第60話
文字数 8,331文字
恋かもしれない…
違うかもしれない…
私は、藤原ナオキが、手配した、帰りの社用車の中で、考えた…
諏訪野伸明のことを、考えた…
諏訪野伸明に、本当に、私が、恋をしているのか、考えた…
そして、正直に、言って、それは、よくわからなかった(苦笑)…
すでに32歳になり、それまで、恋をしてきたか、どうか、考えたが、これも、よくわからなかった(苦笑)…
高校時代に、藤原ナオキと、男女の関係になり、この年齢まで、ズルズルときた…
その間にも、ナオキ以外の男とも、寝たことがないとも、言えない(笑)…
ただ、それが、恋かどうか、言われても、正直、よくわからない…
自分でも、よくわからない…
それが、ウソ偽りのない本音だった…
藤原ナオキは、諏訪野伸明同様の、長身のイケメンだったが、率直に言って、ナオキに、ドキドキした経験はない…
高校時代の小娘の時期ですら、そうだった…
なぜなら、ナオキは、イケメンだったが、その中身は、オタクだった…
コンピュータオタクだった…
だから、ナオキから、オスの匂いが感じなかった…
それが、大きい…
いかに、イケメンといえでも、オスの匂いを発するか、否かは、大きい…
だが、だからこそ、安心した…
ハッキリ言えば、男女をあまり意識せずに、男女の関係になれた…
それが、大きい…
どうしても、男女の関係を意識してしまうと、うまくいかない…
これは、誰でも、同じだろう…
変に、意識してしまうことで、かえって、逆効果になりかねない…
好きな異性の前では、まるで、ロボットのように、ギクシャクした動きを見せたりして、コメディーというか、お笑いになってしまう人間を目の当たりにしたこともある…
もっと、肩の力を抜いて、自然に振る舞えばいい…
思わず、そんな助言を与えたいと思うほど、滑稽な姿を間近に見たことがある…
だが、
幸か不幸か、私には、そんな経験はない…
皆無…
一度もない…
基本的に、他人に憧れない、冷たい人間なのかなと、自分自身を振り返っても、思う…
考える…
素敵な異性を見ても、ドキドキすることがないから、自然体でいられる…
だから、男女の関係になれる…
変に、相手を意識しないからだ…
相手を意識すれば、するほど、冷静でいられない…
普段の自分でいられない…
だから、普通になれない…
相手を意識するあまり、変に怒鳴ったり、真逆にいいところを見せようとして、普段と違う行動を取る…
冷静でいられないためだ…
だが、
私には、それがなかった…
見るからに、イケメンの男と出会っても、なにも起きない…
心の中に、さざ波も起きない…
心が揺れ、さざ波どころか、大波が起こって、動揺して、パニックになり、恋に落ちる…
それこそが、恋の醍醐味だと思う…
しかし、それがないのだ…
以前も言ったことがあるが、だから、自分は、自分にしか、興味がない、究極の自分勝手…
自分一番の人間かもしれない…
自分が、一番だから、他人に関心がない…
だから、恋に落ちない…
心が動くことがないからだ…
私が、諏訪野伸明に初めて会ったときも、同じ…
お金持ちの、礼儀正しい長身のイケメンと思ったが、それだけだった…
亡き、五井家当主、建造の葬式に私とナオキが、二人して、出向いたので、後日、そのお礼にやって来た…
そのとき、初めて会った…
そのときに、イケメンと思ったが、心が動くことはなかった…
恋に落ちることはなかった…
だから、その後、いきなり、私の住むマンションの近くに来たと言って、深夜、呼び出され、伸明の運転するクルマに乗り、建造の墓の前で、キスをした…
これは、正直に言って、自分でも、わけのわからない展開だった(笑)…
自分が、どうして、建造の墓の前で、伸明とキスをしなければならないのか?
冷静に考えれば、答えに詰まる(笑)…
しかも、その時間は、夜…
深夜といってもいい、真夜中だった…
一体、どこの世界に、深夜に、自分の父親の墓の前で、キスをする男がいるのか?
しかし、今、冷静になって考えれば、それこそが、伸明の闇だったのかもしれない…
常識外れと言うか…
突拍子もないことをする…
それこそは、伸明の抱える心の闇だったのだろう…
そして、私は、それに寄り添った…
私自身が、また、死んだ従妹の寿綾乃を名乗る、心の闇を抱えた女だったからだ…
いわば、同病相憐れむ…
仲間意識…
それに、近かったのかもしれない…
だから、お互いの心が同調して、キスをした…
あれが、墓の前でなければ、あの後、間違いなく、ホテルに直行して、セックスをしただろう(笑)…
それは、今となっては、確信できる…
が、
あのときは、そんな気持ちは皆無だった…
なにもなかった…
が、
それを今思えば、幸か不幸か、わからない…
キス止まりで、よかったのかもしれないし、セックスをした方が、よかったのかもしれない…
それは、わからない…
答えが出ない…
キスしか、しないことで、いずれ、セックスをする目的が生まれたと思えば、伸明と縁が出来たことになる…
少なくとも、伸明とセックスするまでは、関係が続くからだ…
が、
真逆に、セックスが到達点とすれば、それで、終わり…
電車で、いえば、最終駅に着いたのと、同じ…
その先は、ない…
後は、オサラバするだけだ(笑)…
だから、セックスはせず、キス止まりで、よかったのかもしれないし、あるいは、真逆に、セックスをして、互いに、一つになれた…
わかりあえたと、思ったのかもしれない…
正直、どっちなのか、わからない…
伸明に聞いても、わからないに違いない…
答えは出ないに違いない…
もし、伸明が、金に飽かせて、あっちの女、こっちの女と、手を出し続けていれば、私とセックスをすれば、終了…
ゲームオーバーとなるだろうが、伸明は、そんな人間には、見えなかった…
だからこそ、私も信頼できると思った…
また、社長である藤原ナオキが、伸明を信頼していることも大きかった…
誰でもそうだが、自分が信頼する人間が、信頼できるといえば、その人間は、信頼できると、思える…
そういうことだ…
私は、思った…
私は、そんなことを、考えながら、FK興産の社用車に乗り、家路についた…
そして、自分の住むマンションに、戻った…
自宅に戻ると、思いのほか、自分が、疲れていることに、気付いた…
カラダから、微熱が出て、体調が悪い…
やはり、家を出て、冬馬の見舞いに、行ったのが、まずかったのかもしれない…
私自身が、まだ、五井記念病院を退院して、まもない…
自宅に、戻ったと言っても、本当は、私自身が、誰かに、見舞いに来てもらうようなカラダなのかもしれなかった…
それが、今日は、真逆に、わざわざ、会社の社用車に乗って、五井記念病院にまで、出向いた…
その結果、体調が、悪化した…
そういうことだろう…
疲れて、仕方がなかった…
脱力感というか…
カラダに力が入らなかった…
それまで、平気だったのは、気が張っていたからだ…
当たり前だが、用意された社用車に乗り、五井記念病院に行く…
そうなれば、家で、ゴロゴロしているのとは、わけが違う…
しっかりしなければ、と、無意識のうちに、気が張るというか…
それが、冬馬の見舞いも終わり、社用車からも、降りた…
すると、自分でも、ビックリするほど、疲れた…
まるで、それまでの疲れが、たとえて言えば、ダムが崩壊でもして、ダムに蓄えた水が一気に流れ込むように、疲れが、ドッと、押し寄せて来た…
自分でも、ビックリするほどだった…
やはり、まだ、他人の見舞いに行くなんて、早すぎた…
あらためて、そう思わずには、いられなかった…
私は、疲労感にさいなまれながら、なんとか、自宅に戻った…
率直に言って、自宅まで、無事、辿り着けたのが、奇跡だった…
自宅のマンション前まで、社用車に送ってもらったのだから、歩くのは、ごくわずかの距離だった…
にもかかわらず、まるで、マラソンにでも、参加したような、気分だった…
まさに、艱難辛苦だった…
私は、自宅に、戻ると、そのまま、ベッドの上に倒れた…
どこか、近くで、なにやら、物音がしている…
その物音で、目が覚めた…
気が付くと、辺りは、すでに、暗かった…
すでに、夜になっているのが、わかった…
私は、なんとか、起き上がってみた…
やはりと、いうか、疲労感というか、けだるさが、ある…
家に戻って来たときに、比べれば、はるかにささいなものだったが、倦怠感は、残っていた…
そして、物音のする方向…
光のある方へ、ゆっくりと、歩いて行った…
そこには、やはりというか、ナオキ…
藤原ナオキの姿があった…
ダイニングで、ひとり、ノートパソコンを広げて、なにか、していた…
私が、近くに来ても、気付かないほど、没頭していた…
私は、わざと、
「…ナオキ…随分、仕事熱心ね…」
と、声をかけた…
ナオキは、ビックリして、私を振り返ってみた…
「…綾乃さん、目が覚めたの?…」
「…相変わらず、仕事熱心…自宅にまで、仕事を持ち込んで…まさに、仕事人間の鏡ね…」
「…いまどき、絶滅寸前のアナクロ人間さ…まさに、昭和の遺物…」
と、ナオキは、自分自身を笑った…
「…いえ、そんなことはない…」
私は、言った…
「…自宅に仕事を持ち込んで、家族のために、仕事をする…立派なお父さんよ…」
私が、褒めると、ナオキは、照れ隠しか、
「…ホントは、今、エッチな動画を見ていたのかもしれないよ…」
と、言った…
「…エッチな動画って?…」
「…若い男女がくんずほぐれつ、裸で、じゃれあってる動画さ…」
「…それって、きっと、男女が、裸で、プロレスごっこをしているのよ…きっとAVの企画ものでしょ?…」
「…AVの企画ものって、まさか、綾乃さんの口から、そんな言葉を聞くとは、思わなかった…」
「…事実は小説より奇なり…」
私が、わざと、笑って言った…
すると、ナオキは、笑って、ノートパソコンを、閉じた…
仕事を止めたわけだ…
「…綾乃さん、調子は、どう? …少しは、良くなった?…」
「…ええ…」
短く答えた…
正直、しゃべるのも、まだ疲れる…
「…今日の昼間、綾乃さんを、五井記念病院に送迎した社用車の運転手から、綾乃さんが、戻ったときに、すごく疲れているようだと、報告を受けてね…それで、仕事が、終わって、この家に戻って来ると、綾乃さんが、外出した姿のまま、着替えもしないで、ベッドの上で、寝ているのを見て…心配になった…」
「…そう…」
短く、答えた…
「…正直、綾乃さん…外出はまだ早かったんじゃないかな?…」
「…私もそう思う…」
即答した…
「…綾乃さん…病院に入院見舞いに行った人間が、戻ってきて、家で、倒れちゃ、お笑いだよ…」
「…」
「…まだ、綾乃さんには、外出は、早すぎた…」
「…」
「…家で、おとなしくしていることだ…」
ナオキの言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
反論できなかった…
「…諏訪野マミさんにも、さっき電話をかけて、今後、当面、綾乃さんを外出に誘わないように、お願いした…」
仰天の言葉だった…
藤原ナオキは、諏訪野マミが、苦手…
その苦手なマミに、ナオキが、わざわざ、自分から、連絡を取って、頼むとは、思わなかった…
まさに、
…まさか?…
だった…
私は、それを聞いて、
「…ありがとう…ナオキ…そんなに私のことを心配してくれて…」
と、言いたかったが、口から出たのは、
「…ナオキ…まるで、アナタ…私の保護者ね…歳の離れたお兄さんみたい…」
という言葉だった…
天の邪鬼な私は、素直に、ナオキに感謝の言葉を言うことができなかった…
「…保護者で結構…年下のじゃじゃ馬の妹をみるのは、いかに大変か…憎まれ者にならなきゃ、いうことを聞いてくれない…」
ナオキが、ぼやく。
が、
そんなことを、言いながらも、
「…マミさんが、病院を退院したばかりの、綾乃さんを、無理やり、見舞いに誘ったんだから、なにか、マミさんの狙いがあったんだろ?…」
と、真顔で、問いかけた…
私は、驚いた…
まさか、諏訪野マミの狙いに、ナオキが、気付いているとは、思わなかったからだ…
「…ナオキ…アナタ、気付いていたの?…」
「…なんとなく、ね…」
「…なんとなくって、どういうこと?…」
「…綾乃さんは、この前、五井記念病院を退院したばかり…だから、まだ、カラダが、完璧じゃない…そんな綾乃さんを、見舞いに誘うわけだから、なにか、裏があると思って…」
「…そう…」
「…マミさんもバカじゃない…そんなカラダの綾乃さんを誘うわけだから、なにか、綾乃さんのためになることをしたわけだろ?…」
私は、ナオキの質問に、
「…」
と、答えなかった…
どう返答していいか、わからなかったからだ…
「…どうしたの? …綾乃さん…黙って?…」
「…言っていいものか、どうか…」
「…話したければ、話せばいいし、話したくなければ、話さなければ、いい…」
ナオキが、即答した…
「…話したくないことを、無理やり、聞こうとは、思わないよ…」
その一言で、真逆に、話すことを決めた…
「…伸明さんのことよ…」
「…諏訪野さんのこと?…」
「…今日、見舞いに行った、冬馬…菊池冬馬が、なぜ、伸明さんが、私を選んだのか、言ったの?…」
「…なんて、言ったの?…」
「…母親の昭子さんに対する反抗だって…」
「…反抗?…」
「…伸明さんは、ホントは、五井家当主になりたくなかった…亡くなった先代当主の建造さんとは、血が繋がってない…それを知ってるから、余計に、嫌だったらしい…」
「…」
「…でも、結果的に当主になった…その結果、五井家内での反発が大きく、それで、母親の昭子さんを恨むようになって…」
「…なるほど…」
ナオキが、頷いた…
「…でも、たぶん、それだけじゃないよ…」
「…どういう意味?…」
「…諏訪野さんは、綾乃さんを好きだからだよ…」
「…」
「…好きでなければ、誰もが、結婚詐欺師でもない限り、結婚したいなんて、言わないよ…」
「…」
「…まして、綾乃さんは、諏訪野さんの母親にも会ったんだろ?…」
「…ええ…」
「…世間に名の知れた五井家の人間が、母親にも、綾乃さんを紹介した…結婚する気でなければ、いかに、母親に反抗しようが、紹介はしないよ…」
「…」
「…諏訪野さんも、母親に反発することで、自分の人生を台無しには、しないだろ?…」
「…」
「…仮に、諏訪野さんが、別の女性と結婚するかもしれないとしたら、それは、諏訪野さんが、迷ってる証(あかし)だよ…」
「…迷ってる証(あかし)?…」
「…どっちも、甲乙つけがたい…だから、迷う…」
「…」
「…AさんとBさんを比べて、どっちも、優れていれば、どっちを選ぶかなんて、普通は、わからない…」
「…どういう意味?…」
「…クルマに例えれば、ロールスロイスと、フェラーリが、どっちがいいクルマか比べるようなものだ…」
私は、ナオキの言葉に、ピンときた…
「…マミさん…諏訪野マミさんから、聞いたのね…」
「…ご名答…」
「…そういうこと…」
私は、一気にトーンダウンした…
マミが、なにを言ったか、わからないが、想像はつく…
おそらく、菊池リンや、佐藤ナナのことを、言ったに違いないからだ…
「…綾乃さん…」
「…なに?…」
「…AさんとBさんを比べて、どっちがいい女かなんて、すぐに答えが出ることは、稀だよ…」
「…どういう意味?…」
「…綾乃さんも知ってるように、ボクは、女好きだ…」
「…」
「…その女好きなボクが夢中になる女は、どれも美人…AさんとBさんを比べて、どっちが、美人と言われても、答えが出ない…一日中、考えても、答えが出ない(笑)…」
「…」
「…つまり、そういうことさ…」
「…」
「…なにが、言いたいかといえば、諏訪野さんが、母親に反抗して、結婚相手を変えたとしたら、それは、諏訪野さんにとっても、甲乙つけがたいんじゃないかな?…」
「…どういう意味?…」
「…どっちもいいから、答えが出ない…だから、諏訪野さんが、母親に反発して、別の女と結婚したいと言う…」
「…」
「…母親がAさんにしなさいと言えば、Bさんにする…真逆に、母親が、Bさんにしなさいと言えば、Aさんにする…どっちを選んでも、変わらないからだ…」
…うまいことを言う…
私は、思った…
たしかに、ナオキの言う通り…
いかに、母親の昭子さんに反発するとしても、自分が嫌いな女と結婚するはずがない…
結婚するのは、自分…
自分の人生だ…
だから、伴侶選びには、慎重になる…
そして、わざと、母親に反発して、結婚相手を、変えたとしたら、それは、伸明にとって、どっちでも、同じだからだろう…
だから、Aさんを、選べと言われば、Bさんを選び、Bさんを選べと、言われれば、Aさんを選ぶ…
どっちを選んでも、同じだからだ…
そう言われれば、わかる…
そう言われれば、納得する…
気が付けば、
「…ナオキ…アナタ…頭がいいわ…」
という言葉が、口を突いて、出た…
「…当り前さ…ボクは、FK興産社長で、テレビのキャスターもやっている…いかに、ひとを納得させるか、それが仕事さ…」
随分、わかったような、わからないような言葉だった…
だから、わざと、
「…いかに、自分を大きく見せるかの、間違いなんじゃないの?…」
と、言った…
「…どういう意味?…」
「…知り合ったばかりの女をいかに口説くか、日夜、頭を悩ませている…少しでも、自分を大きく見せて、モノにしようと、悩んでいる…」
私の言葉に、ナオキは、口をポカンとした…
それから、
「…綾乃さんには、叶わない…」
と、頭を掻いた…
「…すべて、お見通しというわけだ…」
「…当たり前よ…一体何年いっしょにいると思っているの…」
私がいつのまにか、話をすり替えたにも、関わらず、あえて、なにも言わず、話を合わせた…
「…でも、そんな綾乃さんだから、諏訪野さんも好きになったと思うよ…」
「…どうして?…」
「…女好きな藤原ナオキと、関係があった…だったら、自分と結婚しても、自分が、他の女と不倫しても、OKだと思ったのかも…」
またも、話を変えた…
わざと核心に触れないで、笑いに変えようとしている…
そして、それが、ナオキの優しさだと、気付いた…
おそらく、私が、今、心底疲れているのに、気付いてるからだ…
これ以上、真剣な話を続けさせたくないからだろう…
そう気付くと、
「…女好きな藤原ナオキ…アナタから見て、私は、どうなの?…」
「…佐々木希さんには、劣る…」
ナオキが、即答した…
「…佐々木さんの方が、長身で、カッコイイ…」
その通りだった…
が、
わざと、佐々木希の名をここで出すことで、笑いに変えようとしている意図に、気付いた…
今の日本中の女の誰もが、佐々木希と比べて、自分の方が、勝っていると、思う女は、いない…
だから、
「…ナオキ…アナタ、ズルい…」
と、言った…
「…なにが、ズルいの?…」
「…佐々木希の名前を出されちゃ、誰も勝てない…」
「…当り前さ…ボクは、元々、ズルい男さ…ズルいから、あっちの女、こっちの女と、女の間を渡り歩いているのさ…」
「…女に金づるにされて…」
私が、言うと、ナオキが、
「…それを言っちゃ、おしまいだよ…」
と、吹き出した…
「…藤原ナオキは、二枚目のテレビのキャスター…常に、その姿を演じ続けなければならない…」
ナオキが、真顔で言う…
「…どうして、演じ続けなければ、ならないの?…」
「…テレビの向こう側のボクのファンが悲しむからね…」
「…ナオキにファンなんているの?…」
「…ほら、ここにいる…ボクの目の前に…」
「…それって、もしかして、私?…」
「…そう…寿綾乃…」
「…まあ、勘違いも甚だしいわ…私が、社長を好きなのは、お金をくれるから…私は、お金をくれる男が好きなの?…」
「…だったら、もっと、お金をあげて、もっと、ボクを好きになってもらおう…」
ナオキが笑わせる…
心もカラダも疲れた私だったが、なんだか、ナオキと、こんな馬鹿話をしたことで、安らぐ気がした…
そして、今の私には、こんな時間が、なにより、貴重だった…
それを、心の底から、実感した夜だった…
違うかもしれない…
私は、藤原ナオキが、手配した、帰りの社用車の中で、考えた…
諏訪野伸明のことを、考えた…
諏訪野伸明に、本当に、私が、恋をしているのか、考えた…
そして、正直に、言って、それは、よくわからなかった(苦笑)…
すでに32歳になり、それまで、恋をしてきたか、どうか、考えたが、これも、よくわからなかった(苦笑)…
高校時代に、藤原ナオキと、男女の関係になり、この年齢まで、ズルズルときた…
その間にも、ナオキ以外の男とも、寝たことがないとも、言えない(笑)…
ただ、それが、恋かどうか、言われても、正直、よくわからない…
自分でも、よくわからない…
それが、ウソ偽りのない本音だった…
藤原ナオキは、諏訪野伸明同様の、長身のイケメンだったが、率直に言って、ナオキに、ドキドキした経験はない…
高校時代の小娘の時期ですら、そうだった…
なぜなら、ナオキは、イケメンだったが、その中身は、オタクだった…
コンピュータオタクだった…
だから、ナオキから、オスの匂いが感じなかった…
それが、大きい…
いかに、イケメンといえでも、オスの匂いを発するか、否かは、大きい…
だが、だからこそ、安心した…
ハッキリ言えば、男女をあまり意識せずに、男女の関係になれた…
それが、大きい…
どうしても、男女の関係を意識してしまうと、うまくいかない…
これは、誰でも、同じだろう…
変に、意識してしまうことで、かえって、逆効果になりかねない…
好きな異性の前では、まるで、ロボットのように、ギクシャクした動きを見せたりして、コメディーというか、お笑いになってしまう人間を目の当たりにしたこともある…
もっと、肩の力を抜いて、自然に振る舞えばいい…
思わず、そんな助言を与えたいと思うほど、滑稽な姿を間近に見たことがある…
だが、
幸か不幸か、私には、そんな経験はない…
皆無…
一度もない…
基本的に、他人に憧れない、冷たい人間なのかなと、自分自身を振り返っても、思う…
考える…
素敵な異性を見ても、ドキドキすることがないから、自然体でいられる…
だから、男女の関係になれる…
変に、相手を意識しないからだ…
相手を意識すれば、するほど、冷静でいられない…
普段の自分でいられない…
だから、普通になれない…
相手を意識するあまり、変に怒鳴ったり、真逆にいいところを見せようとして、普段と違う行動を取る…
冷静でいられないためだ…
だが、
私には、それがなかった…
見るからに、イケメンの男と出会っても、なにも起きない…
心の中に、さざ波も起きない…
心が揺れ、さざ波どころか、大波が起こって、動揺して、パニックになり、恋に落ちる…
それこそが、恋の醍醐味だと思う…
しかし、それがないのだ…
以前も言ったことがあるが、だから、自分は、自分にしか、興味がない、究極の自分勝手…
自分一番の人間かもしれない…
自分が、一番だから、他人に関心がない…
だから、恋に落ちない…
心が動くことがないからだ…
私が、諏訪野伸明に初めて会ったときも、同じ…
お金持ちの、礼儀正しい長身のイケメンと思ったが、それだけだった…
亡き、五井家当主、建造の葬式に私とナオキが、二人して、出向いたので、後日、そのお礼にやって来た…
そのとき、初めて会った…
そのときに、イケメンと思ったが、心が動くことはなかった…
恋に落ちることはなかった…
だから、その後、いきなり、私の住むマンションの近くに来たと言って、深夜、呼び出され、伸明の運転するクルマに乗り、建造の墓の前で、キスをした…
これは、正直に言って、自分でも、わけのわからない展開だった(笑)…
自分が、どうして、建造の墓の前で、伸明とキスをしなければならないのか?
冷静に考えれば、答えに詰まる(笑)…
しかも、その時間は、夜…
深夜といってもいい、真夜中だった…
一体、どこの世界に、深夜に、自分の父親の墓の前で、キスをする男がいるのか?
しかし、今、冷静になって考えれば、それこそが、伸明の闇だったのかもしれない…
常識外れと言うか…
突拍子もないことをする…
それこそは、伸明の抱える心の闇だったのだろう…
そして、私は、それに寄り添った…
私自身が、また、死んだ従妹の寿綾乃を名乗る、心の闇を抱えた女だったからだ…
いわば、同病相憐れむ…
仲間意識…
それに、近かったのかもしれない…
だから、お互いの心が同調して、キスをした…
あれが、墓の前でなければ、あの後、間違いなく、ホテルに直行して、セックスをしただろう(笑)…
それは、今となっては、確信できる…
が、
あのときは、そんな気持ちは皆無だった…
なにもなかった…
が、
それを今思えば、幸か不幸か、わからない…
キス止まりで、よかったのかもしれないし、セックスをした方が、よかったのかもしれない…
それは、わからない…
答えが出ない…
キスしか、しないことで、いずれ、セックスをする目的が生まれたと思えば、伸明と縁が出来たことになる…
少なくとも、伸明とセックスするまでは、関係が続くからだ…
が、
真逆に、セックスが到達点とすれば、それで、終わり…
電車で、いえば、最終駅に着いたのと、同じ…
その先は、ない…
後は、オサラバするだけだ(笑)…
だから、セックスはせず、キス止まりで、よかったのかもしれないし、あるいは、真逆に、セックスをして、互いに、一つになれた…
わかりあえたと、思ったのかもしれない…
正直、どっちなのか、わからない…
伸明に聞いても、わからないに違いない…
答えは出ないに違いない…
もし、伸明が、金に飽かせて、あっちの女、こっちの女と、手を出し続けていれば、私とセックスをすれば、終了…
ゲームオーバーとなるだろうが、伸明は、そんな人間には、見えなかった…
だからこそ、私も信頼できると思った…
また、社長である藤原ナオキが、伸明を信頼していることも大きかった…
誰でもそうだが、自分が信頼する人間が、信頼できるといえば、その人間は、信頼できると、思える…
そういうことだ…
私は、思った…
私は、そんなことを、考えながら、FK興産の社用車に乗り、家路についた…
そして、自分の住むマンションに、戻った…
自宅に戻ると、思いのほか、自分が、疲れていることに、気付いた…
カラダから、微熱が出て、体調が悪い…
やはり、家を出て、冬馬の見舞いに、行ったのが、まずかったのかもしれない…
私自身が、まだ、五井記念病院を退院して、まもない…
自宅に、戻ったと言っても、本当は、私自身が、誰かに、見舞いに来てもらうようなカラダなのかもしれなかった…
それが、今日は、真逆に、わざわざ、会社の社用車に乗って、五井記念病院にまで、出向いた…
その結果、体調が、悪化した…
そういうことだろう…
疲れて、仕方がなかった…
脱力感というか…
カラダに力が入らなかった…
それまで、平気だったのは、気が張っていたからだ…
当たり前だが、用意された社用車に乗り、五井記念病院に行く…
そうなれば、家で、ゴロゴロしているのとは、わけが違う…
しっかりしなければ、と、無意識のうちに、気が張るというか…
それが、冬馬の見舞いも終わり、社用車からも、降りた…
すると、自分でも、ビックリするほど、疲れた…
まるで、それまでの疲れが、たとえて言えば、ダムが崩壊でもして、ダムに蓄えた水が一気に流れ込むように、疲れが、ドッと、押し寄せて来た…
自分でも、ビックリするほどだった…
やはり、まだ、他人の見舞いに行くなんて、早すぎた…
あらためて、そう思わずには、いられなかった…
私は、疲労感にさいなまれながら、なんとか、自宅に戻った…
率直に言って、自宅まで、無事、辿り着けたのが、奇跡だった…
自宅のマンション前まで、社用車に送ってもらったのだから、歩くのは、ごくわずかの距離だった…
にもかかわらず、まるで、マラソンにでも、参加したような、気分だった…
まさに、艱難辛苦だった…
私は、自宅に、戻ると、そのまま、ベッドの上に倒れた…
どこか、近くで、なにやら、物音がしている…
その物音で、目が覚めた…
気が付くと、辺りは、すでに、暗かった…
すでに、夜になっているのが、わかった…
私は、なんとか、起き上がってみた…
やはりと、いうか、疲労感というか、けだるさが、ある…
家に戻って来たときに、比べれば、はるかにささいなものだったが、倦怠感は、残っていた…
そして、物音のする方向…
光のある方へ、ゆっくりと、歩いて行った…
そこには、やはりというか、ナオキ…
藤原ナオキの姿があった…
ダイニングで、ひとり、ノートパソコンを広げて、なにか、していた…
私が、近くに来ても、気付かないほど、没頭していた…
私は、わざと、
「…ナオキ…随分、仕事熱心ね…」
と、声をかけた…
ナオキは、ビックリして、私を振り返ってみた…
「…綾乃さん、目が覚めたの?…」
「…相変わらず、仕事熱心…自宅にまで、仕事を持ち込んで…まさに、仕事人間の鏡ね…」
「…いまどき、絶滅寸前のアナクロ人間さ…まさに、昭和の遺物…」
と、ナオキは、自分自身を笑った…
「…いえ、そんなことはない…」
私は、言った…
「…自宅に仕事を持ち込んで、家族のために、仕事をする…立派なお父さんよ…」
私が、褒めると、ナオキは、照れ隠しか、
「…ホントは、今、エッチな動画を見ていたのかもしれないよ…」
と、言った…
「…エッチな動画って?…」
「…若い男女がくんずほぐれつ、裸で、じゃれあってる動画さ…」
「…それって、きっと、男女が、裸で、プロレスごっこをしているのよ…きっとAVの企画ものでしょ?…」
「…AVの企画ものって、まさか、綾乃さんの口から、そんな言葉を聞くとは、思わなかった…」
「…事実は小説より奇なり…」
私が、わざと、笑って言った…
すると、ナオキは、笑って、ノートパソコンを、閉じた…
仕事を止めたわけだ…
「…綾乃さん、調子は、どう? …少しは、良くなった?…」
「…ええ…」
短く答えた…
正直、しゃべるのも、まだ疲れる…
「…今日の昼間、綾乃さんを、五井記念病院に送迎した社用車の運転手から、綾乃さんが、戻ったときに、すごく疲れているようだと、報告を受けてね…それで、仕事が、終わって、この家に戻って来ると、綾乃さんが、外出した姿のまま、着替えもしないで、ベッドの上で、寝ているのを見て…心配になった…」
「…そう…」
短く、答えた…
「…正直、綾乃さん…外出はまだ早かったんじゃないかな?…」
「…私もそう思う…」
即答した…
「…綾乃さん…病院に入院見舞いに行った人間が、戻ってきて、家で、倒れちゃ、お笑いだよ…」
「…」
「…まだ、綾乃さんには、外出は、早すぎた…」
「…」
「…家で、おとなしくしていることだ…」
ナオキの言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
反論できなかった…
「…諏訪野マミさんにも、さっき電話をかけて、今後、当面、綾乃さんを外出に誘わないように、お願いした…」
仰天の言葉だった…
藤原ナオキは、諏訪野マミが、苦手…
その苦手なマミに、ナオキが、わざわざ、自分から、連絡を取って、頼むとは、思わなかった…
まさに、
…まさか?…
だった…
私は、それを聞いて、
「…ありがとう…ナオキ…そんなに私のことを心配してくれて…」
と、言いたかったが、口から出たのは、
「…ナオキ…まるで、アナタ…私の保護者ね…歳の離れたお兄さんみたい…」
という言葉だった…
天の邪鬼な私は、素直に、ナオキに感謝の言葉を言うことができなかった…
「…保護者で結構…年下のじゃじゃ馬の妹をみるのは、いかに大変か…憎まれ者にならなきゃ、いうことを聞いてくれない…」
ナオキが、ぼやく。
が、
そんなことを、言いながらも、
「…マミさんが、病院を退院したばかりの、綾乃さんを、無理やり、見舞いに誘ったんだから、なにか、マミさんの狙いがあったんだろ?…」
と、真顔で、問いかけた…
私は、驚いた…
まさか、諏訪野マミの狙いに、ナオキが、気付いているとは、思わなかったからだ…
「…ナオキ…アナタ、気付いていたの?…」
「…なんとなく、ね…」
「…なんとなくって、どういうこと?…」
「…綾乃さんは、この前、五井記念病院を退院したばかり…だから、まだ、カラダが、完璧じゃない…そんな綾乃さんを、見舞いに誘うわけだから、なにか、裏があると思って…」
「…そう…」
「…マミさんもバカじゃない…そんなカラダの綾乃さんを誘うわけだから、なにか、綾乃さんのためになることをしたわけだろ?…」
私は、ナオキの質問に、
「…」
と、答えなかった…
どう返答していいか、わからなかったからだ…
「…どうしたの? …綾乃さん…黙って?…」
「…言っていいものか、どうか…」
「…話したければ、話せばいいし、話したくなければ、話さなければ、いい…」
ナオキが、即答した…
「…話したくないことを、無理やり、聞こうとは、思わないよ…」
その一言で、真逆に、話すことを決めた…
「…伸明さんのことよ…」
「…諏訪野さんのこと?…」
「…今日、見舞いに行った、冬馬…菊池冬馬が、なぜ、伸明さんが、私を選んだのか、言ったの?…」
「…なんて、言ったの?…」
「…母親の昭子さんに対する反抗だって…」
「…反抗?…」
「…伸明さんは、ホントは、五井家当主になりたくなかった…亡くなった先代当主の建造さんとは、血が繋がってない…それを知ってるから、余計に、嫌だったらしい…」
「…」
「…でも、結果的に当主になった…その結果、五井家内での反発が大きく、それで、母親の昭子さんを恨むようになって…」
「…なるほど…」
ナオキが、頷いた…
「…でも、たぶん、それだけじゃないよ…」
「…どういう意味?…」
「…諏訪野さんは、綾乃さんを好きだからだよ…」
「…」
「…好きでなければ、誰もが、結婚詐欺師でもない限り、結婚したいなんて、言わないよ…」
「…」
「…まして、綾乃さんは、諏訪野さんの母親にも会ったんだろ?…」
「…ええ…」
「…世間に名の知れた五井家の人間が、母親にも、綾乃さんを紹介した…結婚する気でなければ、いかに、母親に反抗しようが、紹介はしないよ…」
「…」
「…諏訪野さんも、母親に反発することで、自分の人生を台無しには、しないだろ?…」
「…」
「…仮に、諏訪野さんが、別の女性と結婚するかもしれないとしたら、それは、諏訪野さんが、迷ってる証(あかし)だよ…」
「…迷ってる証(あかし)?…」
「…どっちも、甲乙つけがたい…だから、迷う…」
「…」
「…AさんとBさんを比べて、どっちも、優れていれば、どっちを選ぶかなんて、普通は、わからない…」
「…どういう意味?…」
「…クルマに例えれば、ロールスロイスと、フェラーリが、どっちがいいクルマか比べるようなものだ…」
私は、ナオキの言葉に、ピンときた…
「…マミさん…諏訪野マミさんから、聞いたのね…」
「…ご名答…」
「…そういうこと…」
私は、一気にトーンダウンした…
マミが、なにを言ったか、わからないが、想像はつく…
おそらく、菊池リンや、佐藤ナナのことを、言ったに違いないからだ…
「…綾乃さん…」
「…なに?…」
「…AさんとBさんを比べて、どっちがいい女かなんて、すぐに答えが出ることは、稀だよ…」
「…どういう意味?…」
「…綾乃さんも知ってるように、ボクは、女好きだ…」
「…」
「…その女好きなボクが夢中になる女は、どれも美人…AさんとBさんを比べて、どっちが、美人と言われても、答えが出ない…一日中、考えても、答えが出ない(笑)…」
「…」
「…つまり、そういうことさ…」
「…」
「…なにが、言いたいかといえば、諏訪野さんが、母親に反抗して、結婚相手を変えたとしたら、それは、諏訪野さんにとっても、甲乙つけがたいんじゃないかな?…」
「…どういう意味?…」
「…どっちもいいから、答えが出ない…だから、諏訪野さんが、母親に反発して、別の女と結婚したいと言う…」
「…」
「…母親がAさんにしなさいと言えば、Bさんにする…真逆に、母親が、Bさんにしなさいと言えば、Aさんにする…どっちを選んでも、変わらないからだ…」
…うまいことを言う…
私は、思った…
たしかに、ナオキの言う通り…
いかに、母親の昭子さんに反発するとしても、自分が嫌いな女と結婚するはずがない…
結婚するのは、自分…
自分の人生だ…
だから、伴侶選びには、慎重になる…
そして、わざと、母親に反発して、結婚相手を、変えたとしたら、それは、伸明にとって、どっちでも、同じだからだろう…
だから、Aさんを、選べと言われば、Bさんを選び、Bさんを選べと、言われれば、Aさんを選ぶ…
どっちを選んでも、同じだからだ…
そう言われれば、わかる…
そう言われれば、納得する…
気が付けば、
「…ナオキ…アナタ…頭がいいわ…」
という言葉が、口を突いて、出た…
「…当り前さ…ボクは、FK興産社長で、テレビのキャスターもやっている…いかに、ひとを納得させるか、それが仕事さ…」
随分、わかったような、わからないような言葉だった…
だから、わざと、
「…いかに、自分を大きく見せるかの、間違いなんじゃないの?…」
と、言った…
「…どういう意味?…」
「…知り合ったばかりの女をいかに口説くか、日夜、頭を悩ませている…少しでも、自分を大きく見せて、モノにしようと、悩んでいる…」
私の言葉に、ナオキは、口をポカンとした…
それから、
「…綾乃さんには、叶わない…」
と、頭を掻いた…
「…すべて、お見通しというわけだ…」
「…当たり前よ…一体何年いっしょにいると思っているの…」
私がいつのまにか、話をすり替えたにも、関わらず、あえて、なにも言わず、話を合わせた…
「…でも、そんな綾乃さんだから、諏訪野さんも好きになったと思うよ…」
「…どうして?…」
「…女好きな藤原ナオキと、関係があった…だったら、自分と結婚しても、自分が、他の女と不倫しても、OKだと思ったのかも…」
またも、話を変えた…
わざと核心に触れないで、笑いに変えようとしている…
そして、それが、ナオキの優しさだと、気付いた…
おそらく、私が、今、心底疲れているのに、気付いてるからだ…
これ以上、真剣な話を続けさせたくないからだろう…
そう気付くと、
「…女好きな藤原ナオキ…アナタから見て、私は、どうなの?…」
「…佐々木希さんには、劣る…」
ナオキが、即答した…
「…佐々木さんの方が、長身で、カッコイイ…」
その通りだった…
が、
わざと、佐々木希の名をここで出すことで、笑いに変えようとしている意図に、気付いた…
今の日本中の女の誰もが、佐々木希と比べて、自分の方が、勝っていると、思う女は、いない…
だから、
「…ナオキ…アナタ、ズルい…」
と、言った…
「…なにが、ズルいの?…」
「…佐々木希の名前を出されちゃ、誰も勝てない…」
「…当り前さ…ボクは、元々、ズルい男さ…ズルいから、あっちの女、こっちの女と、女の間を渡り歩いているのさ…」
「…女に金づるにされて…」
私が、言うと、ナオキが、
「…それを言っちゃ、おしまいだよ…」
と、吹き出した…
「…藤原ナオキは、二枚目のテレビのキャスター…常に、その姿を演じ続けなければならない…」
ナオキが、真顔で言う…
「…どうして、演じ続けなければ、ならないの?…」
「…テレビの向こう側のボクのファンが悲しむからね…」
「…ナオキにファンなんているの?…」
「…ほら、ここにいる…ボクの目の前に…」
「…それって、もしかして、私?…」
「…そう…寿綾乃…」
「…まあ、勘違いも甚だしいわ…私が、社長を好きなのは、お金をくれるから…私は、お金をくれる男が好きなの?…」
「…だったら、もっと、お金をあげて、もっと、ボクを好きになってもらおう…」
ナオキが笑わせる…
心もカラダも疲れた私だったが、なんだか、ナオキと、こんな馬鹿話をしたことで、安らぐ気がした…
そして、今の私には、こんな時間が、なにより、貴重だった…
それを、心の底から、実感した夜だった…