第90話

文字数 5,561文字

 私は、昭子と、ユリコの対決を、見守った…

 互いに、女傑…

 昭子と、ユリコは、親子ほど、歳が、違うが、共に女傑だった…

 そして、二人とも、タイプが似ていることに、気付いた…

 二人とも、集団の中で、リーダーシップを取るタイプ…

 性格が、似ている…

 そして、性格が、似ている者同士は、反発するものが、多い…

 自分と、同じタイプが、身近にいるのが、邪魔なのだ…

 まるで、鏡を見るように、もうひとりの自分が身近にいるようなものだ…

 同じように、考え、同じように、行動する…

 例えば、目の前に、道が、百あり、どの道を通っても、いいと言われても、なぜか、その道を通ると、昭子が、ユリコの前を歩いている…

 あるいは、別の道を選んでも、今度は、ユリコが、昭子の前を歩いている…

 そんな感じだ…

 道が、百あるにも、かかわらず、同じ道を歩く(爆笑)…

 つまりは、同じように、考え、同じように、行動する…

 そんな人間が、身近にいては、ハッキリ言って、目障りでしかない!

 そういうことだ…

 だから、お互いが、お互いを、気に入らない…

 同時に、お互いが、お互いの能力に、気付いている…

 相手を下に見ない…

 相手の能力を冷静に、分析している…

 相手の能力に、敬意を表している…

 だから、ある意味、非常に、厄介(笑)…

 これ以上、ないくらい、厄介だ(笑)…

 私が、そんなことを、考えていると、佐藤ナナが、

 「…寿さん…」

 と、いきなり、私に話しかけた…

 「…なに?…」

 「…体調は、どうですか?…」

 「…悪くはないわ…」

 機械的に、答えた…

 なんというか、この手の質問には、もう慣れっこというか…

 聞かれ、なれているというか…

 いつも、誰かに、聞かれるので、つい、反射的に、答えてしまう…

 「…そう…それは、よかった…」

 佐藤ナナが、言った…

 「…やはり、看護師ね…」

 私は、笑った…

 すると、佐藤ナナは、

 「…元です…」

 と、恥ずかしそうに、付け加えた…

 「…今は、もう…」

 「…残念ね…佐藤さんなら、立派な看護師になれると思ったのに…」

 私が、言うと、ユリコが、

 「…そうよ…女が、職業を持つのは、いいことよ…家の中に閉じこもって、いちゃ、ダメ…どんなことでもいい…なにか、初めてみればいい…色々するなかで、自分に合ったもの…自分の得意なものがでてくる…それを仕事にすればいい…」

 と、口を出した…

 佐藤ナナは、恐縮して、

 「…ハイ…」

 と、頷いた…

 すると、今度は、昭子が、

 「…ユリコさんの言う通り…佐藤さんは、そんなに日本語がお上手なのだから、地頭がいいのでしょう…その頭の良さを生かして、なにか、始めなさい…」

 と、アドバイスした…

 私は、やれやれと、内心、佐藤ナナに同情した…

 この昭子と、ユリコという二人の女傑に囲まれて、席を共にするのは、まずかった…

 どうしても、説教になりがちだ(苦笑)…

 昭子もユリコも、悪気はないが、まだ二十代前半と、若い佐藤ナナには、話しやすいからだろう…

 ネタといっては、失礼だが、いじりやすいというか(苦笑)…

 どうしても、佐藤ナナになにか、言って、この場の空気を盛り上げるというか…

 この場の凍てついた空気を盛り上げようとする…

 と、そのときだった…

 ユリコが、

 「…そういえば、この佐藤さんだけれども、五井家の人間だったなんて、驚いた…」

 と、言った…

 途端に、昭子の目が厳しくなった…

 ユリコが、なにを言い出すのか、警戒したのだ…

 それから、私に向かって、

 「…寿さんは、知ってた?…」

 と、話を向けた…

 私は、即座に、

 「…知りませんでした…」

 と、答えた…

 すると、

 「…怖いわね…寿さん…」

 と、ユリコが、続ける…

 「…つまり、寿さんは、あの五井記念病院に運ばれた時点で、五井家の監視下にあったわけね…」

 と、わざと言った…

 「…監視下?…」

 「…つまり、寿さんの容体を含めて、いつ、どんな人間が、寿さんに、面会にやって来たか、すべて調べ上げたということ…」

 たしかに、ユリコが言う通り…

 言う通りだ…

 私自身は、そこまで、考えなかったが、言われてみれば、当たり前のことだった…

 担当看護師だった、この佐藤ナナは、五井一族…

 そして、運び込まれた病院は、五井記念病院…

 五井一族が、経営する大病院だ…

 日本有数の大病院だが、そんなことは、この際、関係ない…

 この佐藤ナナが、五井一族で、運び込まれた病院が、五井記念病院だから、五井の監視下にあったことは、わかっていたが、私の元に、誰が、やって来たか、見舞い客まで、チェックしているとは、思わなかった…

 さすが、ユリコというべきか…

 いや、

 やはり、私自身ではないからかもしれない…

 とっさに、思った…

 私は、当たり前だが、私を知っている…

 自分の価値を知っている…

 だから、自分の体調は、ともかく、どんな人間が、自分の見舞いにやって来たか、などと、考える必要はない…

 ただ、自分の友人、知人が、やって来たに過ぎないからだ…

 が、

 他人は、違う…

 どんな人間が、見舞いにやって来たか、気になるに違いない…

 なぜなら、どんな人間が、見舞いに訪れたかで、その人間の人脈がわかるからだ…

 どんな人間と交流しているか、わかるからだ…

 しかし、

 しかし、だ…

 なぜ、五井家は、そこまでして、私を監視したのか?

 謎だった…

 すでに、私が、本物の寿綾乃ではないことは、わかっている…

 伸明が、私との結婚を隠れ蓑にして、五井の改革をしたかった…

 それが、わかっている…

 にもかかわらず、なぜ?

 そこまで、私の動静を気にした?

 疑問だった…

 と、同時に、気付いた…

 佐藤ナナを見て、気付いた…

 五井もまた一枚岩でない事実に、気付いた…

 そもそも、それだから、伸明は、五井を改革したかったのだ…

 なにが、言いたいかといえば、同じ五井一族でも、例えば、菊池重方(しげかた)は、敵…

 敵ということだ…

 だから、重方(しげかた)が、私に、接触すれば、警戒するということだ…

 現に、菊池重方(しげかた)は、昭子に気を付けろと、私に警告した…

 私は、それを思い出した…

 それを、思い出して、昭子を見た…

 五井の女帝を見た…

 そして、あらためて、なぜ、この場に、私たち3人を集めたのか、考えた…

 この佐藤ナナは、元看護師だから、私の面倒を見るために、ここに呼んだと、昭子は、言ったが、それは、ウソ…

 真っ赤なウソだ…

 なんらかの目的が、あるに違いない…

 ユリコに至っては、その目的は、わかっている…

 五井造船の株…

 それを握っている…

 そして、それを、五井に、3倍の価格で、買い取れと、言っている…

 さもなければ、中国の企業に売ると、脅している…

 そして、そのユリコを翻意させるべく、私、寿綾乃を、この席に呼んだに違いない…

 何度も言うように、私は、ユリコの弱点を握っている…

 ユリコの息子、ジュン君の刑を減刑させることができる、唯一の人間だからだ…

 だから、私を呼んだ…

 私は、そう思っていた…

 が、

 そう考えていると、昭子は、全然、別のことを、口にした…

 「…今日、ここに、皆さんを呼んだのは、どうしてだか、わかりますか?…」

 皆、いっせいに、口をつぐんだ…

 そして、互いの顔をそれぞれ、見た…

 なぜだか、わからなかったからだ…

 「…皆さんには、共通点があります…」

 「…共通点って、それはなに?…」

 ユリコが、面白そうに、聞く…

 「…寿さんと、佐藤さんは、伸明の結婚相手のひとりでした…」

 「…」

 「…つまり、佐藤さんも、寿さんも、もしかしたら、伸明と結婚したかもしれない…」

 「…ちょっと…待って…だったら、私は、どうして…」

 「…ユリコさんも、伸明と、親密でしょ?…」

 昭子が、いきなり、言った…

 私は、目が点になった…

 …親密って?…

 …男女の関係ってこと?…

 …あの伸明と、このユリコが?…

 いや、

 そこまで、考えて、このユリコが、伸明と、知り会った可能性を考えた…

 …私の入院先…

 このユリコは、何度か、入院中の私の見舞いにやって来た…

 この抜け目のない、ユリコが、ただ、私の見舞いだけにやって来るわけがなかった…

 当然、なにか、目的がある…

 おそらく、私の目の届かないところ…

 私の気付かないところで、五井一族と、交流を持ったのだろう…

 だから、もしかしたら、その過程で、伸明とも知り合ったのかもしれない…

 相変わらず、抜け目のない…

 したたかな女…

 だが、それが、ユリコだった…

 藤原ユリコという女だった…

 と、

 そこまで、考えて、気付いた…

 自殺した冬馬が、伸明から、このユリコから、五井造船の株を3倍で、買い取れと、言われて、苦悩したことを、暴露した…

 あのときは、なんとも、思わなかったが、すでに、伸明は、このユリコと知り合いだったのでは?

 そんな疑惑が、脳裏をかすめた…

 いや、

 疑惑ではない…

 確信だった…

 なぜなら、そうでなければ、冬馬が、ユリコの名前を出すわけがない…

 いや、

 それだけではない…

 ことによると、冬馬もまた、ユリコを知っていた可能性がある…

 と、そこまで、考えると、あらためて、このユリコという女の恐ろしさを思った…

 私の見舞いを隠れ蓑にして、五井の懐に飛び込むというか…

 五井家の人間と交流を持つ…

 そんなことが、たやすくできる…

 まさに、常人離れした行動を起こす…

 その行動力に、驚いた…

 私など、とても、足元にも及ばない…

 私が、できる真似ではなかった…

 と、ここまで、考えたとき、

 「…ユリコさん…」

 と、昭子が声をかけた…

 「…なんでしょうか?…」

 「…アナタも大変ね…」

 「…どういうことでしょうか?…」

 「…アナタは、ファンドの代表だった…当然、どこかの会社の株を買い占めて、会社の株の価格を吊り上げて、別のどこかに転売する…それで、儲ける…」

 「…」

 「…それが、お仕事でしょ?…」

 「…」

 「…でも、当然、株は、ただでは、買えない…莫大な資金が、必要…その資金を提供する人間が、必要…アナタの背後にいる、その人間を満足させなきゃ、いけないでしょ?…」

 昭子が、優しく、ユリコに、言った…

 ユリコの顔から、見る見る血の気が引いた…

 明らかに、動揺していた…

 気付いている…

 この昭子は、ユリコの背後に、誰がいるか、気付いている…

 そして、相変わらず、トロいというか…

 あらためて、自分のトロさを、思った…

 この藤原ユリコは、投資ファンドの代表だったが、当たり前だが、投資ファンドには、投資する資金が必要…

 五井造船の株を、買い占めるのに、いくらかかったか、皆目、見当もつかないが、百億や二百億ではないのは、明らか…

 当たり前だが、その金を誰かから、借りなければ、ならない…

 あるいは、誰かに、

 「…どこか、良い投資口はないか?…」

 と、聞かれ、ユリコは、

 「…五井造船…」

 と、答えたかも、知れなかった…

 が、

 当たり前だが、五井造船と、答えて、

 「…じゃ…その会社の株を買い占めてくれ…」

 と、言われて、失敗することはできない…

 株価が下がって、金を投資した人間に、損をさせることはできないからだ…

 つまりは、昭子は、ユリコの背後にいる人間が誰か、知っているということだ…

 ユリコが、誰のために、五井造船の株を買い占めたか、知っているということだ…

 それを今、昭子は、ユリコに仄めかした…

 だから、サッと、ユリコの顔色が変わったのだ…

 読まれていると、思ったのだろう…

 見透かされてると、思ったのだろう…

 自分の背後に誰が、いると、知っていると思ったのだろう…

 そして、それゆえ、ユリコは、動揺したのだろう…

 この昭子が、自分と同じか、あるいは、自分以上に、抜け目がない、したたかな人間だと、気付いたに違いなかった…

 それを悟ったユリコは、

 「…やるわね…」

 と、小さく、ポツリと呟いた…

 「…すべて、お見通しって、わけ…」

 そのユリコの独り言に、昭子は、

 「…」

 と、黙ったままだった…

 わざと、黙ったまま、ニコニコと、ユリコを見た…

 そして、言った…

 「…3倍というのは、いくらなんでも、強欲でしょ?…」

 昭子が、口を開いた…

 「…その半分の1・5倍ではどう?…」

 「…1・5倍? …冗談でしょ?…」

 思わず、ユリコが叫んだ…

 「…それでも、十分、儲けは、出るでしょ?…」

 「…」

 「…もちろん、アナタが、ここで、答えることができないことは、承知してます…アナタは、アナタのスポンサーの了承を得なければ、ならないでしょうし…」

 この言葉に、ユリコは、愕然とした様子だった…

 それから、悔しげに、昭子を見た…

 いまいましげに、昭子を睨んだ…

 私は、それを見て、昭子が、私をここに、呼んだ目的がわかった…

 おそらくは、保険…

 私は、保険なのだ…

 昭子ほどの猛女ならば、一人で、ユリコに対応できる…

 すでに、ユリコのことは、調べ尽くしているに、違いない…

 だが、万が一ということがある…

 万が一にでも、昭子が、ユリコに負ける可能性もある…

 その万が一に備えて、ここに私を呼んだに違いない…

 ユリコが、なにか、自分の想定を超える事態を引き起こしたときに、備えて、私を呼んだに違いなかった…

 それに、気付いたとき、やはり、年の功というか…

 昭子は、ユリコの上をいっていると、考えざるを得なかった…

 仮に、二人が、同じ能力でも、昭子の方が、歳が、倍近く上なので、用意周到というか…

 くぐってきた経験が違う…

 くぐってきた修羅場が違うということかもしれない…

 今さらながら、それを思った…

                
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