第60話

文字数 8,331文字

 恋かもしれない…

 違うかもしれない…

 私は、藤原ナオキが、手配した、帰りの社用車の中で、考えた…

 諏訪野伸明のことを、考えた…

 諏訪野伸明に、本当に、私が、恋をしているのか、考えた…

 そして、正直に、言って、それは、よくわからなかった(苦笑)…

 すでに32歳になり、それまで、恋をしてきたか、どうか、考えたが、これも、よくわからなかった(苦笑)…

 高校時代に、藤原ナオキと、男女の関係になり、この年齢まで、ズルズルときた…

 その間にも、ナオキ以外の男とも、寝たことがないとも、言えない(笑)…

 ただ、それが、恋かどうか、言われても、正直、よくわからない…

 自分でも、よくわからない…

 それが、ウソ偽りのない本音だった…

 藤原ナオキは、諏訪野伸明同様の、長身のイケメンだったが、率直に言って、ナオキに、ドキドキした経験はない…

 高校時代の小娘の時期ですら、そうだった…

 なぜなら、ナオキは、イケメンだったが、その中身は、オタクだった…

 コンピュータオタクだった…

 だから、ナオキから、オスの匂いが感じなかった…

 それが、大きい…

 いかに、イケメンといえでも、オスの匂いを発するか、否かは、大きい…

 だが、だからこそ、安心した…

 ハッキリ言えば、男女をあまり意識せずに、男女の関係になれた…

 それが、大きい…

 どうしても、男女の関係を意識してしまうと、うまくいかない…

 これは、誰でも、同じだろう…

 変に、意識してしまうことで、かえって、逆効果になりかねない…

 好きな異性の前では、まるで、ロボットのように、ギクシャクした動きを見せたりして、コメディーというか、お笑いになってしまう人間を目の当たりにしたこともある…

 もっと、肩の力を抜いて、自然に振る舞えばいい…

 思わず、そんな助言を与えたいと思うほど、滑稽な姿を間近に見たことがある…

 だが、

 幸か不幸か、私には、そんな経験はない…

 皆無…

 一度もない…

 基本的に、他人に憧れない、冷たい人間なのかなと、自分自身を振り返っても、思う…

 考える…

 素敵な異性を見ても、ドキドキすることがないから、自然体でいられる…

 だから、男女の関係になれる…

 変に、相手を意識しないからだ…

 相手を意識すれば、するほど、冷静でいられない…

 普段の自分でいられない…

 だから、普通になれない…

 相手を意識するあまり、変に怒鳴ったり、真逆にいいところを見せようとして、普段と違う行動を取る…

 冷静でいられないためだ…

 だが、

 私には、それがなかった…

 見るからに、イケメンの男と出会っても、なにも起きない…

 心の中に、さざ波も起きない…

 心が揺れ、さざ波どころか、大波が起こって、動揺して、パニックになり、恋に落ちる…

 それこそが、恋の醍醐味だと思う…

 しかし、それがないのだ…

 以前も言ったことがあるが、だから、自分は、自分にしか、興味がない、究極の自分勝手…

 自分一番の人間かもしれない…

 自分が、一番だから、他人に関心がない…

 だから、恋に落ちない…

 心が動くことがないからだ…

 私が、諏訪野伸明に初めて会ったときも、同じ…

 お金持ちの、礼儀正しい長身のイケメンと思ったが、それだけだった…

 亡き、五井家当主、建造の葬式に私とナオキが、二人して、出向いたので、後日、そのお礼にやって来た…

 そのとき、初めて会った…

 そのときに、イケメンと思ったが、心が動くことはなかった…

 恋に落ちることはなかった…

 だから、その後、いきなり、私の住むマンションの近くに来たと言って、深夜、呼び出され、伸明の運転するクルマに乗り、建造の墓の前で、キスをした…

 これは、正直に言って、自分でも、わけのわからない展開だった(笑)…

 自分が、どうして、建造の墓の前で、伸明とキスをしなければならないのか?

 冷静に考えれば、答えに詰まる(笑)…

 しかも、その時間は、夜…

 深夜といってもいい、真夜中だった…

 一体、どこの世界に、深夜に、自分の父親の墓の前で、キスをする男がいるのか?

 しかし、今、冷静になって考えれば、それこそが、伸明の闇だったのかもしれない…

 常識外れと言うか…

 突拍子もないことをする…

 それこそは、伸明の抱える心の闇だったのだろう…

 そして、私は、それに寄り添った…

 私自身が、また、死んだ従妹の寿綾乃を名乗る、心の闇を抱えた女だったからだ…

 いわば、同病相憐れむ…

 仲間意識…

 それに、近かったのかもしれない…

 だから、お互いの心が同調して、キスをした…

 あれが、墓の前でなければ、あの後、間違いなく、ホテルに直行して、セックスをしただろう(笑)…

 それは、今となっては、確信できる…

 が、

 あのときは、そんな気持ちは皆無だった…

 なにもなかった…

 が、

 それを今思えば、幸か不幸か、わからない…

 キス止まりで、よかったのかもしれないし、セックスをした方が、よかったのかもしれない…

 それは、わからない…

 答えが出ない…

 キスしか、しないことで、いずれ、セックスをする目的が生まれたと思えば、伸明と縁が出来たことになる…

 少なくとも、伸明とセックスするまでは、関係が続くからだ…

 が、

 真逆に、セックスが到達点とすれば、それで、終わり…

 電車で、いえば、最終駅に着いたのと、同じ…

 その先は、ない…

 後は、オサラバするだけだ(笑)…

 だから、セックスはせず、キス止まりで、よかったのかもしれないし、あるいは、真逆に、セックスをして、互いに、一つになれた…

 わかりあえたと、思ったのかもしれない…

 正直、どっちなのか、わからない…

 伸明に聞いても、わからないに違いない…

 答えは出ないに違いない…

 もし、伸明が、金に飽かせて、あっちの女、こっちの女と、手を出し続けていれば、私とセックスをすれば、終了…

 ゲームオーバーとなるだろうが、伸明は、そんな人間には、見えなかった…

 だからこそ、私も信頼できると思った…

 また、社長である藤原ナオキが、伸明を信頼していることも大きかった…

 誰でもそうだが、自分が信頼する人間が、信頼できるといえば、その人間は、信頼できると、思える…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 私は、そんなことを、考えながら、FK興産の社用車に乗り、家路についた…

 そして、自分の住むマンションに、戻った…

 
 自宅に戻ると、思いのほか、自分が、疲れていることに、気付いた…

 カラダから、微熱が出て、体調が悪い…

 やはり、家を出て、冬馬の見舞いに、行ったのが、まずかったのかもしれない…

 私自身が、まだ、五井記念病院を退院して、まもない…

 自宅に、戻ったと言っても、本当は、私自身が、誰かに、見舞いに来てもらうようなカラダなのかもしれなかった…

 それが、今日は、真逆に、わざわざ、会社の社用車に乗って、五井記念病院にまで、出向いた…

 その結果、体調が、悪化した…

 そういうことだろう…

 疲れて、仕方がなかった…

 脱力感というか…

 カラダに力が入らなかった…

 それまで、平気だったのは、気が張っていたからだ…

 当たり前だが、用意された社用車に乗り、五井記念病院に行く…

 そうなれば、家で、ゴロゴロしているのとは、わけが違う…

 しっかりしなければ、と、無意識のうちに、気が張るというか…

 それが、冬馬の見舞いも終わり、社用車からも、降りた…

 すると、自分でも、ビックリするほど、疲れた…

 まるで、それまでの疲れが、たとえて言えば、ダムが崩壊でもして、ダムに蓄えた水が一気に流れ込むように、疲れが、ドッと、押し寄せて来た…

 自分でも、ビックリするほどだった…

 やはり、まだ、他人の見舞いに行くなんて、早すぎた…

 あらためて、そう思わずには、いられなかった…

 私は、疲労感にさいなまれながら、なんとか、自宅に戻った…

 率直に言って、自宅まで、無事、辿り着けたのが、奇跡だった…

 自宅のマンション前まで、社用車に送ってもらったのだから、歩くのは、ごくわずかの距離だった…

 にもかかわらず、まるで、マラソンにでも、参加したような、気分だった…

 まさに、艱難辛苦だった…

 私は、自宅に、戻ると、そのまま、ベッドの上に倒れた…

 
 どこか、近くで、なにやら、物音がしている…

 その物音で、目が覚めた…

 気が付くと、辺りは、すでに、暗かった…

 すでに、夜になっているのが、わかった…

 私は、なんとか、起き上がってみた…

 やはりと、いうか、疲労感というか、けだるさが、ある…

 家に戻って来たときに、比べれば、はるかにささいなものだったが、倦怠感は、残っていた…

 そして、物音のする方向…

 光のある方へ、ゆっくりと、歩いて行った…

 そこには、やはりというか、ナオキ…

 藤原ナオキの姿があった…

 ダイニングで、ひとり、ノートパソコンを広げて、なにか、していた…

 私が、近くに来ても、気付かないほど、没頭していた…

 私は、わざと、

 「…ナオキ…随分、仕事熱心ね…」

 と、声をかけた…

 ナオキは、ビックリして、私を振り返ってみた…

 「…綾乃さん、目が覚めたの?…」

 「…相変わらず、仕事熱心…自宅にまで、仕事を持ち込んで…まさに、仕事人間の鏡ね…」

 「…いまどき、絶滅寸前のアナクロ人間さ…まさに、昭和の遺物…」

 と、ナオキは、自分自身を笑った…

 「…いえ、そんなことはない…」

 私は、言った…

 「…自宅に仕事を持ち込んで、家族のために、仕事をする…立派なお父さんよ…」

 私が、褒めると、ナオキは、照れ隠しか、

 「…ホントは、今、エッチな動画を見ていたのかもしれないよ…」

 と、言った…

 「…エッチな動画って?…」

 「…若い男女がくんずほぐれつ、裸で、じゃれあってる動画さ…」

 「…それって、きっと、男女が、裸で、プロレスごっこをしているのよ…きっとAVの企画ものでしょ?…」

 「…AVの企画ものって、まさか、綾乃さんの口から、そんな言葉を聞くとは、思わなかった…」

 「…事実は小説より奇なり…」

 私が、わざと、笑って言った…

 すると、ナオキは、笑って、ノートパソコンを、閉じた…

 仕事を止めたわけだ…

 「…綾乃さん、調子は、どう? …少しは、良くなった?…」

 「…ええ…」

 短く答えた…

 正直、しゃべるのも、まだ疲れる…

 「…今日の昼間、綾乃さんを、五井記念病院に送迎した社用車の運転手から、綾乃さんが、戻ったときに、すごく疲れているようだと、報告を受けてね…それで、仕事が、終わって、この家に戻って来ると、綾乃さんが、外出した姿のまま、着替えもしないで、ベッドの上で、寝ているのを見て…心配になった…」

 「…そう…」

 短く、答えた…

 「…正直、綾乃さん…外出はまだ早かったんじゃないかな?…」

 「…私もそう思う…」

 即答した…

 「…綾乃さん…病院に入院見舞いに行った人間が、戻ってきて、家で、倒れちゃ、お笑いだよ…」

 「…」

 「…まだ、綾乃さんには、外出は、早すぎた…」

 「…」

 「…家で、おとなしくしていることだ…」

 ナオキの言葉に、

 「…」

 と、言葉もなかった…

 反論できなかった…

 「…諏訪野マミさんにも、さっき電話をかけて、今後、当面、綾乃さんを外出に誘わないように、お願いした…」

 仰天の言葉だった…

 藤原ナオキは、諏訪野マミが、苦手…

 その苦手なマミに、ナオキが、わざわざ、自分から、連絡を取って、頼むとは、思わなかった…

 まさに、

 …まさか?…

 だった…

 私は、それを聞いて、

 「…ありがとう…ナオキ…そんなに私のことを心配してくれて…」

 と、言いたかったが、口から出たのは、

 「…ナオキ…まるで、アナタ…私の保護者ね…歳の離れたお兄さんみたい…」

 という言葉だった…

 天の邪鬼な私は、素直に、ナオキに感謝の言葉を言うことができなかった…

 「…保護者で結構…年下のじゃじゃ馬の妹をみるのは、いかに大変か…憎まれ者にならなきゃ、いうことを聞いてくれない…」

 ナオキが、ぼやく。

 が、

 そんなことを、言いながらも、

 「…マミさんが、病院を退院したばかりの、綾乃さんを、無理やり、見舞いに誘ったんだから、なにか、マミさんの狙いがあったんだろ?…」

 と、真顔で、問いかけた…

 私は、驚いた…

 まさか、諏訪野マミの狙いに、ナオキが、気付いているとは、思わなかったからだ…

 「…ナオキ…アナタ、気付いていたの?…」

 「…なんとなく、ね…」

 「…なんとなくって、どういうこと?…」

 「…綾乃さんは、この前、五井記念病院を退院したばかり…だから、まだ、カラダが、完璧じゃない…そんな綾乃さんを、見舞いに誘うわけだから、なにか、裏があると思って…」

 「…そう…」

 「…マミさんもバカじゃない…そんなカラダの綾乃さんを誘うわけだから、なにか、綾乃さんのためになることをしたわけだろ?…」

 私は、ナオキの質問に、

 「…」

 と、答えなかった…

 どう返答していいか、わからなかったからだ…

 「…どうしたの? …綾乃さん…黙って?…」

 「…言っていいものか、どうか…」

 「…話したければ、話せばいいし、話したくなければ、話さなければ、いい…」

 ナオキが、即答した…

 「…話したくないことを、無理やり、聞こうとは、思わないよ…」

 その一言で、真逆に、話すことを決めた…

 「…伸明さんのことよ…」

 「…諏訪野さんのこと?…」

 「…今日、見舞いに行った、冬馬…菊池冬馬が、なぜ、伸明さんが、私を選んだのか、言ったの?…」

 「…なんて、言ったの?…」

 「…母親の昭子さんに対する反抗だって…」

 「…反抗?…」

 「…伸明さんは、ホントは、五井家当主になりたくなかった…亡くなった先代当主の建造さんとは、血が繋がってない…それを知ってるから、余計に、嫌だったらしい…」
 
 「…」

 「…でも、結果的に当主になった…その結果、五井家内での反発が大きく、それで、母親の昭子さんを恨むようになって…」

 「…なるほど…」

 ナオキが、頷いた…

 「…でも、たぶん、それだけじゃないよ…」

 「…どういう意味?…」

 「…諏訪野さんは、綾乃さんを好きだからだよ…」

 「…」

 「…好きでなければ、誰もが、結婚詐欺師でもない限り、結婚したいなんて、言わないよ…」

 「…」

 「…まして、綾乃さんは、諏訪野さんの母親にも会ったんだろ?…」

 「…ええ…」

 「…世間に名の知れた五井家の人間が、母親にも、綾乃さんを紹介した…結婚する気でなければ、いかに、母親に反抗しようが、紹介はしないよ…」

 「…」

 「…諏訪野さんも、母親に反発することで、自分の人生を台無しには、しないだろ?…」

 「…」

 「…仮に、諏訪野さんが、別の女性と結婚するかもしれないとしたら、それは、諏訪野さんが、迷ってる証(あかし)だよ…」

 「…迷ってる証(あかし)?…」

 「…どっちも、甲乙つけがたい…だから、迷う…」

 「…」

 「…AさんとBさんを比べて、どっちも、優れていれば、どっちを選ぶかなんて、普通は、わからない…」

 「…どういう意味?…」

 「…クルマに例えれば、ロールスロイスと、フェラーリが、どっちがいいクルマか比べるようなものだ…」

 私は、ナオキの言葉に、ピンときた…

 「…マミさん…諏訪野マミさんから、聞いたのね…」

 「…ご名答…」

 「…そういうこと…」

 私は、一気にトーンダウンした…

 マミが、なにを言ったか、わからないが、想像はつく…

 おそらく、菊池リンや、佐藤ナナのことを、言ったに違いないからだ…

 「…綾乃さん…」

 「…なに?…」

 「…AさんとBさんを比べて、どっちがいい女かなんて、すぐに答えが出ることは、稀だよ…」

 「…どういう意味?…」

 「…綾乃さんも知ってるように、ボクは、女好きだ…」

 「…」

 「…その女好きなボクが夢中になる女は、どれも美人…AさんとBさんを比べて、どっちが、美人と言われても、答えが出ない…一日中、考えても、答えが出ない(笑)…」

 「…」

 「…つまり、そういうことさ…」

 「…」

 「…なにが、言いたいかといえば、諏訪野さんが、母親に反抗して、結婚相手を変えたとしたら、それは、諏訪野さんにとっても、甲乙つけがたいんじゃないかな?…」

 「…どういう意味?…」

 「…どっちもいいから、答えが出ない…だから、諏訪野さんが、母親に反発して、別の女と結婚したいと言う…」

 「…」

 「…母親がAさんにしなさいと言えば、Bさんにする…真逆に、母親が、Bさんにしなさいと言えば、Aさんにする…どっちを選んでも、変わらないからだ…」

 …うまいことを言う…

 私は、思った…

 たしかに、ナオキの言う通り…

 いかに、母親の昭子さんに反発するとしても、自分が嫌いな女と結婚するはずがない…

 結婚するのは、自分…

 自分の人生だ…

 だから、伴侶選びには、慎重になる…

 そして、わざと、母親に反発して、結婚相手を、変えたとしたら、それは、伸明にとって、どっちでも、同じだからだろう…

 だから、Aさんを、選べと言われば、Bさんを選び、Bさんを選べと、言われれば、Aさんを選ぶ…

 どっちを選んでも、同じだからだ…

 そう言われれば、わかる…

 そう言われれば、納得する…

 気が付けば、

 「…ナオキ…アナタ…頭がいいわ…」

 という言葉が、口を突いて、出た…

 「…当り前さ…ボクは、FK興産社長で、テレビのキャスターもやっている…いかに、ひとを納得させるか、それが仕事さ…」

 随分、わかったような、わからないような言葉だった…

 だから、わざと、

 「…いかに、自分を大きく見せるかの、間違いなんじゃないの?…」

 と、言った…

 「…どういう意味?…」

 「…知り合ったばかりの女をいかに口説くか、日夜、頭を悩ませている…少しでも、自分を大きく見せて、モノにしようと、悩んでいる…」

 私の言葉に、ナオキは、口をポカンとした…

 それから、

 「…綾乃さんには、叶わない…」
 
 と、頭を掻いた…

 「…すべて、お見通しというわけだ…」

 「…当たり前よ…一体何年いっしょにいると思っているの…」

 私がいつのまにか、話をすり替えたにも、関わらず、あえて、なにも言わず、話を合わせた…

 「…でも、そんな綾乃さんだから、諏訪野さんも好きになったと思うよ…」

 「…どうして?…」

 「…女好きな藤原ナオキと、関係があった…だったら、自分と結婚しても、自分が、他の女と不倫しても、OKだと思ったのかも…」

 またも、話を変えた…

 わざと核心に触れないで、笑いに変えようとしている…

 そして、それが、ナオキの優しさだと、気付いた…

 おそらく、私が、今、心底疲れているのに、気付いてるからだ…

 これ以上、真剣な話を続けさせたくないからだろう…

 そう気付くと、

 「…女好きな藤原ナオキ…アナタから見て、私は、どうなの?…」

 「…佐々木希さんには、劣る…」

 ナオキが、即答した…

 「…佐々木さんの方が、長身で、カッコイイ…」

 その通りだった…

 が、

 わざと、佐々木希の名をここで出すことで、笑いに変えようとしている意図に、気付いた…

 今の日本中の女の誰もが、佐々木希と比べて、自分の方が、勝っていると、思う女は、いない…

 だから、

 「…ナオキ…アナタ、ズルい…」

 と、言った…

 「…なにが、ズルいの?…」

 「…佐々木希の名前を出されちゃ、誰も勝てない…」

 「…当り前さ…ボクは、元々、ズルい男さ…ズルいから、あっちの女、こっちの女と、女の間を渡り歩いているのさ…」

 「…女に金づるにされて…」

 私が、言うと、ナオキが、

 「…それを言っちゃ、おしまいだよ…」

 と、吹き出した…

 「…藤原ナオキは、二枚目のテレビのキャスター…常に、その姿を演じ続けなければならない…」

 ナオキが、真顔で言う…

 「…どうして、演じ続けなければ、ならないの?…」

 「…テレビの向こう側のボクのファンが悲しむからね…」

 「…ナオキにファンなんているの?…」

 「…ほら、ここにいる…ボクの目の前に…」

 「…それって、もしかして、私?…」

 「…そう…寿綾乃…」

 「…まあ、勘違いも甚だしいわ…私が、社長を好きなのは、お金をくれるから…私は、お金をくれる男が好きなの?…」

 「…だったら、もっと、お金をあげて、もっと、ボクを好きになってもらおう…」

 ナオキが笑わせる…

 心もカラダも疲れた私だったが、なんだか、ナオキと、こんな馬鹿話をしたことで、安らぐ気がした…

 そして、今の私には、こんな時間が、なにより、貴重だった…

 それを、心の底から、実感した夜だった…

                

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