いなく、魅力的だ…
この佐藤ナナには、純粋な日本人にはない魅力がある…
肌の色が、褐色だから、南国というか…
異国の情緒があり、それが、セクシーに繋がっている…
要するに、性的魅力があるのだ…
仮に、彼女以上に、ルックスが良く、スタイルも良くても、性的な魅力がない人間は、多い…
つまりは、そのひとの持っている雰囲気…
例えば、誰にでも、わかりやすい例でいえば、男でも、女でも、頼りがいがあったり、なかったりするとする…
そして、それは、頭の良しあしは、関係ない…
東大を出ていても、頼りがいがない人間は、頼りがいがない…
それと同じだ…
いくら、ルックスが良く、スタイルが良くても、色っぽくない女は、色っぽくない…
極端な話、裸になっても、色っぽくない…
それが、現実だ…
この佐藤ナナには、魅力がある…
たしかに、この佐藤ナナに、伸明が惹かれても、おかしくはないと、あらためて、思った…
そして、それは、昭子にとっては、容認できないことだったに違いない…
絶対に許せないことだったに違いない…
だから、伸明と、佐藤ナナの結婚をぶちこわすべく、菊池リンを、伸明と結婚させようとした…
それを、思った…
つまりは、それほど、この佐藤ナナを恐れたということだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
ひょっとして…
ひょっとして、昭子が、恐れたのは、ユリコではなく、この佐藤ナナではないかと、気付いた…
ユリコと、昭子は、似た者同士…
ある意味、二人とも、相手の手の内は、わかる…
想像できる…
が、
若い、この佐藤ナナは、違う…
なにを、考えているか、どう出るか、まったく、わからない…
そして、なにをするか、わからないほど、世の中、恐ろしいものはない…
自分が、想定した範囲を超えるからだ…
自分が、まったく、想定していないことを、始めるからだ…
その恐ろしさがある…
だから、もしかしたら、この場に、この佐藤ナナを呼んだのは、彼女を牽制するため…
なにをしでかすか、わからない彼女を牽制するためなのかもしれないと、訝った…
そして、威嚇…
この場にユリコを呼ぶことで、ユリコと昭子のやり取りを、目の当たりにさせることで、五井の力を、佐藤ナナに見せることができる…
五井の力=昭子の力を見せることができる…
そう、思った…
そう、思うと、内心、ため息が出た…
この席で、一番、安心できると思った佐藤ナナが、実は、一番、油断できない相手かもしれないと、気付いたからだ…
これでは、まったく、話にならない…
来るんじゃなかった…
今さらながら、思った…
昭子に誘われたからと、こんなにも、呆気なく、用心もせず、ノコノコと、やって来た、自分の愚かさを思った…