第67話

文字数 7,038文字

 …伸明さんと、佐藤ナナが結婚?…

 仰天のニュースだった…

 またも、ソースは、ヤフーニュースだった(笑)…

 パソコンから、知った…

 本当は私の年代なら、スマホで、見るのだが、私は、自宅で、療養中…

 なにより、私は、藤原ナオキの影響か、高校時代から、パソコンに慣れ親しんでいた…

 バイト先の経営者である、藤原ナオキが、パソコンオタクだったからだ…

 バイトでも、パソコンの操作は、必須だったから、自然と、スマホより、パソコンが、得意となった…

 なにより、パソコンの画面は、広い…

 だから、使いやすい…

 また、天の邪鬼な私は、世間が、スマホを、使えば、ムキになって、パソコンを使う…

 そんな人間だった(笑)…

 私は、パソコンの諏訪野伸明の結婚のニュースを見ながら、まず、これが、本物か、考えた…

 フェイクニュースの可能性があるからだ…

 だから、ネタ元というか、情報の発信源を見た…

 週刊○○だった…

 一流の週刊誌だった…

 数々のスクープをものにした大手の週刊誌…

 発信元は、間違いなく一流だった…

 だから、信頼できる…

 どこから、情報を得たかは、わからないが、信頼できる…

 そう思った…

 そう、思ったときだった…

 スマホの電話が鳴った…

 いきなりだった…

 私は、

 …誰からだろう?…

 と、考えた…

 私は、決して、友達は、多い方ではない…

 会社を除けば、数えるほど…

 だが、誰もが、そうだろう…

 私は、地方出身者だが、仮に、東京出身でも、32歳にもなると、学生時代の友人は、少ない…

 やはり、友人というと、学生時代の友人を連想する…

 私は、大学を出ていないから、高校の友人だが、それも、数えるほど…

 今現在、交流のある人間はほとんどいない…

 しかし、誰もが、そうだろう…

 32歳にもなって、学生時代の友人と、付き合いがある人間は、あまりいない…

 会社に入れば、生活が会社中心になる…

 だから、学生時代の友人と会うとすれば、プライベート…

 そのプライベートで、時間を作って、わざわざ会うことは、年々少なくなる…

 結果、学校を卒業して、何年もすれば、付き合いがなくなる…

 そういうことだ…

 また、私に限っていえば、話が合わなくなったことも、大きかった…

 誰でも、そうだが、仮に高校時代ならば、同じ高校で、同じクラス…

 つまりは、同じ環境の元にいる…

 それが、会社ならば、皆、違う会社…

 会社の規模も違うし、職場も違う、仕事も違う…

 つまりは、置かれた環境が違うのだ…

 すると、どうだ?

 話が合わなくなる(苦笑)…

 高校時代は、同じ環境だから、話があったが、会社に入れば、皆、置かれた環境が違う…

 だから、おおげさにいえば、人間が、変わってくる…

 人間は、置かれた環境で、変わるからだ…

 例えていえば、職場に変な同僚がいて、

 「…私の職場に変な同僚がいて…」

 と、いう話になって、高校時代の友人に話しても、わからない…

 話が通じない…

 なぜなら、友人は、その変な同僚を見ていないからだ…

 一事が万事で、こんなことが、重なって、段々と、学生時代の友人と、話が合わなくなってくる…

 置かれた環境が変わったせいで、性格もまた変わってくるからだ…

 たとえば、会社が、ブラック企業で、

 「…そんな会社あるわけないじゃん…話、盛ってるでしょ?…」

 と、言われたりする…

 そうすると、どんな話をしても、無駄…

 無駄だ…

 結果、会わなくなってくる…

 話が嚙み合わなくなってくるからだ…

 私は、ふと、そんなことを、考えた…

 考えながら、電話に出た…

 「…もしもし、諏訪野です…」

 思いがけず、伸明からだった…

 「…エッ?…」

 思わず、絶句した…

 たった今、ネットニュースで、諏訪野伸明と、佐藤ナナの結婚のニュースを見たところだ…

 まさか、その当人から、電話があるとは、思わなかった…

 いや、

 ホントは、スマホに表示された名前から、伸明から、電話があったことは、わかっていたが、見忘れた…

 高校時代の友人のことを、考えて、見忘れていた…

 …一体、なにを言おう?…

 …どう言おう?…

 わからなかった…

 文字通り、パニクった…

 諏訪野伸明の結婚の記事を見て、動揺し過ぎた自分が、いた…

 だから、つい、

 「…おめでとうございます…」

 と、言ってしまった…

 自分でも、

 …しまった!…

 と、思ったが、後の祭りだった(苦笑)…

 私の言葉に、伸明も、

 「…」

 と、答えなかった…

 どう答えていいか、わからなかったのかもしれない…

 少し間を置いて、

 「…寿さん…キツイです…」

 と、諏訪野伸明が、電話越しに笑いながら、言った…

 「…ボクは、まだ独身です…誰とも、結婚していません…」

 伸明が、断言した…

 「…エッ? …結婚していない?…」

 思わず、呟いた…

 「…でも、ネットニュースに?…」

 「…佐藤ナナさんと、結婚って書いてありますか?…」

 伸明が、笑いながら、言った…

 私は、そんな伸明の言葉で、このニュースが、ウソだとわかった…

 フェイクニュースだとわかった…

 …でも、一体どうして?…

 どうして、そんなニュースが流れるんだろ?

 疑問に思った…

 いや、

 それ以上に、誰が、何の目的で、そんなニュースを流したのか?

 考えた…

 すると、電話越しに、

 「…犯人は、まだ誰か、わかりません…」

 と、伸明が言った…

 「…ボクも今、これを知って、急いで、寿さんに、連絡をしたところです…」

 「…」

 「…でも、おめでとうございますは、キツかったです…」

 伸明が、苦笑した…

 「…ボクは、今、寿さん以外の女性と結婚するつもりは、ありません…」

 伸明の言葉に、私は、

 「…」

 と、絶句した…

 なんと言っていいか、わからなかった…

 だが、やはりというか…

 本当は、スイマセンと、自分から、詫びるところを、

 「…信じても、いいんですね?…」

 と、急いで、伸明に念を押した…

 なんて、自分勝手!

 自分でも、自分に驚いた…

 なんて、自分勝手な女!

 同時に、内心、私なら、こんな自分勝手な女はゴメンだ…

 と、思った…

 さっさと縁を切るに限る…

 なにより、こんなときにこそ、人間性が出る…

 交際相手が、苦境に陥っているにもかかわらず、自分を優先する…

 とんでもない女だ!…

 私は思った… 

 すると、

 「…当然です…ボクが結婚するのは、寿さんだけです…」

 と、スマホから、声が流れてきた…

 「…アナタだけです…」

 私は、伸明の言葉に、なんと言っていいか、わからなかった…

 本当なら、感動するところだが、なぜか、そうならなかった…

 ハッキリ言って、現実感がないのだ…

 どこか、夢の中というか…

 現実感が乏しかった…

 だから、嬉しくもなんともなかった…

 「…すべては、五井のゴタゴタが、原因です…」

 「…五井のゴタゴタ…」

 「…みんなが、みんなの、足を引っ張ろうとしている…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…ボクと、佐藤ナナさんの結婚情報を流して、五井を混乱させようとしている…」

 「…混乱?…」

 「…ええ…」

 伸明が言った…

 私は、なんとなく、わかってきた…

 誰かが、五井を混乱させようとしている…

 いや、

 誰かではない…

 今、伸明は、

 「…みんなが、みんなの、足を引っ張ろうとしている…」

 と、言ったではないか?

 が、

 みんなとは、誰なのか?

 それがわからない…

 私が、そう考えていると、

 「…重方(しげかた)叔父…」

 と、突然、冬馬の父、菊池重方(しげかた)の名前を出した…

 「…叔父が、密かに、暗躍しているらしい…」

 いきなり、伸明が言った…

 私は、驚いた…

 まさか、この場面で、菊池重方(しげかた)の名前が出てくるとは、思わなかったからだ…

 「…どういうことですか?…」

 「…ボクも具体的には、知りません…ただ…」

 「…ただ、なんでしょうか?…」

 「…最近、高雄組組長というヤクザが、警察の事情聴取を受けました…」

 「…ヤクザ?…」

 まさか、ここで、いきなりヤクザの名前が出てくるとは、思わなかった…

 が、

 その名前は、聞いた覚えがあった…

 たしか、ヤフーニュースで見た…

 菊池重方(しげかた)に関することで、なにか、警察で、事情聴取を受けていると、書いてあった…

 そんなことを、考えていると、

 「…その高雄組組長というヤクザが、重方(しげかた)叔父と、どういう接点を持っているか、知りません…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…重方(しげかた)叔父の名前が出たのは、まずかった…」

 「…」

 「…五井は、名門です…400年の歴史があります…それが、どういう関係であろうと、ヤクザと繋がりがあると、世間で、知られれば、大事になる…イメージダウンに繋がります…」

 「…」

 「…そして、問題なのは、重方(しげかた)叔父…叔父が、追放したとはいえ、五井家の人間…正式には、五井東家の当主だったこと…そして、なにより、五井本家の当主である、ボクの母の弟であることが、悪かった…」

 「…」

 「…これを契機に、五井家内では、五井本家に対する不満が、高まりました…主流ではない、傍流の分家が、不満をぶつけてきました…その先鋒が、五井南家です…」

 …五井南家?…

 …たしか、あの佐藤ナナが、血を引く、五井の分家…

 「…母に、どうするのか、対応を迫りました…」

 「…どうして、お母様なんですか? 伸明さんでなく…」

 「…五井家の実質的な当主は、ボクではなく、母なんです…」

 仰天の告白だった…

 「…どういうことですか?…だって、伸明さんが、五井家の当主じゃ…」

 「…若過ぎるんです…」

 「…」

 「…他の分家の当主は、大半が、60歳どころか、70歳、80歳を過ぎている方もいらっしゃいます…それが、ボクはまだ、40ちょっと…だから、相手にしない…」

 「…」

 「…なにか、あれば、苦情は、母にいきます…あるいは、母の妹の和子叔母様に…」

 「…」

 「…今の五井家は、実質的には、母と和子叔母様が、仕切ってるんです…」

 仰天の真実だった…

 「…五井の当主は、対外的には、ボクですが、ボクに権限はない…すべては、母と叔母の和子が決めます…だから、ボクは、名ばかり…名ばかり当主です…」

 電話口の伸明が、力なく笑った…

 「…ちょうど、ボクは、マンガの静かなるドンの主人公といっしょです…」

 「…いっしょ?…」

 「…ハイ…そのマンガの主人公は、大物ヤクザの一人息子で、父親が、抗争で、殺されて、仕方なく、家業のヤクザを継ぎます…でも、周りは、すべて、自分より年長の男たち…だから、言うことはきかない…それを母が、補佐して、総長として、振る舞う…母のいうことは、部下のヤクザもきくからです…それといっしょです…」

 …たしかに、そう言われれば、わかる…

 いかに、五井本家の当主でも、伸明は、まだ四十代…

 七十代、八十代の分家の当主から見れば、まだ子供…

 ガキンチョに見えてもおかしくはない…

 だから、母の昭子が支えているのだろう…

 そして、昭子の妹の和子が、昭子を支えているのだろう…

 しかしながら、いつのまにか、支えるというよりも、そこが、権力のありかというか…

 そこが、中心になる…

 つまりは、当主とは、名ばかりで、なにか、あれば、昭子や和子に、相談にゆく体制になってしまっているのだろう…

 これは、当たり前といえば、当たり前…

 どうしても、若い当主よりも、年長者に相談にいく…

 これと似た例は、古今東西、数多く存在する…

 日本でいえば、江戸時代初期、三代将軍、徳川家光が、将軍就任時に、居並ぶ大名に、向かって、

 「…余は、初代、家康、二代、秀忠とは、違う…」

 と、宣言した…

 「…家康も、秀忠も、生まれたときは、父は、ただの大名に過ぎなかった…だが、余が、生まれたとき、父の秀忠は、すでに将軍…だから、余は、生まれながらの将軍じゃ…」

 と、高らかに、宣言したものの、その父の秀忠が、存命中は、実質的な権限は、秀忠にあったと、言われている…

 将軍といっても、名ばかり…

 形だけ…

 就任したばかりの若い将軍に形の上では、権力が、集中しても、実質は、大御所となった父の秀忠に、なにかあれば、周囲は、相談したという…

 これは、誰が考えても、当たり前のことだ…

 五井もまた、それと同じなのだろう…

 前当主の建造亡き後、頼りになるのは、建造の妻だった昭子であり、その妹の和子なのだろう…

 なにより、彼女たちは、頼れる…

 だから、事実上、彼女たちが、五井を支配していても、おかしくはない…

 私は、思った…

 そして、その頼れる二人の姉、昭子と和子の弟である、重方(しげかた)の名前が、こともあろうに、大物ヤクザが警察に聴取される形で出た…

 これでは、致命傷になりかねない…

 十二分に、敵に付け入る隙を与えかねない…

 そして、その敵が、五井南家なのだろう…

 会ったことも、見たこともないが、五井南家なのだろうと、思った…

 「…五井南家は、母や昭子叔母様を非難する一方で、佐藤ナナという隠し玉を用意していました…」

 「…隠し玉?…」

 「…五井の主だった分家には、未婚の女性がいません…いるのは、唯一、リンちゃん…和子叔母様の孫の菊池リンだけです…が、このタイミングで、五井南家は、佐藤ナナという隠し玉を出したんです…」

 「…」

 「…重方(しげかた)叔父の名前が、ヤクザの口から出て、五井の名前が失墜しかねない状況の中で、佐藤ナナの名前を出した…菊池リン以外には、いないと思われた、五井の未婚の女性の存在を明かして、ボクとの結婚を迫ったんです…」

 驚愕の事実だった…

 まさか、そんなことが…

 そんなことが、あったとは、夢にも、思わなかった…

 「…ですが、母がそれを拒否した…いくら、五井の血を引いていても、突然、現れた佐藤ナナと、ボクを結婚させるわけにはいかないと、断固、突っぱねました…その結果、本家の養女…ボクの妹という形で、五井本家に迎えることになりました…」

 「…」

 「…いわば、苦渋の決断です…」

 伸明が、明かした…

 佐藤ナナが、どうして、五井本家の養女となったのか?

 その経緯を明かした…

 それは、驚きだった…

 まさか、佐藤ナナが、養女となった背景に、菊池重方(しげかた)の、落ち度が隠されていたとは、思わなかったからだ…

 これは、まさに、予想外だった…

 「…ですが、その代償が、大きかった…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…いわば、五井南家が、抜け駆けをして、五井家内で、主流派に走った…それを見て、良しとしない、雰囲気が、五井家内に走ったんです…」

 「…」

 「…いわば、掟破り…寿さんには、以前、話したのかどうか、忘れましたが、五井は、今、五井十三家のうち、五井本家が、仕切ってますが、その実態は、五井東家です…五井には、五井本家が、頂点で、その下に、東西南北の4家の分家…そして、それ以外の8家があります…」

 「…」

 「…そして、中心は、本家を頂点とした、東西南北の4家です…これが、五井の中心です…今、寿さんに、五井本家が、実質、五井東家であると言ったのは、ボクの母の昭子や、叔母の和子が、五井東家出身だからです…五井本家と言いながら、中身は、五井東家そのもの…だから、他の西家、南家、北家は、東家をよく思っていない…いわば、五井の非主流派です…でも、今回、その中の南家が、言葉は、悪いが、抜け駆けをして、本家側と取り引きをした…」

 「…取り引き?…」

 「…佐藤ナナです…彼女を、本家のボクの妻として、迎えることで、五井南家を、五井の主流派に加わることを、目指した…」

 「…」

 「…母の昭子は、その対応に苦慮したが、結局、受け入れるとことにした…ただし、ボクの妻としてではなく、養女として、迎える…」

 「…」

 「…南家としては、不服だったでしょうが、本家側に、自分の身内を差し出すことで、自分も、五井の主流派になったことになり、目的を果たした…そして、これは、内心、母の思惑通りだった…」

 「…思惑通り?…」

 「…五井は、長年、団結力が、乏しいのが、悩みだった…五井十三家といっても、内情は、バラバラだった…だから、父の建造も、いかに、団結するかに、死ぬまで、腐心した…本家の力をいかに、強め、五井が団結するかに、全力を尽くした…それは、父が亡くなった後、母が受け継いだ…」

 「…」

 「…だから、南家が、本家側につくことは、賛成だった…ただ…」

 そこで、伸明の言葉が、詰まった…

 「…ただ、なんでしょうか?…」

 「…他の一族、とりわけ、東西南北のうち、西家と北家の嫉妬が強かった…南家が、いわば、抜け駆けをして、本家側に寝返ったと思った…まあ、そう思われても、仕方がないところもあるけど…」

 「…」

 「…だから、当初、目論んだ、五井の安定というか、団結が吹き飛んだ…南家が、本家側につくことで、本家側についた主流派が増え、安定すると、思われたが、真逆だった…これまで、以上に、混乱した…」

 「…」

 「…そして、その結果が、このフェイクニュースだ…誰が、流したか、しれないが、ボクと、佐藤ナナさんが、結婚すると、世間に公表した…」

 電話の向こうの伸明が、哀しそうに、笑った…

 …五井の内紛…

 それが、このフェイクニュースに現れていた…

                
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