第90話
文字数 5,561文字
私は、昭子と、ユリコの対決を、見守った…
互いに、女傑…
昭子と、ユリコは、親子ほど、歳が、違うが、共に女傑だった…
そして、二人とも、タイプが似ていることに、気付いた…
二人とも、集団の中で、リーダーシップを取るタイプ…
性格が、似ている…
そして、性格が、似ている者同士は、反発するものが、多い…
自分と、同じタイプが、身近にいるのが、邪魔なのだ…
まるで、鏡を見るように、もうひとりの自分が身近にいるようなものだ…
同じように、考え、同じように、行動する…
例えば、目の前に、道が、百あり、どの道を通っても、いいと言われても、なぜか、その道を通ると、昭子が、ユリコの前を歩いている…
あるいは、別の道を選んでも、今度は、ユリコが、昭子の前を歩いている…
そんな感じだ…
道が、百あるにも、かかわらず、同じ道を歩く(爆笑)…
つまりは、同じように、考え、同じように、行動する…
そんな人間が、身近にいては、ハッキリ言って、目障りでしかない!
そういうことだ…
だから、お互いが、お互いを、気に入らない…
同時に、お互いが、お互いの能力に、気付いている…
相手を下に見ない…
相手の能力を冷静に、分析している…
相手の能力に、敬意を表している…
だから、ある意味、非常に、厄介(笑)…
これ以上、ないくらい、厄介だ(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、佐藤ナナが、
「…寿さん…」
と、いきなり、私に話しかけた…
「…なに?…」
「…体調は、どうですか?…」
「…悪くはないわ…」
機械的に、答えた…
なんというか、この手の質問には、もう慣れっこというか…
聞かれ、なれているというか…
いつも、誰かに、聞かれるので、つい、反射的に、答えてしまう…
「…そう…それは、よかった…」
佐藤ナナが、言った…
「…やはり、看護師ね…」
私は、笑った…
すると、佐藤ナナは、
「…元です…」
と、恥ずかしそうに、付け加えた…
「…今は、もう…」
「…残念ね…佐藤さんなら、立派な看護師になれると思ったのに…」
私が、言うと、ユリコが、
「…そうよ…女が、職業を持つのは、いいことよ…家の中に閉じこもって、いちゃ、ダメ…どんなことでもいい…なにか、初めてみればいい…色々するなかで、自分に合ったもの…自分の得意なものがでてくる…それを仕事にすればいい…」
と、口を出した…
佐藤ナナは、恐縮して、
「…ハイ…」
と、頷いた…
すると、今度は、昭子が、
「…ユリコさんの言う通り…佐藤さんは、そんなに日本語がお上手なのだから、地頭がいいのでしょう…その頭の良さを生かして、なにか、始めなさい…」
と、アドバイスした…
私は、やれやれと、内心、佐藤ナナに同情した…
この昭子と、ユリコという二人の女傑に囲まれて、席を共にするのは、まずかった…
どうしても、説教になりがちだ(苦笑)…
昭子もユリコも、悪気はないが、まだ二十代前半と、若い佐藤ナナには、話しやすいからだろう…
ネタといっては、失礼だが、いじりやすいというか(苦笑)…
どうしても、佐藤ナナになにか、言って、この場の空気を盛り上げるというか…
この場の凍てついた空気を盛り上げようとする…
と、そのときだった…
ユリコが、
「…そういえば、この佐藤さんだけれども、五井家の人間だったなんて、驚いた…」
と、言った…
途端に、昭子の目が厳しくなった…
ユリコが、なにを言い出すのか、警戒したのだ…
それから、私に向かって、
「…寿さんは、知ってた?…」
と、話を向けた…
私は、即座に、
「…知りませんでした…」
と、答えた…
すると、
「…怖いわね…寿さん…」
と、ユリコが、続ける…
「…つまり、寿さんは、あの五井記念病院に運ばれた時点で、五井家の監視下にあったわけね…」
と、わざと言った…
「…監視下?…」
「…つまり、寿さんの容体を含めて、いつ、どんな人間が、寿さんに、面会にやって来たか、すべて調べ上げたということ…」
たしかに、ユリコが言う通り…
言う通りだ…
私自身は、そこまで、考えなかったが、言われてみれば、当たり前のことだった…
担当看護師だった、この佐藤ナナは、五井一族…
そして、運び込まれた病院は、五井記念病院…
五井一族が、経営する大病院だ…
日本有数の大病院だが、そんなことは、この際、関係ない…
この佐藤ナナが、五井一族で、運び込まれた病院が、五井記念病院だから、五井の監視下にあったことは、わかっていたが、私の元に、誰が、やって来たか、見舞い客まで、チェックしているとは、思わなかった…
さすが、ユリコというべきか…
いや、
やはり、私自身ではないからかもしれない…
とっさに、思った…
私は、当たり前だが、私を知っている…
自分の価値を知っている…
だから、自分の体調は、ともかく、どんな人間が、自分の見舞いにやって来たか、などと、考える必要はない…
ただ、自分の友人、知人が、やって来たに過ぎないからだ…
が、
他人は、違う…
どんな人間が、見舞いにやって来たか、気になるに違いない…
なぜなら、どんな人間が、見舞いに訪れたかで、その人間の人脈がわかるからだ…
どんな人間と交流しているか、わかるからだ…
しかし、
しかし、だ…
なぜ、五井家は、そこまでして、私を監視したのか?
謎だった…
すでに、私が、本物の寿綾乃ではないことは、わかっている…
伸明が、私との結婚を隠れ蓑にして、五井の改革をしたかった…
それが、わかっている…
にもかかわらず、なぜ?
そこまで、私の動静を気にした?
疑問だった…
と、同時に、気付いた…
佐藤ナナを見て、気付いた…
五井もまた一枚岩でない事実に、気付いた…
そもそも、それだから、伸明は、五井を改革したかったのだ…
なにが、言いたいかといえば、同じ五井一族でも、例えば、菊池重方(しげかた)は、敵…
敵ということだ…
だから、重方(しげかた)が、私に、接触すれば、警戒するということだ…
現に、菊池重方(しげかた)は、昭子に気を付けろと、私に警告した…
私は、それを思い出した…
それを、思い出して、昭子を見た…
五井の女帝を見た…
そして、あらためて、なぜ、この場に、私たち3人を集めたのか、考えた…
この佐藤ナナは、元看護師だから、私の面倒を見るために、ここに呼んだと、昭子は、言ったが、それは、ウソ…
真っ赤なウソだ…
なんらかの目的が、あるに違いない…
ユリコに至っては、その目的は、わかっている…
五井造船の株…
それを握っている…
そして、それを、五井に、3倍の価格で、買い取れと、言っている…
さもなければ、中国の企業に売ると、脅している…
そして、そのユリコを翻意させるべく、私、寿綾乃を、この席に呼んだに違いない…
何度も言うように、私は、ユリコの弱点を握っている…
ユリコの息子、ジュン君の刑を減刑させることができる、唯一の人間だからだ…
だから、私を呼んだ…
私は、そう思っていた…
が、
そう考えていると、昭子は、全然、別のことを、口にした…
「…今日、ここに、皆さんを呼んだのは、どうしてだか、わかりますか?…」
皆、いっせいに、口をつぐんだ…
そして、互いの顔をそれぞれ、見た…
なぜだか、わからなかったからだ…
「…皆さんには、共通点があります…」
「…共通点って、それはなに?…」
ユリコが、面白そうに、聞く…
「…寿さんと、佐藤さんは、伸明の結婚相手のひとりでした…」
「…」
「…つまり、佐藤さんも、寿さんも、もしかしたら、伸明と結婚したかもしれない…」
「…ちょっと…待って…だったら、私は、どうして…」
「…ユリコさんも、伸明と、親密でしょ?…」
昭子が、いきなり、言った…
私は、目が点になった…
…親密って?…
…男女の関係ってこと?…
…あの伸明と、このユリコが?…
いや、
そこまで、考えて、このユリコが、伸明と、知り会った可能性を考えた…
…私の入院先…
このユリコは、何度か、入院中の私の見舞いにやって来た…
この抜け目のない、ユリコが、ただ、私の見舞いだけにやって来るわけがなかった…
当然、なにか、目的がある…
おそらく、私の目の届かないところ…
私の気付かないところで、五井一族と、交流を持ったのだろう…
だから、もしかしたら、その過程で、伸明とも知り合ったのかもしれない…
相変わらず、抜け目のない…
したたかな女…
だが、それが、ユリコだった…
藤原ユリコという女だった…
と、
そこまで、考えて、気付いた…
自殺した冬馬が、伸明から、このユリコから、五井造船の株を3倍で、買い取れと、言われて、苦悩したことを、暴露した…
あのときは、なんとも、思わなかったが、すでに、伸明は、このユリコと知り合いだったのでは?
そんな疑惑が、脳裏をかすめた…
いや、
疑惑ではない…
確信だった…
なぜなら、そうでなければ、冬馬が、ユリコの名前を出すわけがない…
いや、
それだけではない…
ことによると、冬馬もまた、ユリコを知っていた可能性がある…
と、そこまで、考えると、あらためて、このユリコという女の恐ろしさを思った…
私の見舞いを隠れ蓑にして、五井の懐に飛び込むというか…
五井家の人間と交流を持つ…
そんなことが、たやすくできる…
まさに、常人離れした行動を起こす…
その行動力に、驚いた…
私など、とても、足元にも及ばない…
私が、できる真似ではなかった…
と、ここまで、考えたとき、
「…ユリコさん…」
と、昭子が声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…アナタも大変ね…」
「…どういうことでしょうか?…」
「…アナタは、ファンドの代表だった…当然、どこかの会社の株を買い占めて、会社の株の価格を吊り上げて、別のどこかに転売する…それで、儲ける…」
「…」
「…それが、お仕事でしょ?…」
「…」
「…でも、当然、株は、ただでは、買えない…莫大な資金が、必要…その資金を提供する人間が、必要…アナタの背後にいる、その人間を満足させなきゃ、いけないでしょ?…」
昭子が、優しく、ユリコに、言った…
ユリコの顔から、見る見る血の気が引いた…
明らかに、動揺していた…
気付いている…
この昭子は、ユリコの背後に、誰がいるか、気付いている…
そして、相変わらず、トロいというか…
あらためて、自分のトロさを、思った…
この藤原ユリコは、投資ファンドの代表だったが、当たり前だが、投資ファンドには、投資する資金が必要…
五井造船の株を、買い占めるのに、いくらかかったか、皆目、見当もつかないが、百億や二百億ではないのは、明らか…
当たり前だが、その金を誰かから、借りなければ、ならない…
あるいは、誰かに、
「…どこか、良い投資口はないか?…」
と、聞かれ、ユリコは、
「…五井造船…」
と、答えたかも、知れなかった…
が、
当たり前だが、五井造船と、答えて、
「…じゃ…その会社の株を買い占めてくれ…」
と、言われて、失敗することはできない…
株価が下がって、金を投資した人間に、損をさせることはできないからだ…
つまりは、昭子は、ユリコの背後にいる人間が誰か、知っているということだ…
ユリコが、誰のために、五井造船の株を買い占めたか、知っているということだ…
それを今、昭子は、ユリコに仄めかした…
だから、サッと、ユリコの顔色が変わったのだ…
読まれていると、思ったのだろう…
見透かされてると、思ったのだろう…
自分の背後に誰が、いると、知っていると思ったのだろう…
そして、それゆえ、ユリコは、動揺したのだろう…
この昭子が、自分と同じか、あるいは、自分以上に、抜け目がない、したたかな人間だと、気付いたに違いなかった…
それを悟ったユリコは、
「…やるわね…」
と、小さく、ポツリと呟いた…
「…すべて、お見通しって、わけ…」
そのユリコの独り言に、昭子は、
「…」
と、黙ったままだった…
わざと、黙ったまま、ニコニコと、ユリコを見た…
そして、言った…
「…3倍というのは、いくらなんでも、強欲でしょ?…」
昭子が、口を開いた…
「…その半分の1・5倍ではどう?…」
「…1・5倍? …冗談でしょ?…」
思わず、ユリコが叫んだ…
「…それでも、十分、儲けは、出るでしょ?…」
「…」
「…もちろん、アナタが、ここで、答えることができないことは、承知してます…アナタは、アナタのスポンサーの了承を得なければ、ならないでしょうし…」
この言葉に、ユリコは、愕然とした様子だった…
それから、悔しげに、昭子を見た…
いまいましげに、昭子を睨んだ…
私は、それを見て、昭子が、私をここに、呼んだ目的がわかった…
おそらくは、保険…
私は、保険なのだ…
昭子ほどの猛女ならば、一人で、ユリコに対応できる…
すでに、ユリコのことは、調べ尽くしているに、違いない…
だが、万が一ということがある…
万が一にでも、昭子が、ユリコに負ける可能性もある…
その万が一に備えて、ここに私を呼んだに違いない…
ユリコが、なにか、自分の想定を超える事態を引き起こしたときに、備えて、私を呼んだに違いなかった…
それに、気付いたとき、やはり、年の功というか…
昭子は、ユリコの上をいっていると、考えざるを得なかった…
仮に、二人が、同じ能力でも、昭子の方が、歳が、倍近く上なので、用意周到というか…
くぐってきた経験が違う…
くぐってきた修羅場が違うということかもしれない…
今さらながら、それを思った…
互いに、女傑…
昭子と、ユリコは、親子ほど、歳が、違うが、共に女傑だった…
そして、二人とも、タイプが似ていることに、気付いた…
二人とも、集団の中で、リーダーシップを取るタイプ…
性格が、似ている…
そして、性格が、似ている者同士は、反発するものが、多い…
自分と、同じタイプが、身近にいるのが、邪魔なのだ…
まるで、鏡を見るように、もうひとりの自分が身近にいるようなものだ…
同じように、考え、同じように、行動する…
例えば、目の前に、道が、百あり、どの道を通っても、いいと言われても、なぜか、その道を通ると、昭子が、ユリコの前を歩いている…
あるいは、別の道を選んでも、今度は、ユリコが、昭子の前を歩いている…
そんな感じだ…
道が、百あるにも、かかわらず、同じ道を歩く(爆笑)…
つまりは、同じように、考え、同じように、行動する…
そんな人間が、身近にいては、ハッキリ言って、目障りでしかない!
そういうことだ…
だから、お互いが、お互いを、気に入らない…
同時に、お互いが、お互いの能力に、気付いている…
相手を下に見ない…
相手の能力を冷静に、分析している…
相手の能力に、敬意を表している…
だから、ある意味、非常に、厄介(笑)…
これ以上、ないくらい、厄介だ(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、佐藤ナナが、
「…寿さん…」
と、いきなり、私に話しかけた…
「…なに?…」
「…体調は、どうですか?…」
「…悪くはないわ…」
機械的に、答えた…
なんというか、この手の質問には、もう慣れっこというか…
聞かれ、なれているというか…
いつも、誰かに、聞かれるので、つい、反射的に、答えてしまう…
「…そう…それは、よかった…」
佐藤ナナが、言った…
「…やはり、看護師ね…」
私は、笑った…
すると、佐藤ナナは、
「…元です…」
と、恥ずかしそうに、付け加えた…
「…今は、もう…」
「…残念ね…佐藤さんなら、立派な看護師になれると思ったのに…」
私が、言うと、ユリコが、
「…そうよ…女が、職業を持つのは、いいことよ…家の中に閉じこもって、いちゃ、ダメ…どんなことでもいい…なにか、初めてみればいい…色々するなかで、自分に合ったもの…自分の得意なものがでてくる…それを仕事にすればいい…」
と、口を出した…
佐藤ナナは、恐縮して、
「…ハイ…」
と、頷いた…
すると、今度は、昭子が、
「…ユリコさんの言う通り…佐藤さんは、そんなに日本語がお上手なのだから、地頭がいいのでしょう…その頭の良さを生かして、なにか、始めなさい…」
と、アドバイスした…
私は、やれやれと、内心、佐藤ナナに同情した…
この昭子と、ユリコという二人の女傑に囲まれて、席を共にするのは、まずかった…
どうしても、説教になりがちだ(苦笑)…
昭子もユリコも、悪気はないが、まだ二十代前半と、若い佐藤ナナには、話しやすいからだろう…
ネタといっては、失礼だが、いじりやすいというか(苦笑)…
どうしても、佐藤ナナになにか、言って、この場の空気を盛り上げるというか…
この場の凍てついた空気を盛り上げようとする…
と、そのときだった…
ユリコが、
「…そういえば、この佐藤さんだけれども、五井家の人間だったなんて、驚いた…」
と、言った…
途端に、昭子の目が厳しくなった…
ユリコが、なにを言い出すのか、警戒したのだ…
それから、私に向かって、
「…寿さんは、知ってた?…」
と、話を向けた…
私は、即座に、
「…知りませんでした…」
と、答えた…
すると、
「…怖いわね…寿さん…」
と、ユリコが、続ける…
「…つまり、寿さんは、あの五井記念病院に運ばれた時点で、五井家の監視下にあったわけね…」
と、わざと言った…
「…監視下?…」
「…つまり、寿さんの容体を含めて、いつ、どんな人間が、寿さんに、面会にやって来たか、すべて調べ上げたということ…」
たしかに、ユリコが言う通り…
言う通りだ…
私自身は、そこまで、考えなかったが、言われてみれば、当たり前のことだった…
担当看護師だった、この佐藤ナナは、五井一族…
そして、運び込まれた病院は、五井記念病院…
五井一族が、経営する大病院だ…
日本有数の大病院だが、そんなことは、この際、関係ない…
この佐藤ナナが、五井一族で、運び込まれた病院が、五井記念病院だから、五井の監視下にあったことは、わかっていたが、私の元に、誰が、やって来たか、見舞い客まで、チェックしているとは、思わなかった…
さすが、ユリコというべきか…
いや、
やはり、私自身ではないからかもしれない…
とっさに、思った…
私は、当たり前だが、私を知っている…
自分の価値を知っている…
だから、自分の体調は、ともかく、どんな人間が、自分の見舞いにやって来たか、などと、考える必要はない…
ただ、自分の友人、知人が、やって来たに過ぎないからだ…
が、
他人は、違う…
どんな人間が、見舞いにやって来たか、気になるに違いない…
なぜなら、どんな人間が、見舞いに訪れたかで、その人間の人脈がわかるからだ…
どんな人間と交流しているか、わかるからだ…
しかし、
しかし、だ…
なぜ、五井家は、そこまでして、私を監視したのか?
謎だった…
すでに、私が、本物の寿綾乃ではないことは、わかっている…
伸明が、私との結婚を隠れ蓑にして、五井の改革をしたかった…
それが、わかっている…
にもかかわらず、なぜ?
そこまで、私の動静を気にした?
疑問だった…
と、同時に、気付いた…
佐藤ナナを見て、気付いた…
五井もまた一枚岩でない事実に、気付いた…
そもそも、それだから、伸明は、五井を改革したかったのだ…
なにが、言いたいかといえば、同じ五井一族でも、例えば、菊池重方(しげかた)は、敵…
敵ということだ…
だから、重方(しげかた)が、私に、接触すれば、警戒するということだ…
現に、菊池重方(しげかた)は、昭子に気を付けろと、私に警告した…
私は、それを思い出した…
それを、思い出して、昭子を見た…
五井の女帝を見た…
そして、あらためて、なぜ、この場に、私たち3人を集めたのか、考えた…
この佐藤ナナは、元看護師だから、私の面倒を見るために、ここに呼んだと、昭子は、言ったが、それは、ウソ…
真っ赤なウソだ…
なんらかの目的が、あるに違いない…
ユリコに至っては、その目的は、わかっている…
五井造船の株…
それを握っている…
そして、それを、五井に、3倍の価格で、買い取れと、言っている…
さもなければ、中国の企業に売ると、脅している…
そして、そのユリコを翻意させるべく、私、寿綾乃を、この席に呼んだに違いない…
何度も言うように、私は、ユリコの弱点を握っている…
ユリコの息子、ジュン君の刑を減刑させることができる、唯一の人間だからだ…
だから、私を呼んだ…
私は、そう思っていた…
が、
そう考えていると、昭子は、全然、別のことを、口にした…
「…今日、ここに、皆さんを呼んだのは、どうしてだか、わかりますか?…」
皆、いっせいに、口をつぐんだ…
そして、互いの顔をそれぞれ、見た…
なぜだか、わからなかったからだ…
「…皆さんには、共通点があります…」
「…共通点って、それはなに?…」
ユリコが、面白そうに、聞く…
「…寿さんと、佐藤さんは、伸明の結婚相手のひとりでした…」
「…」
「…つまり、佐藤さんも、寿さんも、もしかしたら、伸明と結婚したかもしれない…」
「…ちょっと…待って…だったら、私は、どうして…」
「…ユリコさんも、伸明と、親密でしょ?…」
昭子が、いきなり、言った…
私は、目が点になった…
…親密って?…
…男女の関係ってこと?…
…あの伸明と、このユリコが?…
いや、
そこまで、考えて、このユリコが、伸明と、知り会った可能性を考えた…
…私の入院先…
このユリコは、何度か、入院中の私の見舞いにやって来た…
この抜け目のない、ユリコが、ただ、私の見舞いだけにやって来るわけがなかった…
当然、なにか、目的がある…
おそらく、私の目の届かないところ…
私の気付かないところで、五井一族と、交流を持ったのだろう…
だから、もしかしたら、その過程で、伸明とも知り合ったのかもしれない…
相変わらず、抜け目のない…
したたかな女…
だが、それが、ユリコだった…
藤原ユリコという女だった…
と、
そこまで、考えて、気付いた…
自殺した冬馬が、伸明から、このユリコから、五井造船の株を3倍で、買い取れと、言われて、苦悩したことを、暴露した…
あのときは、なんとも、思わなかったが、すでに、伸明は、このユリコと知り合いだったのでは?
そんな疑惑が、脳裏をかすめた…
いや、
疑惑ではない…
確信だった…
なぜなら、そうでなければ、冬馬が、ユリコの名前を出すわけがない…
いや、
それだけではない…
ことによると、冬馬もまた、ユリコを知っていた可能性がある…
と、そこまで、考えると、あらためて、このユリコという女の恐ろしさを思った…
私の見舞いを隠れ蓑にして、五井の懐に飛び込むというか…
五井家の人間と交流を持つ…
そんなことが、たやすくできる…
まさに、常人離れした行動を起こす…
その行動力に、驚いた…
私など、とても、足元にも及ばない…
私が、できる真似ではなかった…
と、ここまで、考えたとき、
「…ユリコさん…」
と、昭子が声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…アナタも大変ね…」
「…どういうことでしょうか?…」
「…アナタは、ファンドの代表だった…当然、どこかの会社の株を買い占めて、会社の株の価格を吊り上げて、別のどこかに転売する…それで、儲ける…」
「…」
「…それが、お仕事でしょ?…」
「…」
「…でも、当然、株は、ただでは、買えない…莫大な資金が、必要…その資金を提供する人間が、必要…アナタの背後にいる、その人間を満足させなきゃ、いけないでしょ?…」
昭子が、優しく、ユリコに、言った…
ユリコの顔から、見る見る血の気が引いた…
明らかに、動揺していた…
気付いている…
この昭子は、ユリコの背後に、誰がいるか、気付いている…
そして、相変わらず、トロいというか…
あらためて、自分のトロさを、思った…
この藤原ユリコは、投資ファンドの代表だったが、当たり前だが、投資ファンドには、投資する資金が必要…
五井造船の株を、買い占めるのに、いくらかかったか、皆目、見当もつかないが、百億や二百億ではないのは、明らか…
当たり前だが、その金を誰かから、借りなければ、ならない…
あるいは、誰かに、
「…どこか、良い投資口はないか?…」
と、聞かれ、ユリコは、
「…五井造船…」
と、答えたかも、知れなかった…
が、
当たり前だが、五井造船と、答えて、
「…じゃ…その会社の株を買い占めてくれ…」
と、言われて、失敗することはできない…
株価が下がって、金を投資した人間に、損をさせることはできないからだ…
つまりは、昭子は、ユリコの背後にいる人間が誰か、知っているということだ…
ユリコが、誰のために、五井造船の株を買い占めたか、知っているということだ…
それを今、昭子は、ユリコに仄めかした…
だから、サッと、ユリコの顔色が変わったのだ…
読まれていると、思ったのだろう…
見透かされてると、思ったのだろう…
自分の背後に誰が、いると、知っていると思ったのだろう…
そして、それゆえ、ユリコは、動揺したのだろう…
この昭子が、自分と同じか、あるいは、自分以上に、抜け目がない、したたかな人間だと、気付いたに違いなかった…
それを悟ったユリコは、
「…やるわね…」
と、小さく、ポツリと呟いた…
「…すべて、お見通しって、わけ…」
そのユリコの独り言に、昭子は、
「…」
と、黙ったままだった…
わざと、黙ったまま、ニコニコと、ユリコを見た…
そして、言った…
「…3倍というのは、いくらなんでも、強欲でしょ?…」
昭子が、口を開いた…
「…その半分の1・5倍ではどう?…」
「…1・5倍? …冗談でしょ?…」
思わず、ユリコが叫んだ…
「…それでも、十分、儲けは、出るでしょ?…」
「…」
「…もちろん、アナタが、ここで、答えることができないことは、承知してます…アナタは、アナタのスポンサーの了承を得なければ、ならないでしょうし…」
この言葉に、ユリコは、愕然とした様子だった…
それから、悔しげに、昭子を見た…
いまいましげに、昭子を睨んだ…
私は、それを見て、昭子が、私をここに、呼んだ目的がわかった…
おそらくは、保険…
私は、保険なのだ…
昭子ほどの猛女ならば、一人で、ユリコに対応できる…
すでに、ユリコのことは、調べ尽くしているに、違いない…
だが、万が一ということがある…
万が一にでも、昭子が、ユリコに負ける可能性もある…
その万が一に備えて、ここに私を呼んだに違いない…
ユリコが、なにか、自分の想定を超える事態を引き起こしたときに、備えて、私を呼んだに違いなかった…
それに、気付いたとき、やはり、年の功というか…
昭子は、ユリコの上をいっていると、考えざるを得なかった…
仮に、二人が、同じ能力でも、昭子の方が、歳が、倍近く上なので、用意周到というか…
くぐってきた経験が違う…
くぐってきた修羅場が違うということかもしれない…
今さらながら、それを思った…